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第3章 カノン、ライバルを睨む

 学院の校長室では、コリマと生徒たちとの協議が終了し、生徒たちは一人一人退出
し始めていた。
 と、そのとき。
「あの、最後に聞いてもいいですかねえ?」
 月谷要(つきたに・かなめ)が、コリマに近寄ってきた。
(何かな? 察するに、一番聞きたかったことを聞こうとしているな)
 コリマは、月谷をじっとみすえて、いった。
「さすが、校長さん。下手な演技は看破されてるってわけですねえ」
 月谷はやられたといった顔でそういうと、自分の額を平手でぴしゃりと打った。
(おぬしは停学中だが、Sの館での活躍は聞いている。一度話してみたいと思っていたところだ。質問したいことを正直にいってみるがいい)
「Sの館? あっ、まさか、あの車椅子の強化人間が、オレについて余計なことをいったんじゃないだろうね? まっ、いいや。聞きたいのは、今回の作戦のことじゃない。超能力とは要するに何なのか、知りたいのさ」
(ほう。学生らしい疑問を持ったな。よいことだ)
「何さ。普段のオレが、勉強のことを何にも考えてないような言い方するじゃないの。いっとくけど、教科書に書いてあるような答えは必要ないからねえ。だって、教科書は、読んでるから! これ、ホント」
(内に修羅を抱えておきながら、表面はあくまでのんびりしている男なのだな。まあ、いい。それにしても、既に察しはついているのではないか? 「超能力」とは、想いの力が現実を改変する作用の現れのひとつだ)
「想いの力? こりゃまた、ずいぶんファンタスティックな答えで。いや、っていうか、ある意味日常に近づけすぎじゃない? だって、想いの力なんて、誰でも持っているものだろう? みんなが超能力者になれるとでも? いや、まあ、そういうこともいってたけどさ」
(やはり、それなりに学習はしたようだな。おぬしのいうとおりだ。誰もが、程度の差はあれ、想いの力を持っている。ありふれた言葉を使えば、「夢」や「希望」といった「想い」は、単なる概念ではなく、確かに存在するものであり、それらの想いを抱いて生きている人間は、誰もが、同じような力を行使している)
「強い『夢』を抱いて生きている人間は、知らず知らずのうちに、現実を改変するすごい力を行使してるってのか? いや、まあ、素晴らしいお説ですね。観念論的すぎて泣けてきますな。つまり、『夢』をかなえたいという想いが強い人は、超能力を行使して現実を変えて、本当にかなえてしまうんだってことをいいたいわけ?」
(そうだ)
「な!?」
 コリマが即答で肯定したので、月谷は驚いた。
(想いの力が本物なら、その人間自身を動かして真の意味での「努力」をさせ、確実な結果を収穫する。それだけではなく、全体の運勢や、周囲の環境も、想いを実現させる方向に改変されてゆくのだ)
「ふーん。うまいこというけど、ホンマかいなって感じ」
 月谷は笑って、おどけてみせた。
(ただ、これは、人間に本来備わっている力であり、その意味で、おぬしが先ほどいったような「すごい力」ではなく、全く日常的なものだ)
「日常的といいながら、きれいごとばかり並べるけどさ、実際、サイオニックや強化人間が超能力を使うのをみたとき、あれは誰もが行使できる日常的なものだといわれても、何人が納得するかねえ?」
(そのようなことをいうとは、まだ本質が読めていないな。超能力を引き出すもととなる「想いの力」は、誰もが持っているが、その力の程度は弱く、実際に運命を変えるほどの力を持っていないことがほとんどだ。何らかの手段で強い現実改変力を有することになった者が、「超能力者」と呼ばれることになる)
「ああ、わかった。天御柱学院で一生懸命超能力をお勉強すれば、強い現実改変力を有して超能力者になれるわけね? だからよい子のみんな、学院に入学してねって、そういうオチ?」
(そうだ)
「むう!? これもあっさり認める? そう?」
 確かな知識と深い思想に裏づけされて話すコリマを前にすると、どこか軽い口調で話す月谷は、何だか調子が狂ってしまうようである。
 結果として月谷が翻弄されているようにもみえるが、コリマはもちろん、そんなつもりはないのである。

(私は、学院の校長だ。本学での教育の意義について、否定するわけがあるまい)
 コリマは、大真面目な口調で、いった。
「あ、ああ、そうだよな。オレがそんなことを聞くのが間違ってたよな」
(人は、何も念じないなら「運命」という予め決められた道を歩むほかないが、想いの力を強めることで、運命を乗り越え、あらたなシナリオを紡ぐことができる。本学で学んだ生徒たちにも、運命を乗り越える強い力を得て欲しいと望んでいる)
「ああ。常日頃いってることとつながるわけね。しかし、きれいごとばかりだけど、実際はどうなのさ? 想いの力って、夢や希望のような、耳に響きがいいものばかりじゃないでしょ? 恨みや憎しみといったマイナスの想いだってあるわけでしょ? だから強化人間は苦しんでるんじゃないの?」
(それは、まったくそのとおりだ。強化人間は想いの力を人工的に強められた結果、その力に飲み込まれる危険に直面しており、力自身がシナリオを紡ぐという本末転倒な結果を導きかねない)
「だから、強化人間は学院に入学してお勉強して、調整を受けた方がいいですよってことか。でも、待てよ。そもそも、強化人間なんて、何で生み出したんだ?」
(強化人間については、そもそも私が生み出したものではない。私が封印を解かれたとき、既に強化人間は開発されていた。私が意図した存在ではなかったが、生まれてきた以上、危険を調整しながら、彼らを活かす道を探っていくべきだとは思わんか)
「ああ。別に、自分がつくったわけじゃないから、自分は悪くないと。でも、強化人間って、誰かの管理を受けなきゃ、自分の道をみつけられないものなのか?」
(そうだ。無理ではないにしても、極めて難しい。ゆえに、私が管理者の1人の役目を果たすのは当然なのだ。いや、当然というより、義務でさえある)
「なるほど。でもさ、気になるのは、強化人間って、パラミタ線を人間に照射した結果生まれたものだろ? じゃあ、パラミタ線っていうのはもしかしたら……」
(そこまでだ。それ以上おぬしが知る必要はない。出過ぎたことは考えない方がよいぞ。少なくとも、立場を明らかにしない現在は、な)
 コリマ校長の声が凄みをおびてきたので、月谷はどきっとして、言葉をうやむやにした。
 何を自分はビビってるんだと思いながら、さらに別の質問をする。
「あと、さっきの、力自身がシナリオを紡ぐって、よくわからないな。そもそも、運命をシナリオにたとえるってどうなのよ? まるで、超越的な何かがオレたちのたどる道をあらかじめ決めているような言い方するけど?」
 月谷がその質問をしてから、コリマが答えるまで、今度は、若干の間があった。
 その間が、月谷には妙に怖かった。
 もしかして、さらに輪をかけてマズいことをいったか?
 コリマの答えは、月谷の予感を裏づけるものだった。
(おぬしは、まだ学業の途中にある。いまの質問は、一般学生が学業のため知るべき範囲にはない。詳しく知る必要はないし、知ってはならない)
 月谷が本気で怖いように感じたのは、コリマの言葉についてではなく、自分が、人間が知ってはならない領域に踏み入ろうとしたことを悟ったからだった。
 ふと、Sの館で目にし、いまでも夜中に夢の中でうなされることがある、次元を越えたあの邪神のことを想い出した。
 そのとき。
(ほう。おぬし、私との契約を五千年前に拒否した精霊のひとつと、交流を持ったようだな)
 コリマの目が、鋭い光を放った。
「え、な、何で? あっ、しまった!」
 月谷は、悟った。
 コリマが自分とずいぶん長く語らってくれた裏には、精神感応で自分の記憶を探り、真意をつかむ狙いがあったのだ。
「こ、校長。きょ、今日はありがとう。これぐらいで、オレは失礼させてもらうぜ。じゃあな。いっとくけど、いまの話、校長が敵意を持たれるような内容ではなかったと思うよお。そ、それじゃあ!」
 月谷は、泡を食ったように慌てふためきながら、校長室から退出した。
「どういたしますか?」
 一連のやりとりをどこかで聞いていたらしい教官から、コリマに通信が入る。
「敢えて情報を与えてみたが、現段階では、我々に与するか不明だな。が、少なくとも、パラミタ線に興味を持ったことは看過できない。よって、今後は、悟られぬよう、厳重な監視をつけるのだ。現段階で利害が一致しているオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)とは別の意味で、潜在的な脅威となる可能性がある」
「サンプルXは反発すると思いますが?」
「ああ。奴に、彼を寛大に扱うよう頼まれなかったら、このまま帰したりはしないところだ。だが、今日は帰したのだから、寛大さもこのぐらいでいいだろう。監視をつけ、全て報告するように」
「はっ、了解いたしました!」
 そう伝えて、教官は通信を切った。

 月谷が校長室を退出したころ、食堂では、設楽カノンと生徒たちとの議論が白熱し、いよいよクライマックスかと思われた。
 議論といっても、オリガ・カラーシュニコフや天貴彩羽(あまむち・あやは)が、特攻よりもまず敵を誘い出す作戦を提案するのに、カノンが特攻も同時に進めるといってきかないだけの話だったのだが。
 自分の直感だけで話すカノンの言葉に理不尽さを感じる生徒は多かったが、彼女が戦場でみせてきた実力、そして、いまは隊長であるということが、あからさまな反発を抑制しているように思えた。
 と。
 白滝奏音(しらたき・かのん)が無言のまま席をたち、つかつかとカノンに歩み寄ってきた。
 まさか!
 誰もがそう思ったとき。
 ぶーん!
 白滝の平手が、ものすごい勢いでカノンの頬を襲った。
「あっ、ダメですわ! それは!」
 周囲の生徒が驚いたことには、オリガがサイコキネシスでその攻撃を止めようとしたのである。
「邪魔しないで下さい!」
 白滝は叫んで、同じくサイコキネシスで、オリガのみえない力を押し返した。
「くっ! ダメです、暴力はやめて頂きたいですわ!」
 白滝のみえない力に突き飛ばされたオリガが、舌打ちして叫ぶ。
 だが。
 ぐわーん!
 平手がカノンの頬に触れるか触れないかという瞬間、白滝の身体がみえない力で持ち上げられ、食堂の奥に突き飛ばされていた。
 倒れたテーブルと椅子の下敷きになる白滝。
 白滝がオリガの力を押し返している隙に、カノンのサイコキネシスが白滝を襲ったのだ。
「意見はちゃんと聞いてますし、別に、喧嘩したくて会議をしているわけではないですよ? あと、かりにも隊長を殴ればどういうことになるか、知っていますよね? 少なくとも私は知っているから、そうなる前に止めたんですよ」
 カノンが、呪いのこもった視線を白滝に投げながらいう。
「う、うう! 満足ですか? 自分のわがままにみんなを巻き込んで! そんなに死にたいなら、一人で勝手に死ねばいい!」
 何とか起き上がった白滝もまた、ありったけの怨念をこめた視線でカノンを睨み返していた。
「そうですか。わかりました。じゃ、ついてこれない人は、こなくていいです。私、一人で、刺し違えてでも戦果をあげてきます!」
 カノンは興奮して、立ち上がった。
「カノンさん。部隊を率いる隊長が、そんなことをいうべきではありませんわ」
 オリガが、本気で怒ったような口調でいう。
「そうだよ。刺し違えるなんて、いっちゃダメだ。そんな勝利は、勝利じゃないし、戦果でもない!」
 榊孝明(さかき・たかあき)も、思わず興奮して叫んでいた。
 そして。
「わからない人ですね。死なせてなんてあげませんよ!
 先ほどの言葉を打ち消すかのように、白滝が叫んでいた。
「白滝さん?」
 カノンが、きょとんとした目で白滝をみる。
「あなたは私が倒すんです。ですから、それまでは絶対に死なせません!」
 そういって、白滝はカノンに背を向けて、食堂から退出していった。
 その背に、カノンが言葉を投げる。
「じゃあ、がんばって、あなたが私より優れていることを証明して下さいね! アハハハハ! 面白い人ですね!」
 言葉の途中で笑い出し、カノンはなぜか、再び上機嫌に戻っていた。
「みなさん、失礼いたしました。いろいろありましたが、みなさんの想い、伝わったので、こうしましょう。海中に特攻する前に、時間を置きますので、その間に、海中の敵を誘い出せるかどうか、オリガさんや天貴さんにがんばってもらいます。ただし、もたもたしていて効果があがらなかったら、そのときは私は特攻します! 以上です。これで、作戦会議は終わり! さあ、女の子のみなさん、予定どおり、これから一緒にお風呂に入って、親睦を深めましょう! いっとくけど、男は絶対こないで下さいね! なんちゃって。アハハハハハ! 出撃前で武者ぶるいする身体を落ち着かせたいですねー!」
 カノンは、生徒たちがひくようなハイテンションを再びみせつけながら、食器を片づけて、大浴場へと移動する準備を始めていた。
「カノンさん。あなたはその場の感情にかなり流されるようですわ。でも、まだ、話を聞くことができるのが救いですわね」
 オリガもまた食器を片づけながら、必ず全員生きて帰るという決意を、あらたにするのだった。