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リアクション
第5章(2)
戦闘が避けられなくなった今、アークライト号達は敵艦隊を待ち受けながら再編成を行っていた。
乗員を武装の無いアークライト号に集中させるより、他の船にも分散させた方が良いと判断したからである。
そうして振り分けを行っている篁 透矢の所に緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)がやって来た。
「透矢さん。八雲さんはどちらかしら?」
「八雲? あいつならそこにいるけど」
そう言って近くにいる篁 八雲を指差す。その姿を見た陽子は僅かに驚いた顔を見せた。
「あら、お話を伺った限りでは女の子かと思っていたのですが、男の方だったのですね」
陽子は八雲が引っ込み思案な性格のネクロマンサーであるという話を聞き、自分と似た存在であると思い話す機会を伺っていたのである。もっとも、噂を聞いたのが中途半端だったせいか、八雲の事を『彼女』だと思い込んでいたようだが。
「まぁ良いでしょう。八雲さん、宜しければあちらの船で一緒に戦いませんか? 同じネクロマンサーの貴方の戦い方を参考にしてみたいので」
「え、僕の……?」
「えぇ、それに私達で少し考えている事がありますから、それをお手伝いしてくれると嬉しいですね。ねぇ、透乃ちゃん?」
「ん? そうだね。陽子ちゃんがやりたい事を考えたら八雲ちゃんの力もあった方が楽だと思うよ」
陽子から話を振られた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が戦いの準備をしながらそれに答える。二人の言う『やりたい事』が分からず、八雲は首を傾げるばかりだ。
「えっと、僕の力って……?」
「ふふ、それは勿論ネクロマンサーとしての力です。私、小説の内容を聞いて是非とも幽霊船を作ってみたいと思いましたので」
「乗組員の身体は私と芽美ちゃんに任せて。敵を皆殺しにして調達してあげるから」
「せっかくの空想世界なんだもの。後の事は気にせずに盛大に殺しまくりたいわ」
陽子の後ろで透乃と月美 芽美(つきみ・めいみ)が意気込む。だが、それに対して八雲は拒否感を抱くだけだった。いや――むしろ嫌悪感か。
「そんな……嫌だよ。そんな事に僕の力を使いたくなんて無い」
この航海に同行する者達に対して、陽子達のやろうとする事は悪手と言っても差し支えない物だった。
八雲を始めとしたこの場にいる者の一部は先日カナンにある滅びた村で、村人の亡骸を兵として利用しようとしたカナン正規軍のネクロマンサーと戦ったばかりだった。
その際、多くの者が相手のやろうとした事に怒り、嫌悪感を抱き、そして否定した。それは村人達の亡くなった理由が疫病による物だったとしてもだ。
空想世界とは言え、目的の為に自ら殺そうとする陽子達の行為はカナンでの戦いを経験した者達にとって、そのネクロマンサー以上に認められない物だった。そして不幸な事に、当の本人である陽子達はカナンでの戦いの事を何一つ知らないのである。
「あら、ネクロマンサーは亡骸を操ってこそでしょう? それに所詮はお話の中に出てくる架空の存在。その命が無くなった所で気に病む必要など何もありはしないでしょう」
「そんな事は無いよ。本物じゃないからってどうしてそんな簡単に命を奪おうと出来るの?」
ネクロマンサーの意義、主張が真っ向からぶつかり合う二人。そこに透乃が口を挟んだ。
「じゃあ今すぐこの船から飛び降りたら? この時代の船はほぼ木製で木材は木の死体。同じ生物を踏み続けてそんな事を言うのは甘えだよ」
「おいおい、随分な暴論だな、透乃。君の中では草一本むしらない聖人君子か殺人鬼しかいないのか?」
見かねて今度は透矢が口を出す。透乃の主張を認めるなら、人間は霞を食べて生きるくらいしか手は無いだろう。
「覚悟の問題だよ。エリュシオンだ何だって言ってる今の状況でそんな甘い考えが通ると思ってるの? 結局は殺るか殺られるか。弱い奴が悪いって事」
「だが能動か受動かでは天と地の差がある。ましてや君達は自分の快楽の為だけにやってる事だろう。そんな物、反感を持たれて当然だ」
平行線。そもそも戦いに対する意識の根の部分からして違うのだ。これ以上話した所で互いを分かり合えるとは思えなかった。
「そっか……残念だね。透矢ちゃんとは結構似てる所があると思ってたけど、それは表面的な部分だけだったみたい」
「俺も残念だよ。透乃達には助けて貰った事もあるし、その点には感謝もしてる。けど、それとこれとは話が別だ」
「何やら時間がかかっていたみたいですが……どうやらあちらの準備が整ったようですね」
移乗を終えて散開して行くアークライト号達を見ながら、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)がつぶやく。そして隣に立つ緋王 輝夜(ひおう・かぐや)へと視線を向けた。彼女はこの世界に来た時から手にしていた、船長用の帽子と眼帯をつけている。
「さぁ、参りましょうか。彼らの狙いは輝夜さん、貴方の持つ、その黒き輝きを持つ宝玉です。しっかりと護りましょうね」
「それは良いけど……やっちゃって大丈夫なの?」
「えぇ、問題ありませんよ。先ほど聞いた話ですと、別の海の火山で火口に落ちた方が光となって消えたという事でしたから。恐らくは過度の負傷をした人はどこかに跳ばされるシステムなのでしょう」
「そっか、じゃあ派手にやっても平気なんだ……よーっし! 海賊のボスとして張り切っちゃうぞー!」
右手を振り上げ、気合を入れる輝夜。周囲の小人達もそれに呼応するように手を上げている。
「……で、エッツェル。最初ってどうすればいいのかな?」
「そうですね、やはりまずはご挨拶から行くべきでしょう。幸い、それに相応しい相手がこちらにはいる事ですしね。フフ……」
エッツェルが視線を向けた相手、それはアーマード レッド(あーまーど・れっど)だった。
「なるほどね! レッド、キツ〜い一発をお見舞いしちゃって! 目標はあの真ん中にいる船、アークライト号だよ!」
「任務了解……殲滅対象『アークライト号』」
船長である輝夜の命令を受け、レッドが右舷に設置されている大砲の前に移動する。そして長距離偏差射撃プログラムを起動し、照準補正を行った。
「風速確認、誤差修正……目標捕捉。輝夜様、イツデモ砲撃可能デス」
「よし! それじゃあ、旗艦オールドワン……砲撃開始!」
輝夜の声と共に砲弾が放たれる。それは一直線にアークライト号へと飛んで行き、左舷前方へと着弾した。衝撃を受け、アークライト号が大きく揺れる。
「くっ! 始まったか。ノア、この船は本当に大丈夫なのか?」
「当たり前よ。あたし達が強化した船なんだからこの程度じゃ沈まないわ」
甲板に捕まりながら心配をする桜葉 忍(さくらば・しのぶ)に対し、ノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)は強気に答える。事実、鉄板によって補強されていた被弾箇所は砲弾を喰らったにも関わらず、軽度の損傷で済んでいた。
「とは言えこのままでは良い的じゃ。忍よ、私達で打って出るぞ」
「あぁ、そうだな信長。でももうすぐ嵐が来そうだな。気を付けて行かないと」
「何、心配せずともお前が海に落ちた時は私が拾ってやる」
「そうならない事を祈るよ……」
左右に揺れる甲板を器用に動き回り、忍と織田 信長(おだ・のぶなが)が小型飛空艇に乗り込む。そして固定用のロープを外すと、遊撃隊となるべく空へと上昇して行った。
「くそっ、エッツェルさんも本気だな。この距離で当ててくるとは……」
船体を制御するべく操舵輪を必死に操りながら無限 大吾(むげん・だいご)が友人の乗る船を見る。相手は自身が楽しいと思った事は手段や結果を気にせず行ってくる人物なので、このまま砲撃が続く事は想像に難くなかった。
「ガッハッハ! 苦戦しているようだな。何なら俺様が船長になって指揮を代わってやろうか?」
「あ、貴方は?」
「俺様はクラッチ・ザ・シャークヘッド(くらっち・ざしゃーくへっど)! 海賊としての年季は貴様達とは段違いよ!」
大吾の横でクラッチが腕組みをしてふんぞり返る。彼にとって目の前に広がる艦隊は恐れる物では無く、むしろ自身を高揚させる物だった。
「どうやら向こうの旗艦には腕の良い砲撃手がいるようだな。だが、この距離ならそれを逆手に取ってしまえば良いだけの事よ」
手に持っていた双眼鏡を覗き、敵砲撃手の動きを探る。相手のレッドは今まさに二射目を撃とうとしている所だった。
「フン……来るぞ! 取り舵一杯!」
「りょ、了解!」
大吾が舵を限界まで切る。それに併せて船体が左に向きを変え始め、ぎりぎりの所を砲弾が掠めていった。
「続いて面舵に当て! 直進の後、第三射のタイミングで面舵用意!」
クラッチの指揮を受けながら大吾がこまめに船の方向を変える。次々と飛んでくる砲弾に対し、アークライト号は回避か鉄板への被弾によって損害を軽微に抑えていた。
「おや、レッドさんの砲撃を回避するとは、どうやらあちらには海戦に慣れた方がいらっしゃるようですね」
「どうするのエッツェル? このまま砲撃?」
「そうですねぇ、アークライト号にはそれで良いでしょうが……問題はこちらの艦隊に接近している二隻の船でしょうか」
「左右から来てるね。どっちから狙う?」
「ふむ、この場合ですと……お?」
次の手を打とうと考えるエッツェルが何かに気付き、振り返った。そしてその先に存在する物を見て、僅かに笑みを浮かべる。
「決まりましたよ、輝夜さん。両方頂いてしまいましょう」
「いいの? こっちの船にいるのは小人みたいだから分けちゃうと簡単にやられそうだけど」
「そうですね。このままの戦力ならそうなってしまうでしょう。このままなら……ね」
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