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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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第7章


 冴弥 永夜と凪百鬼 白影の二人が誘導した官女人形は、一般市民がすっかり避難してしまって空になった雛祭り会場にて暴れまわっていた。

 その官女3人を迎え撃つのは大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)

 幾多の戦闘で傷ついた官女たちは叫ぶ。

 人間を殺せ!!
 人間を殺せ!!
 人間を殺せ!!

 泰輔は言った。
 顕仁は笑った。
 フランツは叫んだ。

「ねーちゃん、カリカリしぃなや! カルシウム足りとらんのか!?」
「ふん。己の役割も忘れて大暴れとはなんとも愚かしい」
「おお、これはさしずめ『夜の女王』の『3人の侍女』だねぇ!!」

 長い爪による漸激を泰輔がラスターダスターで受け止めて。
 顕仁が牽制するのは長い薙刀。
 3体の動きを止める奈落の鉄鎖はフランツが放った。

「なるほどなぁ、これが『魔笛』ならあのねーちゃんたちは中々のやっかいモンやで。何しろ幕開け早々に大蛇を退治してまうような豪傑やさかいな!!」
 泰輔の呟きの隙に顕仁はアルティマ・テューレ。3体の足元が凍って一時的に動きを封じた。
 フランツの笑いは軽やかに、どこかおどけた道化師のよう。
「ああ、でも役者が足りないね。僕らは揃ってザラストロ、でもパパゲーノは一体どこだい!?」

 余裕の3人に、官女人形は声を揃える。

 おお、恨めしい人間どもめ!!
 我らに災厄を負わせておいて薄ら笑い!!
 憎むべきは人間!! 殺すべきは人間!!

 片手を上げて、それを制したのは顕仁。
「それは違うな。人形どもが美しく飾られて祀られるのはその災厄がゆえよ。前払いのツケも払えぬのならばお主らに価値はない、消え失せよ」
 それに、泰輔も合わせた。
「そういうこと。あんたらもともと――」
 だが、足元の氷を砕いた官女人形は大きく飛び上がって3人から離れた。
 延々と続く、怨嗟の声を上げながら。


「――そのために、作られたン、やから――」
 泰輔の呟きも、彼女らの耳には届かない。


                              ☆


 泰輔たちから離れた3体の前に立ちはだかったのは、相田 なぶら(あいだ・なぶら)だった。


「……これを見逃しちゃ、勇者とは言えないよね」


 襲い来る官女人形に対し、シュトラールとヴァーチャーシールドでどうにか3体の攻撃を同時に捌いていく。
「――っと!! これは結構キツいな!!」
 なぶらの実力としては、1体ずつを相手にするのがまだ妥当なラインだ。3体同時にするとどうしても防戦一方になってしまう。
「ギギギギャ!! 殺す殺す殺す!!」

 さらに荒ぶる官女たち。そこに駆けつけたのが琳 鳳明(りん・ほうめい)藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)であった。
「――いくよ、何としてもここで食い止める」
 鳳明が声を掛けると、天樹は頷いた。
 なぶらを襲っていたうちの1体が鳳明に向かって跳躍した。
 それを、天樹の流星錘が迎え撃つ。

 その3体の間を自在に飛び回るのはウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)。自慢の身の軽さを活かして官女人形をかく乱していく。
「そんな動きづらそうな服で、あたしの速さについてこられるかい!?」
 縦横無尽に宙を駆け、風のような片手剣『ティフォー』と雷のような片手剣『ケラウス』で官女人形に鋭い漸激を加えていく。

 だが、官女人形たちも負けてはいない。確かに体の動きのスピードではウルフィオナに及ぶべくもないが、嵐のような攻撃の一つ一つを硬い爪でピンポイントに防いでいるのだ。
「――おっと、意外に――やるじゃないか!!」
 思ったよりも手ごたえのある敵に、ウルフィオナは歯を見せた。

 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)はそんなウルフィオナやなぶら、鳳明たちの様子を見ながら、天のいかづちや神の目などで援護していた。
「……これほど数に差があるというのに……意外と膠着していますね……」
 レイナは出来うるならば人形たちを破壊するのではなく、浄化したいと思っていた。雪だるま王国大聖堂に仕える彼女、聖職者としては人形に背負わされた厄を祓いたいと考えていたのだ。
 なぶらは一般市民を守るためならば破壊もやむなし、鳳明は人形を破壊したくないので防戦一方。ウルフィオナはブッ壊す気マンマンだが、決め手に欠けているのが現状だ。

 そこに、ふわりと宙を舞って3体の人形が新たに現れた。それぞれ泣き、笑い、怒りの表情をした老人たち――仕丁人形だった。
「――っ!?」
 気配を感じさせずに近寄っていた人形に、思わず聖書という名の魔道書『グリモア』を構える。これは彼女の研究成果を記した一冊であり、時として近接戦闘用武器となることもある便利な一冊。
 だが、今回ばかりはその手を下ろした。その3体からは、官女人形や百々に感じられた邪気がないのだ。
「あなた達は……?」

 3体は、レイナの疑問を無視して話し合っている。
「ほう……この娘、巫女かの?」
「どうもそのようじゃのう……」
「それに、連れも中々の手錬のようじゃ……」
 その声にレイナは反論した。
「巫女ではありません。厄払いは巫女さんだけだと思わないで下さい」
 その反論に、3体は笑った。
「ほっほっほ、それは失礼したの」
 その呑気さに、レイナは戸惑った。
「あなた達は、あの人形の仲間ではないのですか? 人間が憎くは――ないのですか?」

「……それはあくまで姫側の人形の話……わしらは殿にお仕えする人形、また別な役割を持っておるのじゃ」
「そうそう、人間を憎んでおるのは百々姫くらいのもの、あとの連中はその邪気にやられとるだけじゃ」
「どうやら、ここが好機のようじゃ。わしらも力を貸すとしようか」

「――え?」

 レイナの呟きをよそに仕丁人形3体は飛びあがり、あっという間に光の球に変化すると、なぶら、ウルフィオナ、鳳明の3人の方へと飛んで行った。
「何だ!?」
「おっと!?」
「え?」

 戸惑う3人だが、光の球に敵意は感じられない。襲ってきた官女人形の攻撃を跳ね返し、3人それぞれに融合した。

「……勇敢なる力を授けよう……」
「……俊敏なる翼を授けよう……」
「……巧妙なる技を授けよう……」

 外見上変化はない。
 だが、3人とも感じていた。
 内側からみなぎる大きな力を。


                              ☆