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リアクション
「助けてくれてる……のか?」
それを影からうかがっていたセルマ・アリス(せるま・ありす)は、見かけの恐ろしさにおののきながらも呟いた。
「これじゃあ、さすがに人に任せて寝てるわけにはいかないね。うるさいもの」
その隣に屈んだヴィランビット・ロア(う゛ぃらんびっと・ろあ)が肩をすくめる。
「あのねえ……。でも、追い詰められたときほど、危険だ。例の作戦で行こう」
と、セルマは言い、彼のパートナーたちを送り出した。
「ひいいいっ!? くそ、一体何がどうなってやがるんだ!」
蛮族のひとりが、エッツェルの魔力から逃れるため、物陰に飛び込む。全身に汗が浮かび、モヒカンが乱れそうだ。
「こうなったら……そ、そうだ。人質を使って逃げるしかねえ。連中、教会に立てこもってやがるんだ。無理矢理突破して中に入っちまえば……」
そんな、無謀な計画を考える彼の前を、ふと何かが横切った。
「な……なんだ?」
彼が顔を上げれば、そこには小さな子供の姿があった。こんな状況だというのに裸足で外を歩き回り、彼と目が合うと、きょとんと首をかしげる。
「……な、なんだか分からんが、調度いいぜ。こいつを捕まえてやる!」
両手を伸ばし、子供を捕まえようとする。しかし、彼の腕が子供を捕まえるよりも早く、その子はひょいと身をかわしてクスクスと笑ってやる。
「い、痛くしねえから、逃げるなよ!」
男が後を追う。何度も飛びかかるが、そのたびに子供は身をひねって彼の腕を逃れる。やがて、その子供が猛烈な勢いで走り出した。
「くぬ!? ま、待て……!」
男は全力で走って後を追う……すでに、術中にはまっているとは気づかずに。
実のところ、この子供は牧場の精 メリシェル(ぼくじょうのせい・めりしぇる)が姿を変えたものだ。男の目には入っていないが、メリシェルはリドワルゼ・フェンリス(りどわるぜ・ふぇんりす)に跨がり、彼によって運ばれている。地祇の魔力に絡め取られた蛮族には見えないだけだ。
「なんで師匠のオレがこんなこと、してやらなきゃいけないんだか……!」
狼の姿で駆けるリドワルゼが毒づく。
「めー?」
が、メリシェルは人間の言葉を喋りはしない。何を言われているのかは分かっているはずだが、いつも幸せそうな表情はあまり変化がない。
「ったく、弟子のおねがいを聞いてやるなんて、オレは心が広いなあ!」
無理矢理自分を納得させて、リドワルゼはさらに駆ける。後ろを見れば、最初の男の様子につられて追って来た別の蛮族も、メリシェルの術によって自分たちを追いかけてきているようだ。
「そろそろだな。セルマ! ヴィー!」
「任せろ!」
「はいはい」
リドワルドの声に合わせて、左右からセルマとヴィランビットが飛び出し、ひとかたまりに走っていた蛮族たちを制圧する。
「ぐぎゃ!?」
「ぎええ!」
メリシェルの術の虜となっていた蛮族は抵抗らしい抵抗も見せず、叩き伏せられた。セルマは額に浮かぶ汗をぬぐい、さらの喧噪を増す村のほうを振り返った。
「人質から引き離して一網打尽にする作戦、うまくいったね」
「とりあえず、これだけ片付ければ僕らの仕事は終わったんじゃないかな。ほら」
ヴィランビットがかがみ込んで蛮族を縛り上げてから、両手を差し出す。
「ん……何?」
「起こして」
「自分で立てよ!」
「あと、今ので力使い果たしたから返りはおんぶしてって」
「お前のほうが身長高いんだから、無理だろ!」
「あー、こちら、セルマ・アリス班。ひいふう……5人片付けた。以上」
ぎゃあぎゃあと叫ぶふたりに背を向けて、リドワルゼは本部に連絡をつけていた。
「めー♪」
もこもこのぬいぐるみのような羊姿に戻ったメリシェルは、そのリドワルゼにすり寄っていた。
「いい? 打ち合わせの通りにするのよ?」
「う、うん、でも、悪口なんて、私……」
「ほら、見えてきたわよ! はじめるよ!」
歩を進めて村の入り口に近づいていくのは、葉月 可憐(はづき・かれん)とアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)。
可憐は入り口の前に立つとすうっと息を吸い込んだ。
「アリスのバカーっ、わからず屋ーっ」
悪口である。
可憐の作戦はつまり、こういうことだ。真正面から堂々と潜り込んでいっては、蛮族たちに自分たちの敵意をむき出しにして近づいていくことになる。そうなったら逃げられるかも知れない。
だから、可憐は敵の気を引いてから撃つ方法として、これを選んだのだ。
女の子がふたりで口論していれば、好奇心旺盛な……あるいは、野次馬根性の強い蛮族たちが必ず表れるだろうというもくろみだ。
「え、あ、えっと……」
唯一の誤算は、アリスには人の悪口を言う才能が欠片もないことだった。
何か言わなければならない、と考えた末に、アリスはかなり村の中に文言ってから、ようやく口を開いた。
「か、可憐のぺちゃんこー!」
瞬間。
空気が凍り付いた様に静寂が広がり、次の瞬間には『ざわっ……』と空気が粟立つような異様な感覚が広がっていく。
「……私を本気にさせましたね?」
ゴゴゴゴ……と背景に文字の浮かびそうな表情と迫力で、可憐が銃を構える。
「い、いや……えっと」
「問答無用です!」
ガガガガガガガッ!
可憐の二丁拳銃が絶え間なく火を噴き、アリスへ向けて放たれる。
「ひゃああっ!?」
アリスは背を向け、身を伏せて走る。
「まだまだっ!」
可憐の服の裾から毒虫が這い出て、周囲へと散る。
「そ、それなら!」
アリスの周囲を守る無形の力が毒虫を弾く。
まき散らした毒虫で一掃村の中を黒くしながら、ふたりは進んでいく。
「なんだなんだ……ぐおっ!?」
あまりに騒がしい様子に顔を覗かせた蛮族に、可憐の弾丸が突き刺さる。
「一体何が……ぎゃあっ!?」
別の角から様子をうかがっていた蛮族には、アリスの矢が放たれた。
気づけばふたりはそうして蛮族を散らしながら、村の中央まで辿り着いていた。
「これでっ!」
「そこですっ!」
互いの放った弾と矢が、互いの脇を通り抜け、別の蛮族を狙う。
と……。
どん、と跳ね上がった可憐の背が何かにぶつかった。
「あいたた……わひっ……?」
そこにいたのは破壊をまき散らしていた混沌の使徒、エッツェル・アザトースである。
「あ、あなたは……?」
蛮族をもっとも恐怖させた謎の魔人に、可憐はおそるおそる問いかける。
「……」
エッツェルは、目の前の少女に目を向けた。気づけば、蛮族は村の中から消え失せ、今度は本陣を捨てて逃げはじめていた。
「……主公、もう……」
魔鎧と化したネームレス・ミストが主に抱け聞こえるようにささやく。
「……ああ」
エッツェルは小さく頷いた。蛮族をすべて叩き伏せたい気分だったが、これ以上ここに居ては契約者たちにまで敵だと思われかねない……そして、それ以上に自分の顔を見られるのは好ましくなかった。
エッツェルは無言で腐肉の絡まった骨の翼を開き、飛び上がった。
「な……何だったんだろ?」
「さあ……でも、怖いけど、悪い人じゃない……みたいです……」
黒い影が空の彼方に去っていくのを、ふたりはぼんやりと見送った。
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