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●A Taste of Honey

「大学からの指令……ですがあまり乗り気はしませんね。まぁ、遥遠が了承したので受けましたが……」
「ありがとうございます。でも、遙遠だって悪い気はしないんじゃありません? こうやって、普段はあまり立ち入ることのない場所を楽しむいい機会でもありますし」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は、校内を散策しながら活発な意見交換、という名の雑談を行っている。
「そういえば、学長のハニードーナツにはちょっと笑いましたね……学長らしいといえばらしいですが」
「恐らくカロリーは爆発的かと……しかし、アクリト学長ならば、高速で頭脳を回転させるだけでそれくらいの余剰カロリーは使い果たしそうな気もします」
 笑みかわす遙遠と遥遠だ。二人は魂の双子――互いが己、己は互い、相手の考えていることは、相手以上によく理解できる。もしかしたら遙遠と遥遠は元々一人の人間で、それがたまたま一対に別れただけでは、とすら感じられるのだ。ただ本稿では読者の便宜を考え、以下、それぞれを『緋桜遙遠』『紫桜遥遠』とフルネーム表記することをご了承いただきたい。
「でも考えようによってはそうでもないですかね」
 緋桜遙遠が言った。
「と申しますと?」
 緋桜遙遠が感じる最良のタイミングで、紫桜遥遠が相づちを打つ。
「学長ならもっと直球に蔗糖とか来てもよさそう……このほうが脳への吸収がいい、とか言って……。とすれば、なぜ学長がハニードーナツという結論に至ったかを紐解くことで空京大の秘密が明らかになるかもしれません」
「まさかそんなことはないでしょう」
「はは、確かに冗談です。ですが、でもアイスやケーキやハニートーストとかでも実際いいですよね?」
「さてさて、案外あな(穴)どれない謎があるのかもしれないですよ、ドーナツだけに」
 などと洒落た紫桜遥遠に緋桜遙遠がころころと笑ったところで、二人はぴたりと足を止めた。
 これも、ここで止まろうと先に打ち合わせていたためではなかった。二人はごく自然に『このあたりで』と思い、それがぴたりと一致したのだ。
 レインツリーの大樹の下、さんさんと注ぐ陽光が、この場所では木漏れ日となり雪のように待っている。
「いずれにせよ、学長が大の甘党だったとは意外でした」
「ええ、遥遠も甘いものが好きなので、親しみがわきましたよ。ところで遙遠もお好きでしたよね」
「ええ、ところで遥遠は、遙遠の一番好きな甘いものをご存じでしたか?」
「遙遠は甘い物なら……やっぱりシュークリームとかでしょうか」
 ごく自然に、緋桜遙遠は紫桜遥遠の肩に手をまわし、抱き寄せていた。
「いいえ。それも好きですが、一番ではないです」
「なら、チョコレートサンデー?」
「いいえ」
「なら……」
 紫桜遥遠は耳朶に、胸の内側がはじけるような刺激を感じて言葉を失った。
 緋桜遙遠が彼女の耳に唇を寄せたのだった。
「何よりも遥遠の方が甘いです。甘くて、切なくて……遥遠こそが遙遠の一番好きなものですね」
 吐息のような、キス。両腕を絡め、両脚も絡めてくる。
 緋桜遙遠の言葉はきっと芝居だ。桃色のゴムをおびき寄せるための演技……紫桜遥遠はそう思いながらも、それでも嬉しい、それでも、愛おしかった。その気持ちと気恥ずかしさに頬を染めながらも、
「それは遥遠も同じ気持ちです。遥遠は、遙遠が大好きです」
 ためらわず言の葉を返す。遥遠はいつだって、遙遠には素直なのだ。
 見つめ合う。互いに互いを、この世で最も美しいひとだと思う。
「遥遠……」
「遙遠……」
「リアジュウシネ……」
 二人の間に、何か挟まっていた。
 一匹の桃ゴムが、飛び込んで来て二人を引き剥がそうとしたのだ。
 激昂するかと見えたが、緋桜遙遠は平然としていた。それどころか、憐れみの籠もった目でこれを見つめたのである。
「これが例の怪ゴムですか。甘い言葉に釣られて出てくる、というお話の通りでしたね」
「リアジュウシネー! バクハツ! バクハツ!」
「惨めな存在……あなたは、そうやって上辺だけの言葉にも騙されてしまうのでしょう」
 紫桜遥遠も加わる。哀しい音楽でも聴くような目で、桃色アメーバを見おろしていた。
「リア……」
 桃ゴムは、しなしなと力を失って小さくなっていった。
 そしてあえなく、緋桜遙遠に捕縛されたのである。