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5.おっぱい党

 
 
「おっぱいに栄光あれ!」
 パンフレットをかかえた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が、おっぱい党のブースの前で大声を張りあげた。
 隣でパンフレット配りを手伝っていた小早川 真由美(こばやかわ・まゆみ)が、思わず顔を赤らめる。
「でっぱい、ちっぱい、そんなことにはこだわらない。おっぱいはおっぱいだ。美乳、そう、美しければ大小などは問題にすべきではない。すべての男性よ、おっぱいを崇め讃えよ。すべての女性よ、その双房に誇りを持て。我らがおっぱい党は、その志を全力で支援しよう。さあ、今なら、男性諸兄には美味おっぱいプリン試食コーナー、女性諸姉には秘伝豊胸術体験コーナーを設けている。さあ、来たれ、我がおっぱい党へ! ――あっ、こちら入会パンフレットになっています。新しい本拠地なども解説してありますので、ぜひ、入会申込書にサインを。――さあ、すべての道はおっぱいへ!!」
 演説したり、へこへことパンフレットを配ったり、如月正悟がせわしなく広報活動を努める。
「パンフレットなくなったよ。少し他を見てきてもいいかなあ」
 これ以上おっぱいを連呼する如月正悟のそばから離れたいと、小早川真由美が言った。彼女はボーイスカウトパラミタ連盟に所属しているので、入党もしていないおっぱい党の手伝いをそうそう続けるわけにもいかないのだ。
「ああ、御苦労さん。助かったよ。――そこの奥ゆかしい彼女。どうか見学していってくれ」
 素っ気なく小早川真由美に言った直後、如月正悟がソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に声をかけた。
 奥ゆかしいのが何をさしているのかと、ちょっとソア・ウェンボリスがむっとした顔になる。
「面白そうじゃねえか、御主人、ちょっと入ってみようぜ。そうだなあ、当然豊胸教室からだな」
 勝手に決めてしまうと、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がソア・ウェンボリスの背を押してブースの中へと入っていった。
「もう、ベアったら……」
 なし崩しに二人が入っていくと、すでに講座は始まっているようだった。
「というふうに、わたくしが確立いたしました豊胸術は、絶大な効果をあげたのです」
 壇上に立った藍玉 美海(あいだま・みうみ)が、自慢げに語り続けている。
「ひとたび、この黄金の手でマッサージした胸は、たちまちのうちにたっゆんと化し、本人だけではなく周囲の男女までたっゆんにしてしまうのですわ。何を隠そう、以前イルミンスールで起こったたっゆん事件はこのマッサージをやりすぎたために引き起こされたものなのです」
 真実ではないにしても、蒼空学園とイルミンスール魔法学校で起こった胸に関する事件の遠因を作ったのは、彼女に他ならない。
「う〜」
「ううっ!」
 嫌な出来事を思い出して、ソア・ウェンボリスたちが、雪国ベアの胸をジーッと見た。
「でも、御安心ください。ちゃんとした手順を踏めば、そこに座っている沙幸さんのような、みごとなたっゆんになれるのですわ!」
 いきなり名指しされた久世 沙幸(くぜ・さゆき)が、素早く立ちあがって逃げだそうとした。だが、いつの間にか地面が凍らされていて、立ちあがった勢いのまま藍玉美海の方へと滑っていってしまう。
「はーい。では、これから実践を行いたいと思いますわ。さあ、いきますわよ」(V)
 がっしりと久世沙幸を捕まえた藍玉美海が、居ならぶ観客たちにむかって言った。
「私の胸は、別にねーさまのセクハラで大きくなったわけじゃ……。ひゃうっ! そこはだめだよぉ!」(V)
 いきなり胸元に手を突っ込まれて、久世沙幸が悲鳴をあげた。そんなことはお構いなしに、藍玉美海が解説を続ける。
「胸は、このように両手でつつみ込むように、やさしく刺激を与えながら揉んでさしあげると、大きくなりますのよ。今実演している沙幸さんの胸も、わたくしが大きくしてさしああげました」
 ほおっと観客から感嘆の声があがる。
「特に誰かにマッサージしていただくと効果アップですわ。そ・れ・に……素手で直で揉んでさしあげるとより効果的ですわよ。さあ、御覧の皆様もこのように直ちに実行いたしましょう」
「は、早く隠れなきゃ……!」(V)
 なんだか自分たちも実践させられそうな雰囲気になったので、あわててソア・ウェンボリスは雪国ベアを引っぱって隣の部屋へと避難した。
 
    ★    ★    ★
 
「カメラのセットはここでいいでございますね……」
「クロニカちゃん、ちょっとちょっと……」
 如月正悟に頼まれた記録用のビデオカメラを載せた三脚を客席最後尾にセットしたノワール クロニカ(のわーる・くろにか)を、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が舞台後ろの衝立の陰からちょいちょいと手招きした。
 プリン教室用の食材などをおいてある場所を隠すために立てた衝立の後ろであった。空京大学の保健室から借りてきた折りたたみ式の布製の衝立なので、背後にいるリース・アルフィンたちの姿がうっすらとシルエットで見える。
 衝立の後ろに回ると、ノワール・クロニカも、ソア・ウェンボリスたちから見て影絵の住人となった。
「こっちは、まだ準備中のようですね」
 なんだかホッとして、ソア・ウェンボリスが言った。
 衝立の背後から、リース・アルフィンたちの様子が微かに聞こえ見える。
「えっ、ちょっと、なんで急に私を脱がそうとするんですか!」
 突然、ノワール・クロニカの悲鳴が聞こえてきた。プリン製作の実演を待っていた客たちが、何ごとかと衝立の方を凝視する。
「型取りです。だって、ちゃんと生乳で型を取らないと、おっぱいプリンにならないじゃないですか」
「聞いておりません!」
「もう、私は取ったんだから。さあ、早く、クロニカも脱いで脱いで」
「やだよ! リースのたっゆんと違って、私のおっぱいで喜ぶのは、ちっぱいが好きな人だけなんだから!! やめて! 脱がさないで!」
 騒ぐノワール・クロニカの着ている物を剥ぎ取ると、リース・アルフィンが彼女を押し倒した。
「いきまーす!」
「きゃあ!」
 どうやら地面においた石膏型に胸を押しつけられたらしいノワール・クロニカのシルエットが、衝立のむこうで悲鳴をあげてじたばたする。
「こら。よい子の御主人はこういうのを見ちゃだめだぜ」
 突然保護者面をした雪国ベアがソア・ウェンボリスの目を手で塞いだ。
「もう、ベアったら。私、そこまで子供じゃないです」(V)
 ソア・ウェンボリスが、ぶっとい雪国ベアの指をちょっとずらす。
「皆様、お待たせしました。これより、実演を開始いたします」
 にこやかに、大小の二つの石膏型を両手に持ったリース・アルフィンがニッコリと微笑みながら言った。その後ろから、ちょっと襟元を大きくはだけたぼろぼろのノワール・クロニカがしくしくと泣きながら現れる。
 後に、このとき回していたビデオが如月正悟の手に入るわけだが……。
「待ってたよ〜♪」
 マイスプーンの準備万端な、セシリア・ライトが客席から声をかける。
「では、さっそくこのプリンの素をおっぱい型に……。あれ、あんまり入らな……」
「しくしくしく……」
 悲しみに暮れるノワール・クロニカを無視して、リース・アルフィンは解説しながら作りあげたミルクプリンのタネを二人の型に流し込んでいった。