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第5章 捕まっていた男たち

 ハルピュイアたちへの説得が行われているその一方で、捕まった男が気になる者たちが行動を開始していた。とはいっても、せいぜいハルピュイアの案内を受け、人質の様子を見にいくというものであったが。
「ところでレオンたちは無事なのか?」
 瑛菜が前を歩くハルピュイアに尋ねた。
「多分マダ何モシテナイハズダカラ、大丈夫ト思ウワヨ。モチロン魅了ハ効イテルダロウケド……」
「その魅了って、どの程度効果が続くんだ?」
 朝霧垂がそれに続く。
「ン〜、場合ニヨルケド、普通ナラ1時間カラ1週間ッテトコカシラ。特ニ今ハ繁殖期ダカラ、数日ハ欲シイトコロネ。モチロン魅了ヲ解クコトハデキルワヨ。精神的ナ治療トカ、ブン殴ルトカ……」
 自分を傷つけて正気を保とうとする者がいるというのは先に紹介した通りである。完全に魅了を解きたいのであればメイドのナーシングやメイガスの清浄化のような「精神的異常を取り除くスキル」があればいいそうだ。
「これだけの人数がいるんだし、まさか全員が使えないはずはないよね」
「ドウセヤルナラ、デキレバソノ場デジャナク、事ガ落チ付イテカラノ方ガ嬉シイケド……ット、見エテキタワヨ」
 ハルピュイアがそう言ったところで、1本の大樹が見えた。男たちはこの上にいるのだという。
 空飛ぶ箒など飛行手段を持つ者はいいが、それ以外の者はどうやって上がるのか。瑛菜がそう思った矢先、目の前に太めのツタが下ろされた。どうやらこれを使って上がれということらしい。
「ありがとね」
 瑛菜はハルピュイアに礼を言うと、そのままスルスルとツタを上っていく。やはり飛行手段を持たない者たちがそれに続いた……

 果たしてレオン・ダンドリオンはそこにいた。手足をツタで縛られた状態で枝の上に座っているが、その目はうつろで、どうやら魅了状態がまだ続いているらしい。
「は〜、よかった。どうやら貞操の危機には見舞われてないみたいだね」
 ホッと胸をなでおろす瑛菜の横を垂が通り過ぎた。
「お〜いレオン、気分はどうだ〜? ハーレムを楽しんでいるか〜?」
 半分は冗談だが、これはレオンの精神状態を知るための問いかけだ。だが魅了されっぱなしの彼にはこの言葉は届かないらしく、返事が無かった。
「参ったな、こりゃどうにかして目を覚まさないと……」
「じゃあルカの出番かな? かな?」
 そこにルカルカ・ルーとパートナーのニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)がやってくる。その表情はいかにも「いろいろやる」といった感じだ。
「……なんだその今にもナタを振り回しそうな喋り方は?」
「別にヤンデレとかじゃないから。単に言ってみただけなんだもん。というわけで、そこどいて」
 嫌な予感がするが、仕方なく垂はその場をルカルカに明け渡した。
「さて、まずは定番、ほっぺたぺちぺちっと」
 ルカルカはまず他人の目を覚まさせる方法で最も多い手法――要するにレオンの頬を叩いてみたのだが、どうも反応が無い。ここで全力でビンタでもしてみればきっと起きるのだろうが、シャンバラ教導団内で【最終兵器】などと称される彼女が力を入れれば、いくら相手が契約者とはいえレオンを殺しかねない。それができる程度のパワーが彼女にはあるのだ。
「う〜ん、起きないね。じゃあこんなのはどうかな?」
 言うと彼女は持ち込んでいたポットの蓋を開ける。その中にはカモミールのハーブティーが入っており、そこから良い香りが漂ってくる。これでレオンに気付けを行おうというのだ。
「ほ〜らレオン〜、こっちのカモミールティーはおいしいぞ〜」
 だがやはりその程度ではレオンは目覚めそうになかった。ここでその中身をレオンの顔面にぶちまければ――長くなるので以下略!
「う〜ん、これでも駄目か〜。それじゃあ最終手段……」
 言うなり今度はポケットからリュウノツメと呼ばれる唐辛子を取り出した。火を噴くほどに辛いと言われる、ドラゴンの爪に似た、もう生体兵器なのか調味料なのか分からないそれをレオンに食べさせるつもりらしい。
「これでも起きなかったら相当なものだけど……」
 言いながらルカルカは唐辛子をレオンの口に入れ、頭とあごを手に持って無理矢理咀嚼させる。
 ひと噛み、ふた噛み、み噛みさせたところでレオンの顔が一気に赤くなり、そして叫び声と共にその口から真っ赤な炎が、まるで怪獣映画か何かのごとく噴き出した。もちろん噛ませていたルカルカは炎の当たらない位置を確保済みだ。
「ぎゃああぁぼおおおぉぉぉーーーーーーーーーー!?」
 5秒ほど経った頃だろうか。レオンの口からは炎が出なくなった。
「な、何だ、一体何がどうなったんだ!? 何で俺の口が火炎放射器になってるんだ!? つーかここはドコ、私はダレ!?」
「おはよ。刺激的な目覚めでしょ」
「刺激的過ぎて口の中が火事ですよ、ルー少尉!」
 他人の口の中にリュウノツメを放り込み、あわや森を火事にしそうになったルカルカは、最近第四師団の少尉になった女性である。
「まあそんなことはどうでもいいとして。ところでレオン、好みの女性はいた?」
「……は?」
「だからハルピュイアっていう鳥女に恋をしたんでしょ?」
「…………」
 どうも彼女は、レオンがハルピュイアに恋をしたその結果、この騒動が起きていると思っているらしい。情報が歪んで伝わったのだろうが、単に「恋をした」というだけならこれほどの騒ぎにはなっていないはずである。
「……なんか勘違いしてそうですが、俺は教導団の実地訓練の最中、途中から記憶が吹っ飛んでて、それで気がついたらこの有様だったんです。別に恋愛したってわけじゃありませんから」
「あらあら、それはまた大変ですねえ、軍人さん。あ、口直しにお茶でもどうですか?」
 状況を正確に把握しているのかよくわからない笑顔で、ニケが持ってきていたハーブティーを差し出す。
「何を他人事みたいに。そっちはその『軍人さん』のパートナーでしょうが。……お茶はいただきます」
 手足を縛られているため、何とか飲ませてもらうしかなかったが、ひとまずハーブティーのおかげで口の中の惨状はマシになったレオンであった。
「さて目覚めたところで……。あのなレオン、真面目なのもいいんだけどな、何かの作戦中に――」
「はいちょっとすみません、世話係が通りますよ」
 魅了から覚めたレオンに説教を始めようとした垂だが、別の声がそれを制し、しかも垂を押しのけた。声の主は一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)、その後から宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が続いた。
「おやレオン君、偶然ですね」
「偶然って言う割には、明らかに狙ってやってきたって感が強いんですけど、一条少尉?」
「何を言ってるんですか。私はハルピュイアに攫われて無理矢理働かされてるんですよ」
「……絶対、嘘ですね、それ」
「気のせいです。間違いなく気のせいです」
 特にその笑顔を崩すことなく、しれっとレオンに返す。
 実際のところアリーセは攫われてなどいなかった。この少尉はハルピュイアに「人間の雄の世話係」を名乗り出た上でここにやってきたのである。単なる方便というわけではなく、人間が世話係として動いた方が攫われた連中も抵抗を緩めるはずと考え、そのための用意も整えてきた。アリーセとしてはもっと早くに潜入したかったのだが、今回の作戦に参加した学生がかなり多かったために、さりげなくついていくことにしたのである。
「さてレオン君、こんな時に、いやこんな時『だからこそ』1つ頼みがあるんですが、聞いてもらえますか?」
「な、何をですか?」
 嫌な予感がしつつもレオンは聞かざるをえなかった。
「いや単純な話です。ハルピュイアの子作りに協力してあげてください」
「……はい!?」
「ハルピュイアの子作りに協力してあげてください。大事なことだから2度言いました」
「いや意味が分かりませんよ! 何でオレがそんなことしなきゃいけないんですか!?」
「それが運命って奴なのよ、レオン」
 怒鳴り散らすレオンの前に、今度は祥子が迫る。
「残念だけどね、シャンバラ教導団は市民を『あらゆる』災害から守るのが使命なのよ。言うなればこれは、そう、『犠牲』なのよ」
「ぎ、犠牲?」
「そう、『犠牲』」
 なぜか「犠牲」の部分を強調しながら彼女はデジタルビデオカメラを起動した。元教導団の憲兵科、今は空京大学にて教職課程を履修中の彼女は、生物学部の学生に資料として渡すために、この事件の顛末を映像記録として残そうとしていたのだ。ちなみにそのタイトルは「ハルピュイアの異種間交配」という。
 さらに祥子はハルピュイアの方にも手を回していた。彼女が考えるに、ハルピュイアはおそらく繁殖のことしか考えておらず、その手の「知識」には疎いだろう。ならばこちらからその知識を植えつけてやればいい。そこでいわゆる「えっちな本」をハルピュイアに渡しておき「女性の上半身でできる男性が性的に興奮する行為」に関する知識を与え、レオンが滞りなく繁殖行為に及べるようにしてやろうとしたのだ。1つ問題があるとすれば、ハルピュイアは人語を解するとはいえ、所詮はモンスター。実は文字が読めないのだ。そのため「写真部分を見て理解できるかどうか非常に怪しい」のであった……。
「そう、レオンは犠牲になったのよ……。古くから続く犠牲……、その犠牲にね。そもそもはシャンバラ教導団という組織が生まれた時からある『市民を守る義務を負う』という大きな犠牲。レオンは犠牲になった。その犠牲にレオンはなった。犠牲の犠牲にね。というわけで、さあレオン、色々サービスしてあげるから犠牲になりなさい」
「大丈夫ですよレオン君。私がついていますから安心してください。まあ頑張りすぎちゃったら『SPリチャージ』してあげますから――」
 レオンを持っていたロープでさらに縛り上げようと構えた祥子とアリーセだが、そこに邪魔が入った。
「何したり顔で『犠牲』の文字をゲシュタルト崩壊させてんだお前は!」
「っていうかその前に『蒼空のフロンティア』は全年齢対象のゲームだよ!!」
「レオンェ!?」
 発音が非常に難しい悲鳴をあげながら、祥子、それにアリーセは垂とルカルカに全力で殴られた。さらに殴られたショックで祥子の手からビデオカメラが飛んでいき、そのまま重力に逆らわず落下、地面に激突したカメラは使い物にならない程度に壊れてしまった。
「ああッ! なんてことッ! 私のカメラがブッ壊れたわッ!! おかげでキャラまでブッ壊れそうよ!!」
「っていうか何するんですか! メチャクチャ頭が痛いですよ!」
 カメラと肉体への被害を大声で訴える2人だが、ルカルカの応戦が飛んでくる。
「あのね、ルカたちはレオンを助けにここまで来たのよ!? それなのに繁殖に協力させるってどうかしてるんじゃないの!?」
「命まで取られるってわけじゃないんですし、犬に噛まれたとでも思って協力させてもいいじゃないですか!」
「良くない! 大体こそんなことさせるために来たんじゃないんだし、その前に教導団は市民の守護者なんだよ! だから人質のレオンは無傷で助けるべきだもん!」
「歪んだ情報を鵜呑みにした上に、その人質にリュウノツメ食べさせるような最終兵器に言われたくありませんよ」
「な、なんですってー!?」
 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことを言うべきか。ルカルカの正論にアリーセが応じるが、いつの間にかそれは単なる言い争いになっていた。そしてその言い争いはエスカレートし、いつの間にか殴り合いの乱闘にまで発展していた。
「あらあら、まあまあ。本当に大変ですね」
「……いや、止めましょうよ」
 自分のパートナーが乱闘に参加しているというのに、ニケは止めるどころかその様子を傍観していた。さすがにこれはレオンも呆れるしかできなかった。