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リアクション
いたずらかもてなしか
久しぶりに来たミルムは、以前と変わらぬ佇まいとハロウィンの飾り付けが混在していてなんだか楽しい。ここに来るまでのラテルの道にも、ところどころジャコランタンが下がっていたり、ミルムのハロウィンのお知らせが貼ってあったりと、ささやかではあるけれどハロウィンらしい飾りつけがしてあった。
「空京やツァンダも今の時期はハロウィン一色になっているけど、ラテルのハロウィンの雰囲気もまた素敵ね」
早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)がそう言うと、館内を回っていたサリチェが嬉しそうな顔になった。
「全然知らない催しだから、どんなのがハロウィンの雰囲気なのか私には分からないの。でも、そう言ってもらえるってことは、ハロウィンらしくなってるのよね。良かったわ」
「きっと飾り付けしてくれたみんなが頑張ってくれたのね。ハロウィンの雰囲気が良く出てるわ」
あゆみ自身もハロウィンの雰囲気作りにと、とんがり帽子に丈の短いミント、紫のワンピースで魔女に仮装してきた。
パートナーのメメント モリー(めめんと・もりー)は黒猫の耳と尻尾をつけて、鈴のついた首輪をしている。あゆみの仮装とセットで、魔女とその使い魔の黒猫、のつもりなのだけれど。
「トリなのに猫の仮装って変だったかな?」
モリーは鳥っぽいキャラクターのゆる族。鳥が猫に仮装するってどうなんだろう、と今更ながらに気になる。
そこに、
「あゆみ先生ー、モリーくんー」
首にスカーフを巻いたふわふわもっこもこの狼の着ぐるみが手を振りながらやってきた。顔の部分はそのまま出ていて、そこからミミ・マリー(みみ・まりー)の笑顔が覗いている。ミミと一緒にやってきた瀬島 壮太(せじま・そうた)は、黒のベストとスラックス、真紅の裏地の黒マントをなびかせている。
「やっぱりミミちゃんの仮装は可愛いわね」
「あゆみ先生の魔女もすごく可愛いよ。モリーくんのは猫? なんだかミスマッチなところがいいね。どうやってつけてるのかな、これ」
ミミは面白がって、モリーのつけている猫耳を軽く引っ張った。
「あんまり引っ張ると取れちゃうよ〜」
モリーは耳を押さえてばたばたするのをくすくす笑いながら見た後、あゆみは壮太の仮装に目を移す。
「壮太君のは吸血鬼? 格好良いわね」
「これが簡単かなって思ってさ」
壮太は照れつつあゆみの仮装を見た。
可愛い……のだけれど、スカートの丈やワンピースの襟元が気になって、言葉に詰まってしまう。
「どうかした?」
「いや、あの……そうだ、オレ、仮装はしてきたんだけどお菓子を用意出来なかったんだ。もし余分があったら、少し分けて貰えねえかな?」
慌てて衣装のことから話を逸らすと、あゆみは大丈夫よと笑った。
「壮太君たちが配る分のお菓子も、ちゃんと作ってきたから」
「あゆみんがはりきっていっぱい作ったんだ。壮太くんとミミちゃんが手伝ってくれれば、たくさんの人に配れるね♪」
モリーはジャックオーランタンを象って作った手のひらサイズのパンプキンパイと、お化けやコウモリ、カボチャの形に抜いたクッキーを見せた。手作りのお菓子は透明な袋に入れられて、緑のリボンがきれいな形で結ばれている。
「うわぁ美味しそう。これ、ジャックオーランタンの頭のところを切り取って、その中に入れて配ったら楽しいんじゃないかな。飾りで余ってるのがないか、聞いてくるね」
もっと楽しく配ろうと、ミミはカウンターの方へと走っていった。
「すげぇな。店で売ってるお菓子みたいだ」
「ありがとう。味の方もそうだといいんだけど。はい、お味見どうぞ」
口元にクッキーを差し出され、壮太は戸惑う。クッキーの味見は嬉しいのだけれど、差し出され方が恥ずかしすぎる。
「え、っと……いや、オレが食ったら配る分が減るだろう」
「余るくらいたくさん焼いてきたから平気よ。私もモリーもこの味に慣れてしまってるから、他の人が食べた率直な感想を聞いてみたいの。美味しく焼けてるといいんだけど」
「う……」
あゆみの笑顔を見ていると断りの文句が出てこない。
(オレに母親がいたら……こんな感じだったのかな)
観念して目を閉じて口を開くと、ふわっと甘い香りを感じた。
「どうかしら?」
どきどきと動悸がしてしまって味わうなんてどころじゃなかったけれど、それでも。
「うん、うまい」
壮太のその感想は本当だった。
「みんないらっしゃい!」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)はミルムにやってきた子供たちを呼び集めた。
「今日はハロウィンだってことはもう知ってるかな? あたしがみんなをおもてなしするよっ」
ラテルの人々にとっては、ハロウィンというものに触れるのははじめてだ。お菓子をもらって、いったい何のお祭りなのかと思っている子も多いだろうから、ミルディアはまず、ハロウィンでよく使われる言葉の意味から解説していった。
「もうお菓子をもらってる子もいるみたいだね。お菓子をもらう時に、なんて言ったか覚えてるかな? 『トリック・オア・トリート』、だったよね。これはね、地球の言葉で『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』って意味なんだよっ」
ハロウィンのことを話すにも、1つ1つの言葉の意味が分かっていないと理解しにくい。
言葉の意味だけなら短い話ですむから、子供たちも飽きずに耳を傾けてくれる。話についていけていない子がいないかをミルディアは気をつけて観察し、分からないという顔をしている子供を見つけると、話をちょっと戻して説明し直して、皆がハロウィンのことを理解できるようにと気を配った。
それでも退屈してしまう子供は、
「一緒に遊ぼうか。今日は少しくらいならハメをはずして暴れ回ってもいいんだよ♪」
ハロウィンで暴れてもいいようにと、子供たちにはレンタルではなく自分たちで用意した衣装を着せ、イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)が連れ歩く。
お菓子を配っている人にトリック・オア・トリートを仕掛けたり、お化けの格好で大人を驚かせたり、と遊ばせた。お菓子を配っている人はともかく、絵本を読みにきた人は迷惑そうにしているけれど、イシュタンは
「日本でも昔問題になったっぽいけど、ハロウィンは本来、暴徒状態になることが多いんだよ」
と子供たちをけしかけている。
「あんまりやりすぎないようにして下さいね」
心配そうに声をかける和泉 真奈(いずみ・まな)に、イシュタンは大丈夫だと手を振って返した。
少々不安顔でそれを見送った後、真奈は子供たちにしていたハロウィンのお話に戻る。
「というわけで、地上のハロウィンの歴史は古いのですわ」
元々、地球は北欧のケルト族の信仰であったものを、キリスト教が祭りとして取り込んだためにここまで広まったこと、それらの文化を柔軟に取り込んだ結果、ここでも同様のお祭りを行うことになったこと、等を真奈は丁寧に話していく。
けれどそれはちょっと子供たちには難しすぎたようだ。眠そうな顔をしている子供の様子にどうしようかと思っているところに、
「ねー、この子も一緒にお話きいていい?」
「あちこち歩いてるだけで、なーんにも話さないの」
子供たちがジャックオーランタンのふりをした戦部小次郎を引っ張ってきた。これまでにもだいぶ引き回されたと見て、小次郎の手にもたくさんのお菓子がある。
これはちょうど良いと、ミルディアは説明した。
「カボチャ頭のこの子の名前を知ってるかな? ジャックオーランタンって言うんだよっ」
「でもその名前は映画の影響で、元々は『ウィル・オー・ザ・ウィスプ』なのですわ」
真奈がその後に続けて、物語形式でウィル・オー・ザ・ウィスプのお話をしていくと、喋らないこのカボチャ頭の子の謎が解けるのかと、子供たちはじっと耳を傾けた。
――悪いことばかりしていたウィルは死んだあと、地獄行きにされそうになってしまった。けれど言葉巧みに言いくるめ、再び元の世界に生まれ変わることが出来た。それでもウィルは悪いことばかりするのをやめない人生を送った。やがて死んだウィルは死者の門の前まできたけれど、天国にも地獄にも入れないと言われてしまう。
真っ暗な闇の中にいるウィルをかわいそうに思った悪魔は、地獄の火を明かりとして渡し、ウィルはそれをくりぬいたカブに入れ、鬼火となってさまよい続けるのだった――。
「それが伝わるうちに、カブがカボチャに、ウィルがジャックに変化していったのですわ」
真奈が語り終えると、子供たちは小次郎のジャックオーランタンをじっと見た。そして。
小さな手で、なでなでとカボチャ頭を撫でてくれたのだった。
ミルムのあちこちで、ハロウィンのお菓子が配られている。
家々を回るように、子供たちは生徒たちの間を回ってはお菓子をもらう。
配られているお菓子には市販のものもあり、手作りのものもあり。そのどちらも子供たちにとっては嬉しいようで、お互いに見せ合っては、向こうで貰った、あの人の貰った、と情報交換してお菓子を集めている。
チビっ子の相手は任せなさいとばかりにはりきって、アルマ・アレフ(あるま・あれふ)は仮装してのお菓子配り。
普段はラフな格好をしていることが多いアルマだけれど、今日は空色のワンピースにふりふりの白いエプロン、という不思議の国のアリスをイメージした仮装をしている。
子供にも分かりやすいように、アルマは明るくはっきりと声をかける。
「さあ、ハロウィンの合い言葉、言えるかな? 『トリック・オア・トリート!』 ほら、お姉さんの真似してみてっ」
「とりっく・おあ・とりーと?」
「うーん、もうちょっと元気がほしいかな。はいもう1回。トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!」
「はい、よくできました! それじゃ、お姉さんからのご褒美よっ」
そう言ってアルマが子供に渡したのは、如月佑也手作りのべっこう飴だった。
星型、ハート型、花びら型。そしてハロウィンっぽく、かぼちゃ型、コウモリ型。
様々な形をしたべっこう飴は、持っても手か汚れないようにと、先を丸く削った爪楊枝が差したものをラッピングしてある。
「はい、どうぞ」
ノリノリのアルマを横目に、佑也は仮装も特にせず、普通に飴を配っていた。
「佑也も仮装すれば良かったのに。楽しいわよ」
そうアルマに勧められると佑也は首を振る。
「いや、前にことも相手に文字教室とかやってたけど、正直あの時のノリは……」
もう無理、と佑也は苦笑すると、目の前の嬉しそうな子供たちへと視線を移した。
来館した子供たちは最初こそ、ハロウィンのノリにとまどっていたけれど、すぐに今日はそういう日なのだとのみこんだ。そして、お菓子を持っていそうな人に自分から近づいて来る。
あゆみはトリック・オア・トリートのかけ声をくれた子にはお菓子を。そうでない子にはお菓子をもらう時の手順を教えて、実際にやってもらってからお菓子を渡していった。
「ここにハロウィン関連の絵本が紹介されてるんだ。面白いと思ったら、こっちの絵本も読んでみてくれよな」
壮太はお菓子と一緒に絵本図書館ミルム通信のハロウィン号を渡した。実際にハロウィンを体験した後に読めば、絵本の内容もより身近に感じてもらえそうだし、これを機会にラテルにハロウィンが広まったら、それはそれで面白い。
「トリック・オア・トリート!」
覚えたての挨拶でお菓子をちょうだいとねだってくる子供に、宇佐川抉子も元気に挨拶を返す。
「ハッピーハロウィーーン☆です! はい、お菓子をどうぞ」
そう言って袋に手をつっこんで取りだしたのは……。
「スプーン?」
「あっ! わわわっゴメンナサイ。お菓子と間違えちゃった」
抉子のあるところスプーンあり。
えへ、と笑いながらマイスプーンをしまいこむと、抉子はあらためてお菓子を取り出して子供に渡した。
「ありがとう!」
抉子からお菓子をもらった子供はちゃっかりと、今度は橘 舞(たちばな・まい)たちの所に走り寄って行く。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子を渡しますから、いたずらは許して下さいね」
マントと帽子で仮装した子供のお化けに、舞はにっこりしながらお菓子を渡した。
ハロウィンらしくラッピングされた中身は、市販のお菓子を詰め合わせたものだ。本当ならお菓子も自分で作れれば良かったのだけれど……舞はそういうことには疎いし、パートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)も作ると言い出したらと思うと……いろいろ危険だ。
そのブリジットはといえば、ジャックオーランタンのかぶり物をして、舞を手伝っている。
「それにしても、ブリジット。お菓子を配る方は仮装しなくても良いのではないかしら?」
確かもらう側が仮装して回る行事だったはず、と言う舞にブリジットは、あらそう? と首を傾げた。
「地球ではそうかも知れないけど、パラミタでは皆仮装してる気がするわ」
普段はなかなか仮装なんかする機会がないから、とブリジットは腕を広げてみせる。仮装してきたのはブリジットだけだけれど、金 仙姫(きむ・そに)もの女仙風の服装はそれを見慣れぬラテルの人々にとって仮装しているようにも見えるかも知れない。
「別にお化けがお菓子配ったら駄目って法はないんでしょ? だったらみんなで仮装して楽しんじゃえばいいのよ。こういうのは楽しんだ者勝ちだと思わない?」
そう言うブリジットが楽しんでいる様子なので、舞はそうですねと笑った。
「ただ……楽しいのはいいんだけど、この仮装、ちょっと周りが見にくいのが難点ね」
お菓子をもらいに来る子供が見辛い、とブリジットはカボチャ頭を振った。
「そんなに頭を動かすでない。わらわにぶつかるであろうが」
ブリジットが振った張りぼての頭が間近をかすめ、仙姫は迷惑そうにそれを押しやった。
「まったく……カボチャ頭とは。脳天気なアホブリにはぴったりじゃな」
「ぴったりってどういう意味よ」
「ふむ。聞きたいかえ?」
仙姫はふんと鼻を鳴らすと、ハロウィンの知識を蕩々と語り出す。
「ハロウィンというものは、もともとはカトリック系の諸聖人の日の前夜祭である『オール・ハローズ・イブ』が語源じゃな。古くはケルト人の言い伝えにも関係しておって、ケルト人は10月31日には悪魔や魔女がやってくると信じておった。それから時代が進んで、ヨーロッパにキリスト教が広まると、このケルトの伝承はカトリック系の諸聖人前夜祭へと姿を変えながら、欧米人の風習の中に取り込まれていったのじゃな。これは現在のハロウィンにも、子供たちが魔女や怪物に仮装するという部分に残っておるな。ちなみにどうして10月31日なのかと言うと、そもそもケルト人の暦では1年は……」
仙姫の蘊蓄はいつも長い。そんな昔の話はどうでもいいのに、と言いたいのをこらえ、ブリジットはこっそりとため息をついて延々と続く語りに耐えるのだった。
大岡 永谷(おおおか・とと)は仮装ではなく、実家の母から貰ってきたばかりの白と緋色の巫女服を着て、ハロウィンイベントの手伝いに着ていた。洋風のイベントに和風の装束はどうか、とも思ったのだけれど、子供にとってはハロウィンの仮装も巫女服も珍しい格好、と一括りに受け止められているようだ。
「ようこそミルムのハロウィンへ」
軍人であることを気取らせないようにと、永谷は優しく丁寧な仕草と言葉遣いで子供たちに接した。幸い、巫女服は普段の訓練でついた筋肉を覆い隠してくれている。
「もうお菓子はもらいましたか?」
永谷が聞くと、子供たちは貰ったお菓子の包みをがさがさと翳してみせた。
「では、どうしてお菓子をもらえるのか、知っていますか?」
次の質問には、うーんと子供たちは首を傾げる。
「なんかのお祭りだっていってたけど……」
「お化けがお菓子を配るお祭り?」
耳に挟んだ情報をつなぎ合わせようとする子供たちに、では、と永谷は絵本を見せた。
「ここにハロウィンの絵本があります。ハロウィンがどんな日なのか、どうしてお菓子をもらえるようになったか、この絵本を読むと分かりますよ」
そう言って永谷は、ハロウィンの絵本を読み聞かせた。
「それはずっとずっと昔。新しい年を迎える前の、おおみそかのことでした。この日には、死んだ人の魂や魔性の者たちが地上に下りてきます。下りてきたお化けたちは人に悪さをするので、みんなはとても困っていました……」
子供向きに書かれた話をゆっくりと読んでゆくと、多くの子供は静かに耳を傾けたけれど、何人かは途中から飽きて他の子にちょっかいをかけ出す。
その子を熊猫 福(くまねこ・はっぴー)がよいしょと持ち上げた。
「飽きちゃったんなら、あっちであたいと遊ばない?」
他の子の邪魔にならないよう、じっとしていられない子供を連れてゆく福に、永谷は視線で感謝を伝えた。
「さ、こっちで遊ぶよ」
福は少し離れた場所に騒ぐ子供たちを集めて遊ばせる。
「お菓子くれないといたずらするぞー!」
「ああはいはい、お菓子ね。どうぞ」
いたずらはされたくないから、ちゃんとお菓子はキャラメルを用意してある。これで大丈夫。……かと思いきや。
「あー、しっぽしっぽー! しっぽがあるー!」
「そりゃあパンダだってしっぽはあるんだよ。ちょっと! 服をめくらないで、ってああ、しっぽを引っ張らないでっ!」
せっかく仮装した魔女のローブをめくられて、しっぽをかばって右往左往。
やってられない、と思うこともあるけれど、にぱっと満面で笑う子供の顔はやっぱり可愛いくて。仕方がないと、福は子供に付き合って遊んでやる。
(福、ごめん。終わったらかぼちゃのケーキをご馳走するからな)
子供の相手をしてくれた礼に、福にはとびきり大きなかぼちゃケーキをプレゼントしてやろうと思いつつ、永谷は子供たちにハロウィンの絵本を読み聞かせた。
ハロウィンというのが何なのかよく分かっていないけれど、秋月 葵(あきづき・あおい)もエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)も楽しそうに準備しているのだから、きっと素敵なイベントに違いない。
そんな期待いっぱいで、秋月 カレン(あきづき・かれん)は葵がハロウィンのことを調べて説明を練習したり、エレンディラが3人分の衣装を縫ったりするのを見ていた。
待ちきれない思いで迎えた当日。葵とカレンは黒とオレンジの衣装と、先端にジャックオーランタンの飾りとリボンをつけた杖で魔女のコスプレをした。
「あおいママと一緒〜♪」
カレンはお揃いの衣装が嬉しくてたまらない。
「2人ともよく似合っていますよ」
「エレンもすごく可愛いよっ」
葵に言われ、白いフリルいっぱいな天使の衣装を着たエレンディラは恥ずかしそうに微笑んだ。普段はこんな格好をすることはないけれど、こういうイベントの時は特別。そんな特別感が、ハロウィンの気分をより盛り上げるのだろう。
「では私は庭の用意をしてきます。葵ちゃん、カレンちゃん、ハロウィンのおもてなしをがんばって下さいね」
「うんがんばるよ。この為にいっぱいハロウィンのこと覚えたんだからね。カレンちゃん、行こっ」
「えれんママ、またあとでね〜」
エレンディラと一旦分かれると、葵とカレンはミルムにやってきた子供たちを連れて、ハロウィンの説明に歩いた。
「まずは玄関からだねっ。ここではハロウィンの仮装の貸し出しをしてるんだよ。もう仮装させてもらってる子も多いみたいだね。でも、どうしてハロウィンで仮装なんかするのかは知ってるかな?」
「知らなーい」
「どうして?」
子供たちにまじって、カレンも不思議そうに聞いている。
「それはね、ハロウィンの日には人に悪いことをするお化けたちがさまよい歩く、って言われてるの。だからお化けの格好をして仲間だと思わせて、悪いことをされないようにするんだよっ」
分かった? と子供たち1人1人の顔を見て確認してから、今度は館内にされているハロウィンの飾り付けを見せて歩く。
「これはジャコランタン。ジャックオーランタンが下げている灯りだよ。ハロウィンのとき、玄関や庭先にこのランタンをつるすのはね、ここでお菓子をもらえるよ、っていう合図だけじゃなくて、ジャックみたいな悪い人にならないように、って自分をいましめる意味もあるんだって。もちろんみんなは、そんな悪い子にはならないよねっ」
ハロウィンの飾り付けだけでなく、『らくらくおかあさん』企画で飾り付けた秋の風物の説明も加えてミルムを回ると、葵は子供たちを庭へと誘導した。
「皆さん、ハロウィンのことは分かりましたか?」
エレンディラが紅茶やジュースで子供たちを迎えてくれる。
「さあ、覚えたかな〜。ハロウィンの時はなんて言うんだっけ?」
葵はそう問いかけて、トリック・オア・トリートと返してくれた子供たちにハロウィンのプレゼント。チョコレートでジャックオーランタンの顔を描いたクッキーをラッピングしたおみやげを渡した。
「葵ちゃん、ご苦労様でしたね。カレンちゃんはどう? 楽しめました?」
葵とカレンにもお茶を出しながらエレンディラが尋ねると、カレンは目を輝かせて頷いた。
「うん。カレン、毎日ハロウィンでもいいなぁ〜」
「あら、毎日トリック・オア・トリートですか?」
「うん。だってハロウィンって楽しいんだもん」
そう言ってカレンは葵お手製のハロウィンクッキーを美味しそうに食べるのだった。
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