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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

リアクション

                              ☆


「え……ちょっと、どうして迫ってくるんですか? ここは街中ですよ?」
 と神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は街中の電柱に追い詰められた。
 追い詰めているのはシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)
「しょうがねえだろこれのせいで近づくしかねえんだし」
 と、紫翠と繋がれた手錠を示すシェイド。
「いやあの、近づくのはいいんですけど……人目がですね、って誰も見てませんね」
 周囲を見渡すと、突然飛んできた手錠のせいで人々は自分の事で手一杯。
 確かに誰も紫翠達になど注目してはいなかった。

「いやでもですね、こういうことは外ではちょっとってむぐ」
 と、あくまで公序良俗にしたがって抗議する紫翠の口を、シェイドの口が塞いだ。
 紫翠の吐息を飲み込みながら、シェイドは紫翠の肩を空いている方の指先でなぞる。
「ん、んんん……」
 悶えて身体をよじらせる紫翠だが、手錠で繋がれた上に電柱に押さえつけられている紫翠は逃げられない。

 長い、長いキスが終り、紫翠は抗議した。

「い、いきなりは……ズルいですよ。目立ってしまうじゃないですか」
「ふん、どうせ誰も見てねえよ……それよりも……楽しもうぜ……」
 その抗議を無視してシェイドは首筋に軽く歯を立てた。
「は! ……う、ん……」
 紫翠はさらに身体をくねらせて抵抗するが、全く身体に力が入らない。
 徐々に着物がはだけて、白い肌が紅潮しているのが分かる。

「お前……昔からここ、弱かったよな……」
「……! あ! ああ!!」


 と、いったところで紫翠の感情と共に手錠が爆発した。


「ああぁぁーっ!?」
「うわっ!!」
 手錠が砕け、自由の身になる二人。
 だが、紫翠は爆発のショックと恥ずかしさで全く動くことができない。
「けほけほ……何とか手錠は……外れたみたいですけれど……?
 何、見てるんでんすか……?」
 シェイドは、咳き込む紫翠をじっと見ていた。
「……いやあ、いい眺めだなあと」
 先ほどからシェイドに絡まれていたせいで着物が大きくはだけて胸元と脚が丸見えだ。
「み、見ないで下さいよ……」
 僅かに身体をくねらせてシェイドの視線から逃れようとするが、希望に反して身体は全く動かない。
「うん、悪いな、もう無理だ」

「……え」

 宣言もそこそこに、シェイドは再び紫翠の首筋に噛みついた。吸精幻夜だ。

「あぅ……何するんですかぁ……」
 と、元々疲弊しているところに血を吸われた紫翠は、あっさりと気絶してしまった。
「……ふん、見た目の割りには軽いな」
 吸血により体力を回復したシェイドは、紫翠をお姫様だっこで抱きかかえ、そのまま家路につくのだった。


「確か街中は良くないんだったな。じゃあ家ならいいだろう。まだ夜は長いんだし、な」


                              ☆


 手錠で繋がれてしまった宇佐川 抉子とエパミノンダス・神田を一刻も早く解放するため、瞼寺 愚龍はシヅル・スタトポウロと無理やりカップルを装って手錠を配っている犯人を探していた。

「くっそ、なかなか見つからねえな……」
 と、愚龍は愚痴をこぼす。
「まあ、そもそも俺と愚龍さんのカップルシチュに無理あるっていうか?」
 と、シヅルは落ち着いたいた様子。
「バカやろ……急がなきゃなんねーだろ。見ろよ、あの手錠、ほっとくと爆発するみてーだ。相棒やエピをそんな目に合わせてたまるかよ」

 と、愚龍に促されたシヅルは、周りの様子を窺う。
 なるほど、確かに他にも手錠に繋がれたカップルは多い。

 東雲 いちる(しののめ・いちる)ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)もそんな中の一組であった。
「――愛しています」
 いちるはギルベルトに愛の告白をした。

 二人は既に思いを通じさせており、すでに恋人同士なのだ。
 なのだが、いちるは普段は恥ずかしがってそういうことはなかなか言ってくれない。
 そのいちるが真っ直ぐに瞳を見つめて感情をぶつけてくれることに、ギルベルトはある種の感動を覚えていた。

「好きです……愛しています」
 告白を続けながらもきゅっと抱きついてくるいちる、その彼女の頭を撫でてやりながらも、ギルベルトは多少の戸惑いを見せる。
「……今日のいちるは積極的だな……と、そうか。この手錠のせいだな」
 比較的冷静に状況を観察すると、いちるはそんなことはお構いなしにギルベルトに擦り寄って来る。
 耳元に口をつけ、そっとささやいた。
「私はギルさんがずっとずーっと大好きなんですよ、ギルさんは分かってくれているでしょうか」
 ギルベルトが状況を分析していて反応が悪いことが不満なのだろうか、いちるは可愛いほっぺをぷくーと膨らませた。
「あ、ああ。もちろんだ、俺はいつでもいちるを可愛いと思っている」
 少し抱き締め返して、ギルベルトはいちるに告げる。
 それを聞くといちるは、にへーと夢見心地の笑顔を見せ、更に抱きつく。

 恋人同士とはいえ、普段の付き合い方は人それぞれ。そのカップルに合わせたスピードというものがある。
 その意味では、この二人のスピードは緩い方。あまりガツガツせずにしっとりと過ごすことの方が多かった。
 いちるは外見的には15歳の少女、色々な意味で手出しをするのは早いような気もしたし、そのままでもいちるは充分に可愛いと思っていたし。

 とまあ、そんなこんなで非常に落ち着いた付き合いを続けていた二人だったが、そのいちるが途端に積極的になったものだからギルベルトとしては嬉しい誤算というべきだっただろう。

「……いちる……」
 今度はこちらの番、とばかりにギルベルトはいちるの身体を押し返し、いちるの口元に手を添えた。
「……ギルさん……」
 そっと眼を閉じるいちる。

『……だが、本格的に手を出したとなると他のパートナーに殺されかねないな』
 と、ギルベルトの心に一筋の不安がよぎる。
 そのままギルベルトが長考に入ってしまったので、いちるは業を煮やしたようだ。
「……もう、やっぱりうまく伝わっていない気がします」
「……むぐっ!?」
 いちるは逆にギルベルトの頬に両手を添え、その唇を奪った。添えられた左手に、誓いの指輪が光る。
 それは軽いバードキスだったが、いちるからしてくれたということで充分に刺激的だった。
「い、いちる……」
 さすがにここまで来たら行くしかなかろうと、ギルベルトもその気になった瞬間。

 付近のカップルが爆発したのが見えた。

「――え、この手錠爆発するのか?」
 と、そんなことを思ったギルベルトの視界の端には、自分といちるを繋ぐ手錠がある。

 ――そのカウントは『1』。

「ぷはっ! ちょ、ちょっと待ていちる!! この手錠は爆発するようだぞ!! こんなことをしている場合ではない、すぐに外さないと!!」
 だが、その手錠の効果ですっかり出来上がってしまっているいちるにはそんなことはどうでもいい。
「ギルさん、愛しています。死が二人を別つまで……いいえ、その後もずっと愛しています」
「……俺もだ。愛しているよ、いちる……。ってだから言ってる場合ではないと」
 そのギルベルトに向けて、いちるは聖母のような微笑を返した。


「大丈夫ですよ、爆発しても私が看病しますから」


「くっ!!」
 もはや言葉でいちるを説得するのは不可能と判断したギルベルトは、手錠のカウントが0になるその瞬間、二人を繋ぐ手錠をいちるの腕ごと抱え込んだ。
 ――そして爆発。
「ぐっっっ!!!」
「きゃあっ!!」
 何とかいちるを庇おうとしたものの、その効果を完全に消し去ることはできない。
 すっかり体力を奪われてその場に突っ伏すギルベルトと、その上に折り重なるようにうなだれるいちる。


「……あれ……私……何して……」
「やれやれ……元に戻ったか」
 これは本格的なステップアップはもうちょっと先かな、とギルベルトは呟くのだった。


                              ☆


「あれ?」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)はきょとんとして、自分の両手を繋いでしまった手錠を見つめていた。
 いや、正確には見つめてない。
 何故なら、受け取った手錠に振り回されているうち、手錠は彼女の背中側で繋がってしまったからである。

 その途端、彼女の心の内に溢れ出したのは、大きな自己愛であった。

 この世界の中の、自分という存在が誇らしく、愛おしくてたまらない。
 だが、そんな自分をそっと抱き締めてあげようにも、両手は後ろで繋がれてしまっているのでそれができない。
 明日香は悶えた。どうにかしてこの素晴らしい自分を褒め称えてあげることはできないものか。

 今、自由になるのはこの口。それならば。
 と、明日香はブラック・ハート団を探している愚龍とシヅルに話しかけた。

「ちょっと聞いて下さい。私、こう見えてもすごいんです」
 突然そう話しかけられた愚龍とシヅルは戸惑った。それはそうだろう。
 だが、明日香は気にせず続ける。
「炊事洗濯、掃除に裁縫、家事全般はそつなくこなせます。
 ちょっぴりドジも女の子のご愛嬌です。
 ほんの少し悪戯好きなのも可愛らしさの演出なのです。
 外見的にも小柄でキュートでもう完璧なのです」
 と、明日香は小柄でキュートな胸を張って見せた。

「……シヅル、俺にはこのチビっ子が何を言っているのかさっぱり分からねえんだが」
「……奇遇ッスね、オレもっスよ」
 いまいち反応が薄い二人に、明日香はちょっとオカンムリ。
 こんなパーフェクト少女を目の前にして何の反応もないなんて!!

「分かりました、では実際に体験していただきましょう」
 と、そのまま胸を張った体勢で、二人の方に擦り寄っていく。

「お、おいおい!!」
「え、何、何なのこのコ!?」

「ほら、私の胸は可愛いでしょう? 慎ましやかでとてもいじらしいと思いませんか? 触ってもいいのですよ?」
 明日香は困惑する二人に向けて自分のささやかな胸を張り出して迫る。

「そう言われて触るようならソイツの人格に問題があるような気がするのは気のせいかーっ!?」

 手錠のせいで素っ頓狂は行動に出ている明日香をどうすることもできない二人だが、それを後ろから見ていた抉子とエパミノンダスはすぐに気付いた。
「あ、その娘も手が手錠で繋がれてる!! それでおかしくなってるんだ!!!」
「オー、さすがウサ子ちゃん、間違いないネ!! ヘイ、プリティガール!! その手錠はどこでゲットしたのデスかー!?」
 プリティと言われては答えないわけにはいかない、明日香は素直に答えた。
「あら、あっちの道端で配ってましたよ?」
 それを聞いた愚龍とシヅルは走り出した。もうあまり時間が無い。
 抉子とエパミノンダスもそれに続く。

「ありがとっ! その手錠爆発するみたいだから気をつけて!!」

「――え?」
 そう言われた瞬間、明日香の手錠が爆発した。

「……」
 その場にぐったりと座りこむ明日香は、今までの自分の行動をつぶさに思い出してしまった。

 ちょっと待って、何してたの自分。

「さて、穴でも掘りましょうか……」
 自由になった両手で自分を抱き締めることもせずに、明日香はその辺の地面をかりかりと引っかいた。
 もちろん、自分が入る穴を掘るためである。


                              ☆


「あれだ! やるぞシヅル!! 俺らが手錠を巻き上げたら、全部撃ち落とせ!!」
 と、街角で手錠を配っている一団を見つけた愚龍は叫んだ。
「オッケー、愚龍さん!!」
「いくよっ!!」
「レッツゴー!!」
 愚龍と抉子、エパミノンダスが一斉にサイコキネシスを発動すると、ブラック・ハート団が配っていた手錠が次々と宙に浮かび始める。

「え?」
「うわ、なんだ?」

 突然のことに戸惑うブラック・ハート団。だが、それにつきあっている暇はない。

「やれぇぇぇ!!!」

 掛け声に応じて放たれたシヅルのスプレーショットが、宙に浮かんだ手錠を次々に撃ち抜いていく!!


「ぎゃあああぁぁぁっ!!!」


 魔法で防護されているとはいえ、繋がっていない状態の手錠であれば手加減は無用だ。
 全力で放たれた銃弾が手錠を貫くと、数の相乗効果も相まって、大きな爆発を引き起こした。

 もはや問答無用で転がったブラック・ハート団。その一人が持っていた紙と白い鍵が、シヅルの足元に転がった。
「――これだな」
 その鍵を使って、抉子とエパミノンダスの手錠を外すシヅル。
「あ、やっと取れた!!」
「フゥ、なかなかエキサイティングでしたネ!」
 手錠の効果が消え、冷静さを取り戻した二人は手首を押さえる。

「あー……何ともないか?」
 と、愚龍は抉子に尋ねる。
「うん、愚龍のおかげで爆発しなくて済んだよ、ありがとっ!!」
 素直な笑顔を見せる抉子に、愚龍はちょっとだけ視線を逸らした。


「ふ、ふん。いつまでもオメーと繋がれてたんじゃエピが可哀想だからな」


 その言葉にぷくーっとふくれる抉子。
「オー、やっぱりぐーちゃんはツンツンデレデレ、かわいいネー」
 エパミノンダスの言葉に、苦笑いを浮かべるシヅルだった。