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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 09

「よう! どんな調子だ?」
 姫宮和希とミューレリア・ラングウェイが訪れたのは、百合園女学院の皆で出店した『カフェ・カサブランカ』。『白い家(Casa Blanca)』のネーミングに偽りはなく、プレハブ設計ながら純白のたたずまいだ。
「おにーさん、ちょっと涼んでいかない? 中の子達とお話しながらティータイムとかどうかな? なんか疲れが見えてるよー、休んでいったら良くなると思うけどー」
 と男性客を勧誘していた桐生 円(きりゅう・まどか)が、二人に気づいて手を振った。
「調子? わりと良い感じね……あれ?」
 ついさっきまで袖をつかんでいた少年が、どこかへ姿をくらませたので円は周囲を伺った。
「どこ行ったのかしら、さっきの白衣の子……?」
「白衣?」
 和希とミューレリアは顔を見合わせた。
「気づかなかった? 小柄な子で、分厚い眼鏡をかけてたの。でもねー、眼鏡の奥の瞳は妙に綺麗だったりして……あれきっと『隠れ美少年』よ。お金も持ってなさそうだけど別にいいの、うちは楽しんでもらうための伊達と酔狂でやってるらしいから。いざとなったら、見た目も悪くないから女の子の格好でもしてもらってウェイトレスにしてもいいわけだしー」
 和希が言う。
「待てよ、それ、もしかして『男の格好してる女』じゃねぇのか?」
 ミューレリアが口添えた。
「姫やんみたいな?」
「そうそう、俺の場合漢字の『漢』って書く方の『おとこ』って感じだけどな。『がさつ』って言い方もできるけど」
「でも私はー」
 ミューレリアは猫耳を、ぴくぴく動かして頬を染めた。
「たとえがさつでも漢気(おとこぎ)あふれる姫やんが……好きだぜ」
「よ、よせよ円の前で、照れるじゃねぇか……」
「あーもう! ラブラブは店前じゃなくて店の中でやんなさい店の中でっ!」
 関係ないのに円は顔を赤らめつつ、二人の腕をつかんでカサブランカ内に連れていった。
「はーい二名様ごあんな〜い! 二人とも、注文はペンギン型のかき氷製造機で作る特製かき氷でいいよね!?」
「俺はなんでも」
「それってさぁ、別々の味にして姫やんと『あ〜ん』って食べさせあうことできるかな?」
「できるできる! っていうかいくらでもやんなさい! 席への案内、大きい方と小さい方どっちがいい?」
 よくわからない円の問いかけだが、和希とミューレリアは「大きい方」と返事した。すると、
「はい、ようこそおいでくださいました」
 やってきたのは冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だった。ホワイトブリムに瀟洒なメイド服、そして店用のエプロン姿、薄化粧していて見目麗しい。
「おっきな人って、円さん……。私が変な勘違いされそうです」
 苦笑気味に小夜子は、二人を席に案内する。
「ええと、『ペンギン型のかき氷製造機で作る特製かき氷』でしたね。シロップはどうなさいます?」
 と、屈み込む小夜子の腰に、そっと伸ばされる怪しい手……をなんなくひねり上げて、後方のセクハラオッサン客を封じて彼女はいささかも動じずに注文を受けた。(後方のオッサンは大いに動じて、ぎゃっ、と叫んで逃げていった)
 小夜子がキッチンに向かう。『カフェ・カサブランカ』は半ばオープンカフェの形式をとりながらも、中央は建築物という一風変わったたたずまいだ。上品な欧風で統一されており、ゆっくり腰を落ち着けて楽しめるよう、カップルや団体向けの空間を手広くとっている。
 キッチン部分もオープンになっているので、カウンターで働く七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の姿もよく見えた。
「和希さんたちの注文を運び終えたら、歩さんと給仕を交替ですね」
「小夜子ちゃん、わがまま言っちゃってごめんねー」
「いえ、私もキッチンをやってみたかったですもの」
 歩と小夜子は、キッチンと給仕を交替でおこなっているのだ。ちなみに入店時、円の問いに「小さい方」と答えるとそこで即交替だったらしい。(ちなみに何の大きさを「大きい」「小さい」と区分けしているのかは謎である。身長?)
「小夜子ちゃん、調理器具で足りないものがあったら足元の籠を探してみてね。あと、バターは製氷ボックスに入っているから」
 交替時間が近いので、歩がキッチンについて教えると、小夜子もさっきの経験を語る。
「そうそう、歩さん、ついさっきセクハラの魔の手が伸びてきました。洒落た店ですし滅多にないことですが、祭の浮かれた気分でつい、粗相をする人もいるかもしれません」
「ええっ! 大丈夫だった?」
「私は大丈夫です。しっかり懲らしめておきましたし……でも、何かあったらすぐに呼んで下さいね」
「うん、気をつけるよ」
 すでに九月とはいえまだ気分は夏だ。夏は危険がいっぱいということか。
 そこに、同じくウェイトレス役の秋月 葵(あきづき・あおい)がやってくる。伝票の注文を読み上げたする彼女に、小夜子が声をかけた。
「あの、葵さん。もう『雪のホットケーキ』はないんですよね?」
「え? うん。あれは限定メニューとして10皿分くらいしか用意してなかったからね〜。材料もないし、もう作れないよ〜」
 まだまだ暑いけど見た目で涼しくなるように、という願いを込めて、葵が用意したメニューが『雪のホットケーキ』だ。パンケーキ部分を雪原を見立てて粉砂糖で白くして、アイスを重ねて作った雪だるまを置いた。しかもその雪だるまには、チョコで顔を描くという芸の細かさだ。生クリームで飾り付けたこともあって、見た目にも美味なる一品なのである。
「なんだか大人気で、口づてで聞いてわざわざ訪ねてくれたお客さんもいるみたいだよ。みんながっかりさせちゃって申し訳ないなあ……こんなことならもっと用意しておくんだったねー」
 歩も、少々残念そうに言うのである。
「そう言ってもらえるのは、あたしが所属してる『雪だるま王国』としても嬉しいんだけど……」
 葵は肩をすくめて力なく笑った。
「あれ、限定品ということで高級アイスを惜しみなく使ってるから、作れば作るほど赤字になるんだよね☆」
「心配ご無用! その高級アイス、たっぷり用意させましたわ。これでもう品切れはありませんわよ!」
 力強い声がして、歩、葵、小夜子、同時に振り向いた。そこに立っているのはご存じ崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)、彼女の背後には、崩城財閥の使用人と思われる黒服黒眼鏡黒スーツの女性が数人、両腕に一杯のクーラーバッグを提げて控えていた。
「しばし店を開けていてごめんなさいね。ちょっと計算しておりましたの。高級アイスであろうと、大量購入すれば安くなるのは経済の常識、きっちり値切っておきました。このまま高いペースで『雪のホットケーキ』の注文がくるなら、開店時の予想以上の黒字になりますわ」
 もはや問うまでもないだろう。亜璃珠が用意させたクーラーバッグの中身は、すべて『雪のホットケーキ』の材料なのである。でも気にしないで、と亜璃珠は笑う。
「といっても無理して売り切ろうとしなくても構いませんわ。伊達や酔狂でやっているだけのことですもの。なにしろ今日はお祭、この店にいるすべての人……もちろん、私たちを含めてね……の心が満たされればそれでいいのですから。でもそれが百合園の美学というものではなくって?」
 手早くエプロンを巻き、亜璃珠自身、接客や呼び込みをすべく歩み出す。
「さあ、お待ちかね『雪のホットケーキ』の再開ですわよ! 食べ損ねた方も呼んであげましょう。外の円さんにも伝えて置いて下さいまし!」