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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第1回/全3回)

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序章 黒き影 黒き騎士

 緑豊かな鮮やかなる土地であった。
 いまや、そう信じる者はどれほど少ないだろう。南カナンは首都ニヌアの姿を見たとき、ロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)は人知れずそう思った。南カナンの領地を治める若き領主シャムス・ニヌアの要請を受けて、東西シャンバラは先発の部隊を応援によこした。ロイもまた、その内の一人として加わったのである。
 しかし、南カナンの土地の荒廃は想像を超えたものであった。一言で言えば、そこにあったのは砂漠だった。地表のほとんどは砂に埋もれ、大地を踏むことのできる荒野たる場所はかろうじてと言えるほどしか残っていなかった。話によれば、更に東に進んでいった場所はまだ荒野の残る被害の浅いところらしいが……果たしてそれが幸いなのかどうかはわからない。
「抵抗戦の傷跡だ」
 シャムスはそう言った。
 ロイはそれを聞いてなんとも言えぬやるせなさと怒りをかみしめた。これが命ある者たちに対してやるべき仕打ちかと思えば、それは自然と彼の身体を震わせた。
 だから、彼はいま、荒ぶる感情を力と分析に変えて指揮をとる。
「天幕! 数が足りないぞ! このままだと部隊の拠点には不十分だ。急いで張るんだ!」
 褐色の細く引き締まった腕が、急いで天幕を持ってきた部下たちに指示を出した。部下――とは言っても、形式上に過ぎない。正確には同じ先発隊の仲間であるが、この場はシャンバラ教導団に所属する生粋の軍人たる彼に指揮を任せるほうが的確だと、誰もが理解していた。
 そして、そんなロイの相談役である軍師でもある魔道書【戦争論】 クラウゼヴィッツ(せんそうろん・くらうぜびぃっつ)はと言うと。
「ふー……ミーは重労働には向かないのです」
「クラウゼヴィッツ! 寝てないでちょっと手伝ってくれよ」
 ラウンドシールドを傘のようにしてごろんと寝ているクラウゼヴィッツは、ロイの声にやれやれといったよう上半身だけ持ち上げた。
 セミロングの鳶色の髪の下で、ひ弱そうな白色の顔が眠気に歪んでいる。
「どうしたのですか、ロイ。ミーは睡眠をとろうとしていたのですが」
「リーダーたちはいつ頃こっちに来れそうなんだ?」
「ふむ、補給物資ですか。こう、足場の悪い地形ですのでね……」
 そう言うと、クラウゼヴィッツはニヌア領家の執事ロべルダからもらった地図をばさっと広げた。そこには、彼自身が書きつけたメモのようなものが、なぐり書きで書き込まれている。その中に、仲間の軍需物資輸送ルートを描いた線があった。
「当初予定していたルートからは、迂回しているかもしれませんね。まあ、いずれにしてもそこまで大きな誤差はありません。先日の夜間のうちにかなり近くにきていると思いますし、そう時間が経たぬうちに届くのでは?」
「そうか。んで、偵察はどうする?」
「それはミーたちだけでは決められませんよ。ただ、これからもっと部隊はこちらに着陣するはずです。砂丘に隠れるようにしてあるこの天幕が間に合えばいいのですが」
 二人は、ともに天幕を立てる仲間たちを見やった。
 幸い、というべきか。砂漠には風が吹きつけていることもあって視界が悪い。砂漠と同色のデザート色を用いた天幕を砂丘に隠れるように張っておけば、そうたやすく敵に見つかるということもないだろう。肝心なのは頑丈さである。そこは、皆の技術にも期待したいところだ。
「ところで……気づいていましたか? ロイ」
「……?」
 突然クラウゼヴィッツから投げかけられた質問に、ロイは首をかしげた。どうやら、その様子では彼の質問の意図には気づいていないらしい。わずかにあきれたような顔で、クラウゼヴィッツは彼の双眼鏡を指し示した。
「それで敵の砦を見てごらんなさい」
 怪訝そうに顔を歪めるも、ロイは素直に天幕の隙間から外へと抜け出して、砂丘に隠れて砦の方向を観察した。
 ただでさえ、敵から発見されぬように距離をとっている上に、風に舞う砂が邪魔である。それでも、ロイは双眼鏡のズーム機能を生かしてかろうじて敵の一部を確認することだけには成功した。そこには、何者かに警戒するようにしている見張りの兵士の姿。
 ロイは険しく眉間をしわを寄せて、クラウゼヴィッツのもとへと戻ってきた。
「どうでしたか?」
「……敵は、オレたちに気づいてるのか?」
「いや、それはどうでしょう? それでしたら、すでに攻撃されていてもおかしくないですし、泳がせているにしては向こうも過剰な見張りかと思います。考えられるのは、何らかの情報でこちら……南カナンが動いているということが漏れている、ということぐらいかと」
「密告か……?」
「そんなドロドロとしたものではない気がしますね。……まあ、ミーの予想ですが」
 敵の異様な動きに、ロイは嫌な予感がぬぐえなかった。とはいえ、今のところ何か問題が起きているというわけでもない。……頭にとどめておく必要がある、ということだろう。
「と、到着しました!」
 そのときだった。
 ロイたちの耳に、拠点へと駆け込んできた一人の兵の声が届いた。
「く、黒騎士――ニヌア領主、シャムス・ニヌア様が到着いたしました!」
 すると、報告が終わって間もなく、馬が疾走してくる砂地を蹴る音が聞こえてきた。大地よりも鈍いものの、それは勢いづいてこちらへと近づいてくる。そして、天幕の入口の向こうから、それはやってきた。
「さて、報告だ」
 ロイは、パラミタホースに乗っている黒騎士を確認した。
「では、ミーは疲れたのでまた一休みさせてもらいますかね」
「お前、さっきも寝てたじゃねぇか……」
 呆れた声にひらひらと手を振って、クラウゼヴィッツは疲労回復に務めた。
 黒騎士が到着して、本格的に任務が始まる。ロイは不謹慎だと思いながらも、うずきだす軍人の血が、わずかに拳を震わせるのを止められなかった。