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ゴリラが出たぞ!

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ゴリラが出たぞ!
ゴリラが出たぞ! ゴリラが出たぞ!

リアクション


第1章 アゲハはどこへ消えた?・その1



 空京センター街は365日、オールウェイズ賑やかな街だ。
 渋谷センター街と同様に、ここにも自然と似たようなギャル文化が根付き、多くの若者たちが集まっている。
 弥涼 総司(いすず・そうじ)は露出度の高いギャルたちをチラ見しつつ、この街を練り歩いていた。
 目的は病院から脱走した神守杉 アゲハ(かみもりすぎ・あげは)を探すためである。
「イっちまってるギャルが病院の壁を粉砕して脱走とはなぁ。ゴリラに夢中になったギャルは通常の3倍の性能で暴走するとかなんとかって話もあるし、そんな感じの四字熟語があったなぁ、『ゴリ夢中』だったっけか?」
 上手いこと言ってる横で、パートナーのアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)がぼやく。
「……ったく、ランニングとボイトレする予定だったのに、こんな格好で呼び出してなんなのよ?」
 ド派手なメイクにヒョウ柄のワンピース、髪もモリモリして、彼女はギャルの格好をしている。
 総司はよしよしと頷き、もう少し胸を強調したほうがいいと手を伸ばして殴られた。
「勝手に触るんじゃないわよっ!」
「総ちゃんのかるーいジョークなのにグーパン決めなくても……」
 残念そうな顔で鼻血を拭きながら、行方不明のアゲハを探すために呼び出したことを説明した。
「どうして私がそんな変な女のために、こんなイカれた格好を……」
「頼むよ、血ぃ吸わせてやるからさ」
 それを聞くと、彼女はパッと明るい笑顔を見せた。
「なんだ、それを先に言ってよね。じゃあ、何か手がかりになるものとかないの? 写真とか?」
「ああ、それならオレが念写した写真が……、よだれズビッ!」
「よだれズビッ……って、ちょっと、なんで胸のアップの写真なのよっ!」
「最近はギャルもいけるようになってきたし、コレはコレでアリだなぁ……とか思って」
 それから30分ほどセンター街を捜索すると、探し人が見つかった。
 ハンバーガーショップの前で、クリスマスツリー……もといアゲハが、フライドポテトをむさぼっている。
 入院から脱走したためだろう、アゲハはギャル服ではなく小豆色のイモジャージを着ていた。
「ほら、出番だぞ。おまえもギャルの格好してるんだ、コミュニケーション取れるはず!」
「あ、あんなのと取るの……?」
 しぶしぶながら、アズミラは慣れないギャル語で話しかけた。
「ちょ、ちょりーす、アゲハじゃん! なんか超病院戻ったほうがいい的なアレをね……、その……」
 途中でしどろもどろになってしまった彼女を、アゲハはゲラゲラと指を指して笑った。
「言えてねぇし! 頑張り屋さん超ウケるんですけどー! マジ、イモは田舎に帰れ、みたいな?」
「い……、イモですって!? ふざけんじゃないわよ、誰のために無理したと思ってんのよ!」
「なんかすげーキレてるし。なにあんた、あたしになんか用?」
「用はあるけど、その前に一発殴らせろっ!」
 アゲハ的には軽い挨拶のつもりだったのだが、一般ピープルには言葉の右ストレートにしか思えない。
 目的を怒りに飲み込まれたアズミラは鉄拳制裁の体勢。
 とその時、立川 るる(たちかわ・るる)が仲裁に入ろうと慌てて走ってきた。
「もふもふ、もふふふ……、もふーっ!」
「なによ、もふもふって! この女には教育的指導が必要なのよ! 邪魔しないで!」
 しばらく揉めたあと、総司の血1リットルぱかしで、アズミラは落ち着いた。
 るるは殴り合いにならなかったことに安堵の息を漏らす。
「……あ、はじめまして、アゲハさん、危ないところだったね」
「んー、そう?」
「でも、まさかカリスマギャルのアゲハさんが、王ちゃんの後輩だったなんて知らなかったよー」
「お、ワンちゃん知ってるんだ。あの人、超いいやつだよねー、マジリスペクトするわー」
 それを聞いて、るるはふふふと笑った。
「王ちゃんも隅に置けないね、この!」
「んで、あんたもあたしになんか用なの?」
「うん、アゲハさんがゴリラと話したって聞いて探してたの。動物とお話が出来るなんてすごいよ、やっぱりカリスマは違うんだなぁ……。それでね、私も動物と話す方法をおしえてもらおうと思ってきたんだよ」
「……はぁ?」
「るる、アルパカさんお話してみたいの。もふもふーって練習してるんだけど、話せるかなぁ?」
「ぜってー話せないと思う」
「ええ!? もしかして、心の綺麗な人だけが動物と話せるとか、そんな感じなの??」
「つーか、あたし動物と話せないし。ゴリラがすげー流暢な日本語で話してきたんだよ」
「じゃあ、ゴリラさんがすごいんだ。どこかにお喋り出来るアルパカさんもいないかなぁ……」
「どっかの生物研究所でバイトして、自分で創ったほうが早くね?」


 ◇◇◇


 動物園から病院までの道中、綺雲 菜織(あやくも・なおり)はアゲハを探し歩いていた。
 なかなか足取りが掴めなかったが、センター街に差し掛かったところで本人を発見することが出来た。
 他校の生徒に囲まれている彼女に足早に駆寄り、声をかける。
「ようやく出会えたか。無事で何より」
「あんたもワンちゃんから聞いて、あたしを探しにきたの?」
 コクリと頷き、菜織は簡単に自己紹介を済ませた。
「……ひとつ、確認したいことがあるのだが、もしやゴリラを助けに行くつもりなのか?」
「うん、ゴリラ超困ってんだもん。付けマツゲ買ったら助けにいこうと思ったけど、それが?」
「実はな。ゴリラさんから貴方の手助けをして欲しいと言われてな」
「マジで! あんた、あのゴリラと喋ったの? あれ、超すごくない? ゴリラ喋るとかマジウケるよねー!」 
「あ、ああ……」
 目をキラキラ輝かせるアゲハだったが、菜織は苦笑いを浮かべた。
 実はゴリラから頼まれたと言うのは方便である。彼女はゴリラと会ってすらいない。
「……それでだ。決行は今夜とした方が無難だと思うのだが、どうだろう?」
「なんで? あたし、夜はクラブ行こうと思ってたんだけどー?」
「く、くらぶ……? う、うむ……、ぎゃると言うものに疎くてな、その辺の文化はよく知らんのだが……、と言うか、真っ昼間から動物園に突撃するつもりだったのか? 貴方の実力は知らないが、それは無謀過ぎるぞ」
「え、そうなの? あっぶねー、超乗り込む気まんまんだったわー」
 このように、アゲハは基本的にノリだけで生きているのだ。
 そんな彼女を菜織のパートナー、有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が周囲を警戒しながら気にしている。
「病院の脱走や、動物園への攻撃、どれも下手をすれば犯罪行為ですのに……、よく平気で出来るものです」
 誰に言うでもない、小さな声で美幸は呟く。
「面倒見が良いという点は菜織様と同じで好感が持てますが、直情的な行動というのは感心出来ませんね」
「ヒーローとは成りたくて成るものではない。成るべくして成るものなのだよ」
 独り言が聞こえたのだろう、菜織はそう言って微笑を浮かべた。
 作戦の決行は夜で決定。とは言え、アゲハを手伝う気があるのは、今のところ菜織ぐらいなものである。
 しばらく皆で話していると、そこに鈴木 周(すずき・しゅう)が猛ダッシュでやってきた。
「うおおおおおっ!! その天を突く勢いの髪っ! 見つけたぜ、アゲハちゃんーっ!!」
「なに、こいつ。ちょい暑苦しいんですけど?」
 怪訝な顔の彼女に邂逅一発、周はナンパする。
「なぁなぁ、病院に戻るくらいなら、とりあえず俺と大人のお医者さんごっこしようぜ!」
「しねーよ、バカ。死ね」
 彼なりの渾身の口説き文句を、アゲハはわずか10文字で斬り捨てた。
 しかし、ここで退くような男なら、人生で迷子になったりするわけがない。
「シネーヨバカシネ……、参ったな、ギャル語か? 全然何言ってるのかわかんねぇぞ?」
「言ってるし! 超日本語で語らってるし!」
「まあいい、言葉よりもハートが大事だ」
 周はまるで気にしなかったが、大事なのはハートよりも現実を直視する能力である。
「ところで、聞いたぜ、女の子を病院に監禁なんてエロい……じゃねぇ、酷い話だ。おおむね全世界の適齢期の女の子の味方としちゃ放っておけないぜ。事情を詳しくおしえてくれ、もしかしたら力になれるかもしれねぇ」
「……えー、だからさぁ、ゴリラが動物が売り飛ばされそうだっておしえてくれたわけ。でもそれってさぁ、超悪いことじゃん。動物の皮を剥ぐとかグロイ系だし、やっぱカリスマ的には見過ごせないっつーか……」
「OK、またギャル語で何言ってんのかわかんねぇが……、病院に連れ戻そうとする奴はぶっ飛ばしとくぜ!」
「超ネイティブだから! つか、おまえ、話聞く気ねぇだろ!」
 適当に親指おっ立ててる彼のすねを、アゲハはサンダルでべしっと蹴飛ばした。
 そんなやり取りを見て、総司は感心した様子で頷いている。
「流石だぜ……、恋は盲目と昔から言うが、盲目どころか難聴まで繰り出すなんて……!」


 ◇◇◇


 周と平行線を辿り続けているところに、葛葉 明(くずのは・めい)がふらりとやってきた。
 明るい彼女には珍しく深刻な面持ちだ。唇をきゅっと噛み締め、悲しげな目をしている。
「やっと見つけたわ、アゲハさん……!」
「な……、なんだよ、そんな思い詰めた顔して?」
「だって……、あたしはガングロギャルじゃなく美白ギャルだったけれど、あなたには憧れていたのよ……?」
「そりゃマジ感謝だけど……、でも、それがなんなのよ?」
「なんなのじゃないでしょ! どうして自称小麦粉に手を出したのよ! 見損なったわ!」
「……はぁ!?」
 どうも彼女、アゲハのゴリラ発言を自称小麦粉による幻覚作用がもたらしたものだと思い込んでるらしい。
 まあ、たしかに「ゴリラが喋った」なんて、お薬の力を借りないと体験出来ない経験である。
「でもね、大丈夫、あたしにはわかってる。ゴリラが助けを求める幻覚を見たのは、あなたの潜在意識の現れだってこと、中毒状態のアゲハさんが必死で出してるSOSだって、ちゃんとあたしにはわかってるから!」
 完全なる思い込みで言うと、ジリジリと詰め寄ってきた。
「小麦粉の魔力に負けちゃ駄目よ! まだやり直せるわ! 病院に戻って治療を受けるのよ!」
 飛びかかってきた明だが、周がすかさずソニックブレードで迎撃する。
「な、なにすんのよ!」
「そりゃこっちの台詞だ! 黙って聞いてりゃ言いたい放題……!」
 そして、周はビシィとアゲハを指差す。
「こんなの、中二くらいで誰もがかかる、はしかみてーなもんじゃねぇか! 生暖かく見守ってやれよ!」
「誰が中二病だ、こらぁ!」
 そこにるるも弁護に加わる。
「そーよそーよ、喋るゴリラは実在するのよー」
 夢見がちオーラが漂う彼女を、明はジッと見つめ、間違いないこの子も『やってる』と決めつけた。
「……アゲハさん、自分だけじゃなく、こんな子にまで小麦粉の味を覚えさせたの?」
「小麦粉ってなに? あんパンのこと?」
 そう言って、るるは首を傾げた。
 実は彼女、あんパンでバストアップを試みている最中なのである。効果は実感出来ていないが。
「あ、アンパンだなんて……、なんてことなの、シンナーまでやらせてるの!?」
「違うっつーの! 薬に手を出すなってギャルサーで決まってるっつーの!」
 またしても平行線を辿り続ける一同だったが、その時、喧噪を貫くような悲鳴が上がった。
 一瞬静まり返り、ややあって、そこいら中から絶叫が噴き上がった。
 逃げ惑う人々、泣きわめく女子たち、腰を抜かす男子たち、空京センター街は阿鼻叫喚の様相を呈した。
 そんな地獄の中心となっているのは、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)である。
 相棒のジュゲム・レフタルトシュタイン(じゅげむ・れふたるとしゅたいん)に股がる姿は、白馬の王子ならぬ黒蟲の王子。
「ふふふ……、見えるかい、ジュゲム。まるでモーゼになった気分だね、人波が避けていくよ」
「イケメンのおまえと人気者のオレがいるんだ、パニックになるのは目に見えていたことじゃねぇか」
 ピカピカに黒光りする表皮を震わせ、ジュゲムは自信たっぷりに言った。
 無論、パニックが起こったのは、彼が人気者だからではなく、彼が体長2mの巨大ゴキブリだからである。
「やあ、アゲハ。ボクだよ」
 顔面蒼白のアゲハを見つけ、ブルタはねばっこい笑みを浮かべた。
 この日の為にビン底メガネを更に厚型にし、激レア美少女フィギュアもゲットして、オシャレは万全。
「常人とは違う美的感覚を持つ君なら、ボクのセンスを理解できると思うんだ。ボク達はきっと運命の黒い糸で結ばれているんだよ。センター街のカリスマギャルと、アキバの長老……お似合いだよね、グフフ……」
 腐臭漂うブルタ、だが、アゲハの視線はその下のジュゲムに突き刺さっている。
「こ、こっち来んな……」
「どうだろう、ジュゲムにタンデムして、空京デートと洒落込んでみないかい?」
「ブルタ以外乗せない主義なんだが……、あんたは特別だ。二人で真夏のロマンスを楽しめよ」
 そう言うと、ジュゲムはカサカサカサとアゲハの眼前に迫った。
「ほぎゃあああああーっ!!!!」
 絶叫と共に、虫嫌いのアゲハは白目を剥いて倒れた。
 唖然として生徒たちが固まっている中、ブルタは気絶した彼女を抱きかかえた。
 彼のイメージでは、白馬の王子様がお姫様を抱きかかえている感じなのだが、現実は過酷である。
 デカイゴキブリに股がったオタクがギャルを拉致しようとしているようにしか見えなかった。
「アゲハ。君が蝶ならボクは君という光を求めてやまないゴキ……、いや……蛍でいたい!」
 そのままデートに行こうとすると、アゲハのポケットからデコデコしい携帯が転げ落ちた。
「ん? ボクと電話番号を交換したいんだね?」
 そう言って、勝手に番号とメアドを交換し始めた。
 しばらくその場で携帯をいじくっていると、ふと背中に権力を持った視線を感じる。
 おそるおそる振り返ると、そこには制服を着たお巡りさんが立っていた。
「ちょっと交番にきてもらえるかなぁ。非常識な乗り物を乗り回す不審者がいるって通報があったんだけど、そのグッタリしてる女の子はどうしたのかな。もしかして、君がやったのかな。だとすると困ったことになるよね」
「な……、なんだい、職質ってやつかい? 罪もないボクをいじめて点数を稼ごうって腹だよね?」
「うん、ごたくはいいから、乗り物から降りなさい」