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リアクション
第二章 遭遇した者たち
広大な広さを誇るイルミンスールの森、その北部に位置する聖なる泉。水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)と天津 麻羅(あまつ・まら)の2人が、その泉に向かって北上していた時だった。
「白羅さん」
2人の目前からユニコーンが歩み寄り来るのが見えた。以前に起きた一角獣の角を狙う女の子が狙われた事件、その際に2人はこの森に住むユニコーンと出会い、そして友情の証として『白羅』と名付けたのだった。
以前に出会ったのは北の泉だったが、この場所はその地点よりもだいぶ南に位置していた。
「会いに来てくれたの?」
「主らの気配を感じたのでな。それに、会いに来たのは主らの方であろう」
「あっ、そうね、そうだよね」
自然と笑みがこぼれた。教導団から今回の一件を聞いた時からずっと白羅の事が心配だった。イルミンスールの森で得体の知れない獣が目撃され怪我人まで出ている、その上その獣は『パワードシリーズ』を装備しているという異質。裏で暗躍する者が居るのだろうと推測できるがその目的は一向に見えてこないこともまた不気味であった。
「ふんっ、やはり無事じゃったか。やっぱりのう、どうせそんな事だろうと思っておったところじゃ」
言った麻羅の言葉はどうにも嬉しそうに跳ねていて、それはもうとても隠しきれてはいなかった。
「白羅さんの角が狙われているんじゃないかって心配してたんだよ」
「私の角が?」
「わしはこれっぽっちも心配してはおらんかったぞえ。ただまぁ緋雨が急かしたから、急いでおっただけなんじゃからのうっ!」
「ふっ、そうか。主らの気配が急いているように感じたのは間違いではなかったか」
「そんな事まで分かるの?」
「主らは分かりやすいからのう」
分かりやすいとはなんじゃ馬鹿にしておるのか、と麻羅は抗議してみせたが、緋雨は「それなら」と続けて訊いた。
「この森で普段は見ないような獣が複数目撃されているの、それも私たちが使うような防具を装備してる。誰かが手引きしてるんじゃないかって思ってるんだけど、何か気配を感じたりしてない?」
「感じるぞ。普段は感じぬ獣の気配、そしてそれらと同じに動く人間の気配が複数点在している」
「やはり、裏で手を引く者がおったか」
「それともう一つ。今は感じられぬが、主ら『生徒』という類の気配が一つ、それらの気配と一緒に動くのを感じた」
「『生徒』の気配?」
「被害者が出た日のことではないか? その時は気配が一つに集まっておったはずじゃ」
「白羅さん、それっていつの事?」
「先の新月の頃じゃ」
「ということは10日前くらいかな」
10日前となると目撃者が被害に遭った時よりも以前という事になる。獣を遭遇したが申告していない生徒が居ても何も不思議は無いし責める事もできない。が、現状は僅かな情報でも欲っしている、目撃したのなら名乗り出て欲しいと切に願うばかりなのだが。
再会を喜び、ある程度の情報を聞いた後に2人は白羅に別れを告げた。「騒がしくて敵わん。さっさと解決して連れ行け」と言われてしまっては長居もできない。各校の有志であるが多勢が森に入りている事は事実、森に住む者からすれば自分たちが押し寄せたという事もまた事実であるのだ。
来た道を戻りて南下した。しばらくと歩きながら「とにかく白羅が無事で良かったね」と話している時であった、これまた前方から数名の生徒たちが歩み来るのが見えた。なななたちと分かれて北に向かった「別動隊」の面々だった。
「森のユニコーンに?」
事情を話した緋雨にゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は驚きが込もった声で返した。この森にそのようなユニコーンが住んでいるという事もそうだが、「不審な人物の気配を感じた」という
点が裏で手引きしている者の存在を確定付けられた事もまた大きな収穫だった。
「実際に目撃したとか、何名の気配を感じたといった事は言っていませんでしたか?」
「そこまでは。獣についても、それほど広くない範囲に居るという事は教えてくれたんだけど『今の時点では森の者に被害は出ておらん、となれば解決するは主らに義務があるのではないか?』なんて言って言われちゃったし」
「全く意地の悪い奴じゃ、わしらの気も知らんで」
襲撃に遭っていないか、またこれから遭うことだってあるかもしれない、だからこそ傍に居ようと思っていたのに。麻羅は白羅に追い返された事が今も納得がいかないでいるようだった。
「ね〜ぇねぇ、話を訊くなら俺様に訊くのが筋ってもんじゃない? 俺様、目撃者なんだよ」
こちらも明らかな苛立ちを見せているはゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)、ハンマーラプトルの目撃者として「別動隊」の先導を買って出た男である。
どうやら目撃者である自分にではなく緋雨や麻羅に聞き込んでいる事が気に食わなかったようだ。
「そうは言いましても、あなたからは先程聞かせて頂きましたし、それに『これ以上は無い』って仰ってたじゃないですか」
「そうだったかなぁ〜? いや、いま聞かれれば何か思い出すかも」
「そうなのですか? では聞きます何か思い出しましたか?」
「うんにゃ、なにも」
「トレーラーについては何か言ってなかったかのう?」
「あっ、こら君ぃ!」
ゲドーを横に除けて天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が緋雨に訊いた。証言者の供述によればグリズリーと一緒にトレーラーも目撃されていたはずだ、ユニコーンが森を縄張りにしているとなれば目撃しているのではと考え訊いてみたのだ。
「いいえ、私たちも訊いたんですけど、生物以外の気配は正確には判別できないみたいで」
「そうか」
「ねぇねぇねぇねぇ聞いてる? 目撃者は俺様なの! 俺様の意見を最優先させるのが筋ってもんだろぅ!」
「うるさい長髪だねぇ。枝毛がすぎるぞぃ」
「なんだとババァ!!」
「はぁ。では聞くがのう、トレーラーは目撃したのかい?」
「んにゃ、していない」
「……年寄りの貴重な時間を削って楽しいかい」
あぁそうだそう言えば! とゲドーは取って付けたように西の方角を指差した。
「こっちだ、トレーラーならこっちの方向で見かけたよ」
「本当かぃ。さっきからラプトルの一匹も出て来やしてないんだがね」
「あー思い出した、完全に思い出した。やっぱり年寄りの戯言は聞いとくもんだなー」
「ちょっと! 言葉がすぎますよ!! おばあちゃんに謝って下さい!!」
フリンガーがゲドーに詰め寄りて迫る中、橘 カオル(たちばな・かおる)は一人、輪から離れて西に向いた。
(トレーラーか……)
辺りの土を眺め見た。ゲドーの言う通り西の方角でトレーラーを見たのなら土にタイヤ跡が残っていても良いはずだ。見たところ、そうした跡は一切にみられない。やはり彼が嘘をついているのだろうか。
ここに留まっていても仕方がない、もはや誰もが証言の信憑性を疑っていたが、一行はとにかく西の方角を目指すことにした。今度はカオルが先頭に立つ事にした。
(『殺気看破』も反応しない。やはりこの辺り一帯には居ないのだろうか)
いや居たとしても、こちらに気付いていなければ殺気を発する事もないだろう。タイヤ跡にしても別方向からその地に入りたのであれば、いま足下に見られないのも頷ける。
(ま、彼女が言ったように、彼の証言通り北を目指して来てもラプトルが現れる気配は欠片も感じられなかった。『トレーラーを見た』ってのもあまり信用できないんだよな)
(………………マズイね……)
カオルが心の中でため息を吐いた時、ゲドーは確実に焦りを覚えていた。
(完全に疑われてるね〜。まぁそれはそれでイイんだけど)
森に入った一行が分かれる前、ヒロユキが叫んだ「余所者は出ていけってんだよ」という言葉が彼にある想いを抱かせた。
(余所者……? 確かにそうだ、彼らは余所者だ。ここはイルミンスール、俺様たちのホームグラウンド。教導団の庭でも実験場でもないよねぇ)
数日前に武装獣に遭遇した事は事実、でも、教導団から多勢を率いて乗り込んできた彼らに好き勝手されるのは彼も我慢がならなかった。だからこそ目撃情報は適当な事を連ね並べた。
(う〜ん、ここまでは上手くいったんだけどね〜。西に行った次はどうしようかねぇ)
「おいゲドー、何も見えてこないぞ」
カオルの声はどこか無機質だ。
(期待してない声だねぇ。いいんだよそれで、それでもキミたちは西に行くしかない、何しろ俺様は目撃者だからねぇ〜)
「トレーラーを見たって事はグリズリーも見たって事だろう? 全部で何体くらい居たんだ?」
(知らないよぉ、くくくっ、だってこんな所でトレーラーなんて見てないからね〜見てないものは答えようがない、というかトレーラーなんてどこまで行ってもあるわけ無いんだけどね〜!)
「おぃ目撃者! 聞いているのか―――」
(すすめススメ進め〜! 在りもしないトレーラーを探して足も手も振り続けるがイイさ―――おぅっ!)
急にカオルの背中にぶつかった。顔を上げたゲドーの頭をカオルは鷲掴みにして無理に座らせた。
「何だぃ一体!!」
「シーッ!! 静かに!」
彼に続いて緋雨やフリンガーたちも腰を屈めて茂みに隠れた。彼女たちも気付いたようだ。
状況が見えていないのはゲドーただ一人だった。
「何なんだぃ」
「静かにっ! 気付かれる
「気付かれる?」
カオルの視線を追って前方を見つめた、そしてすぐに凝視した! 目を疑った!! 茂みの先、木々に遮られた視界の先に信じられない光景が広がっていた。
(なっ……!! バカな…………)
あるはずのないトレーラーがそこにある、そしてその周囲には武装したグリズリーが悠々と闊歩していたのだった。
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