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闇世界の廃工場

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第2章 それぞれの想い

「えーっと・・・ここ、どこかな?マンションの廊下には見えないけど」
 雨粒がザァザァと降りしきる耳障りな音で目を覚まし、神和 綺人(かんなぎ・あやと)は事務室の床から起き上がる。
「―・・・アヤ?私たち・・・別のところに飛ばされてしまったのでしょうか」
 彼の声に目を覚ましたクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)がゆっくりと立ち上がる。
「雨が降っている・・・。これは・・・普通の雨ではないな」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は薄気味悪い色をした雨を窓から覗き見る。
「部屋の様子からしてオフィスっぽい感じがしますね。例の如くまったく使われていないようですが」
 デスクについている埃を人差し指で拭い、神和 瀬織(かんなぎ・せお)は長年放置され使った形跡がないことを確認した。
「十天君がここを拠点として使っていたこともなさそうですね」
 クリスがカーペットを見ると、ここを使っていたと思われる者たちと真新しい自分たちの足跡しかない。
「病棟と校舎から近くないんだろうね。あまり遠いと何か運ぶにしても不便だよ」
「ゴースト兵器を作り出した創造主はもう封神されてしますし。あれほどのものを完璧に再現しようとしたら、かなりの時間を費やすでしょうね」
「そうかもね。死体を集めるにしても、前みたいなことをやったらすぐ僕たちに分かっちゃうし」
「マンションと同じく悪霊たちが徘徊しているとしたら、操る能力のない彼女たちにとっても危険なところでしょうから」
「うん。ゴーストタウンは僕たちにとって危ないところだけど、それは向こうも同じことが言えるからね。これは地図・・・なのかな?」
 構造が分かるものがないかと綺人は、ガタガタと引き出しの中を漁り、褐色に変色した紙切れを見つけた。
「あっ!」
「保存状態が悪いようだな・・・」
 ユーリが傍から覗こうとしたとたん、綺人の手元で崩れ落ちてしまう。
「ずっと使われてないから、紙媒体での情報収集は無理みたい。パソコンはどうかな?あー・・・電源が入らないよ。ユーリ、コンセントが抜けたりしていない?」
「いや・・・・・・ちゃんとつながっているな」
 抜けていないかユーリがデスクの下を除いてみるが、コンセントはプラグにつながっている。
「電源は?」
「オンの状態になっている・・・。しかし・・・その明かりがついていないところを見ると、電気事態が供給されていないのだろう・・・」
「そっかー。雷術とか使えれば少しの間でもつけられたかもね」
「ここから逃げる時は、他の者と協力するしかないな・・・」
「そうだね。あ、皆起き始めたみたい。ひょっとしてミニミニさんが見たっていうウェリスさんと礼海さんもいるのかな?見当たらないけど」
 2人は綺人たちよりも早く目を覚まし、工場内の別の場所に行ってしまったため他の生徒たちの中にはいなかった。
「―・・・っ。ここは・・・?」
 オメガの魂によってマンションから廃工場へ送られた泡たちも事務室の中で目を覚ます。
「まだゴーストタウンの中みたいだけど、違う場所に移動したみたいね」
 埃で薄汚れたカーペットの上から立ち上がり、辺りの様子を見る。
「あっオメガは!?―・・・よかった、一緒にいるわね」
 気を失っている間に魂がいなくなっていないかと探すと、寄り添うように彼女たちの傍にいる。
「(館にいるオメガが本物だけど、ドッペルゲンガーもオメガなのよ・・・)」
 泡は生徒たちから離れて1人、事務室を出ようとする。
「ねぇ泡さん、どこに行くの」
「ごめんね、オメガを守ってあげて」
「どういうこと?待ってよっ!あっ、行っちゃった・・・。大丈夫かしら」
 あんなに皆と必死にオメガの魂を探していた彼女が、1人で行ってしまった理由が分からないルカルカはぐしぐしと髪を掻きあげる。
「彼女なりの考えがあるんじゃないか?」
 追って行こうか迷うルカルカに、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が泡の自由にさせようと止める。
「よくないことが起きなければいいですけど・・・」
 小林 恵那(こばやし・えな)は魔女を大事に思う心が逆に利用されなければと心配そうに呟く。
「そんじゃ、ここから先はオレとリーズも別行動やね」
「ドッペルゲンガーがどっからか魂を狙っているかもしれないから、近づけさせないようにするよ!」
「いくら姿形が同じだからって、甘くするほど優しくないからな」
 偽者の足止めをしようと七枷 陣(ななかせ・じん)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)も部屋から出て行った。
「私も別行動ね。妖怪の女の子はもう襲ってこないから心配しないで。(鎌鼬ちゃん・・・危ないことしてなければいいけど。でもまずは十天君と協力者のやつらね)」
 遠野 歌菜(とおの・かな)はアヤカシたちの足止めしようと下の階へ向かう。
「俺たちは3階に残るか」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)はオメガの魂を守ろうと、事務室の外の廊下を警戒するようにゆっくり歩く。
「外と中を分担した方がよさそうどすなぁ。どないします?」
 室内にいるルカルカたちに綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が聞く。
「そうね。私や淵、エースとクマラは中にいようかしら」
「悪霊たちが中に入り込んできはった上に、部屋の外からも襲撃されるかもしれへんどすなぁ」
 床から天井へと見上げ、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)は悪霊がいないか見回す。
「あぁゆう連中だ、そういった隙を狙ってくるだろう・・・」
 守りの穴があれば必ず狙うだろうと、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が吐き捨てるように言う。
「じゃあ俺とベディは外だな」
 氷室 カイ(ひむろ・かい)はドアを開け、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)と部屋の外へ出る。
「中にばっかり偏ってもしかたないですからね」
「そうだな。もし攻めて来られたら逃げ場を失ってしまうかもしれない。暗闇でも目の利く2人に任せよう」
 いつでも狙撃出来るように、瓜生 コウ(うりゅう・こう)は脚立を棚の傍に寄せて上る。
「明かりになるものないかな」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は事務室の倉庫の扉を開けてライトを探す。
「ん、あった!・・・点くかな?」
 ごそごそと段ボール箱の中を漁ると、小さなハンドライトを見つけた。
「一応大丈夫そうだけど、そんなに持ちそうにないね」
 使えるかどうかパチッと明かりを点けてみる。
「武器を見えなくしていても、レキは姿が見えるから気をつけるアル」
「分かってるよ」
 チムチム・リー(ちむちむ・りー)の言葉に頷き、ぽそっと小声で言う。
「私たちはちょっと離れたところにいるね」
「あぁ、分かった」
 イスの傍に隠れているレキの声が聞こえる方へ、紫音は振り向かずに頷く。
「1番奥の・・・あの辺りにいようよ。入り口はテーブルクロスとダンボールで覆えば、少しは寒さを凌げると思うわ」
「ちょっと待って!ここはまずいんじゃないかな?だって鏡とかあるし」
 バリケードを作ろうとするルカルカを、清泉 北都(いずみ・ほくと)が止めようとする。
「やっぱりあるのね・・・」
「事務室っていったら、鏡があるじゃない?」
「まぁ、だいたいあるよな」
 長居出来るような場所じゃないというふうに、白銀 昶(しろがね・あきら)はデスクの上にあるハンドミラーへ視線を移す。
「ドッペルゲンガーは鏡から出て来たんだろ?」
「確かそうね・・・。近くに簡易トイレ作ろうと考えていたけど、そこにも鏡があるはずよ。叩き割れなかったらトレイだけ封鎖して、運べそうなのは他の階へ投げ捨てておいちゃおう」
「2階の機材倉庫がいいんじゃない?」
「うーん、そこだと何か落ちてきたら危ないんじゃないの?ルカは事務室のほうがまだマシだと思うわ」
 古びた機材が雪崩れてくるかもしれないからここがいいと提案する。
「どっちに行っても1箇所にいるわけにはいかないぞ。ここが危なくなったら2階に行くっていうのはどうだ?物が崩れ落ちる危険なところを粗方把握しておけば、地の利を利用する価値はあるからな」
「アストレイアが言うようにそれを逆に利用するのも手だルカ」
「えぇ、その方がいいならそうしましょう。ぺちゃんっ♪ていうのもいいかもね」
 夏侯 淵(かこう・えん)たちの案に相手が実体のある者のなら、それで押し潰してしまおうかとルカルカはニヤリと笑う。
「十天君やドッペルゲンガーはともかく、悪霊たちにはバリケードが効きそうにないからな。袋の鼠となってしまわないように逃げ道は用意しておこう」
「もちろんその辺は考えてあるわよ。とりあえず、鏡を全部ゴミ袋に詰めちゃおう」
 エースが持ってきたカバンから取り出したルカルカはポンポンッと鏡を放り込む。
「トイレのやつは外れそうにないな。くっ、割れないぞ!」
 鏡から進入されないようエースは三日月型の刃を振るい、で叩き割ろうとするがひびすら入れることが出来ない。
「こっちのも無理みたい。ゴーストタウンの中ってことはこの場所、ずいぶん前から存在しているのよね。闇世界化の影響で壊わせなくなっちゃったんじゃないかしら?」
「元々、不の感情が生み出した世界だからな。心を閉じ込めて触れられたくない思いや、他者の侵入を拒むような作りになっているんだろう」
「会う前のことだものね」
 ルカルカはトイレの入り口を閉鎖しつつ、風花たちの傍にいるオメガの方へちらっと目やる。
「その辺りはなんとも言えないな。心を傷つけられて追い詰められた挙句、館に閉じ込められてしまったんだ」
「最初にルカが会ったのはハロウィンパーティーだけど皆帰っちゃう時、なんとなく寂しそうな感じだったわ。まさか出られない理由が、あの女たちの仕業だったなんてね」
「早く出してあげたいな・・・」
「そうよね・・・。ん、くぅ・・・重たいっ。エース、そっち持って!」
 給湯室の傍にあるテーブルクロスとダンボールで、入り口をのれんのように覆い、彼に机の片側を持ってもらいドスンッと重ねてバリケードを作る。
「とりあえずこんな感じか?これ捨ててくるよ」
 重ねた1番下の机は、出入り口にしようと正位置で立てておく。
「よろしくね。さてとルカはおトイレの用意を♪」
 エースが鏡を捨てに行っている間にルカルカは簡易トイレを作ろうと部屋の隅を衝立で仕切り、裏返しトイレから回収したペーパーを裏返した引き出しに添える。
「ふぅ。これなら見えないかしら?あ、エース。おかえり!」
「1階の片隅に置いて来たよ」
「これだけ準備しておけばいいかな。見張りは交代でやれば大丈夫そうね。時計が全部止まっちゃって、時間の感覚が分からないから適度に交代しましょう」
「そうだな、スピリットの方は俺に任せろ。憑かれたら洒落にならないからな」
「俺たちはオメガの傍にいるぜ」
 最初の見張りはルカルカとエースが引き受け、紫音たちは魔女の魂の傍へ寄り添うように守る。
「ここでも、館でも、皆が君を大切に守りたいって集まっているから大丈夫。どんな時でも誰かがあったかい安心を運んできてくれるよ」
 不安そうな顔する魔女の心を落ち着かせようとエースは一輪の花を渡した。



 ぴちょん・・・ぴちょん・・・。
 結露した天井から雫が冷たいコンクリートの床へ落ちる。
 御堂 緋音(みどう・あかね)の顔へぽたんっと落ち、涙のようにつぅっと頬を滑る。
「もう1人のオメガさん・・・独りぼっちで寂しいなんて・・・。でも一緒に・・・いることは・・・。うっ・・・あれ、ここはマンションじゃないんですか・・・?皆さんは・・・!?」
 夢に魘され飛び起きると突然、別の場所に移動してることに驚き慌てて生徒たちを探す。
「鏡の中に引き込まれそうになってそこから記憶が・・・。ゴーストタウンの中には違いないんでしょうけど、どこなんでしょう」
 どうしてこんなところにいるのかと薬品倉庫の中を歩き回る。
「何かを作っていた感じの工場ですね」
 マグネシウムやカリウムなどが入った薬品の瓶を見つけ、ようやくどんな場所に飛ばされてしまったのか気づいた。
「ドッペルゲンガーのオメガさんって、本当に独りぼっちなんでしょうか。傍にいて欲しいなんて・・・」
 “一緒にいて欲しい”と、泣きながら言われた言葉が本心からなのか戸惑ってしまう。
「―・・・話してみたいですね。もう1度・・・」
 もう1人のオメガの話を聞き、嘘か本当か確かめようと鏡のある場所がないか探す。
「そこに誰かいるの!」
 彼女の足音を聞き、女の声が空気を振動させて室内にわんわんと響く。
「泡さん・・・?」
「もしかして緋音さんなの?」
 聞き慣れた声音にほっと息をついた泡がゆっくりと近づく。
「はい、そうです!」
「よかった目が覚めたのね。マンション内で気を失っていたみたいだからちょっと心配してたの」
「心配かけてすみません・・・。もう大丈夫ですから」
「ねぇ・・・あそこで何かあった?」
 俯く緋音の顔を覗き込み、気を失うほど何があったのか問いかける。
「―・・・実は、鏡の中に現れたドッペルゲンガーのオメガさんが、私をそこへ引き込もうしたんです。独りだから一緒にいて欲しかったみたいですけど・・・」
「な、何ですって!?」
「それが嘘なのか本心からかは私にはまだ分かりません。向こう側に引き込もうとする罠かも・・・。ですけど悲しそうな顔を見てしまったら、そう思えなくて・・・もう1度話してみたくって探しているんです」
「そうなの・・・。彼女を説得したくって私も探しているところなのよ」
「説得ですか?」
「えぇ、ドッペルゲンガーだってオメガだもの。だけど魂を吸収させてやるわけにはいかないわ。それを何とか止めたいのよ」
「泡さん・・・。よかった私と一緒に探しませんか?」
「いいわよ、行きましょう」
 “たとえどんな存在であれ、オメガには変わらない”と、泡は緋音と共にもう1人の魔女を探し始めた。



「うーんもぅっベル、どうして対処法が効かなかったの〜?」
 薬品倉庫で目覚めた師王 アスカ(しおう・あすか)は、どんよりと落ち込み顔を俯かせる。
「あのドッペルゲンガー、かなりまずいわね。魂を吸収しちゃったせいか分からないけど抵抗力が半端ないわ」
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)はどうしたものかと、うーんと唸るように考え込む。
「ドッペルって本当は会話不可能のはずなんだけど。会話やスキル発動を見る限り・・・本物と大差ないみたいね。ごめんねアスカ・・・」
「うぅ、どうしたらいいの・・・」
「アスカさんたちじゃないの?」
 話し声を聞きつけて泡たちが傍へ寄ってくる。
「それがねぇ、ドッペルゲンガーの対処法がよく分からなくなっちゃってね。ぐすっ・・・」
「えっと、ちょっと聞こえたんだけど。ここのやつはアスカさんたちが考えているものとは違うのよ。オメガのドッペルゲンガーに限らずね」
「どういうこと?」
「前にオメガが鏡の中に引き込まれて助けに行ったところが、ドッペルゲンガーの森だったのよ。そこのやつらは皆、話したり本物と同じ技を使ってくるわ。覚えている記憶もそのままね。しかも身体能力がまったく同じだから、へたしたらこっちがアウトね」
「えぇ!?それじゃあベルにも分からないはずよぉ」
「他のイルミンの生徒もそこにね、皆で協力して無事に戻ってこれたけど。本物になりたいからと、もう1人の存在が殺そうとしてくるの」
「ベルが知っているのより、恐ろしいわね・・・」
 もしもう1人の自分が現れたらと思うと、オルベールは思わずぶるっと身を震わせる。
 彼女が思っていたほど生易しい存在ではないのだ。
「私たちと緋音さんは探さなきゃいけない子がいるから、じゃあ・・・気をつけてね」
「うん。ありがとうねぇ」
 離れていく泡たちにアスカはふりふりと片手を振るう。
「んもーっ、そんなやつどう対処したらいいのよ」
「まだ可能性はあるわ、アスカ。ドッペルに感情だけじゃなくって記憶もあるっていうじゃない?そこで過ごしたわけじゃなくってもね。だったら友達が言う言葉には耳を傾けるかもしれないわよ」
「友達って?」
「あのドッペルの場合は十六夜ちゃんたちね。魂の方とだけど、彼女たちとのやり取りがその証拠よ。恐らくオメガを救えるのもドッペルを消せるのもきっと絆が鍵ね♪」
「でも、騙したりはしないのかしら」
「そういうこともなくはないかもしれないけどね。やらないよりかはマシよ」
「人の知恵に頼るなんて、らしくないぞ」
 ずっと考え込んでいるアスカをルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が嗜める。
「だって、これは皆と協力して解決しなきゃいけないことなのよぉ。これ以上何かミスして魂や皆を危険な目に遭わせたり出来ないわぁ」
 ムッとしたアスカは眉を吊り上げて彼に反論する。
「それはそうだが・・・」
「問題はもう1つあるのよねぇ〜。館に閉じ込めて利用しようとする十天君をなんとかしなきゃ。でも・・・」
「アスカ・・・もう覚悟を決めるんだ」
「何よぉおっ、ルーツには分からないの?アヤカシといっても私たちと同じ、命を持った者を殺したのよ!?」
 殺めてしまったことをなんとも思わないのかと、アスカはルーツに噛みつくように怒鳴り散らす。
「重傷を負わせはしたが、封神台に送られたときに死の封印をされたんだぞ」
「でもそれって結果的に私たちが殺したのと同じようなことじゃないっ。そうよ・・・封神しちゃったら殺したことになるんだから・・・。もう、怖いのよぉ。誰かを」
「―・・・十天君を倒さないと、多くの者たちが不幸になる。もう死者だって出ているんだ!」
「だからって殺しを正当化でもしろっていうわけなのぉ〜。そんなの変よっ」
「いや、そういうわけじゃないが・・・。嘆き悲しんでいる者もいるわけだからな。何もしないまま、他の者たちが傷ついていくのをただ見ているだけでいいのか?」
「うぅ、でも・・・」
「説得して言うことを利くようなやつらか?刑務所に入れられても仲間が助け出し、同じようなことを繰り返したそうじゃないか。それどころか死者の死体を使って何をしたと思う?」
「ルーツは・・・死んで償えとでもいうのぉ?」
 やっぱり自分正義でも歌うようなことでもするのかと彼をじっと見上げる。
「それは違うなアスカ。元々、命ある者を裁くのはとても難しいことなんだ。向こうは多くの者を傷つけ、他者の死体を道具のように扱いゴースト兵器の材料にしたこともある連中だ。向こうにもそれ相応の覚悟をしてもらわないとな」
「―・・・私は・・・・・・」
「怖いのはわかる・・・。だけどそれは、皆同じだということを忘れないでくれ。―・・・アスカ!?」
 俯いていた彼女が突然、パァンッと両頬を叩いたことに驚き思わず目を丸くする。
「う〜痛い〜!」
 頬が薄っすら赤くなりヒリヒリと痛む。
「大丈夫か?かなりいい音がしたが・・・」
 使える物がないか棚の中を探している途中の出来事に、瓶を落としそうになってしまう。
「2人共、力を貸してちょうだいなぁ。私、十天君を封神することに決めたわ〜」
「ふっきれたみたいだな。それでこそ我たちのパートナーだ」
「誰かがやらなきゃ終わらないって、思っている人だってベルたち以外にもいるのよ♪」
「そうよねぇ。さっそく探しましょ♪」
 もう迷わないと決めたアスカはパートナーたちと共に十天君を探す。



「水の音・・・?―・・・どこだここは・・・」
 グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は水路を流れる水音で目を覚まし周囲を見回す。
「少なくともマンションの中ではありませんね。あの場所に地下はありませんでしたから」
 螺旋階段を見上げたソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が、元いたところとはまったく異なる場所なのだと呟く。
「秦天君に協力するやつがいたなんてなぁ」
 アヤカシの女に協力している者たちがいるとは思わなかった李 ナタは、中庭に現れた斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)たちのことを思い出す。
「(まあ董天君に惚れてる俺が言えたことじゃねぇけど、あの十天君は嫌いじゃないが苦手だな。ていうか俺にとって天敵そのものだ・・・、いくらなんでもあんな場所で釣るようなこと言わなくてもいいじゃないかっ)」
 好みのタイプを教えてやろうかというふうな言葉に、思わず反応してしまったのだ。
 しかも結局、彼女について教えてくれなかったという。
「(そ、そんなもの・・・知らなくたって俺のよさを分かってもらえればいいんだ!)」
「―・・・ナタクさん?(マンションであの人たちに邪魔されたことを怒っているのでしょうか)」
 ソニアは考え込みながら表情を変える彼に声をかけるが返事は返ってこない。
「(でも・・・俺が気にしている身長のことを言ったことだけは許せねぇ!)」
「何だかとても怒っているようですけど。やっぱり秦天君を連れて行かれたのが悔しいんですね・・・」
 説得する間もなくハツネたちに邪魔されたことを怒っているのかと思ったが、しかし彼はその呟きとはまったく違うことを怒っているようだ。
「んぅ・・・。あれ?どうしてボク、マンションじゃないところにいるんです?」
 3人と同じフロアで目を覚ましたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、錆びた金網に指をかけて手摺代わりにして起きる。
「オメガちゃんの魂とみんなはドコにいっちゃったんですか?」
 小さなオメガのお人形を抱え、とことこと探し歩く。
「あっ、グレンおにいちゃんたちです!」
 階段を上っていく彼らを見つけ駆け寄ろうとするが、後ろの方からぼそぼと何者かの声が近づいてくる。
「も、もしかして・・・ゴーストちゃんですか!?でも・・・逃げてばかりじゃいられないですっ」
 真っ暗な通路をコツンッカツン・・・と靴音が響き、声と共にだんだんと少女へ近づく。
「ごめんなさいっ、じょうぶつしてくださいです!」
 バニッシュを放とうと、パッと手の平を向ける。
「おっと。ここで成仏するわけにはいかないな」
「唯斗おにいちゃんですか!?間違えちゃってごめんなさいです・・・」
「1人なのか?」
「うぅ・・・、そうです。オメガちゃんの魂と生徒たちを探しているんですけど」
「俺たちも探しているんだが一緒に行くか?」
「はいですっ!あっ、グレンおにいちゃん・・・。いなくなっちゃったです。むむ、どこに行っちゃったんでしょう?」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)たちについて行くことにしたヴァーナーだったが、グレンたちの姿を見失ってしまった。