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ゴリラが出たぞ!

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ゴリラが出たぞ!
ゴリラが出たぞ! ゴリラが出たぞ!

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第1章 アゲハはどこへ消えた?・その2



 昼間の移動動物園は家族連れで賑わっている。
 ろくりんピックのため地方から見物に来た人も、目当ての試合がない時に立ち寄ってるようだ。
 そんな中、久世 沙幸(くぜ・さゆき)も一般客にまじって動物園を満喫していた。
「こんにちはっ! シャンバラカピバラさんっ!」
 キラキラと光の粒がこぼれそうな微笑みで、動物たちに話しかけている。
「パラミタインドゾウさん、あなたは喋らないの?」
 まるで夢の御花畑を無邪気に駆けているような、乙女チックな振る舞いに感じる人もいるだろう。
 だが、ちょっと待って欲しい、沙幸は16歳なのだ。いささかメルヘンが過ぎる言動ではないだろうか。
 自称小麦粉ユーザーと間違われているのだろう、微妙に来場客も距離を取っている。
「あっ、パラミタヤマネコさんがいるー」
 檻の前に駆け寄ると、飼育係がひょこっと顔を出した。
「おや、お嬢ちゃん。パラミタヤマネコが好きなのか? なんだったら、ちょっと触れ合っちゃうか?」
「え、いいの?」
「本当はおさわり厳禁なんだが特別だ。まあ、こいつとも今日でお別れだからな。今日の夜には地球に運び出されてはくせ……ゲフンゲフンッ! いやその……、移動動物園って今日でおしまいだからさ、ははは……」
「……引っかかるものがあるけど、ま、いいか。ヤマネコさんよろしくお願いします♪」
 プニプニと肉球を堪能する沙幸、肉球ソムリエールとしては譲れないスタンダード。
 にゃーにゃーと鳴くヤマネコを、ぎゅっと抱きしめる。
「……ねぇ、あなたお名前は?」
 返事を期待して話しかけるが、しかし、ヤマネコはゴロゴロと喉を鳴らして寝始めた。
 彼女は勘違いをしている。ここは動物が喋る動物園ではなく、喋るゴリラがいるという噂の動物園なのだ。
 ふと、その檻の前を緋山 政敏(ひやま・まさとし)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が通った。
 腕を組みながら歩くその様子は、仲睦まじいカップルに見える。
 しかし、それは世を欺く仮の姿、彼らの目的は他にある。
「すいません。ここの従業員の方に、その……、一見するとゴリラに似ている人っていませんか?」
「ちょっと言ってる意味がわかんないけど……?」
 カチェアの質問に、先ほどの飼育係は首を傾げた。
「ええとですね、前に来た時にお世話になったからお礼が言いたいんです」
「ああ、なるほど。でも、そんなやつはいないなぁ……」
 喋るゴリラが人間である可能性を探っているのだが、どうにもゴリラ似の従業員説は否定されそうである。
「うーん、いないか……、となると実際にゴリラの檻に言ってみるしかないな」
 政敏が唸ったその時、相棒のリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)から着信が入った。
『あ、もしもし、政敏? 送ってもらった動物のデータ、こっちで調査してみたよ』
「そうか。それでどうだった?」
 ここまでの道中、政敏たちは園内にいる動物を携帯で撮影して、蒼空学園にいるリーンに送ったのだ。
 それはもちろん、動物園の悪事の証拠を掴むため。動物園なら動物の検疫は街に入る前後で行われているはずだから、年度ごとの『担当病院』と『動物の数の差』を調べれば、何かが見えるかもしれない。
『それがね、前後の検疫で数が変わってないの』
「検疫の報告書自体が偽造されてる可能性があるな……。病院のほうは?」
『毎年同じところで検査してるみたい。もしかして、病院も一枚噛んでるのかな……?』
「そもそも病院に通さず偽造を行ってる可能性もある。どちらにしろ、きな臭い……」
『うん……、あ、あと、アゲハさんの写真見つけたから、メールで送っておくね』
「ああ、ありがとう」
『まったく私に雑用させて、デートなんて良いご身分ね。今度は私を連れて行きなさいよ』


 ◇◇◇


 今日は絶好の動物園日和。
 日下部 社(くさかべ・やしろ)は、噂の喋るゴリラを見るため、パートナーと遊びにきていた。
 望月 寺美(もちづき・てらみ)日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が、楽しそうに檻の前を駆け回っている。
「はぅ〜☆ 動物園ですねぇ〜! ぞうさんはいるんでしょうか? え? 象山?」
「やー兄! やー兄! ちーちゃん、動物さん見たーい♪」
 ふと、千尋が遠くを見つめた。
「あ! あそこ歩いてるのって喋るゴリラさん!? わぁーい! ちょっとお話ししてくるねぇー☆」
 楽しそうなイメージが浮かぶ、元気に胸を叩いてるゴリラ、仲間の毛づくろいをするゴリラ。
 わくわくしながら、辿り着いた先には現実が待ち構えていた。
 ゴリラは枝でアリを食っていた。
「アリさんをペロペロ食べてる……」
「大自然ってのは、食うか食われるかや。ゴリラさんだって、おまんま食べないと生きていけないんやで」
 ショックで固まる千尋の肩を叩き、社はちらりと寺美を見た。
「とりあえず、寺美に『ウホウホ』言ってもらえれば、ゴリラからよってきてくれるんやないか?」
「……よくわかんない理屈をほざいてるから無視するですぅ〜。放置プレーを味わうがいいですぅ〜☆」
 そっぽを向く彼女だったが、社はしつこかった。
 自分のフリでギャグを成功させたいという、関西人的ギャグ遺伝子に突き動かされているのかもしれない。
「え〜い! うるさいですぅ〜! ゆる族をなんだと思ってるんですかぁ〜!」
 えぐるようにボディブローを撃ち込むと、社は親指をおっ立てて『突っ込み』を賞賛した。
「そう、その呼吸を忘れたらアカンでぇ」
 休日の動物園で何やってるんだろうこの人たちは。
 しかし、彼らのコントも無駄ではなかったようで、ゴリラが興味を示した。
「……楽しそうですね、何をされてるんです?」
「わぁー、ゴリラさん、すごい! 本当に喋れるんだぁ!」
「待つんや、千尋! 何か危険なものを持ってるかもしれへん、つか、ホンマにゴリラか調べんとアカン!」
 そう言うと、檻をこじ開けて中に入り、ゴリラの身体を身体検査でまさぐり始めた。
「な、何をするんですか!?」
「あんま艶っぽい声出すなや……、こっちまで変な気分に……、ん、なって……、くるやろ?」
 どういう思考回路なのか頬を桃色に染める社、慌てて寺美は千尋の目を塞ぐ。
「ねぇねぇ、ラミちゃん? なんでやー兄変な声出してるの?」
「ちょっと暑さでおかしくなってるんですぅ〜。しばらく他人のふりをしましょうねぇ〜☆」
 そんなアホなことをしてると、他の生徒たちが集まってきていた。
 基本みんな呆れていたが、こんなことで屈していては芸人は務まらない。
「なんや、集まってきたなぁ。よっしゃ、折角だから、喋るゴリさんに会えた記念お茶会でも開いたろか!」


 ◇◇◇


 社に押しの強さに負け、檻の中で『ゴリラ交流会』催されることになった。
 ティータイムで用意された紅茶は良い香りなのだが、お菓子にアリが群がってくるのが嫌な感じである。
 招かれたのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)とそのパートナー達。
 そして、先ほどの政敏とカチェアの二人だ。
「紅茶、美味しいです。アールグレイでしょうか、夏場はやはりアイスティーに限りますよね」
 ゴリラのくせに行儀の良いゴリラである。
 ローザマリアの相棒、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)はおどおどした様子でゴリラを見ていたが、ゴリラが思いのほか紳士であることを知ると、広い背中に思いっきり抱きついた。
「うゅっ♪ ゴリラさん、ふかふかで、あったかくて、とーってもかわいいー、の♪」
 ローザマリアのもう一人の相棒、典韋 オライがケッと口元を歪める。
「なーにが、喋るゴリラだよ。んなもんよー、着ぐるみに決まってんだろーが!」
「ちがうの、ゴリラ、なの」
「ふん、どうせ、超リアルゆる族でした、なんてオチがせいぜいじゃねーのか?」
 そう言うと、ゴリラの正体を暴こうと飛びかかった。
「ちょいと身体検査ってやつだ。おら、背中のチャック見せやがれ!」
 その瞬間、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が彼女を蹴り飛ばす。
「何しやがる! チャックが見つかりゃ世はなべて事もなし、それで全部解決、万々歳ってことだろーが!」
「莫迦者。何ゆえ今一つの可能性に思い至らぬ? 喋る事が出来る動物、このゴリラは、獣人であろうよ」
「違いますけど」
 アイスティーをズズーっとすすりながら、ゴリラはハッキリ言った。
「では、本物のゴリラだとでも……、いやまさかな」
 気を取り直し、グロリアーナは質問する。
「何者かはわからんが、見た目は完全にゴリラ。おそらく身体能力も同等であろう。それ程の膂力があれば飼育係を殴り倒して脱出も出来たはず。それをしないということは、何か逃げられぬ事情でもあるのではないか?」
「ぼく、暴力は苦手なんです。人を傷つけるなんてできません」
「……ピースフルなゴリラだな」
 とその時、ローザマリアがテーブルをドンと叩いた。
 まったく真相が見えないゴリラの正体に業を煮やしたのだろう。
「あなた、何者? ゴリラなんて解答は期待していないわ。あなたが、ゴリラという個体名なら話は別だけども」
「ぼくは……」
 そうして、ゴリラはゆっくりと己の正体を語った。
 あまりの衝撃的な事実に言葉を失い、しばらくの間、一同は脳がフリーズしてしまったほどである。
「ば、馬鹿な……、だってどっからどう見ても……」
「うゅ〜……、エリー、ゴリラさんのこと、しんじる、の。ウソは言っていないとおもう、なの」
 時には受け入れがたい現実でも直視しなければならない。
「俺は信じるで、ゴリさん。あんたの目は嘘を言ってへん」
 社は頷きながら言った。
「だから、ゴリさんも俺たちを信じてくれ。ここの動物たちが大変なことになってるって聞いたで。俺らで力になれるかはわからへんけど、せめて話だけでも聞かせてくれへんかな。これでも頼りになるんやで、俺たち」
 その言葉に呼応するように、政敏はアゲハの写真を携帯で見せた。
「俺も信じるよ」
「あ、この人は……!」
「この子も大変でね。俺が代理。悪いけど詳しい話を聞かせてくれると助かる」
「なら、私も信じるしかなさそうね」
 ローザマリアはため息まじりに言った。
「動物の解放は、早晩行われると思う。けど、この動物園に関する良からぬ噂のウラが必要なの。肝心のウラが取れなければ、幾らあいつらを叩いた所で裁く事は出来ない。些細な情報でもいいの、何か知らない?」
「でも、ぼくはずっと捕まってましたから……、あの人たちがよからぬ話をしていたのを聞いたぐらいです」
 申し訳なさそうにゴリラは言う。
 残念ながら、彼の知っている情報は少ないようだ。
 それから、社たちは警察に通報するため、空京に飛び出していった。
 もっと情報が得られると思ったが、当てが外れたローザマリアたちも捜査当局に掛け合うことにした。
 そして、政敏は檻から出ると、綺雲菜織に電話をかける。
「喋るゴリラは確認したよ。『助けて欲しい』って言葉をちゃんと届けてやってくれ」