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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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「ふにゃー! ウィンターに頼んだのが間違っていたでピョーン!! 殿の役割を果たすために連れて来てくれって頼んだのにー!!」
 スプリングは泣き声を上げた。
 百々の身体から溢れ出た闇の塊は、わずかに焼け残った百々の身体にまとわりつき、闇の魔鎧のような姿になっていた。
 その上で周囲に闇術を振り撒き、暴れ出したのだからたまらない。
 エヴァルト・マルトリッツと七誌乃 刹貴はそれぞれ協力してそれを食い止めるが、実体を持たない闇の塊に苦戦している。則天去私や光術などは効果があるが、そもそも消滅させてしまっては意味がないのだ。
「ふん、面倒くさいな。いっそのこと消滅させてしまってまた数百年後にでもケリをつけたらどうだ」
 と、刹貴などは少々投げやりな態度だ。
 それにエヴァルトは反論する。
「いや、それはダメだ! またその時に人々が危険に晒される可能性がある。ここで終りにするんだ!!」
 その通りだとスプリングは同意するが、実際のところウィンターが殿人形を連れて来るまでは打つ手がないのも事実。

 そんな中、寿 司(ことぶき・つかさ)はパートナーのキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)レイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)と共に闇の塊と化した百々を押さえ込もうとしていた。
 キルティは少しでも司のサポートをしようと鬼眼で牽制する。
「ちっ、せっかくのお祭りに何してくれてんだよ!! 雛祭りって女の子の成長と幸せを願ってするもんじゃなかったのか!? まるで逆じゃないか!!」
「全くですよ。せっかく司ちゃんが女の子らしいイベントに興味を持ってくれたというのに……水を差さないで欲しいものですね」
 レイバセラノフ著 月砕きの書――通称レイはアシッドミストや氷術で攻撃を加えた。直接的な効果としてはこちらの方が意味はあるが、それもあくまで敵の攻撃を防ぐ程度の効果しかないのが現状である。
 グレートソードを構えた司はセイバーだ。女性が剣を振るうことを好まない実家とは反発を続けている彼女、何かと男性に対して対抗意識が強いためにどうしてもおしとやかとはいえない素行となっている。

「でも……でも、あたし、雛祭りは好きだったよ。女の子らしくしろって言われるのは嫌だったけど、大きな雛壇やお人形を飾りつけるのは好きだった」
 無駄なことは分かっていた。
 それでも、司は百々に語りかけていた。
「確かにさ、雛祭りってお人形に自分達の厄を背負わせる、そういう行事だったかしれないよ? でも、今は女の子の将来や幸せを願うためのお祭りでしょ? 今までたくさんの女の子の災厄を吸い取って幸せにしてきたんじゃないの!?」
 司の呼びかけに、百々の動きが止まった。

「……もも……も……も……」

 百々の口から、呟きが漏れた。
「……百々? ……自分の名前……?」


 そこに、榧守 志保(かやもり・しほ)が現れて、司に告げた。
「いや、彼女は探しているんだ……ずっと」
 司は振り返った。志保の手には百合園学園がイベントで使用するために持ってきていた資料がある。その中には実際には展示されなかった資料もあり、志保はそこから刹苦人形たちの来歴を調べてきたのである。
 ちなみに、その資料探しを手伝ったのがパートナーの骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)である。
 外見上はぼろぼろの鎧を纏った落ち武者の骸骨にしか見えないが、実はそういう格好のゆる族。
 そして実家が寺の志保と、外見上は幽霊にしか見えない骨右衛門、実は揃って心霊現象が苦手だ。
 闇の塊となった百々を遠巻きに眺めながら、骨右衛門は語った。
「直接関わるのが困難であったので、二人で細かい来歴などを調べていたのでござるよ。人々が人形に対し、ただ災厄を背負わせて放っておいたわけではなかろうと思ってな。きちんと祀っていたであろうに、どうして化けて出たのかと思ったのでござるよ」
 見た目は恐いが気のいい骸骨だ、と司は思った。
「それで……?」
 その続きは、志保が継いだ。
「ああ。どうしてあんなに人間を恨むのか少しだけ分かった気がする。彼女は、まだ自分が作られた目的を何一つ果たしていないんだ」

「……え?」
 どういうこと、と司は尋ねる。
「そもそも彼女――百々が作られたのは約400年前、江戸時代初期から中期。腕のいい人形師が手がけて職人たちと作った人形だったらしい」
 雛人形は一人で作るものではない。細かい工程からなる様々な作業を、多くの職人が分担して作るものである。それらをまとめる大工で言えば棟梁の立場の人形師がいたのであろう。
「百々は、その人形師の孫娘のため――その子のためだけに作られた人形なんだ。本来は、子供一人の災厄を任されたら焚き上げるなどしてその厄を祓うのが習わしだ……だが、百々はあまりに出来が良かったので、その後も保管されてずっと後世に伝えられた……なるほど、大事にはされてきただろうが、本来一人分の災厄を受け持つところを、何十人、何百人と別人の厄を任されたとあっては、向こうの言い分もまあ理解はできるな」
 その説明を聞いていた司だが、ある疑問が頭をよぎった。
「……でも、それなら普通にお焚き上げしてあげればいいだけじゃないの……? それに『目的を果たしてない』って、さっき」
 その言葉に、骨右衛門が大きく首を振った。
「……そう。百々殿は自分が作られた目的を果たしてはおらぬのでござる。その孫娘――『もも』は、初節句を迎える前に……病気で亡くなってしまったのでござる」

「……そんな」
 司は、百々を振り返った。百々は、闇の塊に支配されながらも懸命に誰かを探しているように見える。
 緋雨が精神を同調させた時、少しだけ百々の中の光が戻っていたのだろう。
 誰を求めているのかはもう分かっていた。
 百々は自分が道具として作られたことも理解していたのだ。
 ただ、それが正常に使われなかっただけで。
 ただ、その一人の幸せを守りたかっただけで。


 そして、その相手を取り戻すことは、もうできない。


「やっと来たでピョン!!」
 スプリングの声に司が振り返ると、ヴァルの絶望の剣が光を放ちながら飛来するのが見えた。
「あれは!?」

「あれが姫人形――百々の厄を祓うことができる唯一の手段でピョン!! もともと、雛人形の姫が厄を吸い取り、殿人形がその厄を祓うようにできていたのでピョン!! ただ、今回は百々に溜まった厄が強すぎて殿人形一人では祓えなかったのでピョン!!」
 反射的に飛んできた剣を受け取る司。
 その光は一層輝きを増し、司を包んでいく。

「厄を祓い、邪を清め、鬼すらも討ち取る破邪の力、今こそ解放するでピョン!!!」

 そもそも、雛人形の中で分担が決められていたのだ。厄を吸い取る姫人形、その護衛の随身、お世話役の官女人形、忍者として暗躍する五人囃。
 そして、厄を祓い、身を清める殿人形、そのお供としての仕丁人形。
 その仕丁人形から、官女人形を倒した3人はイヌ、サル、キジの力を受け取っていた。
 つまり――。

「――ってこれ……桃太郎!?」

 司は驚いた。絶望の剣を手にした彼女は清らかな光に包まれ、いつの間にか陣羽織に鉢巻という純日本スタイルになっているではないか。
「そうでピョン!! 古くから桃には破邪の力があるとされているでピョン!! その力で、百々を操っている災厄の塊を浄化して欲しいでピョン!!」
 その言葉に、司は戸惑う。つまり、それは百々を斬れということだ。
 司の心に、殿人形の声が響いた。
『心優しき娘よ、百々姫の身を案じてくれるのは有難い。だが我らは人形、せめて最期は自らの役割を果たしてこの世を去りたい。どうか……我の力で百々を斬ってくれ。このままでは百々も浮かばれぬ』

「どうでもいいが、相談は終わったか!?」
 エヴァルトは叫んだ。司と志保、スプリングたちが相談している間に百々を抑えていたのは彼と刹貴であることを忘れてはならない。
「全くごちゃごちゃとうるさい奴らだ……やるならさっさとやってくれ」
 疾風の覇気と則天去私で百々の動きを止めた二人は、司と百々の間を空けるように飛び退った。


「この一刀で、終わらせる!!」
 司が大上段から絶望の剣を振り下ろすと、刀身から溢れた光が一直線に向い、百々に纏われていた災厄の塊を真っ二つに切り裂いていく。
 もとより厄を清める役割を持っていた殿。ヴァルの剣に託された力と、天司 御空から渡された破邪の花びらの力を一気に解放した。
「――……」
 一気に闇が祓われた。司が纏っていた衣装も消え、手にした絶望の剣に戻っていった。
『感謝する――』
 殿の声が心に響いた。


 後に残ったのは、幾多の攻撃を受け、闇の鎧を失い、身体中に穴が開いた百々の姿。
 すでに着物は焼かれ、裂け、白い人形の本体がところどころに見える。
 ふらふらと、さまよう百々の前に現れたのが、霧島 春美(きりしま・はるみ)だった。
 春美の手には『破邪の花びら』がある。春の精霊、スプリングから花びらを受け取っていた彼女はこの場面までそれを温存していたのだ。

 『マジカルホームズの天眼鏡』を手にした春美は、呟いた。
「……百々さんは何かに操られているのではないか、と仮説を立てていたのですが……やはり……」
 手にした破邪の花びら。それを使えば、僅かに百々に残された災厄を完全に浄化することができるだろう。

「……も、も……」
 その時、春美の前に来た百々が呟いた。
 もう戦う力などあるわけはない。爪の完全に折られ、腕も、足もボロボロだ。
 だが、百々は求めるものをその手に掴もうと、懸命で手を伸ばした。


「……そこに、おったのか、もも……」


「え……?」
 春美は耳を疑った。
 もはや百々の目に春美は映っていなかった。
 百々に見えているのは、自分が祝うはずだった少女の姿。実際には見ることもできなかった赤子の幻なのだ。
 硬直する春美の前に、百々は崩れ落ちた。
 春美はその場に膝を折ると、百々の頭を仰向けに膝に乗せてやった
 ぽつり、ぽつりと、百々の頬を雨が濡らしていく。

「なんじゃ……泣いて……おるのか……もも……?」

 春美は、自分の目から涙がこぼれていることに初めて気付いた。
 何故かは分からない。分からないが、とても悲しかった。
 もう満足に動かない筈の腕で春美の頬を撫で、百々は春美の涙を拭った。
「泣くで……ない。そう、じゃ、わらわが、歌を……歌ってや、ろ……う。童には、歌が、いちば……んじゃ」
「……」

 もう百々の喉は壊れかけたスピーカーのように、しわがれた声を途切れ途切れにしか出せない。
 それでも、百々は歌った。400年求め続けていた赤子のために、歌った。

 今はもういない、赤子のために、歌った。

「……あかり、を、つけ……ましょ、ぼんぼ……り、にぃ……」

 春美は、すっと『破邪の花びら』を掲げた。

「お、はなを……あげ、ま、しょ、もも……の、はなぁ」

 いつの間にか雨は止み、雲の隙間から暖かい春の陽が差していた。
 光が、春美と百々を照らす。
 春美は祈った。
「シューティング……スター……」
 ひとつ、小さな流星が春美の元に舞い降りて、破邪の花びらを包みこんで、百々の身体を浄化していく。
 そこにスプリングが飛んできて、共に祈った。

 それは暖かさと清らかさを秘めた、春の祈り。

 幾つもの光の塊になった百々の身体は、ふわりと浮かび上がった。
 そこに、司が手にしていた絶望の剣からも光が舞い上がり、その光に寄り沿った。
 やがて、その光は殿人形と百々の形を作り上げ、微笑んだ。

『迷惑をかけた……だが、これでようやく我々は自らの役割を果たすことができた……感謝する。これで、百々も報われるであろう』
 注目する全員の心に、殿人形の声が響いた。
「……どこに……行くの……?」
 司は呟いた。

 二つの光はふわりと舞い上がって、高く高く空へ。

「心配はいらぬ……地球であろうとパラミタであろうと、我らを包む空はひとつ。我らが還る場所はひとつだ……」

 桜井 静香校長と、ジェイダス・観世院校長も、その様子を見ていた。
 ジェイダスは呟く。
「……地球であろうと、パラミタであろうと、我らの空は……ひとつか」
 静香も、その言葉に頷いた。
「……そう……ですね。僕たちを包む空は……ひとつ……」

 そのまま、ひらひらと花びらのような光は昇っていった。
 ひらひらと、ひらひらと昇っていった。

 皆、その様子を黙って見つめていた。
 中願寺 綾瀬は、その全てを黒い布の向こう側から眺め、呟いた。


「風が……空気が、戻りましたわ……」


                              ☆


 後日、神楽坂 紫翠とシェイド・ヴェルダは、再びこの場所を訪れていた。
「……これで、いいでしょう……」
 紫翠は、雛祭りイベントのあった会場の隅に、甘酒と桃の花を供えていた。
 その様子を見て、ジェイドは呟いた。
「……これで、少しは笑顔を思い出してくれるといいがな……美しく飾られていた人形たちに向けられていた、人間たち、子供たちの笑顔を……」


「大丈夫ですよ。雛祭りで祝われていたのはいつも女の子でしょうから、こうしてお人形たちのためのお祝いをしてあげれば、きっと……」


 紫翠の呟きが、風に乗って流れていく。
 それに応えるように、供えられた桃の花が、少しだけ揺れた。


 こうして長く寒い冬は終わり――暖かな春が始まったのだった。


『遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う』<END>

担当マスターより

▼担当マスター

まるよし

▼マスターコメント

 4月5日

 修正依頼ありがとうございました。3ページ目と16ページ目の表現を一部修正いたしました。
 また、一言ずつではありますが全PLの方に個別メッセージを追加させていただきました、ご覧になっていただければ幸いです。


                              ☆


 みなさまこんばんは、まるよしです。

 個人的にはようやく地震のショックも少しずつ抜け、以前のペースを取り戻すまでもう少し、といったところです。
 そんなわけで今回も締め切りいっぱいまで使わせていただきました。

 さて、『遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う』でしたが、いかがだったでしょうか。少しでもお気に召していただければ幸いです。
 今回はたまにはシリアスな雰囲気にしたい、と当初から考えていましたので、ジャンルをバトルにしてガイドでも極力緊迫した雰囲気を出せるように書いたつもりでした。
 そのためか、おおまかに3〜4割の方が市民誘導へと回っていただけたようです。おかげ様で一般市民の方への被害はゼロでした。
 反面、刹苦人形とまともに戦う方が意外と少なく、特に仕丁人形が誰にも相手にされない状況に驚きました。……情報的には最も重要な位置付けだったのですが……まあこういう事もありますよね。
 また刹苦人形との相手をするという選択をされた方の中には、人形を壊したくないので説得するというアクションをかけた方が多く見られたのですが、これはガイドで言葉による説得は絶対に効かない、と明記してありますので戦いの代わりの説得自体は失敗する、という形になりました。

 今回はワリときっちりと『判定』を考えて、成功するアクションと失敗するアクションを決めるのが大変でした。今回はジャンルもバトルものということで『敵という対戦相手がいるゲーム』であることを意識し、やや厳しい判定をさせていただきました。

 ストーリー的には『各々が自分の役割を果たして終わる』というある種のハッピーエンドになりました。これがハッピーエンドに入るかと言われれば、色々ご意見はあるかと思いますが、個人的にはハッピーエンドの範疇に入ると思っております。
 さて、では今回もこの辺で。次はまだアクション締め切りは来ておりませんが【カナン再生記じゃない】『カナンなんかじゃない』でお会いしましょう。リアクション公開予定日は4月13日予定です。皆さんがどれほどの無茶振りをしてくるのか、布団を被ってプルプル震えながらお待ちしております。

 ご参加いただきました皆さん、そして読んで下さった皆さん、本当にありがとうございました。