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カノン大戦

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第12章 カノン、戦場で眠る

 隊長であるカノンがイコンから降りて遺体の回収を手伝っている間、イコン部隊の生徒たちは島のあちこちでゴーストイコンの大群と闘い、また、カノンが生身で活動している谷間の地に敵が踏み込まないよう、徹底した防衛を行っていた。
「本作戦は必ず成功させる! カノン隊長を守るために、我、全身全霊を込めて、抜き身の刀となり、盾とならん!」
 桑田加好紘(くわた・かずひろ)もまた、ゴーストイコンの大群と生命を賭けてわたりあい、立ちふさがるもの全てを機体のビームサーベルを斬り捨て、無数の屍の山を築きながらなお、死闘を求めて吠え狂っていた。
 桑田とエイリス・ミュール(えいりす・みゅーる)が搭乗するイコン、イーグリット【ホワイト・ライン】は、無数の攻撃を受けて全身傷だらけになりながらも、パイロットの気迫に影響されてでもいるかのように、動作はいよいよ鋭くなり、異様な覇気を漂わせて敵を圧倒していた。
 そんな桑田に、ひときわ大きなゴーストイコンが歩み寄っていく。
「ぶわははははは! 全身全霊を込めて、燃え尽き、ちっぽけな瓦礫と化すがいい、毛のないサルに過ぎない存在め!」
 そういって、そのゴーストイコンは巨大な棍棒を振りまわして、【ホワイト・ライン】に猛然とうちかかっていく。
「くっ、ちっぽけな瓦礫とは、貴公のことであろうが!」
 攻撃を際どいところでかわしながら、桑田は叫ぶ。
「加好紘さん、この敵はゴーストイコン八将軍の1体と思われます!」
 エイリスが緊張した声をあげる。
「おお、願ったりかなったりであるな! 隊長の意をかなえ、作戦を成功に導く千載一遇の好機がここにきたれり! 我、修羅となりて貴公を滅せん! 覚悟せよ、鉄(くろがね)の幽鬼!!」
 桑田は、目の前の中ボスゴーストイコンを倒すため、いよいよ闘志を燃えたたせた。
「ほざけ! 貴様なんぞに我らの何がわかる? この世とあの世の境目で永遠にさまよい続ける宿命にとらわれた我らの何が!?」
 敵機は、巨大な棍棒を再び【ホワイト・ライン】に叩きつけてくる。
 どごーん!
 回避が間に合わず、桑田の機体の肩が棍棒に襲われて火花が散り、激しい振動がコクピットを襲う。
「う、うおお! 何もわかりはせん! ただ、敵と定めしものを無心で斬るのみ! いくぞ!」
「加好紘さん、どこまでもついていきます! だから!」
 桑田とエイリスの叫びが交錯した。
 【ホワイト・ライン】がダッシュをかけて敵機に体当たりをかけ、よろめいた相手の胸にビームサーベルで深々と貫く。
「う、うぬう!」
 指揮官のゴーストイコンは呻いて、サーベルに貫かれながらも棍棒を振りまわし、桑田の機体の頭部を打ちすえて、その首をねじ曲がらせた。
「何のこれしき! 頭部がやられても機体は動く! ここで果てるのだ!」
 桑田は踏ん張った。
 【ホワイト・ライン】はビームサーベルを相手の胸から抜いて、大きく振りかぶって、今度は脳天から股下まで縦に切り裂いた。
「お、おごおおお! どお!」
 ちゅどーん!
 断末魔の叫びとともに、敵機は爆発、四散する。
 爆炎が吹きつける中、【ホワイト・ライン】がビームサーベルを天に向かって振りあげた。
「燃えよ! 紅蓮の炎に包まれて、身も心も焼き焦がすのだ! 母なる大地に還るがいい! 戦士よ! 闘いに果てて光栄であろう!」
 桑田は叫び、さらなる闘いを求めて、機体をダッシュさせる。
 森の中を、不屈の闘志が疾走し、群がる幽鬼を駆逐していった。
 
 ゴーストイコン八将軍の5機目を撃墜! 残り三の将軍はいずこに?

「はあ。これで、だいぶ回収できたことになりますね。すごい数の死体です!」
 カノンは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)の導きにより、壊滅した第一部隊のパイロットの遺体を何体か自分で回収して、袋に詰められたそれらが地面の上に並べて置かれてある光景を前に、深い感銘を受けていた。
「何に感動している? 死が、そんなに嬉しいか?」
 レンが尋ねた。
「別に、嬉しいとかじゃないですね。自分もこういう風に袋に詰められて回収されるかもしれない、と思うと、何だかこう、他人事とは思えなくって、異様な武者ぶるいが起きてくるんですよね。戦士だからでしょうか? 追いつめられて闘っていく心境が、たまらないんですよね」
 カノンは、笑いながらいった。
「なるほど。他人事とは思えないか。それはいいことだ。少なくとも、ゲーム感覚で闘いをとらえているわけではないようだな。そこは安心したが、カノン、おまえはどこか自虐的で、自己破滅的なところがある。自分を追いつめて、痛めつけても、結果的に得られるのは倒錯した喜びでしかない。闘いに勝つと同時に、自分を活かし、他人をも活かしていく。その方が自分の幸せにつながると思わないか」
「ずいぶん抽象的な言い方をするんですね。そんな話より、実際に血の臭いをかいだ方がよっぽど真実に近づけると思いますけど」
 カノンは、レンの話に興味を示さない。
 その目は、ひたすら遺体が入った袋と、その袋の口からはみ出てみえるものに向けられている。
「カノン、おまえは、血に飢えた獣ではないはずだ。即物的なリアリティと同時に、人間の精神の内部の中の広がりについても、理解できるはずだ。闘いを喜びとしかみられないなら、精神世界が貧しいというほかない。守るべきもののために闘うということに目覚めるのだ。自分を愛し、他人を愛してな」
「はい。そうですか。血に飢えた獣で結構です。守るべきもの、って何ですか? 私は、『私の涼司くん』を大事に思っています。そのために闘うというのはもちろんです。でも、それだけです。それ以上もそれ以下もないです」
 カノンは、イライラしていった。
「山葉涼司だけではない。他にも、おまえにはよき仲間が多数いる。それらの仲間こそ、お前が守るべきものだ」
「だから、私は、それだけです! ただひとつの道をいきます!」
 カノンは叫んで、その場から走りさっていった。
 カノンを護衛していた生徒たちが、慌てて後を追う。
「ただひとつの道、か。それを聞いて、また安心できた。少なくとも、無闇に楽しみのためだけに闘っているわけではないんだな。だが、おまえのいう『私の涼司くん』のためというのは、それこそ抽象的すぎるぞ。生身の山葉涼司をしっかり認識できているのか、カノン!」
 だが、レンの警告は、カノンには聞こえていなかった。
「カノン、か。さんざん忠告してくれた海人を無視して好き勝手やってる子だから、どんな目にあっても自業自得だね。わがままし放題、やりたい放題で、いつか誰かに殴られない方がおかしいよ。女の子というより獣だね! あはははは!」
 横島沙羅(よこしま・さら)が、腕組みをして考え込むレンの側で、笑いながらいった。
「沙羅。おまえ、人のこといえるのか?」
 西城陽(さいじょう・よう)が、呆れたようにいった。
「カノン。思いきり闘って、疲れたら俺たちのもとへ戻ってこい。いつでもあたたかく受け入れてやろう! そういう体験が、おまえを変えていくのだと思う」
 レンは、切ない表情でいった後、ふと、ある懸念から眉をくもらせた。
「そういえば、緋雨からもたらされた情報によれば、この島でのゴーストイコンの活性化がナラカ化を引き起こすきっかけになるということだったな。もしかしたら、カノンの異様な興奮も、ナラカ化と関係があるのかもしれない。コリマは、カノンの行き着く先に何をみて、何を恐れているのだ?」

「さあ、後は、あちこち走りまわってから、機体に戻りましょう!」
 カノンは、レンとのやりとりで感じたイライラを吹っきろうと、あらためて気合を入れ直し、周囲の生徒が戸惑うほど奔放に動き始めた。
「遺体をみて、血の臭いをかげたのは嬉しかったですよ。フフフ。アハハハ!」
 思いきり走っているうちに、気分も上向いてきて、唇の端に笑みがよみがえってくる。
「おや、あれは?」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、不吉な笑い声を耳にして、顔を曇らせ、カノンが走りまわっている姿に目を向けた。
 リリたちは、さる貴族の依頼でセンゴク島に上陸し、依頼主の三男が壊滅した第一部隊に参加していたという情報を基に、三男の遺体を捜索し回収する作業に従事していた。
 ようやく、目当ての遺体が入っていると思われるイコンの残骸を発見し、これからコクピットを開けようとしていたところだった。
「まずいな。だいぶ興奮している。あの鉈女を止めるのだ」
 リリの言葉に、ララ サーズデイ(らら・さーずでい)は驚いたような顔をみせた。
「やあ。あれは、止めようがないな」
 だが、リリは諦めません。
「あれでは、ゴーストイコンに攻撃して下さいといっているようなものだ。カノンが死傷したら作戦中止でイコン部隊撤退も考えられる。そうなったとき、我々だけで遺体を回収し持ち帰るのは難しい。遺体を依頼主に届けることができなければ、報酬もなくなる」
 そういうと、リリは無造作に手を伸ばして、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)のペットのお化けキノコをつかみあげた。
「あら? 何をするんですか?」
 ユリが驚く。
「安定剤を投与した方がいいかと思ってな」
 リリは淡々とした口調でそういうと、お化けキノコをカノンに思いきり投げつけた。
 ぽむん
 しゅわしゅわ
 カノンの頭にぶつかったお化けキノコが、大量の胞子を吹き出す。
「アハハハハ、アハ。うん? これは? ふああ」
 胞子に視界を塞がれたカノンは、走るのをやめ、しばし立ち尽くした。
 荒く息をして大量の胞子を吸い込んでしまったため、胸が苦しくなる。
「いまだ! 吹き渡れ清浄の風、クラールヴィント!」
 リリの術により、さわやかな風が巻き起こり、カノンの周囲の胞子を消し去り、さらにカノン本人を清浄化しようとする。
 風が去った後、カノンはうずくまって、ぜいぜいと息を喘がせていた。
「は、吐きそうです! 何だか、身体の中を乱されたようで!」
 清浄化に慣れていないカノンは、澄みきった心境にかえって戸惑い、「健全」に体する拒否反応を示していた。
 そこに、それまで暗躍していた、ある男がつけ入ることになる。
「ふっ、チャンスだな。ついでにこれをくらえ!」
 岩の陰からカノンの様子をうかがっていた国頭武尊(くにがみ・たける)が、すかさずカノンに近寄って、その身体にしびれ粉を撒く。
「うっ、うう!」
 カノンは手足がしびれて、ますます身動きがとれなくなった。
「じゃ、この後の闘いは、オレが代わりにやってやろう。いい夢みなよ!」
 国頭は、カノンにさらにヒプノシスをかけた。
「むふ、う」
 カノンは、仰向けに倒れ込んだまま、眠り込んでしまう。
 そのとき。
「おーい、カノーン! どうしたんだ!!」
 平等院鳳凰堂レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)たちが、カノンのもとに駆け寄ってきた。
「あっ、国頭! また乱暴をしにきたな。許せない!」
 レオは、国頭をみて激昂した。
「おっと、みつかっちまったか。じゃ、あばよ」
 国頭は、すさまじい逃げ足の速さを発揮した。
「待てー! と、追ってる場合じゃない。カノン、大丈夫か?」
 レオたちは、カノンの介抱に努めた。
「うまくいったぞ! これでカノンの機体は、オレのものに!」
 国頭は、逃げながら、会心の笑みを浮かべていた。

「あのパラ実生の存在は計算外だったな。まあ、ケガがなくてよかった。ともかく、ひとまず落ち着かせるのには成功したな」
 リリは、淡々と状況を把握。
 ララ、ユリとともに、イコンのコクピットを開け、遺体を回収する作業を再開しようとする。
 が、しかし。
「あれあれ? コクピット開かないですよ?」
 ユリは首を傾げた。
 遺体回収のために学院から配布された強制解除キーで、第一部隊のイコンのコクピットは開けられるはずだったのだ。
 ゴゴゴゴゴ
 ユリの周囲の地面が音をたてて揺れ始めた。
 振動は、イコンから発生しているようだ。
 そのとき、ララは全てを悟った。
「下がれユリ! それはゴーストイコンだっ!!」
「えっ、えええっ!?」
 驚いたユリが身をひいたとき、大破して動かないと思われたイコンが、身を起こそうとしていた。
「こんなに早くゴーストイコン化が起きるとは。マイナスエネルギーの増幅が原因か?」
 リリは突然の危機にも冷静な心境を維持していた。
 ゴーストイコンは立ち上がると、リリたちを見下ろし、その巨大な足で踏みつぶそうとする。
「あ、あれ、ララは?」
 ユリはララがどこに行ったかと周囲をみまわした。
 そのときララは、既に小型飛空挺を発進させていたのだ。
「さあ、どいて! どんなに巨体でも浮き足を払われれば倒れるものさ!」
 ララは、小型飛空挺をものすごいスピードで飛行させ、ゴーストイコンの足元に突っ込ませた。
 ちゅどーん!
 ゴーストイコンが倒れると同時に、飛空挺が火を吹き、爆発、炎上する。
「あ、ああ! ララー!」
 ユリが悲鳴をあげた。
「チェックメイトだ」
 リリは冷静な口調でそういうと、仰向けに倒れたゴーストイコンの目に、1枚のカードを投げつける。
 しゅううううう
 ぐさっ
 見事に敵の目に突きたったそのカードは、タロットカードの「塔」のカードだった。
 その状況においてそのカードの意味するところはひとつ。
 「崩壊」である!!
 リリは両腕を開いて天に向け、呪文を詠唱する。
「雷霆招来! 天の怒りがさまよえる幽鬼を灼熱の煉獄へと誘わん!」
 リリの術によって、頭上遥かの天空より雷鳴とともに蒼白い稲妻の刃が降りきたり、ゴーストイコンの目に刺さった「塔」のカードに抹殺の電流の全てが集中したかと思うと、次の瞬間には、ほとばしる電流の津波が横たわる幽鬼の全身を焼き尽くしていた。
 ぶしゅうううう
 真っ黒焦げに焼けただれたゴーストイコンの全身から煙が吹きあがり、地獄の底からよみがえった幽鬼の動きを再び止めて、死者が眠るべき真なる安らぎの境界へと押し戻していた。
「むう。勝ったか」
 炎をあげてこなごなに砕け散った飛空挺の残骸の中から、全身煤だらけのララが身を起こし、まとわりつく火の粉を蹴散らしながら、リリたちのもとへと歩み寄ってくる。
「ララ! 生きてたんですね。よかった!」
 ユリは、心底からホッとしてそういった。
「思ったよりも深いダメージを受けたがな。ユリ、身体がボロボロでも元気が出るように、歌でも歌ってくれ」
「ハイ!」
 ララのリクエストに応じて、ユリは幸せの歌を歌い始めた。
「生者に力を与え、死者に安らぎを与える歌だな」
 リリは、ユリの歌を聞きながら、黒こげになって動かなくなったゴーストイコンのコクピットをこじ開けた。
 コクピットの中には、真っ黒に焼けて炭の塊のようになった、リリたちの依頼主の三男の遺体がぶすぶすという煙をあげているのがみえた。
「すっかり焼けてしまったな。依頼主には何と説明する?」
「部隊壊滅のときにゴーストイコンに焼かれたのだといえばいいだろう」
 ララの問いに、リリは落ち着いた口調で答えた。
「そうか。ユリ、いい歌だな」
 そこまでいって、ララはうずくまるように倒れ込んで、意識を失った。
 ユリは、いつまでも歌い続けていた。