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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 08

 祭の夜はデート日和、恋の花は情熱の薔薇? それとも可憐な芙蓉花だろうか。
 九条 風天(くじょう・ふうてん)アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)のデートは初々しい。
「あ、ぇ、えーと……」
 たこ焼きを買ってベンチに腰を下ろし、一皿を二人で分け合いながら、アルメリアはしきりと緊張している自分に気づいた。
「今日は、来てくれてありがと、ね」
 ちらりと風天の顔を見上げる。風天は男性なのに、女の自分からしても羨ましくなるくらい綺麗な顔をしている。整った顔立ちにきめの細かい肌、黒い髪だってこの上なく艶やかだ。
「迷惑じゃなかった?」
「とんでもない。こちらこそ、お誘いいただいて感謝しています。ちょうど、行きたいと思っていましたし」
「本当?」
「もちろんです」
 それと、と風天は気負うことなく告げた。
「浴衣、良くお似合いですよ」
 この瞬間、ぼっ、と湯気が頭の後ろから出たのではないか、とアルメリアは思ったほどだ。それほどに嬉しい言葉だった。
「そ、そう!? あー、なんていうかその、着方わからなかったからテキトウにしつらえてきたんだけど、はは、ありがとっ!」
 なんだかしどろもどろになってしまう。風天と遊びに行くのはこれが初めてではない。だから意識しすぎる必要はないはずだがそうもいかなかった。これまでは仲の良い友達数人と一緒だった。実は二人きりで出かけるのはこれが初めてなのだ。
「でもでもっ、風天も浴衣で来たらよかったと思うよ。絶対可愛いと思う。ワタシなんかよか、ずっと!」
「どうでしょう? 浴衣でも良かったとは思いますが、でもボクは……」
 アルメリアと比べると風天はずっと落ち着いていた。彼はそれほど、舞い上がっていない。
 なぜなら風天は、恋愛をしているつもりではないから。むしろ、自分が再び恋愛ができるような日は来ないと思っているから――それほどに、彼の心に残った失恋の傷痕は深い。「デートに行かない?」と誘ってくれたアルメリアのことは、もちろん好きだった。といってもそれは、親しい後輩としての「好き」でしかない。
「ボクは、アルメリアさんの浴衣姿を見る方が好きです」
 なのでこの言葉もそれほど重い意味はないのだけれど、当のアルメリアとしては、心臓にナイフを突き立てられたようなものだった。
(「最近はなんだか風天ちゃんといると胸の奥の方が何だか温かい感じがするのよね。言葉のひとつひとつに、こんなにも反応してしまうし……これって、もしかして」)
 アルメリアには恋愛の経験はなかった。小説などで恋愛の知識はあるものの、実際の恋愛はどこからはじまって、どんな風に燃え上がり、どんな風に胸を焦がすのか、それがまったく理解できなかった。なのでアルメリアは、素直に今、したいことをした。
「風天ちゃん、口あけて♪」
 たこ焼きをピックアップして、ついっと差し出す。
「え?」
「デートって言ったらやっぱりアレよね、あーんっていうやつ。このタコ焼きを風天ちゃんに、はい」
「それはちょっと恥ずかしいのですが……」
 風天は頬をかいたが、後輩がやりたがっているものを無下にするのも気の毒だ。目を閉じて応じてあげた。
「あーん♪」
「あーん……です」