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学生たちの休日7

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学生たちの休日7

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キマクの書簡集

 
 
「あら」
「よおっ」
 寮の休息室にやってきた伏見 明子(ふしみ・めいこ)に声をかけられて、夢野 久(ゆめの・ひさし)が軽く手を挙げて応えた。隣のテーブルには、彼のパートナーたちが座っている。
「お茶?」
「まあな」
 サーバーから汲んだコーヒーを持った伏見明子が、ごく自然な感じで夢野久の隣に座る。地球時代からの数少ない気のおけない知り合い同士だ。
 
 伏見明子のパートナーたちは、気をきかせてかルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)のいるテーブルの方に座った。
「さて、あちらはあちらということで、こちらもたまにはゆっくり語らうのもいいかもね。主たちと比べて、あまり話したこともないしね」
「そうだね。たまにはいいかもしれないな」
 九條 静佳(くじょう・しずか)に声をかけられて、佐野 豊実(さの・とよみ)が答えた。
 ルルール・ルルルルルに半ば無理矢理連れてこられた引きこもり組のフマナ平原の洞窟の精 ちゃぷら(ふまなへいげんのどうくつのせい・ちゃぷら)は、ノートパソコンのCCDカメラを夢野久たちの方にむけて、何やら録画を行っている。
「ねえねえ、レヴィちゃんってセーラー服じゃない! つまりあなたを着てる明子ちゃんは下着なのよね! ねえどんな気持ち? 女の子の裸体に密着するってどんな気持ち?」
「なんだ、このエロガキは!?」
 久々にのんびりできると思っていたレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が、いきなりしがみついてきたルルール・ルルルルルを押しのけようとしながら怒鳴った。
「ねえねえ、どーなのー」
「知るかよっ! つーか魔鎧んときは触覚鈍くなってっからわかんねェよ! だいたい、感覚が……ええい、追求するな! というか! お前! まとわりつくな、人の服ン中に手ェ入れんな!」
「うるさい!」
 さすがに、伏見明子から灰皿が飛んできた。クリーンヒットしたレヴィ・アガリアレプトが思いっきりのけぞる。
「ええと……、もっと自分の身体を大切にしなさいと俺様は主張したいんだ、だから離れてくれー」
 小声でささやきながら、レヴィ・アガリアレプトがなおも抵抗を続けた。
「えー、おしえておしえておしえておしえておしえ……はうあっ」
 なおもレヴィ・アガリアレプトにまとわりつくルルール・ルルルルルに、夢野久が無言で投げた灰皿がクリーンヒットしておとなしくさせた。
「ふう、助かった」
 レヴィ・アガリアレプトが、ほっと安心した。
「あっ、ナイスショット。さすがは久君」
 九條静佳が感心する。
 
「パラミタに来てそろそろ二年か。そういえば、一度聞きたかったんだが、親父さんたちにはなんて報告してるんだ、お前」
 何ごともなかったかのように、夢野久が伏見明子に言った。
「むう、父さん母さん? んー、いろいろあるけど元気ですとだけ。地球にいてもこっちの状況がとんでもないってことは分かるだろうから、それで戻ってこいって言われないってことは、まあ、もう少し頑張ってみろってことだと思う」
「一応は、ちゃんと連絡とってるんだな」
「ついでにそろそろ彼氏できたかーとかも聞かれました。うるしゃーい、そんな暇なかったわーいって言い返したけどね」
「そういや、俺と違ってお前、元々お嬢様学校の百合園に入学したんだっけな」
「まあ、百合園から転校したこと知らせたときはさすがに笑われたけどね。やっぱ無理だったかって。でも、そういう先輩はどーなのよーう。お姉さんとか妹さんからなんかないの?」
「あー、色恋については俺も電話するたびに聞かれるな、やっぱ気になるもんなんだろ。ねーよっつったら、だろうねって思いっきり笑って納得されるけどな。つか、んな余裕ねえっつーの。毎日右に左に喧嘩ばっかでよ」
「はー。なんとなく覚悟してたけどお互い浮いた話の一つもないわよねー」
 思わず、自分たちの日々を思い出して夢野久が苦笑した。そんな、彼を伏見明子が組んだ手の上に軽く顎を乗せたまま静かに見つめる。
「ねー先輩……」
 少し間をおいてから、伏見明子が何か唐突に思い出したかのように口を開いた。
「お互い十年経って貰い手つかなかったら結婚しない? お互い家も知ってるしいろいろ楽だと思うのよ。
「あ? 十年後? 結婚?」
 ちょっと考えるそぶりを見せた夢野久だったが、動じることもなかった。
「……別にいいけどよ。自分で言うのもなんだが、保険にしても悪条件だぞ俺ぁ。不良なのはもうお互い様にしても、実家大家族だしな」
 やはり、こういうときは、男の方がちょっとだけ現実的だ。
 
「気心が知れているからって、また軽い気持ちで迂闊な冗談を……。あれは、絶対最終的にどっちか一方だけが売れ残るフラグだよね」
「ああ、あんな悠長なこと言ってたら、絶対マスターだけが売れ残るフラグ……はうあっ」
 佐野豊実の言葉に同意したレヴィ・アガリアレプトが、伏見明子の投げた灰皿の直撃を受けて沈黙した。目を回して、ついでにくらくらと身体まで回して今にも気絶しそうだ。
「口は災いの元だって言うのに……。まあ、心を入れ替えない限り……おっと」
 九條静佳が言いかけた口を自分で押さえた。レヴィ・アガリアレプトの二の舞はごめんだ。
「ふっ。いい絵が撮れました。あとで、『パラ実の総長と伝説の調教師が組んで俺らをモヒカン狂戦士に調教する相談してる』という釣りスレットを立てて画像を晒して……はうあ!」
 意味不明の悪巧みを計画したフマナ平原の洞窟の精ちゃぷらのパソコンの上に、レヴィ・アガリアレプトが倒れ込んできた。パソコンが吹っ飛んで床に落ちたところへ、引きずられるようにして椅子から転げ落ちたルルール・ルルルルルが液晶に顔面頭突きを噛まして粉砕する。
 
「まっ、なんだかんだ言っても、どうせ大丈夫だろ」
 阿鼻叫喚の隣のテーブルを無視して、夢野久は大人の会話を続けていた。
「お前器量いいんだし、十年と言わず、そのうちにいい男を捕まえれると思……」
 そこまで口にして、ふいに夢野久が口をつぐんだ。ここしばらくの嬉々として敵を完膚無きまでに叩き潰す伏見明子の勇姿を思い出してしまったからだ。今だって、自分に負けないくらい、いやそれ以上の早業で灰皿をパートナーに投げつけている。
 これは、もしかすると、もしかしないといけないのかもしれない。
「何か、今、すっごく失礼な想像しなかった?」
「べ、別に……」
 夢野久はゆっくりと目を逸らしたふりをした。
 
    ★    ★    ★
 
「おばちゃん、お代わり!」
「あいよ。ちょっと待ってな!」
 シニストラ・ラウルスに声をかけられて、お菊さんが厨房から元気よく答えた。
 番長皿屋敷は今日も商売繁盛……と言いたいところだが、手放しでそうとも言えないらしい。
「流行病?」
 デクステラ・サリクスが、ちょっときょとんとした顔でお菊さんに聞き返した。
「ああ。どうにもエリュシオンの奴らがキマクに大量に入り込んできただろ。一部の奴らが変な風土病持ち込んだみたいでねえ。感染すると、神経が麻痺して動けなくなっちまうらしい。麻痺と言うより、一種の石化かねえ」
「へえ。それで治す方法はあるのかい」
「丸一日お日様の光にあてれば病気の元のバイ菌かい? そういうのが死んじゃって治るらしいんだけど、夜はお天道様もお休みだからねえ。困ったもんだよ。今のところは、まだ広がっちゃいないようだけど、キマク近くは集落も点在してるだろ。どこかで人知れず広がってるかもしれないってさ。あー、やだやだ」
「ふーん」
 肉団子をつつきながら、興味あるのかないのか、どっちつかずの表情でデクステラ・サリクスが小さく唸った。
「なあに、病人が出たら、あたしの飛空艇で空京の病院まで運んでやるさ。ちょうど、レース用にスピードでるように改造してるんだ。あっという間に着くよ」
 居合わせた神戸紗千の姐御が、サラシを巻いた豊かな胸を張って言った。
「おや、レースって、デコトラでシャンバラ大荒野を横断する奴じゃなかったのかい? 空飛んじゃだめだろ?」
「ううっ、できればいつもの飛空艇がいいのにさあ。だめなのかなあ」
 お菊さんに突っ込まれて、神戸紗千が腐った。
「そりゃ、飛んだ方が速いからな。俺たちも運び屋をやってるから、手が足りなきゃ連絡してくれ」
 まだまだ堅気とはとうてい言い切れないが、まっとうな会社であるかのようにシニストラ・ラウルスが言った。