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第1章 アゲハはどこへ消えた?・その3



 動物たちが並ぶルートから外れた人気のない道を、黒崎 天音(くろさき・あまね)が歩いていた。
 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を伴い、ユニコーンを連れている。
「……それにしても、神守杉さんだっけ? 素朴な疑問なんだけど、2メートルもある盛り髪じゃ入れるところも限られると思うんだ。プリクラを撮る時とか、店舗の入り口をくぐる時はどうしているんだろうね」
「何を言うかと思えば……、余計なことに興味を持つのがおまえの悪い癖だな」
「ブルーズは気にならないのかい?」
「……気にならんこともないが、今は動物園の真相を早めに掴んでユニコーンに蹴られるのを避けたいところだ」
 事務所に到着すると、園長に面会を申し込む。
 園長のバーバル氏が姿を見せると、天音は連れてきたユニコーンを見せた。
「先日、荒野で生け捕ったんだ。ここなら高値で引き取ってくれるという噂を聞いて来たんだけど……?」
 バーバル氏の眉がピクリと不穏に動いた。
「お客さん、何か誤解されてるんじゃありませんか……。うちでは個人からの買い取りはしていませんよ。私どもはまっとうな商売をしています。たしかに素晴らしいユニコーンですがね、出所がよくわからない動物を引き取ることはできません。疑うようで申し訳ないですが、違法な手段で手に入れた動物だったらどうします?」
「つまり、買い取ってはもらえないということかな?」
「すみませんが」
 やれやれと肩をすくめ、天音とブルーズは事務所をあとにした。
 だが、すぐに身を潜め、木陰を辿って再び事務所に戻る。窓の傍に貼り付いて、聞き耳を立てた。
 バーバル氏と飼育係の話す声が聞こえる。
「いいんですかい、園長。あんな立派なユニコーン、なかなか手に入りませんぜ?」
「すこしは頭を使え。たしかに上物だったが、信用出来ない奴とは取引するものじゃない。商売ってのは慎重にやるもんだ。それに個人と取引し過ぎると妙な噂が立つ、サツに睨まれたらこんな商売どうしようもない」
「はぁ、そういうもんですかねぇ……」
「しかし、あの小僧、どこでうちが買い取りしてるなんて情報を手に入れたんだ。これまでも個人と取引したことはあるが、どいつもスネに傷がある同類ばかりだから、喋ったとは考えにくい。なにかウラがあるな……」
「だ、大丈夫すかね。今夜、動物を地球に送るんでやんしょ?」
 そこまで聞いて、天音は窓から離れた。
 バーバル氏の疑り深く慎重な性格が、ユニコーンに手を出さなかった理由のようだ。
 そこにブルーズが小声で話しかける。
「どうやら、動物の密輸を行っているのは事実のようだな……」
「ああ、少々興醒めだね。獣人の人身売買か密入国のような……、もう少し面白い謎があるかと思ったのに」
「なにを期待しているやら。悪党もおまえを満足させるために犯罪をしているわけではあるまい」
「ふふ、そうかもね」
 天音が微笑を浮かべると、ユニコーンが静かに身体をすり寄せてきた。
「馬鹿だね。本気で君を売ったりなんかするわけないだろう……、信じてなかったのかい?」


 ◇◇◇


 天音たちと入れ違いになるようにして、動物保護団体が事務所に押し寄せてきた。
 ここ数日で、動物園の悪い噂がネットを中心に広がっているらしく、彼らもそれに触発されてきたのだろう。
 その先頭に立つのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「こちらの移動動物園が動物の密輸を行っているという噂が出てまして……」
 ヴァンガードエンブレムを見せると、バーバル氏は不機嫌そうに眉を寄せる。
「調査をさせてもらえませんか。ここまで噂が広がった以上、なんらかの形で真実を明らかにしなくては。問題がなければ悪質な噂を取り締まれますし、動物園を楽しみにしている人も安心して来園できると思うんですよ」
「申し訳ありませんが……、そのために時間を割く必要性が感じられませんな。お引き取り願おう」
「これだけの数の人が抗議しているのにですか?」
「空京での営業はどうせ今日で終わりです。今さらそんな問題に取り組む必要もないでしょう」
 それでも食い下がろうとするが、その前にレン・オズワルド(れん・おずわるど)が立ちはだかる。
 二人は顔見知りだった。
「き、君は……、何故こんなところに?」
「俺はこの移動動物園の警護を任されている。これ以上、証拠もなしに騒ぐなら容赦はしない」
「そう言うことだ。クレームなら、彼を通してくれたまえ、はっはっは!」
 高笑いをして、バーバル氏は事務所に戻る。
 保護団体の30名近い視線が集中するが、レンはまったく動揺していなかった。
 それもそのはず、この保護団体を呼び寄せたのは彼だからである。
 パートナーのメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がネット掲示板で噂を流したのだ。動物にまつわる黒い噂、そして同時に保護の重要性を訴えかけた結果、噂を聞いた彼らがやってきたのだろう。全ては計算のうち。
 これもレンが園長の信頼を得るための布石なのである。
 しばし睨み合っていたが、やがて保護団体は数に任せて襲いかかってきた。
「こういう団体に限って、妙に暴力的なのはどこの世界も同じだな……」
 契約者であるレンは軽く攻撃をかわすと、毒虫の群れを放って、団体を追い払う。
 蜘蛛の子を散らすように保護団体は捨て台詞を残して逃げていった。
「く、くそ……! ネットで叩いてやるからな!」
「おまえのブログを炎上させてやる! 後悔しやがれ、グラサン野郎!」
 レンがブログをやっているかは不明である。
 大した戦闘能力もない団体構成員は容易く追い払えたが、能力的にも信念的にも刀真はそうはいかない。
「レン・オズワルド……、何故こんな卑劣な連中に手を貸すんです!」
「樹月刀真、おまえならわかるはずだ。ここで争っても意味がない。今は退くべきだ、今はな……」
「く……っ! 邪魔をするな……!」
 刀真の渾身の踏み込みを、レンは後の先で相手の動きを見極める。
 空を断つように鋭く振り下ろされた刃を、女王のソードブレイカーで受け止め叩き折った。
 その戦いを、刀真のパートナー達がはるか遠方、公園内にもともとある小高い丘の上、で見ていた。
「コレ凄いです、遠くまで凄く良く見えますよ!」
 双眼鏡を覗き込んで興奮しているのが、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)
 スナイパーライフルのスコープを覗き込み、レンに照準を合わせてるのが、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。
「ここからその銃で撃つんですね……、当たりますか?」
 ゴクリと喉を鳴らしながら、白花は尋ねる。
「任せて、こう見えても射撃の腕はちょっとしたものなのよ。さあ、い……くしゅっ! あっ!」
 パァンと乾いた音がくしゃみと共に聞こえたような気もしないでもないが、気のせいではない。
 双眼鏡担当の白花の頬を冷たい汗が伝う。
「あれ? 月夜さん……、刀真さんが倒れたんですけど」
「しっぱい……、大丈夫、これ模擬弾だから死ぬほど痛いだけ、刀真だから少ししたら起きるよ」
「そ、そんな落ち着いている場合じゃないですよ! 早く刀真さんのところに行きましょう! 助けないと!」
 次の弾を込めようとしていた月夜のスカートを引っ張って、白花は走り出した。
「ちょっ! 白花ひっぱっちゃダメ、脱げちゃう!」
 思わずチョップを叩き込むと、白花は頭を押さえて転がった。
「あーん、ごめんなさ〜い」
 そんな間抜けなやり取りをしている間に、レンは事務所に引っ込んだ。
 そして、残された刀真は薄れゆく意識の中で、ぼんやりと前にもこんなことがあったのを思いだしていた。
「痛い……、以前撃たれていなかったら死んでいたな……、はは……」


 ◇◇◇


 それから数時間後、夕日の差し迫った狐の檻の前。
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)がアイスを舐めてると、尻尾が九つ生えた『九尾の狐』がやってきた。
 彼はシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)、狐に化けて園内に潜入している獣人である。
 ちなみに九つの尻尾のうち、八本は琴音のしっぽだ。動物園のアイドルになるには、アピールが大切である。
「レンから連絡があったっスよ。計画に変更が出たって……」
 シグノーの言葉に、ノアは目を見開いた。
「どうかしたんですか?」
「園長の信頼を得て、密売の証拠を手に入れる計画だったっスよね。けど、今晩の警備、レンは公園の裏手門を任されたらしいんス。はっきり言って窓際族的ポジションっスよ。いてもいなくてもいいよーな……」
「なんでそんなことに……、レンさん、なにかポカしちゃったんですか?」
「いいや、関係ないっス。自分も一回見たことあるっスけど、園長ってすごく疑り深いやつなんス。今日、取引があるって言ってたから、邪魔にならない場所に飛ばされたっスよ。違いないっス」
「それで、どうするんです?」
「警備の穴はおしえてもらったっス! それを頼りに侵入するようヴァルに伝えて欲しいっス!」
「レンさんは……?」
「自分でなんとか動いてみるって言ってたっス」
「わかりました。あ、そう言えば脱出の時に動物さんを団結させて逃がすって言ってましたよね?」
「自分、言ってたっス。夜中に適者生存で説得してきたんで、なんとかまとめられそうっス!」
 そう言って、シグノーは白い歯をキラリと光らせた。