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【じゃじゃ馬代王】秘密基地を取り戻せ!

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【じゃじゃ馬代王】秘密基地を取り戻せ!

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 悲鳴や怒号がさんざめく中、男は一人物静かに佇んでいた。
「あんたがコボルトをここに住まわせたのね」
 理子の問いにも視線を向けるだけで否定も肯定もしなかった。緩慢にあたりを見渡す様は、無表情ながら戸惑っているようにも見える。途方に暮れているのだろうか。特に応戦するでもない。
 理子に言葉を掛けられ、心なしか悦んでいるようにも見える。遊び相手を見つけた犬。そんな印象を抱いた理子は我ながらなんて例えだと不味いものを噛んだような苦さに眉を顰める。

「あんた、では、ないです。スイメイ、です。翡翠の「翠」に鳴き声の「鳴」と書き……ます。あなたのお名前、は?」
「いや……別にアンタの名前なんか聞いてないから……」
「聞かれたら、名乗るのが礼儀、だと聞いた……ことが」
「あーもう! あたしは遊び人・理子っちよ! それで、あんた達がコボルトなんか使って子供を追い出して一攫千金ってバカな夢見てるようだから、秘密基地を返してもらうついでにちょっと捻りつぶしに来たのよ! これで良いかしら!?」
「遊び人……さん……?」
「どうしてそっちにするのよ」
 まるで敵意を見せない翠鳴へレオンは訝しげに目を眇めながら、パワードレーザーの銃口を向けた。それにも警戒などせず視線をひたりと触れさせるだけだ。
「何なのこいつ……調子狂うわね……」
「全くだ」
「あんたはさ――あー、ハイハイ、翠鳴は、『人のものとっちゃいけません』って子供の頃に習わなかったの」
 翠鳴は僅かに首を傾げる。
「ここは、子供のものでもない、です」
「うっ……まあ、そうだけど……お、大人げないじゃない! 子供の遊び場を奪うなんて」
「私は、雇……われた、だけ、です……から。でも――」
 分かりません、と男は困ったように眉を下げた。長い前髪で顔の半分は隠されている。俯いてぼそぼそと言葉を紡ぐ口元が一度引き結ばれた。
「お金の……分は、はたらきます」
 彷徨っていた視線が理子へと向けられる。はっとして振り向くと地面から黒い靄のようなものが這い出していた。足を取られる寸でのところで飛びのく。レオンがレーザーの引き金にかけた指へ力を入れようとした。落雷。雷術も使えるらしい。
 理子が翠鳴めがけ地を蹴ると、ずわっと何匹ものコボルトが現われた。取り囲もうとアクスやショートソードを振り回し、走りよって来る。
「まだこんなに居たなんてね……ッ」
 個体数が多いと面倒だ。なぎ払おうと剣を構えると、大漁の矢が降り注いだ。金切り声を上げたコボルトは地面に縫い付けられている。
「大丈夫ですか?」
「はいはい、こういうのは任せといてー」
 睡蓮と英虎が後方で弓を構えていた。
 
 翡翠が呼び出すコボルトに突っ込んでいく大谷地 康之(おおやち・やすゆき)を眺めながら、しとめ損ね息のあるものへ匿名 某(とくな・なにがし)はライトニングブラストを撃ち込んでいく。今回の依頼を聞いた時の康之は燃えていた。
「ガキの秘密基地ってのはすっげぇ大事なモンなんだ。そいつを奪う奴はどんな理由があっても許さねぇ!」
 まるで自分の事のように怒った康之はその後、聞いても居ないのに子供にとっての秘密基地の重要性について、レポートの1つでも書けそうな程魂のこもった話を聞かせてくれたのだ。
 とにかく康之は事件解決に燃え上がっている。某はそんな康之に引きずられてやってきた。
「秘密基地か……」
 都会で育った某には縁がない代物だった。やっぱり子供の頃からのそういう遊びは大事なんだろう。康之の態度を見ていると、伝わってくるものがあった。例えそれが危険極まりない廃坑だったとしても――だ。
 楽しかった思い出が、大人の思惑により奪い去られるのは良い気がしない。
 ――来たからには、事件解決のために動こうか。
 康之めがけて新たなコボルトが差し向けられる。1匹、また1匹と沈めていくその先で翡翠が大鎌をふわりと振りかぶった。そこを狙って一発。電撃を食わしてやった。

 近寄りたくても次々と現われるコボルトや雷術に行く手を阻まれる。一々相手をしていると、ようやく倒した頃にはまた次のモンスターが襲い掛かってくる。 相手が複数ならこっちも複数で攻めるまでだ。
「理子さん、僕、やってみたいことがあるんだけど」
薙刀てコボルトを降り飛ばした八神 誠一(やがみ・せいいち)がのんびりした口調でいった。
「いやねえ、考案中の鋼糸の技があるんだけど、やっぱり実戦で試すのが良いと思うんだよねえ、どんな技も、実戦で使ってこそ磨かれるってモンだしねぇ」
 誠一はワイヤークローを手に、翠鳴を見据えている。
「というわけで、エヴァルトさんにご協力いただきたいなあ」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は坑夫へ拳を捻じ込んだところだった。鉱毒などエヴァルトの完成された肉体にはそうそう効果も無い。坑夫とて体がでかいだけで大した相手でもない。あくまで狙いはネクロマンサーだ。
「何をすれば良い」

 抗内を跳ねるように駆け回る。そこへ同じ様に勇士の薬を飲みすばやさを上げた誠一が加わる。理子やレオン、この場に居るものが同時に、あるいは時間をずらし絶え間なく翠鳴へ攻撃を向ける。絶え間ない攻撃の雨に、目障りだったのか翡翠は煩わしげに眉を寄せた。
 誠一曰くとにかく意識を攪乱させて欲しい、との事だった。
「試せる丁度良い機会でもあるし、遠慮なくやるかな」
「死なせるなよ」
「えー……相手の生死なんて問う必要ないでしょ、人権要らないから悪党やってるんだし」
「あいつはただ雇われの身に過ぎない。黒幕を聞き出すまでは――」
「わかったよ、わかった」
 小難しい顔をするエヴァルトへ誠一は苦笑してみせた。
「それじゃ、よろしく頼むね〜」
 軽い調子で手を振り作戦はスタートした。縦横無尽に駆け回るエヴァルトとは異なり、誠一は何やら思惑の上を滑るように、攻撃を繰り出している。


 翠鳴が気付いたときには目の前に無数のワイヤーが張り巡らされていた。
「やっと捕まえたわ――あんたも、余計な怪我はしたくはないでしょ」
 ワイヤーが巻きついた体を見下ろす。完全に動きを封じられている。
 鎌をふりかざす前に突然ワイヤーが意思を持ったようにその身へ絡んだ。
 まず誠一はサイコキネシスでワイヤーを操り、自分の周囲にワイヤーによる包囲網を敷いた。完成と同時に離脱し、包囲網を一気に翠鳴を狭め絡め取ったのだ。その為には対象の意識を他所に、それもなるべく散漫させることが必要だった。
「封滅陣――とでも名づけるかな」
 初めてにしては上出来だ。満足げに頷く。やっぱり実践に限る。


 すると突然、激昂した男の声が炭坑を震わせた。
「何をやっているんだ! 翠鳴! はやくそいつらを殺せ! いくら払ったと思ってるんだ!!」
「あ――はい、すみま、せん。クライヴァルさん、でも動け、ま……せん」