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リアクション
第10章 カノン、イコンから降りる
「もうすぐです! もうすぐ、壊滅した第一部隊のイコンの残骸がみえてくるはずです」
カノンの機体は、護衛役の機体とともに島の奥へと急いでいた。
と、そこに。
「ぎいいいいいい! 破壊と殺戮の女神よ! これまで、そしてこれからもいくつも犯すであろう罪を悔いあらため、我らが軍門に下るのだ!」
ゴーストイコンの集団が現れ、その中の1体、巨大な斧を構えたゴーストイコンが、カノンの機体を睨みつけていた。
「あっ、カノンさん、危ない! 下がって下さい!」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、ワイバーンの【レイズ】を駆って、カノンの機体をかばおうとした。
「大丈夫です。このまま突破します!」
カノンは、ロザリンドの制止を振りきって、ゴーストイコンの集団に切り込んでいく。
「そんなに急がなくてもよろしいのではないですか?」
ロザリンドは慌てて後を追って、襲いくるゴーストイコンを【レイズ】の素早い動きで撹乱しながら、隊長に訴えかける。
「いえ。遺体の回収も、今日中に行いたいんです。まず、先行している私が回収地点に到着して、周囲のゴーストイコンを倒して安全を確保しておかないと、作業がたちゆかなくなります。少なくとも、現地への到着だけは優先したいんです!」
カノンの考えを聞いて、ロザリンドは承服せざるをえなかったが、いま眼前にいる敵の集団を突破するのはひと苦労だった。
遺体回収希望の生徒は、イコンには搭乗しておらず、それぞれが独自の仕方で島に到着していると聞いていた。
カノンの「撫子小隊」に非参加扱いの生徒も多く、カノンが作業の全貌を把握しているわけではない。
だが、カノンは、島の状況をみて、遺体の回収が難航していると察したようだった。
戦闘にしか興味がないようにみえるカノンが遺体の回収にこだわるのも不思議に思えたが、強化人間は死に近づく傾向があるといわれており、遺体にも何らかの興味を抱いているのかもしれなかった。
「ぎいいいいいい! 死ね! 死ね! お前のような女はこの世にいらない! 周囲の人を傷つけ、迷惑をかけるだけだ! ここで死んだ方がどれだけ世界のためになることか!」
ゴーストイコン八将軍の1体と思われる敵機が、巨大な斧を振りまわしながらカノンの機体に向かってくる。
その罵り方に、ロザリンドは少々ムッとした。
「カノンさんになんてひどいことをいうんですか! あなた達が、最初の部隊を壊滅させるから! 多くの人を殺したから!」
ロザリンドは【レイズ】を駆って、巨大な斧の周囲を飛びまわり、攻撃を引きつけようとした。
「カノンさん、いまのうちに! 数が増えてきているようです。私が引きつけますから!」
「ロザリンドさん! 私は先に行きます! その、斧を使う機体の相手は任せました!」
カノンの機体は、さらに島の奥へと向かっていく。
「了解しました! うわっ」
巨大な斧が【レイズ】の翼を狙って振り下ろされたが、【レイズ】は、巨大生物ならではの俊敏な機動性で避けていた。
ロザリンドの指示がなくとも、ワイバーンは自分の本能で動くことができる。
イコンとは違い、翼を自在に操ることで、臨機応変に動けるのが強みだった。
「そのような龍で、我らを倒せるものか!」
中ボスクラスのその敵機は、【レイズ】の上のロザリンドを睨みつけている。
「龍だけではありません!」
ロザリンドは叫んで、【レイズ】の上から跳躍すると、斧を振りまわす敵機の頭部にとりついていた。
「ぎいいいいいい! 離れろ!」
「ここにあなたの墓標を築きます! 一度死にはぐったあなたのために! 未来永劫の安らぎの地を、いま、ここに!」
ロザリンドは、敵機の頭部にしがみついたまま、槍で、首の部分を思いきり貫いた。
「うごおおおおお!」
敵機の吠え声が天に響きわたる。
「ぴいいいいいいいいい!」
【レイズ】がひときわ高く鳴いたかと思うと、地上すれすれを滑空して、敵機の胴体に頭から身体を突っ込ませていった。
ぐしゃあああああん
【レイズ】と中ボスクラスの機体が激突した瞬間、轟音が巻き起こり、バラバラになった機体のパーツの山の中に、ロザリンドは投げ出された。
「【レイズ】! やりましたね。さあ、カノンさんの後を追いましょう!」
ロザリンドは、態勢をたてなおしてワイバーンの背に飛び乗ると、迫りくる他のゴーストイコンの攻撃を回避しながら、上昇を指示した。
空へ。
そう。
希望の空から現れた龍が、地の底から現れた恐ろしい幽鬼を永遠の眠りにつかせたのである。
ゴーストイコン八将軍の3機目を撃墜! 残り五の将軍はいずこに?
「みえてきました! 壊滅した第一部隊のイコンの残骸がおびただしくみられます! 既に遺体の回収にとりかかっている人たちもいます! ゴーストイコンの襲撃をやり過ごしながら作業しているようです! 私も回収作業を直接行おうと思います!」
カノンの通信が隊員たちのイコンに入ってくる。
イコンの残骸は、山と山が出会う、谷間の地域に点在していた。
小さな川が流れていて、三角形のかたちに土砂が堆積しており、いわゆる扇状地を思わせる景観だった。
第一部隊は、島の奥へと逃げてゆくゴーストイコンを追って進軍していて、この谷間で多数の敵の待ち伏せを受けて、壊滅したように思われた。
そのような戦術が現実に実行されたとすれば、その時点でゴーストイコンはある程度知性化していたとみるべきだろう。
いま、あちこちにあるイコンの残骸の傍らに、先行して到着していた作業員たちがたむろして、遺体の回収に専念している。
ときおり襲ってくるゴーストイコンに対しては、そのたびに身を隠したり追い払ったりして対応しているようだった。
カノンは、イーグリットを谷間の外れにある巨大な岩にたてかけるようにして静止させると、コクピットから出て、地面に降りたった。
「あの、カノンさん、何をするつもりですか?」
カノンの機体につき従ってきた【ファントム】の神裂刹那(かんざき・せつな)が、ちょっと驚いたような様子でいった。
「聞こえなかったんですか? 私も遺体の回収を手伝うんです」
カノンの答えに、神裂は思わず声をあげた。
「えっ、生身でやるっていうんですか? その間、イコンはどうするんですか?」
「やっぱり、作業員さんとじかに触れ合って、励ましてあげたいと思ったものですから! 私のイコンは、見張っておいて下さいね」
カノンはニコニコ笑いながら、1週間ほど前に激戦が行われていた地を走り始めた。
「ちょ、ちょっと……! ああ、困りましたね」
神裂は嘆息する。
「大丈夫。生身のカノンちゃんは、作業している人たちが守ってくれると思うよ! 特に、ボクの友人のレオくんが何が何でも守るといってたから、お任せしたいな。で、ボクたちはとりあえず、指示どおり、カノンちゃんの機体を見張っていよう! また、カノンちゃんがこれに乗って空に上がれるようにね」
【フォーチュン】の祠堂朱音(しどう・あかね)が、神裂が安心できるように配慮しながらいう。
「朱音のいうとおりです。それにしても、作業員を直接励ますため、といえば聞こえはいいんですが、実際はどうなんでしょう? もしかして、カノンさんは、遺体がみたいのではないですか?」
同じく【フォーチュン】のシルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)がいった。
「何でもいいよ。とにかく、レオくんはカノンちゃんを直接守れるようになるわけだし! 機体はボクたちが預かろう!」
祠堂は元気よくいった。
「カノン! カノーン!」
カノンが走り出すのをみるや否や、平等院鳳凰堂レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)が大声でカノンを呼んで、その近くへと必死に向かい始めた。
「あっ、レオさんですか。私のイコンへの同乗を断られたので、ここで作業をしていたんですね」
カノンが、走り寄ってきたレオをみていった。
レオは、出撃前にカノンの機体への同乗を申し込んだのだが、カノンの「騎士」としてのこれまでの業績にも関わらず断られてしまったので、かなり意気消沈した様子をみせていたものだった。
「カノン、僕が嫌いだから、同乗を断ったのか? 僕が男だから?」
レオは、断られたときはショックで聞けなかったことを、いま聞いてみようとした。
「別に、あなたが嫌いではないですよ。まあ、男だから、といえばそうですね。私は、『私の涼司くん』以外の男性を信用することはないですからね。レオ、いっておきますが、あなたとはそういう仲ではないはずですよ」
カノンの答えに、レオはがっくりときたが、それでも踏ん張った。
「いまはまだ、そうかもしれない! だが、僕にもチャンスを与えて欲しいんだ! カノン、君の心の中に入っていけるチャンスを!」
それを聞くと、カノンはすさまじい形相でレオを睨みつけた。
「『私の涼司くん』に匹敵する存在になりたいというんですか? ずいぶん思い上がったことをいうんですね。私が欲しいんですか? どういう意味で? 結局あなたも、私の身体に乱暴した男どもと同じなんですか? だったら、容赦しませんよ!」
「違う、そんな奴らと一緒にしないでくれ! もちろん、君がすぐに心を開くのは無理かもしれないが、だが、僕は君のために闘う! 愛しい君を、守るために! その姿をみて考えて欲しい!」
「レオ、私のために闘うのはありがたいんですが、それ以上の行いはしないで欲しいです」
カノンは、レオを置いて、そのまま走り出した。
「待ってくれ、カノン! 君の中の山葉涼司と、勝負ぐらいはさせてくれ!」
レオは、慌てて後を追った。
そのとき。
「ガオー!」
近くの茂みの中から、突如トラが現れて、カノンに襲いかかってきた。
そう。
この島には、トラやライオン、チーターといった危険な野生動物が頻繁に出没するのである。
もともとこの島にいたのか、外部から持ち込まれたものが繁殖したのかは不明だが、遺体を回収する生徒も野生動物の襲来には悩まされていた。
「うわー! カノンに手を出すなー!」
レオは叫んで、背中につけた宮殿用飛行翼を使って宙に上がると、剣を振りかざしてトラに斬りかかっていった。
「ガオ、ガオ!」
トラは闘争本能の赴くまま、自分を妨げるレオに牙を剥いてくる。
「レオ、冷静に闘うんだ。カノンの前でいいところをみせようと必死になれば、その隙を猛獣につかれるぞ」
レオの加勢をしに現れた告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)が、トラに組みついて、力強く投げ飛ばし、ブラインドナイブスを炸裂させる。
「レオ、カノンさんの周囲は、私とイスカがかためます! まったく、いつもいつも、カノンさんと一緒に無茶するんだからっ!」
久遠乃 リーナ(くおんの・りーな)が、走るカノンの側につく。
「うむ。レオが夢中になっている女だ。傷ひとつつけさせぬと約束しよう」
イスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)も、リーナとともにカノンの側についていった。
「私の護衛をするのもいいですが、だから御礼にレオと親密になれというのは違うと思いますよ」
カノンが、無愛想な口調でいった。
「もちろんじゃ。カノン、おぬしにも選択の自由はある。無理なら無理と、そのときははっきりいうがよい。じゃが、レオの気持ちをきちんと受け止めたうえでだぞ。あやつの純粋さは痛々しいくらいじゃからのう」
イスカが、忠告めいた口調でいった。
「バオー!」
「ワウワウワウー!」
その後も、ライオンやイノシシ、サイといった多種多様な野生動物が次々に襲いかかってくるが、リーナとイスカによってガードされているカノンに近づく前に、レオとヴィクウェキオールにねじ伏せられてゆくのだった。
「カノンさん! 先頭を突っ走るんじゃなく、私たちを前に置いて、隊列の中心でどっしり構えながら進んで欲しいですぅ!」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、カノンの前に走り出てきていった。
「メイベルさん! お心遣いは嬉しいです。私は、やはり、女の子の方がいいですね」
カノンは、笑みを浮かべていった。
「カノンちゃん、昨日のお風呂は、楽しかったよ! カノンちゃんと優梨子ちゃんの闘いには、しびれるほど感動したよ! この島でも、温泉があれば入ろうね!」
メイベルとともにカノンの前衛についたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、陽気な声をかける。
「はい、メイベルさんたちとも裸のおつきあいができて、有意義でした! やっぱりああいう場で同性同士はわかりあえるんですよね! 温泉も、是非入りましょう! クズな男どもが覗いてきたら、殺しましょう!」
カノンは、次第に浮き浮きとしてきた。
「おーい、カノン、待ってくれー!」
カノンの後から野生動物と闘いながら走っているレオが、哀願にも似た声を投げてくる。
「カノン様。レオ様はとても積極的ですわ。あそこまで想われているのですから、少し心を開いてもいいのではないですか?」
やはりカノンの前衛についているフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、レオを気遣っていった。
「ああ、レオは、嫌いではないですよ。男性の中ではわりと高い位置に置いてあげていますし。でも、だからといって、勘違いされても困るんですよね」
カノンは、困ったような笑いを浮かべていった。
「カノンさん、いろんな人にモテて、うらやましいですぅ!」
ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)もカノンの前につき、大型騎狼と並んで走り始めた。
大型騎狼が、鋭い嗅覚で周囲の野生動物を探り出し、襲撃の前に予告の吠え声をあげてくれる。
大型騎狼のおかげで、前方から襲ってきた大サソリや巨大コブラにも、メイベルたちは素早い対応で追い払うことができた。
それにしても、この島にはどうしてこんなに動物がいるのだろう?
「アハハハハ! モテるだなんて、そんなことないですよ! でも、レオは、どうして私にこだわるんでしょうか?」
「それは、カノンさんを、可愛いと思っているからではないですか?」
メイベルがいった。
その瞬間。
どきんと、カノンの胸が高鳴った。
「可愛い、ですか? 私が?」
「はい。私も、カノンさんは可愛いと思いますぅ。レオさんも、きっと同じ気持ちだと思いますぅ」
メイベルは、ニッコリ笑っていった。
「アッハッハ! メイベルさんこそ愛らしさ満々ですよ。でも、レオも、私のことを可愛いと思ってるんですか? 本当に?」
カノンは、レオへの関心が急に高まってくるのを覚えた。
あまりいわれたことがない「可愛い」という言葉が新鮮で、精神に衝撃を与えたようである。
「本人に聞いてみたら? いいなあ、ラブラブな会話になりそうだなあ!」
セシリアは、カノンをうらやんだ。
「ふふ。私は、メイベルさんたちとラブラブになりたいですね!」
どーん!
カノンは照れ隠しに、セシリアの背中を思いきり突き飛ばして笑った。
「いったー! カノンちゃん、強すぎー! もうー」
セシリアはメイベルにぶつかって、苦笑いする。
「あらあら。仲良きことは、よきことですわ」
フィリッパは、隊長と隊員の和む様をみて、思わず微笑むのだった。
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