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リアクション
第一章 目撃した者たち
イルミンスールの森の中、位置としては森の北東部になるだろうか。
「静かね」
さわやかな風が東 朱鷺(あずま・とき)の銀髪を撫で揺らした。
久方ぶりの連休を静かにのんびりと過ごしたくて森を訪れた。降りてくる陽光に向き合うように顔を上げれば、3羽ほどの小鳥が木々の間を飛び過ぎてゆくのが見えた。
食を求めて空を飛び、繁殖相手の領域を侵すべく大いに歌いてそして舞う。個はあくまで個の為に生きるが、細胞は確かに種族の繁栄と存続を訴えている。
「組織が主か、個が主であるべきか。その答えは頭の資質により異なる」
愛読書である「孤独の楽しみ方」の一節を思い出して朱鷺は小さく口元を綻ばせた。
自由の中に息づく確かな呪縛。軍律厳しいシャンバラ教導団の中にあっても決して味わう事のない枷の放牧地。
木々のざわめき、小鳥たちの歌声。生ける者たちの息づかいに包まれながらに、ひとり静かに眠ろうと巨木に寄り添った時だった―――
バアッッッッン!!!!!
雷が落ちる音、いや、木々を割り裂く音だろうか。そして聞こえる悲鳴と叫声。
「キャァアッ」
「止めろ! 話を聞け!!」
悲鳴をあげたのは金元 ななな(かねもと・ななな)、叫び声は氷室 カイ(ひむろ・かい)だった。
二人の後方には他の生徒たちの姿も見えるが何にせよ、朱鷺の心休まる静かなる刻はここまでのようだ。
「……至福の時を邪魔するのは誰かしら。」
降雷は今も木々に落ちては割き焼いている。『サンダーブラスト』を放っているのはイルミンスール魔法学校の天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)であった。
「待てっ! 俺たちは調査に来ただけだ、事前に申請もしてある! そうだよな金元…………って、」
「ほわぁ〜〜〜」
「おい! 何してんだ!」
瞳はウットリ、口は半開き。襲撃に遭っているというのに、それも襲撃者であるヒロユキの指に装された4つの『ファイアーリング』に見惚れているようで、
「綺麗ィ〜な指輪だねぇ」
なんて暢気な事を言っていたッ―――
「ベディ! 金元を連れていけ!」
「は、はいっ」
邪魔以外の何物でもない。護衛のし甲斐はあるが、とにかく今は……激しく邪魔だ。
パートナーのサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)がなななの手を引いたのを確認して、カイは『緋陽正宗(ティアマトの鱗)』と『蒼月正宗(ティアマトの鱗)』を構えた。
ヒロユキの攻撃の主は『サンダーブラスト』、厄介なのは周囲の木々を足場に四方八方に飛び回っていることだ。
「ベディ、光術で足を止めろ」
「任せて」
気付けば迫っていたヒロユキにベディヴィアは『光術』を放ち間合いを確保した。
どうにか直視を避けたのだろう、ヒロユキは後方の木枝へと跳び避けていた。先程と同じように忙しく木間を跳んでいるのはこちらを攪乱しつつ体勢を整えようとしているのだろうが、そうはさせない。
「……、……、……」
手を止めずに『光術』を放つ。狙いは足止め、ならば標的の跳び行く先に光道を通すだけで、それだけでいい。あとは―――
「ふっ」
『強化光翼』を羽ばたかせたカイが高速で飛び込んだ。狙いは足場の枝、『緋陽正宗(ティアマトの鱗)』は豆腐に斧を突き立てたかのようにサラと木枝を切り落とした。
「くっ」
落枝を蹴って後方に跳ぶヒロユキ、逃がすまいとカイが一翼で手を伸ばした時だった。
ゴッ!!!
「がはっ」
鈍器で殴ったような鈍い音がした。ヒロユキの後頭部に振り下ろされた殴撃、不意をついたのは朱鷺だった。
「……空気を読み、そして噛みしめなさい」
驚くほどに冷たい瞳で言っていた。
その瞳のままに、手中の『碧血のカーマイン』で殴りつけた瞬間をカイはしっかりと目撃していた。
殴りかかる直前まで後頭部に銃口が向けられていた事も、寸前で殴撃に切り替えたことも、しっかりと目撃していた。だから余計に、ふと合った彼女の視線をカイは反射的に避けてしまった。
「ほら、暴れるな!!」
組み押さえたヒロユキは今も抵抗を見せていて、「余所者は出ていけってんだよ」などと騒ぎたてていた。
「ダーン!!」
「(なるほど)」
余所者は出ていけ。この言葉に一人の女と一人の男が反応した。
反応した一方の女―――というより意味不明な効果音声をあげた女金元 ななな(かねもと・ななな)、彼女に添いていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はその奇声に両肩をビクッと跳ね上がらせた。
「ちょっと何? どうしたの?」
「そうだった…… 大事なこと忘れてた」
「大事なこと? ……って! どこ行くのよっ!」
「挨拶だよっ、イルミンスールの学校に挨拶に行くのを忘れてたんだよ」
「挨拶って―――そんなの今行かなくてもイイでしょ」
言ったときには駆け出していた。セレンフィリティは赤信号で飛び出した子供を追い掴むようになななの腕に飛びついた。
「あのね、さっきも訊かれてたみたいだけど、調査の許可はとったんでしょ? だったら問題ないでしょ」
「??? そう? 挨拶しなくて良いの?」
「いや、まぁ、するに越したことはないけど……でももう現地に来ちゃってる訳だからさ、するならするで『これから調査させて頂きます、ご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願い致します』って言って―――」
「お茶菓子を渡すわけだねっ」
「そぅ、つまらないものですが…… って、違うわよ。いや違くないか」
「そうだよ、大変だよ、セレン。ななな、お茶菓子持って来るのを忘れたよ。ここから一番近いのは……魔法学校の購買部かな?」
「買いに行かなくてイイからっ! っていうか、イルミンスールの購買部で買ったらそれはそれで失礼だからっ!」
再びに腕を掴んで引き問答。普段は気分屋で大雑把なセレンフィリティが完全に振り回されている。パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にすれば新鮮な画ではあったが、そう喜んでばかりもいられない。
「あなたも大変ね」
同じ匂いを感じてセレアナは小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)にそう言った。彼も同じ画を見ていたようで、セレアナの隣で頭を抱えていた。
「あの子の世話、押し付けられたんだって?」
「押し付けられたのではない。命を受けたのだ、自分はそれを全うする」
「子守をしろっていう指令でも?」
「…………それでも指令は指令だ」
なななに好き勝手させるなら物事は一向に進まない。ヒロユキの襲撃というハプニングはあったが、とにかく今はこのまま『ハンマーラプトル』の目撃地点へ急いだ方が良いだろう。
「歩きながらで悪いんだけど聞かせてもらえるかな、ラプトルを見かけた時のこと」
セレアナは再びに歩みを進めながらに姫神 司(ひめがみ・つかさ)とランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)の両名に訊ねた。ランツェレットはグリズリーとハンマーラプトルに遭遇した当事者、そして司はそんな彼女たちを発見し保護したのだという。
「ならばまずは、わたくしから話した方が良いであろう」
第一発見者を発見した第一発見者。小さく腕を組んだ司は、当時の様子をゆっくりと語り始めた。
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