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『緋色の書』
 
 
「お姉ちゃん、この御本読んでなのー」
「こ、これは……」
 朝野 未羅(あさの・みら)が持ってきた『緋色の書』の中身を見た朝野 未沙(あさの・みさ)は、ちょっと絶句した。
 よ、読めない……。
 いや、別にルーン文字で書いてあるとか、特別な封印がかけてあるとかではない、単純に誤植だらけで読めないのだ。もしかして、これは落丁の部類に入るのではないのだろうか。
「この御本は未羅ちゃんにはまだ早いから、別の御本読んで来たら? この御本はあたしが返しておくから」
「はーい」
 朝野未沙に言われて、朝野未羅は素直に別の本を探しに行った。
「さて、この本の持ち主はと……。いたいた」
 グラナート・アーベントロート(ぐらなーと・あーべんとろーと)を見つけると、朝野未沙は駆け寄っていった。
「ねえねえ、少し読めない所があるから、教えてほしいんだもん」
「えっ、えっ、どの辺ですか?」
 ふいに声をかけられて、グラナート・アーベントロートがたどたどしく答えた。
「えっと、まずここかな。『火事湯つとは補の魚棍トロルする魔法である』ってところなんだよね」
「ええっと、そこですか。そこは『下述とは炎を今度ロールする魔砲であ留』と言う……、あれっ、あれっ?」
 説明しようとして、なんだかさらに悲惨な結果になっていく。
「ごめんなさいね。グラナートは通称『誤字の書』と呼ばれるくらいなのですわ。えっ、だったら私が説明しろですって!?」
 とりなそうとしたアンジェラ・アーベントロート(あんじぇら・あーべんとろーと)が、突然朝野未沙に解説を求められて、パートナーに負けず劣らずしどろもどろになった。
「す、すみません。私には無理ですわ。だ、誰かー」
 アンジェラ・アーベントロートが、むなしく助けを求めた。
「よろしい。その挑戦、私が受けてたちましょう」
 アンジェラ・アーベントロートの悲痛な叫びに応じて、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が名乗りをあげた。
「シンダール語からサンスクリット語、はてはヒエログリフからルーン、そして異世界の言語まで何でも来いです! 読めない本は、考古学者の膨大な知識と読解力と推理力で私が解読してさしあげます!」
 胸を張ったウィング・ヴォルフリートではあったが、『緋色の書』を手に取ったとたん目が点になった。
 難解な言語であるのならどうにでもなるのだが、笑えるワープロ誤変換の見本みたいな文章はどうしていいか分からない。
「ま、負けません」
「頑張ってくださいませ」
「ごめんなさいです」
 本人まで交えて、三人で大解析大会が始まる。ここまで来ると、もうへたなクイズ大会のようだ。
「うん、待ってるから、ちゃんと内容を教えてねっ♪」
 ちょっと意地悪な目をして、朝野未沙が楽しそうに言った。
 
 
『聖書』大全集
 
 
「もっと、るるむきの占いはっと……。ああっ、そういえば、書物占いとかってあったよね。適当に本を開いて、そこの言葉で占うっていうの。よく聖書なんか使われるらしいけど……。あっ、聖書見つけたあ」
 そう言うと、立川るるは『聖書』大全集に駆け寄っていった。
 それにしても分厚い。心なしか縦横よりも厚さの方があるような気がするのだが、錯覚だろうか。
「とりあえず、明日の天気はっと……えいっ」(V)
 占いたいことを心に描くと、立川るるはえいやっと『聖書』大全集のページを適当に開いてみた。
「こ、細かい……。それに、これ何語なんだろー」
 開かれたページにぎっしりと書き込まれた細かい文字に目を凝らしながら、立川るるが呻いた。
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)の本体である『聖書』大全集は、古今到来聖書と呼ばれる物を、古典ヘブライ語、アラム語、ラテン語、ギリシア語などで写本した物である。そのため、無駄にページ数が多い。内容が同じなのだから、言語学者以外にとってははっきり言って無駄である。分冊してくれた方がどれほどすっきりするか、いや、いっそバラバラにしてやろうかと、持ち主である日堂真宵が思うほどに厚いのだ。普段はチェーンをつけられて、モーニングスター代わりにされているほどである。
 扱いに困った日堂真宵は、今回の読書会でさえ古本即売会だと勝手に自分自身に思い込ませて、なんとか処分しようと企むくらいだ。
「るるちゃん、聖書っていうのは、ちゃんと読まないと……。ほら、何か視線を感じるよ!」
 ラピス・ラズリが、ツンツンと立川るるをつついた。
「大丈夫ですよ♪」
 最後尾はこちらという手持ち看板を掲げて客引きをしていたベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、すかさずドサドサと机の上に各国辞書を山積みにしていった。
「流し読みは許しませんよー。きっちりと読んで一字一句覚えていってくださいね」
 ニッコリと恐ろしい笑みを浮かべながらベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが言った。
「ええと、占いの結果が出なかったのでまた今度にしますです。ラピス、次の占いにいってみよ〜」(V)
 そう答えると、立川るるはラピス・ラズリの手を引っぱってあわてて逃げていった。
「ちょっと待ちなさい、逃がしませんよ」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントがすかさず立川るるたちを捕獲しようとしたところへ、日堂真宵がミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)たちを案内してきた。
「素晴らしい聖書があるとお聞きしました。ここは、ぜひにも普及して回らなければいけません。さあ、読むのですミヒャエル殿」
 ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が、ミヒャエル・ゲルデラー博士をずいとベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの方へ押し出した。
「いらっしゃいませ〜。どうぞこちらへ〜」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、ミヒャエル・ゲルデラー博士の腕を取ると、逃がすものかといそいそと『聖書』大全集への許へと案内した。
「これですかな」
 極力めんどくささを外に出さないようにしながら、ミヒャエル・ゲルデラー博士が『聖書』大全集を手に取った。
「ふむ、実に興味深いですな」
 適当なことを言いながら、一応ちゃんと目を通す。そうでもしないと、布教布教とロドリーゴ・ボルジアがうるさいのだ。
「こんな本よりもあたしの、マキァベッリ著『君主論』の方が面白いのに。もっとも、放っておいても、今回の読書会では一番だよね」
 イル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)が自慢げに言う。
「あれ、確かミヒャエル殿はエントリーし忘れたとか言っておりましたが……」
「えっ、なんですって! 本当なの、ミヒャエル!」
 予想もしなかった事態に、イル・プリンチペがミヒャエル・ゲルデラー博士に詰め寄った。
「すまん」
「ぶぅわぁかぁ!!」
 あっさりと謝るミヒャエル・ゲルデラー博士を、ぶち切れたイル・プリンチペがぶっ飛ばす。あえてそれを利用して、ミヒャエル・ゲルデラー博士が逃げだしていった。
「ああ、また。なんで最後まで読んでくれないんです!」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが無茶な要求を口にする。
「ほう、読み応えがありそうだぜ。挑戦させろ」
 ヴァル・ゴライオンが、名乗りをあげた。
「素晴らしい! 感動と興奮の大巨編だな!」
 凄まじい速度で速読していきながら、ヴァル・ゴライオンが言った。とはいえ、半端ない文字数なので、はたしてちゃんと理解しているかどうかははなはだ疑問だ。
「あらあら、ちゃんと読む人もいるんだ。なんなら、持って帰って読んでもらってもいいのよ」
「それは助かるぜ。一度読み始めた本は、ぜひ読了したいもんだからな」
 日堂真宵の皮肉に、素直にヴァル・ゴライオンが反応した。だが、そう言われると、自分の物を他人に持っていかれるのは我慢できない、複雑なお年頃の日堂真宵であった。