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リアクション
第2章 メラムの町にて
ワーム襲撃の報が入ってから3日、メラムの町はすっかり浮き足立っていた。
これまでモンスターの襲撃がなかったわけではないが、巨大モンスターが一度に10匹、しかもネルガルから明確に、この町を壊滅させるために送り込まれたとあっては、動揺せずにいられるわけがない。
工兵と町の若者たちで急きょ、避難場所に適した建物の補強工事や準備が行われたため、避難が遅くなってしまったこともあり、ちょっとした混乱が町の各地で起きていた。
準備自体まだ完全に終えておらず、兵士や町の勇士たちだけでは手が足りない。当然、ルミナスヴァルキリーで西に入り、襲撃を聞きつけてこの地に来ていた東西シャンバラ人たちも、町の地図を片手に全員避難誘導と準備に借り出されていた。
「貴重品は、手に持てるだけの物にしてください! 南区の公民館は埋まりましたが、西区の講堂にはまだ余裕があります! あせらなくて大丈夫ですから、走らないで」
町の中央にある広場に立ち、笹野 朔夜(ささの・さくや)は反乱軍兵士たちと一緒になって住民の避難誘導をしていた。
小さい町とはいえ、数千人の人間が一度に動くのだ。1箇所では到底収容しきれないから、それぞれの地区で区切るしかない。
貴重品は手荷物のみと、回覧文書にも書かれていたはずなのに、手押し車に乗せて運んでいる人を見かけて、朔夜はため息をついた。
ここで注意しても混乱するばかりだ。入り口で整理している兵士に任せよう。
「朔夜、東が埋まったって。入れなかったやつらには北を勧めてるってさ」
伝令係の少年から聞いたことを伝えようと、笹野 冬月(ささの・ふゆつき)が走り寄ってきた。
「すると残るは西と北ですか。北は…」
北の応援に行っている者に連絡をとろうと、いつもの癖で携帯を取り出して、あっと思う。
カナンはほとんどの地域で携帯が使えない。ネルガルも基地局整備をしているらしいがまだまだで、辺境の、しかもすぐ西で砂が舞っているようなこんな地では、まず利用不可能だ。
「俺がひとっ走りして見てこようか?」
「お願いできますか?」
OKOKと、冬月は走り出す。
「もし何かあるようでしたら戻ってこなくても構いませんから!」
冬月の背中に向かって声をかける。聞こえたのか聞こえなかったのか、冬月はあっという間に角を曲がって消えてしまった。
「昔はこうだったんでしょうが、携帯が使えないというのは不便ですね」
携帯用無線の配付を頼んだ方がいいかもしれないと考えていたとき、犬を連れた少女が視界に入った。
ずず、ずず、ずず。犬の脇に両手を回し、抱っこしているのだが、自分と同じくらい背丈があるため、犬は後ろ足を引きずられてしまっている。
(我慢強い犬ですね)
感心しつつ、駆け寄った朔夜に
「手に持てる物ならいいんでしょ?」
少女はそう答えた。
(たしかに手には持っているけれど……これってどうなんでしょう…)
「あたしの一番大切なものだもん」
朔夜の沈黙を反対ととって、少女がキュッと顎を引く。
そのとき、脇から伸びた手が、ひょいと犬を抱き取った。
「うん。手に持てるわね」
グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が笑いながら立っていた。
「ほら、背中にだってしょえちゃうよ」
「って、オレの背中かよッ」
伸びた犬を突然背中に乗せられた四谷 大助(しや・だいすけ)がツッコミを入れた。
その右手には、先ほど避難中の老婆から預かった重そうな荷物がぶら下がっている。
「ってゆーか、七乃にひっついちゃってますよー。おしりのとこ、なんですかこれー? やーっ」
ロングコートの魔鎧四谷 七乃(しや・ななの)もプチパニックを起こしているが、犬は平然とべったりへばりついたままだ。
「おねえちゃんたちが運んであげるから、一緒に行こ」
運んでるのはオレだけじゃないか、とぶちぶち文句を言いながらも、大助は左手を犬の尻に回して添え手にした。
「うっうっ…。まさかグリムさん、こうなるの分かってて七乃たちをメラムに誘ったわけじゃないですよね」
「泣くな、七乃」
こういうときのグリムに逆らうだけ無駄なのは、2人ともとっくに学習している。
伸ばされた少女の手をグリムが握り込んだ、ちょうどそのとき。
ズゥ……ン…と重い地揺れが起きた。
今朝方から定期的に響いてくる揺れは、ワームが地盤を砕きながら迫っている証拠だ。
だがこれまで微震でしかなかったものが、はっきりとした縦揺れになっている。
「やば。かなり近そう」
「おい、さっさと行くぞ」
「あ、うん。
朔夜さんも、早く避難してね」
大助に促されて、グリムがそちらに歩き出したとき。
突然、この町で一番の高台である鐘塔の鐘が、強く掻き鳴らされた。
警鐘が鳴り響く意味は、あきらかだった。
わっとクモの子を散らすように避難していた全員が思い思いの方向に走り出して、あっという間に収拾がつかなくなる。
「うわ……ちょっ…」
広場の反対側で北への避難誘導をしていた橘 舞(たちばな・まい)が、逃げ遅れて人波に流されそうになった。
「あぶないっ」
すかさずブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がうなじの所を引っ掴んで、建物の影に引っ張り込む。
「ありがとう、ブリジット。
でもどうしましょう……時間切れみたいです。まだ皆さん避難しきれていませんのに」
「大半は終わってるし、今走ってる人もほとんどは駆け込めると思う。
けど、たしかに全員そうできるとは限らないわよね」
子どもや老人の足だとまず無理だ。それと悟り、立ち竦んでいる者も少なくない。
地図を開いても建物の造りはよく分からない。そう思ったブリジットはレッサーワイバーンに乗っていったん上空に舞い上がると周囲を見渡し、この広場で一番頑丈そうな建物を指差した。
「あれ! あそこを緊急避難所にして、逃げ遅れた人たちを収容しよう!」
ほかの家屋とは違った、どことなく荘厳な雰囲気のある建物。
それは、女神イナンナの礼拝堂だった。
舞とブリジッドの案は、広場周辺にいる全員にすみやかに伝わった。
「こちらへ! あせらなくてもまだ間に合いますから、けがにだけは気をつけて上がってください!」
扉を開放した長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が、次々と階段を上ってくる者たちに目を配る。中では、開放と同時に飛び込んだ如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が、光精の指輪を用いて薄暗い内部を照らしつつ、ホイホイと手早く礼拝用の長イスを端にどけている。そうすることに対して、彼女には別の思惑もあったようだが、結果的に人の役に立っていた。
「よかった、どうやらここにいる人数ぐらいならなんとかなりそうだ」
最後の1人が入り、安堵に胸をなでおろしていた淳二の視界に、なにやら噴水の向こう側で細工をしているふうな動きをしている背中がいくつか見えた。
「おいおまえ、そこで何して――って、メティスか? おまえも来ていたのか」
人を掻き分け近寄った淳二は、振り向いた彼女を見て、見知った相手であることにまずほっとし、ついで、その手元のバケツを見て眉を寄せた。
中には白っぽい、黄色い液体が入っている
「何だ? それは」
「菜種油です。カナンでは一般的な油で、燃料として用いられているそうです」
無表情で淡々と、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は答える。
そしてそのバケツを、他の兵士たちと同じように噴水の中に入れた。どうやら淳二が気づくより大分前からしていたらしく、噴水は4分の1ほど油で満ちている。
「油を使うってことは……まさかここを火の海に!?」
「ガソリンとは違います。この量であれば、そこまではなりません」
「ここは町の中心部だぞ?」
「ここが一番被害が少なくすむ場所だ」
答えたのは氷室 カイ(ひむろ・かい)だった。
長さ1.5メートルの光条兵器、漆黒の太刀・奄月を手に、噴水の横に立っている。
「襲撃するワーム10匹のうち、2匹は巨大で、町の内部に侵入する力があるという報告だった。町の住居区のどこか、それこそ避難場所付近に出られるよりも、ここに誘導して出現させた方がいい」
そう言って、カイは奄月を地面に突き立てた。
深く、鍔近くまで埋めて、光がよりワームに届くようにする。
「広場は家屋から距離があります。ここが最適です」
メティスとしては水を撒いて、水の気配でおびき寄せたかったのだが、貴重な水をそんなことに使用するのは絶対に認められないと強い反対にあったため、断念せざるを得なかった。
それでカイが、光を用いる次善の案を出したのだ。
「町長の許可はとってあります」
避難が間に合わなかったのは彼女たちにも分かっているが、今となってはどうしようもない。
次の瞬間、突き上げるような縦揺れが起きた。
強烈な揺れに立っておれず、町にいる者全員が膝や手をつく。
どこか遠くで、建物が崩落する音もした。
「来るぞ」
「……分かった。でも、あの礼拝堂にだけは被害が出ないよう、気をつけてくれよ!」
どこかでこれを見ているに違いないレンや、ほかの者に向かって大声で言い放つと、淳二は礼拝堂に駆け込んだ。
「被害は出させません……必ず」
だれに言うでもなく、ぽつり、メティスはつぶやいた。
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