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 真ん中にリナト・フォミン(りなと・ふぉみん)、その両側に遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)。3人は手を繋いで、仲良くクロネコ通りを見て回っていた。
「どのお店に入る? どこも珍しいものありそうだよね〜」
 あまりたくさん店がありすぎて決められない、と歌菜は迷う。
「僕はね〜、あれ? 羽純ちゃん?」
 歌菜に答えようとしたリナトは、羽純が足を止めたのに気づいて振り返った。羽純が見ている扉には『ムカシヤ』というプレートがかかっている。
「このお店に入るの〜?」
 リナトに聞かれ、羽純はいや、と首を振った。
「そういう訳じゃないが、なんだか呼ばれたような気がして、な」
「羽純くんが自主的にお店を気にするって珍しいね。気になるなら入っちゃおう♪」
 歌菜は羽純の背中を押して、店内に入っていった。
「うわぁ……箱だらけだね」
 入ってすぐ、箱だらけの店内に圧倒されたけれど、その中で歌菜の視線は気になる箱に捕らわれてしまう。リナトと羽純はと見れば、2人ともそれぞれ気になる箱を見つけたようだ。
「あの、箱の中身見ても大丈夫?」
 歌菜が聞くと、店主の女の子はわずかに顎を動かした。
 買うも買わないも、中身を見なければ判断出来ないからと、大きさのわりに軽い箱を、歌菜は開けてみる。
 入っていたのは……コアラのぬいぐるみだった。
「わぁ……懐かしい」
 小さい頃、誕生日にパパが買ってきてくれたぬいぐるみにそっくりだ。
 歌菜はクマのぬいぐるみが欲しかったのに、何故かパパはコアラを買ってきた。小さい歌菜はご機嫌斜めになったけれど、パパは一生懸命コアラのぬいぐるみで話しかけてきた。
 それがとてもおかしくて、歌菜もすっかり機嫌を直し、それからはそのコアラは歌菜の大好きなぬいぐるみになった。
(まさか実物ではないと思うけど……それにしてもよく似てる)
 コアラの愛嬌ある顔を見ていると、自然と顔がほころんでくる、そんな懐かしさ。
「よし、買っちゃおう!」
「えへへ、僕もこれ買うー!」
 リナトが見せたのは、雪月花をモチーフにした純銀の栞だった。
「これね、僕を作ってくれた人が持ってたのに似てる〜。すっごく可愛くって欲しかったんだけど、譲ってくれなかったんだよね〜。なつかしいー!」
 両手で大切そうに栞を持って、リナトは懐かしがった。
「羽純くんはどうするの?」
 歌菜に声をかけられ羽純は迷った。
 羽純の開けた箱から出てきたのは三日月をモチーフにしたペンダントだ。
(俺はこれを知っている気がする……)
 曖昧な記憶をたどってみる。封印前の記憶はごく微かにしか残っていない。けれど……脳裏に浮かんだのは、洗浄を駆ける孤独な自分。そしてその胸元に光る、三日月のペンダント……。
「買っちゃう?」
 後押ししてくれるような歌菜の口調に、羽純は頷いた。
 それぞれの買い物を終えて店を出ると、羽純は買ったばかりのペンダントを歌菜に渡した。
「……歌菜、やる」
 何故かこれは歌菜に持っていて欲しい。そう思ったのだ。
「いいの? ありがとう」
 羽純からペンダントを受け取る歌菜の持つコアラのぬいぐるみを、リナトはじっと見つめる。
「歌菜ちゃんのぬいぐるみ、いいなぁ……可愛い♪」
「何、リナト、このぬいぐるみ欲しいの? じゃあ、あげる!」
「え? くれるの? やった〜!」
「大事にしてね」
「うん、大事にする〜」
 歌菜から受け取ったぬいぐるみを抱きしめたリナトは、じゃあ、と自分の買った栞を羽純に差し出す。
「僕の栞は羽純ちゃんにあげる♪」
「まるでプレゼント交換だな」
 そう言いながらも羽純はリナトから栞を受け取った。
 3人それぞれ歩んできた過去は違うけれど、今はパートナーとして共に進んでいる。くるりとムカシの思い出を交換しあって、3人は店を出て行った。
 
 
 
 クロネコ通りに来たからには腹一杯食べ歩きたい。きっと米の飯に合うものが売られているに違いない。
 そんな欲求を感じながらも、草刈 子幸(くさかり・さねたか)は食べ物関係の店ではなく『ムカシヤ』を探し歩いていた。草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)が友人から聞いたムカシヤの噂話。もし本当にそんな店があるのなら面白そうだ。
「たまにゃあ昔を思い出すんもええんじゃなかか?」
 鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)も噂には乗り気だけれど、莫邪自身は今年目覚めたばかりだから、昔も何も自分には関係ないことだと思っている。けれどまあ、子幸が行くと言うならば莫邪に反対する理由はない。
 3人で探し回ってやっと見つけた『ムカシヤ』は、想像していたより質素な店だった。
「これが噂の店でありますか。なにやら……気になるであります」
 目立たないのに心が捉えられる店の扉を子幸は開いた。聞いていた通り、中は箱ばかりが積み重なっている。
 箱、箱、箱の店内だけれど、どれが自分の箱なのかは迷いもなく分かった。
「開けてもいいでありますか?」
 店主に確認してから、子幸は軽い箱を開けてみた。
 中に入っていたのは、翼の部分に『誰かいるのか?』と書かれた紙飛行機、だった……。
「あ……」
 小さく声をあげると、子幸は向こうで箱を開けている様子の莫邪を見やった。
 子幸は今に全力を注いでいる。その為、何かに集中すると大切なこともすぐに忘れてしまう。大切な人の姿をとるという剣の花嫁、莫邪が誰に似ているのか、それも分からない……というよりは気にしたことがなかった。
 けれどこの紙飛行機がそれを思い出させた。
 あれは子幸が小さかった頃……その頃から危ないことや面白そうなことが大好きだった子幸は、町はずれにある大きな廃屋に1人で冒険に出た。しかし腐った床から深い穴へと落ち、2日ほど出られなかったことがあった。大食らいの子幸が、お腹がすいてたまらずベソをかいていると、この紙飛行機が目の前にすうっと着地したのだ。
 その紙飛行機を飛ばした主、子幸を助けてくれた人が、莫邪と同じ姿だった。
 彼は放浪の武者修行に出ていた青年で、腹を減らしていた子幸に無骨で大きな塩むすびをくれた。その味はこの世で一番うまかった。やはり飯が一番だと、その時に実感したように思う。
 もしかしたら自分が放浪の旅に出たり、パートナーたちを介抱しては飯を分けてあげたりしたのも、この青年の生き方に格好良さを感じてのことなのかも知れない。
 その箱を購入すると、子幸は箱の中身を見つめている莫邪の後ろへと回り込んだ。何が入っているのだろうとのぞき込めば、そこには子幸も見覚えのあるものが入っていた。
 初めて子幸が莫邪におひつを持たせた時、柄に『バクヤ』と文字を入れて一緒に渡したしゃもじだ。幾度の戦いでいつの間にか失くしてしまったのだが、そのことに莫邪はずいぶん憤慨していたものだ。
「やっぱ手に馴染むよな……」
「バクヤはそれを買うのでありますか?」
 しみじみしているところに声をかけると、莫邪は飛び上がった。
「なわけねえだろ! って驚かすなよ、子幸」
「わっはっは、ばくやん、顔が赤いで〜」
「うっせぇ、バカツキッ!」
 朱曉に笑われて、莫邪は憤然と身を翻す。
 ……けれど手にはこっそりしっかりしゃもじを持って。2人には見られたくないが、これを買わずにはいられない。
「どれ、わしのはなんかのぉ」
 朱曉が開けた箱からは、2つの結婚指輪が出てきた。離婚を告げられた時に、妻から返された指輪と自分の指に填めていた指輪だ。
 気ままでひょうひょうとした性格をしている朱曉だが、好きになった相手はずっと好きでいる。大切な人に贈ったこの指輪も大切に選んだものだったけれど、思い出すのが辛くて郷里の森に埋めてしまったのだ。
 ……今の朱曉にはまだこの箱の中身は買えない。
「こりゃあいらんわ。わしゃあさっちゃんとの思い出がありゃあええでのぉ」
 きちんと蓋をすると、朱曉はそっと箱を元の位置に戻して店を出た。
「どうじゃった? 少しは忘れもん回収できたかのぉ?」
 店を出て尋ねてみると、子幸は買ったばかりの紙飛行機を手にした。
「回収したであります! ……しかしバクヤはバクヤでありますから……これはいらんでありますな!」
 子幸の手を離れた紙飛行機は、クロネコ通りに吹く風に乗って気持ちよい曲線を描いて飛んでいった――。
 
 
 
 人が入っても余裕ありそうな大きな箱、手で握り込んでしまえるほどの小さな箱、上質な和紙で出来た箱、つぶれかけた段ボールの箱、白い箱、黒い箱、赤い箱、クッキーの箱、玉手箱。
 雑多にすぎる箱があっても、自分の箱を見紛うことのない不思議。
 榊 朝斗(さかき・あさと)が見つけたのは、汚れた小さな箱だった。
「この箱を買いたいんだけど」
 中身も確かめずに言った朝斗に、店主はただぽつりと代金を告げたのみだった。
 品物と代金を引き替えると、朝斗はすぐにその箱を開けた。
 入っていたのは懐中時計だった。手にとって蓋を開くと、オルゴールの澄んだ音色が流れる。
(これ、あの時に……)
 朝斗の脳裏には、瞬時に『あの時』の記憶が蘇った。
 
     あの日 あの時
        紅い光景の中で
      『ボク』は死んで
         『僕』が生まれた
 
 ――目の前には、父と母であった『物』。周りは熱い火がめらめらと大きく燃えている。
 ぼくの身体には痛みが奔り、赤い水で濡れてた父と母の身体を揺すり起こそうとした。
 でも、どれだけ揺すっても2人は起きてくれなかった。その身体は火の中にあるのに少しだけ冷たかった。
「だれか……助けて……。パパとママを起こしてよ……」
 人を探そうと、手にオルゴールを持ってぼくは外に出た。
 けれど外にあったのは、『人』だった肉塊。火に包まれ燃え盛る肉塊。焦げた嫌な臭いが辺りに漂う光景だった。
 痛みに堪え、泣きながらぼくは助けを求め歩き続けた。
 だけどまもなく、目の前が暗くなっていき、瓦礫に足を取られて転んでしまう。
 転んだはずみに手からオルゴールが飛び出して転がってゆく。起きることも出来ず、ぼくはオルゴールに手を伸ばした。
 それは……倒れた瓦礫によって潰され、同時にぼくは意識を失った――。

 
「朝斗? どうかしたのですか?」
 箱の中身を手に取ってじっとしていた朝斗の目から涙がこぼれたのに気づいて、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は声をかけた。
「ルシェン……。……そろそろ外に出ようか」
 朝斗はそれに対するルシェンの返事も待たず、手にしていた物をそのまま握りしめ、店外へ出て行ってしまう。
 ルシェンは静かに椅子に座ったままの店主に一礼すると、朝斗の後を追った。
「朝斗……」
 声をかけて良いものかどうか迷いながら呼びかけると、朝斗は無言でルシェンにしがみついてきた。そして聞こえるか聞こえないほどの小さな声で言う。
「御免……少しだけ、このままにして……。後で話すから……このままでいさせて……」
 涙をこぼし続ける朝斗をルシェンは優しく抱いた。
 いつも優しく元気な朝斗なのに、この時だけは悲しく寂しいものを感じる。それが胸に迫ってきて、ルシェンには朝斗にかける言葉が何も見つからない。
 どうやっても届きそうになく感じる朝斗の深淵を、ルシェンはただただ、優しく抱きしめるしかなかった……。
 
 
 
 過去は時に優しく、時に残酷で。
 過ぎ去ってなお、心に深く根ざして、その人となりを左右する。
 箱の中で待つ物は、良いもの懐かしいもの?
 ……それとも見たくないもの忘れたいもの?
 クロネコ通りの一角で、今日も『ムカシヤ』はひっそりと過去を抱いて誰かの訪れを待っている。
 ――いらっしゃいませ。ようこそ『ムカシヤ』へ。