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モンスターの婚活!?

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モンスターの婚活!?
モンスターの婚活!? モンスターの婚活!?

リアクション

 果たして彼女たちはやってきた。捕らえた雄の様子を見に来たのだろう、数羽が玖朔と左之助の周りに集まってくる。
「お、ちょうどよかった。なあ、これほどいてくれよ」
 言いながら玖朔はツタの絡まった両手を見せる。
「エー、デモオ兄サン、ホドイタラ逃ゲルンジャナイノ?」
 少々片言の人語でハルピュイアの1人が応じる。
「いやいや逃げないって。というか逃げようとしたらまたあの歌聞かせるんだろ? だったら逃げたってしょうがないじゃないか」
「そうそう。どうせ逃げられないなら、せめて話だけでもしたいんだよ」
 諦め顔を見せる男2人の態度と、話がしたいという要望に、ハルピュイアはしぶしぶだが納得する。
「ンー、ソレナラマァ、イイケド……」
「お、マジで!? やったぜ!」
「いやあ嬢ちゃんたち、ありがとな」
 両手のツタをほどかれた2人は安堵の表情を浮かべた。何をするにしても、やはり両手がふさがっているというのは落ち着かないものだ。
「デ、話ッテナニ?」
「うん、そうだな。話ってのは……ズバリ、なんでこんなことするの?」
 先に話しはじめたのは玖朔の方だ。
「コンナコトッテ?」
「そりゃあ、歌を唄ってここに連れてきたり、したことだな」
「アア、ソウイウコト。ソレハモチロン、繁殖ノタメヨ」
「繁殖って……、それだけのために俺らをここに?」
「ウン。ダッテソロソロ繁殖期ダモノ。ダカラ魅了ノ歌デ雄ヲ引ッ張ッテキタノヨ」
「ダカラオ兄サンタチ、協力シテクレルト嬉シイナ」
 彼女たちの顔に嘘の色は見えない。どうやら本当に繁殖のためだけに男を攫っているようだ。
「協力、っていったってなぁ……」
「ンモウ、ジレッタイナァ。ネエネエ、アッチデイイコトシヨウヨ」
「って、おい!?」
 さすがに繁殖のためだけに協力するというのは厳しいと考える左之助を、ハルピュイアの1人が引っ張っていってしまう。
「あらら、行っちまったか。ま、これで俺も動きやすくなるってもんだな」
「?」
 玖朔のその言葉に2羽のハルピュイアが小首をかしげる。
 異変はすぐに起きた。
「ヒッ!?」
 突然ハルピュイアたちが玖朔を見て怯えだす。適者生存の発動により、ハルピュイアたちは目の前のビーストマスターに逆らえなくなった。
「お、やっぱり効いたか。ま、これはここまでにしておいて……」
 ハルピュイアたちの怯え方を見て、ビーストマスターは気を抜いた。食物連鎖の上位存在が発するオーラが無くなったのを感じ取ったハルピュイアはほっとしたように翼で自分の身を抱く。
「さて、今度は……」
 ひとまず目の前の半鳥半人を脅すことに成功した彼は、自由になった両手を伸ばし、その上半身の2つのふくらみを鷲掴みにする。
「フニャ!?」
 当然ハルピュイアは素っ頓狂な声を上げる。確かに自分たちは雄を捕まえて繁殖に利用しようとしていたが、どうしてその雄の方から胸を掴まれなければならないのか。
「お〜、これはなかなか……」
 そのまま玖朔は【愛!部】で鍛えたウデをもって彼女たちを誘惑する。
「いいぜ、そこまで繁殖したいってんなら俺が手伝ってやろうか。フヒヒヒヒ……」
 ハルピュイアに魅了される前に魅了状態になった――厳密には違うが――男の姿がそこにあった……。

「何やってんだあの男は……」
 ハルピュイアによって別の枝に引っ張ってこられた左之助は、説得するどころかセクハラ男になった1人の教導団員を遠巻きに睨みつけた。それのどこが説得だ、単にお前がハーレムを作りたかっただけじゃないか。
「はぁ、まったく。ああいう男がいると、こっちの言葉に説得力が出なくなるぜ……」
「マア、コッチハアンマリ気ニシナイケドネ」
「俺が気にするの」
 そんな左之助はハルピュイアを目の前に正座させていた。その構図はまさに「説教」のそれである。
「大体な、嬢ちゃん、いくら繁殖期だからって、無理矢理はよくねぇ。嬢ちゃんたちがよくても、連れてこられた男の方がよくねえんだ」
「ソウナノ?」
「そう。そもそも人ってのはな、無理矢理一緒になるもんじゃあねえ。なんというかこう、お互い寄り添うもんなんだよ」
「…………」
「さっきの歌、まさに夢見心地って感じで、体が引き寄せられちまうが、どうもお前さんたちのことを好きだとは思えねぇ、とでも言うべきか……。難しいなあ」
 左之助の言葉を、目の前のハルピュイアは静かに聞いている。言っていること自体はあまりよくわからないが、少なくとも悪口の類では無さそうだ。このまま聞いていてもいいかもしれない。
「まああれだ。こういう形じゃなく、ちゃんとした形でお前さんたちにも寄り添う相手が見つかるといいよな。というのもだな……」

 さて、一方の邦彦とトマスのコンビはどうなったのだろうか。
「いやまあ、確かに大声で歌うのは少しは効果があったみたいだが……」
 邦彦はそう言いながらなぜか目を回していた。
「軍人さん。あんた、歌下手すぎ……」
「……ゴメン」
 事の顛末はこうだ。
 玖朔と左之助と分かれた2人は、ハルピュイアがやってきて魅了の歌を発動する瞬間を見計らい、大声で歌ってみようと画策していた。そして確かに効果はあった。大声で歌うことでハルピュイアの魅了の歌が聞こえにくくなり、その結果、もちろん完全に防ぐことはできなかったが、多少は魅了効果を減少させることには成功した。
 だがその歌それ自体が問題だったのだ。トマスの歌は一言で言えば「下手くそ」に尽きるもので――わざと下手に歌った、という可能性もあるが――、近くにいた邦彦の鼓膜にダメージを与えていたのである。邦彦は邦彦で、魅了効果を削れたらハルピュイアと会話して時間を稼ごうと思っていたのだが、耳の中でサイレンが鳴っている今の状態では非常に難しいだろう。
「それにしても、見事な急降下キックだったなあ……。すごく痛いよ……」
 下手な歌を歌ったトマスは体の複数個所に切り傷と打撲を負っていた。理由は単純、下手な歌に激怒したハルピュイアに、急降下から繰り出される鷲の爪キックを連打で浴びたのだ。
 いずれにせよこの2人は、肉体的なダメージのおかげでしばらく動くことができなかったが、その代わり「あそこに行ったら下手な歌が飛んでくる」とハルピュイアたちに認識されたので、しばらくは何もされずに済んだのだった。

 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は戦慄した。それはもう戦慄した。自分が今置かれている状況を確認したら、戦慄する以外に道は無かった。
 そもそもは彼がイルミンスールの森に剣の修行に来ていたのが原因だ。とある女性のために強くならなければ、と意気込んでここまで来たのはいいのだが、ふと気がつけば綺麗な歌声が聞こえてきて、そのまま気を失ったのである。もちろんその歌声とはハルピュイアの魅了の歌だ。
 気がつけば彼は両手をツタで縛られており――運がいいことに手は体の前にあった――、どこかの大木の枝に転がされていた。状況の把握に努めれば、聞こえてくるのは「繁殖期」という単語。
「ははぁ、繁殖期ね。それで俺を含めて男が何人も捕まってるってわけね、はいはい」
 自分でつぶやいておいて気がついた。
(ってふざけんなァァァ! 俺にはちゃんと好きな相手がいるんだよ! こんなところで大事な純潔失ってたまるかってんだ!)
 声には出さなかったがそれはまさに魂の叫びに近いものであった。ふと思い浮かぶのは、同じ学校に通う黒いセーラー服が似合う黒いロングヘアーをした1人の女学生。かつてシャンバラ全土をにぎわした「十二星華」の1人で、強力な剣の使い手であり、12人の中で最も胸が大きいという噂の彼女……。
(と、とにかく逃げなきゃ……)
 ひとまず佑也は脱走の準備にとりかかった。武器は途中で無くしたらしく、持っていない。ならばと彼は氷術で周囲の水分を冷やし、氷の剣を生み出した。殺傷力は心もとないだろうが、これで得意の剣術が使える。続いて持ってきていた音楽プレイヤーのイヤホンを耳に突っ込む。手を後ろで縛られていなかったのがここで幸いした。
(逃げればさすがに気づかれるだろうけど、それでもやってやる! 男の純情踏みにじられてたまるか!)
 剣を腰のベルトに挟みこみ、ハルピュイアの歌が聞こえないように音楽プレイヤーの音量を最大にして、さあスイッチオン!
 その瞬間、彼の耳から周囲数メートルに聞こえるレベルの音楽が響き渡った……。
「ぬおおおおお! うるせええええ!」
 勢いのあまりにプレイヤーの音量を上げすぎたのが原因だ。彼がもう少し冷静でいられたならば、まず音量を絞った上で、自分が耐えられる程度まで上げていったことだろう。だが逃げたい一心の彼は当然冷静でなく、その結果、自らの手で自らの鼓膜に大ダメージを与えたのだ。まずい、これでは難聴になってしまう。ハルピュイアに襲われるのも嫌だが、耳が聞こえなくなるのも嫌だ。
「ぐ……、くそ……!」
 何とかプレイヤーを停止させる。イヤホンから殺人ソングが聞こえなくなると、耳へのダメージが効いたのか、佑也はそのまま再び気絶した。

 さて、ハルピュイアの歌を参考にしようとやってきたのは熾月瑛菜(しづき・えいな)だけではない。クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)もその1人だ。瑛菜はバンドの研究のために森を訪れたのだが、このクリストファーはどちらかといえば「吟遊詩人としての知識欲」で訪れていた。
 捕まった者のほとんどはこうした「割と普通に思える」動機でイルミンスールの森に来るのだが、今回は時期が悪いためにハルピュイアに捕まる、というパターンに発展してしまうのである。もちろんクリストファーも捕まってしまっていた。
(どうも女性相手、っていうのは厳しいんだよね……。俺は精神がノーマルだから男性相手がいいんだけど……)
 クリストファーは薔薇の学舎に通う「男子生徒」である。普通に考えれば「精神がノーマル」でどうして女性相手が厳しいということになるのか、という疑問が生まれるだろう。これには少しばかりややこしい事情があるのだが、他人には知られていない情報であるため、ひとまずは「秘密」ということにさせていただきたい。
 話を戻そう。
 クリストファーはハルピュイアに捕まる際、当然のことながら魅了の歌を食らっていた。だが武尊のように妄想豊かではないし、クド、鬼羅、邦彦のように肉体的ダメージを受けているわけでもないため、魅了の度合いは他の者たちと比べて深いところまで入り込んでいた。
(男性相手がいいけど、でも彼女たちの望みは叶えたくなるんだよな……)
 ぼんやりした頭で「男がいい」「でも望みは叶えたい」とばかり考える。そこにクリストファーを捕らえたハルピュイアが忍び寄ってきた……。

 同じく薔薇の学舎に通うスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)も見事に魅了効果が浸透していた。
「ああ、それにしても美しい……。その髪、その翼、足、何よりもハルピュイアという存在そのものが美しすぎてたまりません!」
「アラ、アリガトネ」
「こんな美しい人を愛することができる自分は本当に幸せ者でございます。ああ、どうか自分をお好きなように扱ってくださいませぇ」
 普段の彼と違って、口調もキャラクターも明らかに壊れているとしか思えないが、実はこれは彼の特徴の1つだったりする。それはつまり「相手が女性に限り、SかMのスイッチが入る」というものだ。この状況を見るに、魅了状態にある今の彼はMモードなのだろう。
「アラアラ、無理矢理捕マッタッテイウノニ随分ト嬉シソウジャナイノヨ。ドウサレルノガ好キナノ?」
「何でも構いませんとも。よろしければ踏みつけるなり蹴るなりなんなりと。あ、それとも貴女のために歌ってさしあげましょうか?」
「エ、歌ヲ知ッテルノ?」
「地球のものでよければ」
「キャー、最高! 私タチ、前カラ地球ノ歌ニハ興味ガアッタノヨネ」
「え、本当でございますか? それでしたら早速……」
「アア、チョット待ッテ」
 歌おうとしたスレヴィをハルピュイアが止める。
「今歌ッテモラウノモモッタイナイワネ。イイワ、シバラクノ間、話シ相手ニナリナサイ。繁殖モ後ニシテアゲルワ」
「ははっ、このスレヴィ、謹んで話し相手にならせていただきます!」
 それからしばらくの間、スレヴィとハルピュイアは地球の歌の話題で盛り上がった……。

 そんな光景を見てハルピュイアたちがほくそ笑む。
「イイワイイワ、順調ヨ。短イ時間デ雄ガコンナニ集マルナンテネ」
「ツイサッキ捕ラエタ雄ヲ含メテ、11人ッテトコカシラ」
「マズマズノ結果ネ。チョット時間ハカカルケド、コレナラ繁殖モ楽ニデキルワ」
 魅了の歌で捕まえた「他種族の雄」の精を搾り取り、文字通り繁殖の種にして、今まで生きてきた彼女たちである。この習性とも文化ともいえる一連の行動は、彼女たちが絶滅するまで変わらず続けられるだろう。
「デモチョット雄ノ一部ガ危ナイノヨネ……」
「何カアッタノ?」
 1羽のハルピュイアが不安そうな表情を見せる。
「他ノ仲間カラ聞イタンダケド、ナンカスゴクイヤラシソウナ顔シテタリ、ナゼカ全身ボロボロニナッテルノガイタリ、ムシロ私タチト話シタイッテイウノガイタリシテ、ナンカ不安ナノヨ。コノママ普通ニ繁殖デキルノカナァ」
「心配イラナイワヨ」
 そんな不安を別のハルピュイアが鼻で笑い飛ばす。
「今ハ元気ガ有リ余ッテルカラソンナコトガデキルノヨ。少シバカリアノママ放置シテナサイナ。ソノ内ニ疲レテ、自分カラ繁殖サセテクダサイッテオ願イニ来ルワヨ」
 先ほど捕まえたレオン・ダンドリオンがうつろな表情をしているのを見て、ハルピュイアたちはこれから先の展開――というよりはむしろ願望に近い――を想像し、にんまりと笑みを浮かべた。