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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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第2章


 雛祭りイベント会場にて、雛人形から突然変身した刹苦人形のリーダー、百々の前に一人の少女が立ちはだかった。刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)だ。
「――何じゃ、お主は」
 他の刹苦人形が人間に襲いかかり、コントラクターと各地で戦闘を繰り広げる様を眺めて楽しんでいた百々は、面倒くさそうに口を開いた。
 刹姫はその前に仁王立ちで立ち、ビシッと百々を指差した。
「あなたが百々の刹苦――いえ、姫と呼ぶべきかしらね」
「はん?」
 姫である百々を警護する2体の随身が、ずい、と前に出た。
「良い、下がれ」
 と、百々は随身を下がらせる。わざわざ単身で出てきた刹姫の啖呵を聞いてやろうというのだろう。
「私は刹姫・ナイトリバー、刹那を司りし深淵。同じく刹那の姫はこの私、私一人で充分なのよ」
「――ふん、大きく出たのぅ」
 じろじろと無遠慮な視線で刹姫を舐めまわす百々。見た目からではそのようにご大層な実力者であるようには見えない。

 まあ、自称するのは自由、という類のものであることは否定しない。

 だが、刹姫はそんな視線の意味にも気付かずに続けた。
「そして私は刹姫――そう、さつき、五月でもあるのよ。三月の節句の次は五月の節句が相場というもの……さあ、ご退場願いましょうか」
「ふん――御託は良い。さっさとかかって参れ。狙いはわらわの首であろ?」
 百々は長く鋭い爪で、自分の首を掻っ切る真似をした。その余裕の表情が刹姫には許せない。
「幾百も積み重なった刹那の苦しみ? そんなものは永劫たる深い闇の業を背負うナイトリバーにしてみれば、僅かな塵のようなものよ!!」
 一歩退き、封印解凍を行なう刹姫。


 それが、戦いの合図だった。


 刹姫は奈落の鉄鎖を駆使して百々の素早い動きを妨害し、主に足元を狙った氷術で完全に動きを止めようとしていた。
 だが、百々もそれで大人しく動きを止めてくれるわけではない。十二単という戦いにくい筈の衣装でありながら、氷術で発生した氷を次々に砕き、次第に刹姫を追い詰めているのが分かる。

 狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)はその戦いに割り込んできた。

「よっしゃぁ! 助太刀するぜぇっ!!!」

 乱世は百々の隙をついて禍心のカーマインを連射する。
 口が悪く短気で喧嘩っ早く、何かと暴力で物事を解決しようとする彼女だが射撃の狙いは正確だ、刹姫に流れ弾が当たらないようにシャープシューターで狙いを絞り次々と弾丸をヒットさせていく。

「ふん、こんなものか――」
 だが、百々はその弾丸を素早く爪で受け流し、余裕の表情で刹姫に反撃している。
 乱世は叫んだ。
「あんた、そんなに強いんだったら、何も弱い人間共を殺さなくてもいいだろう!! あんたを苦しめた奴らは、苦しみの捌け口を人形なんかに託さないといけなかった弱者だ!! そんな奴らは相手にするべきじゃない!!」
 以前、貴族の余興に騙されて夢の中で殺されたことがある乱世。結果としてそれは幻だったワケだが、愛や恋という感情をエサにされてまんまと騙された自分も許せなかったし、騙した相手も許せなかった。
「弱い奴ばっか相手にしててもしょうがねぇよ! どうせヤるならさ――」
 そういう巨悪と戦うべきだ、と乱世は言いたかった。
 だが、一瞬で間合いを詰めて近寄っていた百々に眼前まで、迫られ、それはできなかった。
「――ふん、強がっておるな」
 一瞬にして刹姫を振り切って目の前に迫った百々が、乱世の瞳を覗きこむ。闇の存在である百々は、人間の心を覗きこんで揺さぶることで、強い畏怖の感情を与えることができる。

 乱世の体が凍りついた。トラウマが蘇る。孤島で何もできずに、誰かを恨んで恨んで恨み抜いて死んでいった自分というトラウマが――。

「ふ、愛も恋も信じないと言いつつ、その奥底では強くそれを望んでいる。本当は信じたいものが信じられずに足掻いているにすぎん――下らぬな」
 百々の言葉は必ずしも真実ではない。だが、手にした桧扇からの闇属性魔法と百々の能力により、乱世の心は少しずつ追い詰められていく。
「あ……ああ……!! か、皆無……! 皆無……!!」
 乱世は苦しみながらもパートナーの尾瀬 皆無(おせ・かいむ)を召喚した。悪魔である皆無は、契約者である乱世の求めに応じて、離れていても一瞬で召喚することができる。


 ところで、その皆無は何をしていたのかというと。


「いやー、あんたもあの姫さんも今まで相当苦労してきたんだろうなー」

 と、特に人間を襲う様子もない殿人形に語りかけていた。
 殿人形はというと、その語りかけに応える様子もなく、かといって追い払うでもなく黙って話を聞いている。
 皆無はとりあえず相手が聞いているならばと、自らの持論を展開した。
「だがな、これだけは言っておくぜ! 嫁が間違った道を行こうというならば、そこをガツンと正してやることこそ男の甲斐性だろう!?」
「……ほう」
 殿人形は面白い、と目を細めた。
「ならば、お主の嫁とやらが危険な場合はどうするのだ?」
 え? と皆無は聞き返した。その瞬間、乱世の召喚が発動する。
「おわっ!? っととと……ひと足先に待ってるぜぇー……!!」
 目の前から消失した皆無。殿人形は、遠くで戦っている百々と乱世に目をやった。
「ああ、先に行っているがいい……我もじきに往く」


「皆無!!」
 辛うじて百々との距離を取った乱世。その間に召喚された皆無を見て、少し落ち着きを取り戻した。
「おいおいランちゃん、何て顔してんだよ……っておわぁっ!?」
 突然現れた皆無に、百々は動じることもなく攻撃を加えた。今の彼女にとって生きて動いている者はみな、敵なのだ。
 鋭い爪を辛うじて避けた皆無。その視線は鋭い。
「ふ、なかなかのべっぴんさんじゃねえかぁ……! その美しい十二単、その奥に隠された魅惑の脚線美を見せてくれ――!!」
 突然発動する皆無のサイコキネシス、それにより百々の十二単の裾がふわりと舞い上がり、その美しい脚があらわに――。
「うひょーぉ!! 今日のパンティーの色は何色で――!?」

「そんなもん履いておるかーっ!!」

 くるりと振り返った百々は、長い足で皆無の顔面に後ろ蹴りを放った。ぐしゃりとイイ音がして、乱世ごと吹き飛ばされる皆無。
「うわあああぁぁぁっ!!」
 そのまま二人でゴロゴロと転がると、建物の壁にぶつかってやっと止まった。
「お、おい皆無……助けに来てくれたのは嬉しいけど……これはあんまりじゃないか……?」
 正気に戻った乱世はうめき声を上げた。皆無と建物に挟まる形になったために胸を打ってしまった、息が苦しい。
「……す、すまねぇランちゃん……下着は見られなかった……」
 そのまま、気を失う皆無。
「ア……ホ……か……」
 乱世の文句もまた、混濁した意識に飲み込まれていく。百々は二人に興味を失ったのか、踵を返した。


「ふん、つまらぬ。これなら他の人間共を狩っておった方が楽しいわ」


                              ☆