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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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第9章


「……おや……」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は呟いた。混乱する街中で事件を解決すべく、暗躍ブラック・ハート団を蹴散らしていた彼だが、ふとした拍子に飛んできた手錠でほかの女性と繋がれてしまったのだ。

 その女性はシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)。この日はブラックデーでもあるが、オレンジデーという日でもある。
 オレンジデーとは、4月14日にオレンジ色のプレゼント贈り、恋人との仲を確かなものにするという風習である。
 シャーロットはその日を想い人のセイニィ・アルギエバと過ごそうと思い、きちんとオレンジ色のプレゼント――オレンジの花のコサージュを用意していたのである。
 つまることろツァンダの街にいたのはまったくの偶然であり、そもそもブラックデーなどは彼女の眼中にないのである。

 だがしかし、手錠で繋がれてしまった相手である涼介に、今この瞬間、理不尽な愛情を感じていることも事実なのだった。

「……ああ……なるほど、周りで皆さんが騒いでいるのはこういう……」
 とシャーロットは理解した。手錠の魔力により目の前の男性に対する愛情が勝手に高まって行くのを感じる。
 だが、シャーロットはセルフモニタリングでその感情を辛うじて押さえ込んだ。
 高まりつつある愛情そのものを抑えることはできないが、それによる衝動的な行動を抑えることはできる。

 そのシャーロットに対し、涼介は告げた。
「……どうやら……相手に絶縁の宣言をすることで外れるようだな……」
 シャーロットもその言葉を聞き、涼介に向き直る。
「そうですか……確かに、どうしたわけか今、あなたへ対する気持ちが高まっているのですが……」
「そうかもしれない……しかし……私には守らなければならない大切な恋人がいる……」
「そうなのですね……私のこの気持ちも、本来ならば全てセイニィのもの……例えひとかけらでさえ、あなたに捧げるわけにいかないのです」
「私もだ……君の想いに応える事は出来ない……というか、この状況でも絶縁と言えるのか、これは?」
 見事なまでにすれ違う二人の言葉。
 だが、お互いの言葉は明確に愛情の有無を告げていたし、たしかにお互い多少は盛り上がっていた相手をフリ合ったということで、手錠は外れてくれた。

「こういう仕組みか……しかし、作られた気持ちとはいえ、やはり振ったり振られたりするのは気持ちのいいものではないな……」
 と、涼介は表情を固くした。
「ええ……そうですね……それでは、私はこれで」
「……私はこの手錠をばら撒いた犯人を捕らえに行く。……君はどうする?」
「遠慮しておきます……一刻も早くセイニィに会いたいですし。……こんな日に手錠騒ぎなんて野暮なことに巻き込まれたくないですから」
 さっさと走り去ってしまうシャーロットの背中に、苦笑いを浮かべる涼介だった。


                              ☆


「うおりゃあああっ!!!」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は既に町角でブラック・ハート団相手に暴れていた。
 自分の両手を手錠で繋がれてしまったラルクは、自らの中に渦巻く憎しみと戦いながら、それを少しでも発散すべく事件解決に乗り出したのである。
「おらっ!! さっさとこの手錠を外しなっ!!!」
 両手が使えなくとも、日々己の肉体と精神を鍛え続けているラルクにはそれほどの影響はない。
 コントラクターが混ざっているとはいえ、あくまでも烏合の衆である黒タイツ集団など足により攻撃だけで充分なのだ。

「ひ、ひぃ……化け物だ……!」
 その場に倒れた黒タイツ男の、顔面すれすれの地面を思いきり踏み抜くラルク。
「ひぃっ!!」
 顔面を踏み潰されるかと思った黒いタイツは、怯えた叫び声を短く上げた。
「化け物で悪かったなぁ……? 次は狙いが逸れるまえにこの手錠を外しな……」
 凄みを見せるラルクに対して、黒タイツ男には抵抗の意思はない。
 だが、アジトを襲撃されて慌しく逃げ出した黒タイツ男は、解除のための鍵を持っていなかった。
「も……持ってない……持ってないんだ……独身子爵様なら外せるかもしれないが……今はもうどこにいるか……」
「……ちっ!」
 苛立たしげに舌打ちをして、ラルクは黒タイツ男のみぞおちを蹴り飛ばし、気絶させる。
 こうしておけばそのうち警察が連行してくれるだろう。

 その時、上空から声が響いた。

「独身子爵っ! 見つけたよっ!!」
 秋月 葵(あきづき・あおい)の声だ。空飛ぶ箒にまたがった葵は、空からブラック・ハート団の捜索を行なっていたのだ。

 その名前に反応したラルクは、その後をつけることにした。

「全く……早いとこたのむぜ……この世界が憎くて憎くてたまらねえんだ……。
 手遅れになる前によ……」
 もし、この感情が抑えきれずに所構わず暴れ出したら大変なことになる。僅かに残ったラルクの理性はそう告げていた。


 力というものは、全て使い方次第なのだから。


「大人しく、しなさーーーいっ!!」
 葵が上空から放ったシューティングスターが独身男爵を狙う。
「……これだ!!!」
 その独身男爵に繋がれた茅野 菫は器用に身体を動かして、そのシューティングスターに手錠が当るように仕向けた。

「……ッツ!!」
 わずかな痛みと共に、手錠は壊れた。
 もともと作動していなかった手錠だが、外れてみるとやはり解放感がある。
 しばらく繋がれていた手をさすりながら、菫は言った。
「ふー、やっと外れたよ……大丈夫?」
 同様にやっと解放された独身子爵も立ち上がる。
「ふ……おかしなことを聞く。私は手錠をばら撒いていた犯人だぞ……その犯人の身を心配するのか?」

 その言葉に、頷く菫。
「それもそうだ……あたしとしたことが、情でも移ったかな?」

 ふ、と苦笑いを浮かべる独身子爵。
 だが、上空に浮かぶ秋月 葵とそれを追ってきたラルク・クローディス。そして別の黒タイツから情報を集めて追ってきた本郷 涼介と、そうそうたるメンバーがこの場に集結していた。


 独身子爵は感じていた……この作戦の、終りが近いことを。


「さあ、貴様には人の心を踏みにじった負債を、苦痛を以って支払って貰おうか……これは重負債だ。果たして貴様にこれが払いきれるかな?」
 涼介の構えた杖から禁じられた言葉とエリクシルの原石で最大限に強化された凍てつく炎が発動した。
 強力な炎術と氷術が容赦なく独身子爵に襲いかかり、子爵は叫びを上げる。
「ぐあああぁぁあっ!!!」
 そこに、一気に距離を詰めたラルクもまた、子爵の腹部に渾身の蹴りを放つ。
「おらよっ!!」
「ぐふぅ!!」
 とどめとばかりに、葵が再び放ったシューティングスターが子爵を捉えた。
「いい加減に観念しなさーいっ!!」
「ぎゃあああぁぁぁ−っ!!」

 ボロ雑巾のようになる独身子爵、だがその時、一人の男の叫びが集まったメンバーを制した。


「ちょっと待ってもらおうかーっ!!」


 全身を黒タイツに包み、独身子爵の仮面を拾って被ったその男――如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は街灯の上から一同に向けて声をかけた。

「何者だ……その格好を見ると、例によって評議会の連中のようだな」
 と、涼介は言った。正悟は完全に人相を隠しているので、中身が誰かは分からない。
 涼介に向けて、正悟は叫んだ。
「その通り、この俺こそが独身貴族評議会にしてブラック・ハート団!!
 バレンタインも! ホワイトデーも!! そしてブラックデーも終了のお知らせだ!!!
 イベントあるごとにイチャイチャとして鬱陶しいカップル共によって歪んでしまったこの世界……この俺が破壊する!!!」
 声高に宣言する正悟。

「あ……相変わらず残念な……」
 と葵はため息を漏らす。
 しかし、正悟はその呟きを無視して、街灯から飛び降り、辛うじて立ち上がった独身子爵の傍らに着地した。

「だが……世界を破壊する前に、裏切り者の制裁をしないとな……」
「……何?」
 振り向くが早いか、正悟はその手に持った改造ガンブレード――アプソリュート・アキシオンで独身子爵を攻撃した。
「うわあああぁぁぁーっ!!」

 それがとどめの一撃だった。数々な強力な攻撃を受けて倒れた独身子爵は、完全に気を失っている。
「……何だ、内部分裂か? どこの組織にも裏切り者ってのはいるもんだな、おい」
 驚きとも皮肉とのつかない声を上げるラルク。
 だが、正悟は倒れた子爵のマントから独身貴族評議会の爵位の証であるバッジを奪い取り、言った。

「ふん……裏切り者はこいつだ。
 俺は見ていた……こいつは少女二人に繋がれて両手に花でデレデレと楽しくデートしていたのを!!
 独身貴族評議会にあるまじき裏切り者さ!!」
 と、子爵を持ち上げてラルクの方へと放り投げる。
「鍵はそいつが持っている……さっさと手錠を外させることだな。
 はーはっはっはっは!!」
 如月 正悟――新たな独身男爵となった彼は、高笑いと共に走り去って行った。

 この際どうでもいいことだが、独身貴族評議会はバッジの種類で爵位を区別する。他爵位持ちからバッジを奪い取った場合、1ランクダウンとして扱われるのが暗黙の了解だ。
 この場合、子爵のバッジを奪いとった正悟は、独身男爵を名乗る資格を得た、ということになる。

「やれやれ……なんだったんだ、ありゃあ」
 と、ラルクは元独身子爵の懐から白い鍵を探しあて、手錠を外した。

「あ……そういえば、あの娘迎えにいかなきゃ……」
 葵は今さらながらに思い出し、独身子爵を涼介とラルクに任せ、再び飛び去って行った。


                              ☆


 その頃、葵のパートナー、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)は。
「ふにゃあああぁぁぁ〜、葵はどこまで行ったのかにゃ〜?」
 と、なぜかケーキ店と手錠で繋がれていた。
「ふふ……それでもいいにゃ、イングリットはお店と二人きりなのにゃ〜、ごろごろ〜」


 それは二人きりということでいいのか。


「お待たせ〜!」
 と上空から葵の声がした。
 イングリットが見上げると箒に乗った葵が他の黒タイツかた入手したのだろう、白い鍵を持ってきてくれたところだ。

「おお、葵、遅かったにゃ〜っ!?」
 だが、少しばかり遅かったようだ。
 葵が鍵を渡す前に、イングリットの手錠は爆発してしまい、お店の前で一人黒コゲになってしまうイングリットだった。


「にゃ、にゃ〜。でもお菓子への愛情は絶対なのにゃ〜、この程度ではへこたれないのにゃ〜」


                              ☆