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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第3章「灼熱の海」
 
 
 『アークライト号航海日誌 3日目』
 
 いや〜昨日は凄かったなぁ。
 見つかった宝玉から光がびゅーんって飛び出して、次の海への道を作っちゃった!
 今度の海は『灼熱の海』って呼ばれてるんだって。
 名前を聞いただけで熱そうだけど、本当に暑苦しい〜!
 でもでも、こんな暑さに負けてなんかいられないよ。次の宝玉の為に頑張らなきゃ。
 何たって僕は、ヒーローなんだからね!
 
 ――アークライト号船員 飛鳥 桜(あすか・さくら)――
 
 
 
 
 アークライト号達三隻の船は熱気漂う海を越えて、一つの島へと到着していた。
「次の宝玉はこの島か……火山があるなんて、灼熱の海に相応しい場所だなぁ」
 この海での操舵を担当している無限 大吾(むげん・だいご)が停泊した船から山を見上げる。ここは全体的に気温が高めとなっているが、中でもこの島は火山のせいでそれが顕著となっていた。
「あの熱気じゃ空から飛空艇で、って訳には行かないだろうからな。山に向かった皆には無事に戻ってきて欲しい所だ」
「そうだね……ところで透矢君、君も結構暑さに参ってるみたいだけど、大丈夫かい?」
「大丈夫……と言いたい所だけど、さすがにキツいな。元々寒さには強い方だけど、逆に暑さには弱いんだ」
「確か札幌の出身だっけか。ここは俺達が見てるから、辛いようなら船室で休んでるといいよ」
「あぁ、そうさせて貰うよ」
 友人に甲板を任せ、篁 透矢が船室へと戻る。それを見送り、大吾は再び火山へと視線を向けた。
「そろそろ皆は中腹くらいかな。何事も無ければいいんだけどね」
 
 
「あっつ〜い! 暑い熱い厚い篤い暑――」
「やかましい、馬鹿妹。お前の方がよっぽど暑苦しいわ」
 桜を飛鳥 菊(あすか・きく)が蹴飛ばす。暑さを全力で表現している妹に対し、姉の方はいつもと変わらぬ表情だ。
「う〜、何で姉ちゃんは平気なのさ?」
「そりゃこの程度でバテてたら『裏』じゃやってけねぇからな。それに、別に俺に限った事でもねぇだろ」
 そう言って菊が視線を後ろに向ける。そこにはロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)エミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)の褐色コンビがいた。
「ん? まぁ俺はお天道様大好きやからな。暖かいのは慣れとるんよ」
「僕も慣れやね。伊達に日焼けはしてまへんで〜」
「え〜、そんな物なの? おかしいのは僕なの?」
 説得力があるのか無いのか分からない二人の言葉にげんなりする桜。そんな彼女に四谷 大助(しや・だいすけ)が声をかける。
「いやー、多分桜の方が普通なんじゃないかな。オレの方も……ほら」
「な……何よ、大助。まさかこの私が暑さに参ってるなんて言うんじゃないでしょうね」
 大助の視線を敏感に感じ取り、グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が強がる。だが、この中で一番の重装備かつ金属の鎧を纏っている彼女が虚勢を張っているのはバレバレだった。
「マスター。マスターは暑く無いですか? 暑いなら七乃も自分で歩きますですよ」
 コートの姿になって大助に羽織られている四谷 七乃(しや・ななの)がパートナーを気遣う。
「いや、オレはこのくらいなら我慢出来るし、鍛えてるから体力的にも問題は無いよ。けどそうだな……皆、ここらで一旦休憩を取った方が良いんじゃないかな?」
「せやな。このままだと桜が熱暴走しそうやわ」
「僕はコンピューターじゃな〜い……あづぅ……」
 桜が手近な岩に腰掛け、その隣にはグリムゲーテが座った。表面上は仕方ないという風を装っているが、表情にはやっとの休息に対する安堵が見られる。
「マスター、七乃の力で氷を作るのはどうですかー?」
「ん、そうだな。少しは気休めになるか」
 魔鎧である七乃のスキルを使い、大助が氷術で氷の塊を作った。冷気によって多少は暑さが緩和される。
「氷術なら私も使えるわ。手伝うわね」
 更に蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が魔法を放つ。登山と熱気という二つの障害をクリアする為の英気を養いながら、一行は束の間の休息を取っていった。
 
 
「イェガー、あったぜ! こいつじゃねぇのか?」
 その頃、山の頂上では火天 アグニ(かてん・あぐに)が宝玉を見つけ出していた。彼とイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)は研究所の近くで偶然光に巻き込まれ、他の者達と同様にこの世界に引き込まれていた。
 そして現れたのはここ、灼熱の海の火山。まるで世界が炎の象徴たる二人を呼び寄せたかのような出現先だった。
「ふむ……これが世界の鍵を握る宝玉か。ならば近いうちにこれを求める者達が現れるという事だな」
 イェガーがアグニから渡された宝玉を一通り調べ、彼に返す。二人は時折聞こえるナレーションのような声によってここが現実の世界では無い事、そして『アークライト号』なる船が七つの海を越える為に航海を始めている事を知っていた。
 そしてアークライト号が太平の海で宝玉を手に入れた事により、彼女達の下にも宝玉の存在が伝わっていたのである。その為イェガーのトレジャーセンスで付近の探索を行い、丁度今この海の鍵となる宝玉を発見した所だった。
「しかし、七つの海を駆けるアークライト号かい。物語か何なのかは知らないが、やって来るとしたら船乗りか海賊か。どうすんだい? イェガー。海賊だったらお前さんの好きな『正義』相手とは行かないんじゃねぇのか?」
「確かに正義相手であった方が私の求める闘争となる可能性は高い……が、私の求める闘争、それは即ち熱き情念との戦いだ。この火山という強大な自然。それに立ち向かう強い意志を持っているのであれば、その熱く強き心もまた、私の求める物と同じ価値を持つだろう」
「なるほどねぇ。ま、どんな屈強な野郎共だろうと、この『自然』って奴が強大な敵な事は変わりゃしねぇからな。だったら俺達もその自然と共に立ちはだかってやろうじゃないの」
 
 
「く〜っ、てっぺんには何が待ってんだろな。恐竜かな? ドラゴンかな? 楽しみだぜ〜」
 再び登山を開始した一行。その先頭を元気良く歩くのは黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)だった。
「健勇、危ないから一人で余り先に行っちゃ駄目よ。ほら、ちゃんとハンカチで口を覆って」
 喜び勇む息子に朱里が釘を刺す。段々と火口に近づくにつれて熱気が酷くなってきたので、喉に負担がかからないようにと布で口元を押さえながら進んでいた。
「――! マスター!」
「あぁ……皆、止まって」
 七乃を通じて何者かの気を感じ取り、大助が皆へと注意を促す。次の瞬間、彼らの前にゆっくりとイェガーが、そしてアグニが現れた。
「よく来た、大海を越えんとする者達よ。貴様達の旅路の前に、私が立ち塞がらせて貰おう」
「へぇ、船乗りでも海賊でもなくて契約者達かい。ま、そうだわな。俺達みたいに巻き込まれた奴が他にもいたって考えるのが当然か」
「お前達もオレ達と同じなのか。だったらそこを通してくれないか。ここに現実世界に戻る鍵があるはずなんだ」
「おっと、残念だがそういう訳にはいかねぇな。それに……探してる物はこれだろ?」
 アグニが手に持った宝玉を大助へと見せ付ける。それは宝石の色こそ赤いものの、太平の海で見つけた物と同じ形をしていた。
「予想はしてるだろうが、俺達はこいつを渡すつもりはねぇぜ。欲しかったら力ずくで奪ってみるんだな」
 宝玉をチラつかせるアグニの前にイェガーが立つ。奪取を試みるなら先に彼女を何とかする必要があるだろう。
「貴方達はそれで良いの? このままではいつまでこの物語が続くか分からないというのに」
 朱里が説得を試みる。だが、イェガーは自身の信念に従ってこの場に立っていた。
「物語であるのなら、なおの事主人公達に立ち塞がる『悪』が必要だろう。ならば私は喜んでその立場になってみせる。自然という、強大な敵と共にな」
「悪か……だったら僕が、ヒーローが相手するよ!」
 桜が刀を構え、イェガーに対峙する。更にその横にグリムゲーテが立ち並んだ。
「黒印家の道を阻むと言うのなら、私が道を切り開いて見せるわ! 大助、剣を!」
「……はいはい」
 休憩時にちゃっかり持たされていた剣を大助が差し出す。さながら従者とその主人のようだ。もっとも、グリムゲーテにとっては実際にそのつもりなのだが。
「英雄に聖騎士か……物語を紡ぐに相応しい者達だ。さぁ、来るが良い。どんな困難にも立ち向かう、強き心を持つ勇者達よ」
 
「行くぞっ! 飛鳥流剣技、桜花刃!」
「聖剣の一撃……受けなさい!」
 桜とグリムゲーテ、二つの剣筋がイェガーへと襲い掛かる。対するイェガーはそれを素早くかわすと、お返しにファイアストームを放った。
「わわっ! 危なっ、てか熱っ!」
「ただでさえ暑いっていうのに……これ以上火なんて使わないで欲しいわね……!」
「言っただろう? 自然と共に立ちはだかると。それは即ち、こういう事だ」
 更にイェガーがヒロイックアサルト『火天の焔』を発動する。紅蓮の炎が彼女を中心に渦巻き、強化された魔力がこちらへと伝わってきた。
「凄ぇな、あの姉ちゃん! まるで火山みてぇだ!」
「多分そう見せる為にわざと派手にやってるんやねぇ。でも火山のハッタリを抜きにしても結構な魔力やわ」
「せやな。でも一番の脅威はあれだけの熱気に囲まれてもピンピンしてる所や。まだ航海は序盤やっつうのに、ごっつう厄介な相手やで」
 健勇が、エミリオが、そしてロランアルトが魔力の流れを肌で感じる。極限まで炎熱耐性を高めたイェガーに自由に動かれる事は、彼らにとって好ましい事では無かった。
「何言ってんだお前ら。俺達のやる事は決まってんだろうが」
 銃を構え、彼らより少し引いた位置で構えていた菊が三人へと近づいてきた。
 そしてその場にいる者達にしか聞こえない程度の声で作戦を伝える。
「……なるほど、さすが菊や。ほんなら頑張りましょか、兄さん」
「了解や、エミリオ。美味しい所は坊主達に任せて、俺らはあいつらの度肝をぬいてやるとしようか」
 
「さぁ、どうする? 英雄達よ。自然の力はこの程度ではないぞ」
 イェガーが一歩、また一歩と近づく。ウィザードながら高い炎熱耐性を活かして炎の接近戦を行う彼女にとって、この歩みは自身の間合いへと相手を取り込むカウントダウンだった。
「……ん? 親分?」
 その時、後ろに気配を感じた桜が僅かに振り返ると、何かサインを送っているロランアルトの姿が視界に入った。更に横を走るエミリオを見てその内容を察する。
「さて、まずは僕から行くで。舐めたら……あきまへんで!」
 エミリオが高く跳び上がり、パワーブレスによって強化されたウォーハンマーを思い切り地面に叩きつける。火山の、ましてや火口付近という不安定な地形は大きく影響を受け、この場に立っている者全てが震動で揺さぶられる。
「足止めのつもりか。ならば――」
「やらせないわ! これで!」
 その場で魔法を放とうとしたイェガーの前に酸の霧が現れた。極限まで濃度を濃くした朱里のアシッドミストによって視界が塞がれる。
「ラファーガ! ティエラ! 次はお前達の番や!」
 更にロランアルトの飼う剛雁が空から、狼が地から襲い掛かる。そして自身も間合いを詰め、横薙ぎに轟雷閃を放った。
「よくやる。だが隙を突くにはまだ甘いな」
 対するイェガーは殺気看破で接近を悟り、爆炎波で真っ向からぶつかり合う。炎の拳と雷の槍、二つの光が交錯してその輝きを増した。
「さすがやな。ほんならもう一段行かせて貰うわ……桜!」
「はいよ、親分!」
 攻撃を押さえている後ろから桜が跳び上がった。そしてロランアルトの肩で二段目のジャンプを行い、空中から破邪の刃を放つ。
「そう来るか。だが空中では回避行動も取れまい」
 イェガーが槍を蹴り上げ、その勢いで後方へと回転する。そのまま空中の桜へと火術を飛ばそうとするが、そこに横から菊の援護射撃が入った。
「ったく、この馬鹿妹が……詰めが甘いんだよ。援護してやる、Mi ringrazi(感謝しろよ)!」
 姉の攻撃が足止めをし、反対へと降り立った妹が返す刀で聖化した一撃を放つ。イェガーはその攻撃を再び手甲で受け止めるが、それと同時に左右から駆け抜ける影があった。
「よし、今のうちに行くぞ、健勇!」
「オッケー! 大助兄ちゃん!」
 桜達の目的は前後からイェガーを挟む事にあった。そうして行動を制限した上で本命の大助と健勇が動く算段だったのである。二人の目標は勿論――
 
「っておいおい! 俺かよ!」
 
 ――勿論、宝玉を持っているアグニだった。元々イェガーの闘争心を満たす事が最重要なので高みの見物を決め込んでいた彼は、突然の敵襲に慌てて回避行動を取る。
「一瞬で終わらせてやる……この動きについて来られるか!?」 
 大助が神速とアンクレットの効果で速度を増し、素早い動きでアグニを翻弄する。以前ならまだしも、ここ最近は戦いをイェガーに任せっきりだったアグニは突然の戦闘という事もあって後手に回ってしまった。
「ちっ、チョコマカと厄介な奴だな、おい!」
「ほらほら、オレに気を取られっ放しでいいのか?」
「何だと……って!」
 大助と連携を取りながら、健勇がポイズンアローを撃ってくる。一人相手でさえ厄介なのに、足止めまでされてはたまった物では無かった。
「小さいからって舐めんな! 大助兄ちゃん!」
「おう!」
 相手が動きを止めた瞬間を狙って大助が肉薄する。そして一瞬の隙をついて、その手から宝玉を奪い取った。
「あっ、てめぇ!」
「悪いな。こいつはオレ達が貰って行く!」
「くそっ、このまま逃がしゃしね――えっ?」
 アグニが宝玉を取り返そうと着地した態勢から動こうとした時、この場にいた者全てにとって予想外の事が起こった。アグニが降り立ったのは、エミリオの打撃によって地盤の緩んだ火口の淵。そこに衝撃が加わった為、アグニは崩落した地面ごと火口へと投げ出されてしまう。
「お、おぉぉぉぉぉぉ!?」
 燃え盛る火口へと一直線。慌てて大助達が淵に走り寄るが、当然助けられる訳も無い。
「! 何だ、あれは……?」
 火口を見下ろす一行の前に、更に不思議な現象が起こった。そのまま落ちて死亡してもおかしくなかったアグニの身体がぎりぎりで止まり、光を放ち始める。そしてその姿がどこかへと消え去ると、後にはそれまでと変わらず熱気を放つ火口の姿だけがあった。
「うわ、光って消えちゃったよ! 何が起きたのかな? 姉ちゃん」
「さぁな。元々何があってもおかしく無い世界なんだ」
 菊の言う通り、どんな現象が起こるかは予測のつかない世界の為、様々な理由、そして結果が推測出来た。だがそれをじっくり考える暇も無く、火山が震動を始める。
「わわっ! 母ちゃん、何が起きるんだ!?」
「この揺れは……まさか、今のショックで火山が噴火でもするというの……!? 健勇、皆、早く船に戻るわよ!」
 全員が急いで山を走り降りる。それを見送り、イェガーは唯一人火口に残っていた。他の者達には見えていなかったようだが、アグニのパートナーであるイェガーには彼が飛ばされる瞬間、その先の光景が薄っすらと見えていた。
「……なるほど、役目を終え、物語から弾き出された者は元の世界に戻るという訳か。ならば良し。英雄達との戦いを楽しめた今、この世界にもう用はあるまい」
 激しく地面が揺れ、噴火の兆候が強くなる。自然の猛威がイェガーを襲おうとした瞬間、彼女の身体もアグニのように光り輝き、現世へと帰っていった。
 
 
「よう、お目覚めかい? イェガー」
 現実世界に戻ったイェガーが目を醒ますと、そこにはアグニの姿があった。傷どころか火山での汚れ一つ無く、ピンピンしている。
「ここは……どこかの室内か」
ザクソンっつー爺さんの研究所だってよ。何でもここのマジックアイテムがあの世界に俺達を巻き込んだって話だぜ」
 一足先に現実世界へと戻ったアグニは、倒れた者達を見守っていたザクソンから事情を聞いたらしかった。そのザクソンはアグニから聞いた内容を基に資料を調べ直しに向かった為、この場にはいない。
「どうすんだい? イェガー。今ならこいつら、何の抵抗も出来ねぇぜ?」
 眠ったように横たわっている、二人同様に本の世界に巻き込まれた者達を指差す。その中には大助や桜など、先ほどまで拳を交えていた者達の姿もあった。
「愚問だな。私が求める物は燃え尽きるほどに熱き戦いだ。彼らを傷付ける事で正義の炎を燃やす者がこの場にいるならともかく、ただ寝首を掻く真似をした所で得られる物は何もあるまい」
「ま、お前さんならそう言うと思ったぜ。んじゃ、いつまでもここにいたってしょうがねぇ。帰ろうぜ、イェガー」
 二人が立ち上がり、部屋の扉を開ける。イェガーは最後に一度振り返ると、今も冒険を続けているであろう者達に餞別の言葉を送った。
「幻の世界とはいえ、中々に熱き戦いだった。英雄達よ、航海を終えて再びこの世界に戻って来た暁には、再び情念を燃やす熱き邂逅のある事に期待しよう」
 
 
「急ぐで、皆! アークライト号まであと少しや!」
 先頭を走るロランアルトが皆を鼓舞する。船はもう目と鼻の先にあるが、時間的な余裕は余りありそうも無かった。
「グリムさん、大丈夫ですかー?」
 七乃が徐々に遅れ始めているグリムゲーテを気遣う。彼女は必死に走っているものの、重装備な上にここまでの暑さが祟って息が上がり始めていた。
「だ……大丈夫よ、ナナちゃん。私はまだまだ行けるわ」
「バカかお前は。そんなフラフラになって、空元気なのは分かってるんだよ」
「な、何言ってるのよ大助。下僕の貴方が平気なんだからご主人様の私が限界な訳無いじゃないの。私を心配するなんて百年早いのよ!」
「だったら百年前借りだ。時間が無い、一気に行く。七乃、お前の力も借りるぞ」
「はいです、マスター!」
 大助が寄生虫『碧日』を取り出し、自身を侵食させる。それにより大助の身体に青緑色の燐光を放つ炎形の模様が浮かび上がり、筋力を大きく向上させた。
 更に七乃の封印解凍の力を使い、普段以上の力を揮えるようにする。その筋力でグリムゲーテを抱え上げると、アークライト号へと向かって猛然とダッシュを始めた。
「きゃあっ! い、いきなり何するのよ大助!? 今すぐ降ろしなさい!」
 グリムゲーテが顔を真っ赤にする。大助の抱え方は胴体と足の裏に手をやり持ち上げる――いわゆるお姫様抱っこだった。
「降ろしなさい! 降ろしてってば!」
「こらっ、暴れるな! 船に着いたら降ろしてやるからそれまで我慢しろ!」
「こんな格好で皆の前に戻れる訳無いでしょー!」
 
 グリムゲーテの必死の抵抗も空しく、最終的にその状態のままでアークライト号へと戻る事になった。甲板へと足を踏み入れた瞬間、大助のポケットに入れていた宝玉が光を放ち始める。
「これは……次の海への光か!」
 グリムゲーテを降ろしてポケットから宝玉を取り出すと、光は沖に別の海の姿を映し出した。それを確認し、大吾が素早く船を発進させる。
「もう噴火が始まっている。急いで境界を越えるぞ!」
 アークライト号と、随伴する二隻の船が次なる海へと進入する。三つ目の宝玉を目指し、彼らは更なる航海を続けるのだった――