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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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                              ☆


 その連絡を受けた師王 アスカ(しおう・あすか)蒼灯 鴉(そうひ・からす)は、ジェイダス・観世院の周囲に作られたバリケードの前に立つ。
 ちなみに、そのバリケードを作ったのはイエニチェリの一人、皆川 陽(みなかわ・よう)だ。
「く、くくく……」
 と、自らがサイコキネシスで会場の机や椅子を大量に積み上げて作った即席バリケードに身を隠し、陽は呟いた。

 笑っているわけではない。

「くくく、来るな来るな来るな来るな……!!」
 刹苦人形たちがやってこないようにと、誰にともなく祈りを捧げている最中だった。
 ジェイダス校長の視線とその期待に応えようと、辛うじて上半身だけは前方を向いているが、下半身はガクガクと痙攣中である。

 最近色々あって気まずくなっていたパートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)とイベントで別行動をしていたのは失敗だった。混乱する街中を通ってテディが陽のもとに辿り着くのは、まだ少々の時間がかかるだろう。
 薔薇の学舎の栄誉あるイエニチェリにも選ばれているというのに、陽は自分にまったく自信がない。
 それも無理からぬ話、彼は日本の全く普通の中流サラリーマンの家で育ったごくごく普通の16歳なのだ。

 考えてみて欲しい、例えば日本人の16歳男子が戦争に巻き込まれたからと言って、いきなり銃やナイフを持って敵を殺しに行けるだろうか、という事を。
 技術の問題ではない、精神性の問題だ。
 できる、という者もいるだろう。できない、という者も。
 そして皆川 陽は、できない、という種類の人間だった。
 ただ、それだけの話。それは、彼の罪ではない。


 だが、アスカと鴉のコンビにはそんなことは関係がない。
 アスカは自らの恩人であるジェイダス校長の束帯姿が見られるというのでイベントに参加し、思う存分スケッチをしていたところで、今回の事件に遭遇したのである。
 彼女がジェイダスを警護しようとするのは当然の成り行きだった。そして、彼女に思いを寄せる鴉にしてもそれは同様。
 だが、もう一人のパートナーオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は違った。
「! あれは……!!」
 オルベールは遠くでまた別な人形と交戦しているコントラクターを発見した。
 それを見た彼女は戦線を離れ、そちらの方へと走り去ってしまう。
「……ごめんアスカ!! ここは任せるわ!!」
「え? ちょっとぉ?」
 突然戦線を離脱したパートナーに戸惑うアスカだが、遠方を見つめる鴉の一言で我に返った。
「来るぞアスカ! ぼさっとすんな、校長様を護るんだろっ!!」
 鴉にしてみれば、アスカの中で絶対者として憧憬と崇拝の対象となっているジェイダス校長の存在が面白いワケもない。ただ、アスカがジェイダス校長を守りに行く事は分かりきっていたし、その最中にアスカに怪我などされてはたまらない。
「くそ……っ、忌々しい。何だってこの俺があんな奴を守ってやんなきゃなんねぇんだ!!」
 色々と屈折した感情を抱きつつ、鬼神力を解放する。メキメキと音を立てて鴉の体が2倍ほどに巨大化し、頭には4本の角が生える。やって来た官女人形に向かって突撃した。
 アスカも同様に鬼神力を解放した。鴉ほどではないが一回り大きくなった体、頭部からは羽の形の美しい角が4本。
「絶対に守ってみせるわぁ、イエニチェリが剣なら、私はジェイダス様の盾となる!!」
 直線的な攻撃を仕掛ける鴉と対照的に、アスカはダッシュローラーで高速移動を行ない、鴉と共に官女人形の足止めを行なう。
 鴉の則天去私の合間を縫って、歴戦の必殺術で弱点を探る。
「そこぉっ!!」
 則天去私は光輝属性の攻撃、もともと刹苦人形には効果が高い。その合間にアスカの『名も無き画家のパレットナイフ』から繰り出される歴戦の必殺術が官女人形の1体の爪にヒビを入れた。
「ギギッ!!」
 だが、彼女らの目的は人形の破壊ではなく、あくまで校長の警護。止めを刺す必要はない。


「だ、大丈夫かな……」
 と、一応バリケードの周囲にフォースフィールドを張った皆川 陽は呟いた。
 今は頼りになる実力者のルカルカ・ルーやダリル・ガイザックは自らを囮として敵のかく乱に行っている最中。ネージュ・フロウは静香校長の警護。アスカと鴉は官女人形2体の相手をしてくれているが、万が一他の敵が現れたなら、ジェイダス校長を守らなければならないのは、立場的に言っても自分だ。
「そ、そそそそりゃあボクだって期待には応えたいけどどどど……!!」
 テディは早く来てくれないだろうか、と無意識的に思ってしまう。確かに最近ちょっと気まずくなってしまった彼だけど、腕前ならば薔薇の学舎でも間違いなくトップクラス。この場において最も必要とされるのはテディの強さなのだ。


「――浅ましイですね」


「え?」
 いつの間にか俯いていた顔を上げる。すると、バリケードの向こう側から覗きこんでいるもう1体の官女人形と目が合ってしまった。
「――ひっ!!」
 アスカと鴉が2体を相手にしている間に、残る1体の官女人形がバリケードの際まで接近していたのだ。
 奇妙に心に響く暗い声で、官女は囁いた。
「他者に依存シ、自らを省みヌ愚か者……自分の姿をよウく見てみなさイ……」
「……え……」
 急速に視界が暗くなる。意識が混濁していく。
 陽の心は、あっという間に刹苦人形の精神攻撃に飲み込まれていった。


 真っ暗な闇の中に、もう一人の自分がいる。彼は語った。

「キミは、随分と自分勝手な人だね」
「……え」

 陽は戸惑った。
「だってそうだろう? キミはテディからのプロポーズを断ったじゃんないか。それなのに今度はテディに助けを求めるのかい?」
「だ、だって……しょうがないじゃないか……ボクには何の力もないし……テディみたいな強い人に守ってもらわないと……」
 ニタリ、と闇の中の陽の顔が歪んだ。
「強い人なら……誰だっていいんだろう? それは別にテディじゃなくたっていいんじゃないのかい?」

「……え?」

「そう、君は本心では誰だっていいと思ってるのさ。だから自分勝手だって言ったんだよ。テディには自分を――皆川 陽という人間を見て欲しい、愛して欲しいだなんて望んでおいて、本当は自分を守ってくれる、欲してくれる、愛してくれる人なら誰だっていいだよ!! 君こそ相手を見ていない。テディ・アルタヴィスタという人間を見ていない!!」
 陽は暗闇の中で一人、大きくかぶりを振った。
「――ち、違う、違う違う違う!! 誰でもいいだなんて思ってない!!」
 無遠慮に近づいてきたもう一人の自分が、じろじろと顔を覗きこんでいる。その顔は軽蔑と嘲笑とで醜く歪んでいた。
 ああ、今自分はどんな顔をしているのだろう。ひょっとしたらテディを利用して守って貰おうとしている自分も、こんな醜い顔をしているのだろうか。
 見えない、見えない、見えない。暗くて見えない。何も見えない。そうでなくても自分の顔は見えないから――


 自分もこんな醜い顔をしていないとは、言い切れない。


「違わないねぇ。君は結局、傷つけられたと言い張って、それで相手を傷つけて、そのくせ被害者ぶってるだけなのさ。相手がどれほど傷ついたかなんて想像もせずに、自分の我儘を押し付けているのさ。ああ、かわいそうなテディ!! 君は自分のことを何の特徴もない普通の人間だと思っているけど、本当はそうじゃない。そんな何の取柄もない人間が誰かに愛されるとでも思ってるのかい? キミは普通なんかじゃない。愛される資格もない普通以下の人間だ、普通以下だよ、普通以下ダよ、普通以下ダヨ!!!」


「やめろ、もうやめてくれーーーっっっ!!!」


 現実の陽は叫んだ。そこに、ようやく到着したテディ・アルタヴィスタがバリケードの前の官女にシーリングランスで攻撃を加える。
「離れろーっ!!」
「――チ。もう少しで壊せたもノを――」
 シーリングランスで攻撃を封じられた官女は、アスカや鴉と交戦している2体の官女と合流した。
 敵が増えたことで校長の警護が手薄になってはいけない。アスカと鴉は一度下がり、そこにルカルカがパイロキネシスを放つ。
 官女の周りがぐるりと炎で包まれ、そこにダリルの則天去私が炸裂した。
「ギギギッ!」
 合流したところを叩かれた官女たちは、一目散に退却していく。

 バリケードの内側では、陽が精神攻撃の影響で錯乱状態であった。ガクガクと体を震わせてテディにすがりついた。
「あ……ああ……、ああ……!!」
「大丈夫か、しっかり!!」
 目の前にいるのが自分のパートナーであることに気付き、陽は安堵の視線をテディに向けた。
「テ、テディ……、守って……校長先生を……ボクを……守って……」
 メガネの奥の瞳から涙を流して、震えながら必死に抱きついてくる主を、テディは力強く抱き締めた。


「……イエス・マイロード」
 その瞳に映るものは、はたして。