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『手記 第三巻』
 
 
「よく意味は分からなかったのですが、だんだんと迫力を増していく後半はなんだかすごかったです。でも、これは未完ですのね。結末がすっごく知りたいです。続刊はいつですか? いつ、いつなのぉー」
 ちょっと最後の方を叫びながら、『手記 第三巻』を読んだオルフェリア・クインレイナーが、シュリュズベリィ著『手記』の胸倉をつかんでブンブン振り回した。
「だから、迂闊な読み方をしてはいけないと言ったのだがのう」
 困ったものだと、シュリュズベリィ著『手記』がつぶやいた。この本を必要以上に読み進めると、みんな異常をきたし始めるのだ。
「あら、これって、日記でしたのね、ふぁーあ。ごめんなさい。私、こういうのは苦手で……」
 『手記 第三巻』を手に取った高峰結和が、謝りながら本を書見台に戻した。冒頭のまともな日記の部分をちょっと読んだだけだったので、オルフェリア・クインレイナーのように変な影響は受けなかったらしい。
「おやおや、みなさん面白い反応ですね。興味深い魔道書です」
 そう言うと、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が黙々と『手記 第三巻』を読み始めた。
 冒頭は他愛もないただの日記なのだが、後半に入るにつれて言葉の端々に狂気が顔をのぞかせ始める。それはすでに文字とすら言えないような紋章や魔法陣などが織り混ざった物となっていた。
「ハスターですか……。ふふふ……、今さらクトゥルフ神話関連の記述で失う正気など、すでに持ち合わせてはいませんよ」
 『手記 第三巻』のぶっ飛んだ内容を純粋に楽しみながら、エッツェル・アザトースは言った。
 
 
『神和瀬織』
 
 
「うーん、さすがに誰も読みに来ない。ただ一族の生没年が書かれているだけの巻物なんて、やっぱり誰も読みたくないのかなあ。本当は、それ以外にもいろいろ書き込まれたりはしているんだけど……」
 ちょっと予想外だったと、『神和瀬織』の巻物を前にして神和綺人は少しがっかりしていた。
 伝承では、一族の中でも特殊な能力を持つ物の名前と記憶が記されているとされているのだが、実は神和綺人の名前も、二年前に死んだということになって載っていたりする。その一点だけで信憑性はぐっと落ちるわけだが、真相はどこにあるのだろうか。
「いたいた。綺人、私の本体を返してください」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)を伴って、神和 瀬織(かんなぎ・せお)が駆けつけてきて言った。
「無断で持ち出すのはひどいと思います」
「あれ? 一応断ったはずだよ」
 文句を言う神和瀬織に、神和綺人が怪訝そうに答えた。すっと、視線をユーリ・ウィルトゥスにむける。
「そうだな。ちゃんと綺人は瀬織にこれ貸してくれって言っていったぞ」
「いつです?」
 そんなのは知らないと、神和瀬織がユーリ・ウィルトゥスに聞き返した。
「お前がアイスクリームに夢中になっていたから、聞いていなかったんだろう」
 ユーリ・ウィルトゥスが神和瀬織に突っ込む。
 そう言われれば、神和綺人が珍しくいそいそとアイスクリームを持ってきたときに何か言っていたような気がする。確かに、アイスクリームに夢中になってそんなこと聞いてはいなかった。
「それはそれです。とにかく、わたくしの本体は回収させていただきます。一部修正もしなくてはいけませんし……」
 契約によって死期を回避したはずの神和綺人の名がまだ巻物に残っていることを思い出して、神和瀬織はつぶやいた。
 
 
『ノワール・クロニカ』
 
 
「誰も読みに来ないみたいだから、今のうちに自分のこと予言してもらってもいいよね。いつもは危険だからだめって言って読ませてくれなかったし」
 そう言うと、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、『ノワール・クロニカ』を開いた。
「まあ、今日は特別でございますし。知りたいことを、強く心に念じてみてくださいまし」
 ノワール クロニカ(のわーる・くろにか)が、リース・アルフィンに言った。
「私の未来について知りたい!」
 リース・アルフィンが叫ぶと、本のページに文字が浮かびあがった。
『三週間後の晩御飯はラーメンです』
「え〜、これが予言なの? 地味です。地味すぎます」
「それでも、予言は予言ですから。いいでしょう、三週間後の晩御飯にはラーメンを作ってさしあげます」
 不満そうなリース・アルフィンに、ノワール・クロニカが約束した。
「確かに未来の出来事みたいだけれど、なんだか予言と言うよりは、予定みたいです」
「あまり差はないでございますね」
「だめだわ。なら、次です。――将来の私の旦那さんはどんな人なの?」
『スイカです』
「ちょっと待って、人間ですらないし。やっぱり結婚するなら、私は男の子の方がいいです。毎日スイカを食べるというのはありですけど。結婚もしないで、一生スイカの御飯を旦那さんとして生きていくのはちょっといいかも――いいえ、淋しすぎます」
「本音と願望がごっちゃまぜでございますね」
 少し呆れたようにノワール・クロニカが言った。リース・アルフィンのスイカ好きも、ここに極まれりという予言に思える。
「なら、最後です。これから私、どうなるの?」
『ある者のよき理解者になるでしょう』
「うーん、またよく分からない言葉が……」
 思いあたる節がなくて、リース・アルフィンが頭をかかえた。
「どうも、雑念や邪念が多すぎるようでございますね。それがノイズとなって、もともと不安定で発生していたノイズを増幅して、相乗効果で面白予言となってしまっているようでございます」
「そんなあ」
「だから、危険と申していたのでございます。これを機に、自らの道は自らで切り開くべきではありませんでしょうか。とりあえず、今日の帰りに、インスタントラーメンは買って帰りましょう」
「なんでインスタント。というか、予言成就させる気満々だし……」
 もっと美味しい物が食べたいと、リース・アルフィンはシュンとなった。
「せめて、スイカを載せた冷やしラーメンを……」
 
 
『ゼファー・ラジエル』
 
 
『今日は、日曜日なので朝の八時前にてれびの前に行きました。特撮番組をみてる最中に寝てしまい、魔法少女番組を見損ねました。同居人が録画をしていてくれたので、事なきを得ました』
「えっと、これって、魔道書じゃなかったのかしら。まるで絵日記みたいなのですけれど」
 『ゼファー・ラジエル』を読み始めたアンジェラ・アーベントロートが、分厚く重々しい装丁と、その中身のサインペンで書かれた極彩色の絵日記とのギャップに唖然としながら言った。
「いえいえ、まだ先がありますから、きっとちゃんとした魔法がでてくるかもしれません」
 ほのかな期待をいだいて、アンジェラ・アーベントロートは先を読み進めた。
『今日は、御主人様が録画してた音楽番組のメディアに間違えて時代劇を録画してしまいました。帰って来たらおしおきされてしまいそうです、だれかーたすけてー』
「まさか、このままずっと絵日記だなんてことは……。それにしても、微妙に絵心がありますわね」
『海に行きました。十二星華の人が怖くてせっかくの魔法少女の衣装で許してもらいました。…新しいの、御主人様かってくれないかなぁ』
「これはもう、絵日記として考えるしか……。でも、そう考えてしまえば、なかなかかわいいかも」
 そうつぶやくと、アンジェラ・アーベントロートは、読み終えた『ゼファー・ラジエル』を書見台に戻して去っていった。
「絵日記って言われたぁ……。しくしくしく……」
 物陰からそっとアンジェラ・アーベントロートの様子をうかがっていたゼファー・ラジエル(ぜふぁー・らじえる)が、目をうるうるさせてつぶやいた。
「しかたないだろ、もろに絵日記なんだから」
 いつの間に後ろに立ったのか、如月正悟がポンとゼファー・ラジエルの頭を撫でた。そのまま、久しぶりに『ゼファー・ラジエル』をパラパラとめくってみる。
「うん、やっぱり絵日記以外の何物でもないな。とりあえず、お前さあ、魔導書なんだから絵日記はやめろよ、絵日記は。アホの子と呼ぶぞ?」
 そう言うと、如月正悟はゼファー・ラジエルの頭をぐりぐりとちょっと乱暴に撫で回した。