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リアクション
金元 ななな(かねもと・ななな)が無線を手にしたとき、トレーラーとグリズリーを発見した「別動隊」の面々はすでに真相解明に向けて各々飛び出した後だった。
武装化したグリズリー、それを装備させた黒幕、そしてグリズリーに囲まれたトレーラー。それらの謎が解く鍵が目の前に転がっている、そう長く静観するべきじゃない。
「時は金なり、可愛いクマさんは待たせず撫で回せってね」
「えぇっ! ちょっと待って―――」
レイ・レフテナン(れい・れふてなん)の制止の手は伏見 明子(ふしみ・めいこ)には届かなかった……のは嘘である。
「あれ? レイ、来たの?」
「来ますよっ! 追いつけるとは思いませんでしたが」
慌てて『バーストダッシュ』で追いかけた、だってほら明子を放っておいたらさ、
「ほー! はーっ! たぁーっ!!」
ほぅらね、本人はクマちゃんとじゃれ合っている……いや思う存分ぽてくりこかすためにまずは大人しくさせるといった所かな。でもさ、『怪力の籠手』とか付けてるとは言っても素手でアレと殴り合うかい?
「全く、地球人ってやつは……」
振り下ろされた拳には真っ正面から両拳を繰り出して迎え打つ。『龍鱗化』してても、そんな戦い方をしていては長く保つわけがない。ここは僕がグリズリーの視界に飛び込んで攪乱することで負担を減らしてゆかないと。
「退がっていて下さい」
明子の横を抜けて飛び込んだレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)がグリズリーの懐に『爆炎波』を叩き込んだ。
「ちょっと! 邪魔しないでよ!」
「残念ですがあなたの拳には殺気がない、それでは戦えない」
「戦えてるでしょ?! あなた何を見てたの?」
「下手に加減すればこちらに被害が出る可能性があると言っているんです。退がって下さい」
「嫌よ! あなたこそ私とクマさんの触れ合いを邪魔しないで」
「無鉄砲なだけでは命を落としますよ」
レリウスのこの言葉が、パートナーであるハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)に発言権を与えた。
「そりゃーおーまーえーのことだーろー」
言ってもレリウスは既に戦闘中だ、怒鳴りつけたって止まりはしない。後方でハイラルは山なりに投げかけるだけにした。
「まったく、無鉄砲なのはどっちだっつーの。『ヒール』があるから無茶できる? ハッ、良い船大工が居れば甲板に穴を空けても良いって? 冗談じゃない。時と場合と状況それに程度を間違えば取り返しのつかない事になるんだ」
ハイラルのボヤキの隣でレイがニヤけた。
「おたくも大変ですね」
「……あなたは?」
「先に飛び込んだ無鉄砲が、うちのです」
「あぁ、なるほど」
振り回される者同士、同じ傷を舐めあえるだろうと直感した。「お互い大変ですね」「まったくです」このやりとりが妙に生々しく交わされていた。
そんな中、無鉄砲な者たちと言えば。
明子がグリズリーの左腕を抱いたまま両足を踏ん張っている、その隙にレリウスが『ツインスラッシュ』を胸部にぶつけていた。
「ちょっと! 殺さないでよっ!!」
「ですから、そんな余裕はないと言ってるじゃないですか。俺は龍鱗化もしていないんです、一撃を受けたら致命傷ですよ」
「それだけしゃべれるなら余裕でしょ! 殺したら私があなたを殺すからっ!」
「そんな無茶な」
明子がグリズリーの首に腕を回して大きく引いた。体を反らせた巨熊の脚部、装備されたアーマーのつなぎ部分にすかさずレリウスは『ソニックブレード』で斬りかかった。
騒ぎ立てながらも標的が等しいからか、2人の動きは自然と連携してゆき、最後は明子が地面に叩きつけた熊の頭部に両拳を叩き込んで勝負あり。レリウスもこれにトドメを刺すような事はしなかった。
「ちょっとイイかな」
すっかりノビているグリズリーの脚部を覗いて十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)が言った。
「これ外すのを手伝ってもらえるかな。解析したいんだ」
「解析ってここで?」
明子の問いにつぐむは頷いてみせた。
「解析の結果によっては事件の根底が覆るかもしれない。できるだけ早く調べる必要がある」
「調べるって何を?」
「それはもちろん。このスーツの正体を、だよ」
好奇心が止まらない。つぐむの目は既に踊りだしていた。
明子とレリウスがグリズリーを沈めた事、そしてつぐむがスーツを回収した事は他の面々の戦術にも大きな影響を与えた。それはまさに『スーツに配慮することなく戦える』ことを意味していたからである。
「獣vsロボティックか」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が両拳を合わせると鋭い金属音がガキンと鳴り響いた。
「この体の慣らしには丁度良いか」
過去の戦いで負った傷により現在は頭以外は機晶サイボーグと化している。サイボーグ体とは言っても各種装備を外装として纏う必要があるため機能的には常人の肉体とさほど変わらない、が、今はとにかく実戦でこの体を慣らす事が重要だ。
(奴の装備はパワードレッグだったな、つまり強化されているのは脚力、見た目以上に素早いということか。だが―――)
「自分だけが速いだなんて思うなよ」
エヴァルトは『ジェットブーツ』で一気に加速、グリズリーの間合いに入った。
薙るように巨爪が襲い来る。受ければさすがのサイボーグの体といえど、ひとたまりもなく裂き破られるだろう。エヴァルトはドラマーのように素早く両足で地面を叩いた。
獣の巨爪が空を切る。サイボーグは『銃舞』の動きで一度後方へ跳び、そしてすぐに再び飛び込んだ。
繰り出された右腕の外、獣の死角。一瞬の出来事に獣は回り込まれた事すら気付かなかったかもしれない。獣の脇腹に『SPAS15(アーミーショットガン)』の銃口を接地させて、サイボーグの男は『朱の飛沫』を放った。
銃撃はもとより、その体に炎が纏わりつく。獣である以上、炎には弱い。獣の脳が反撃への指令を出すよりも痛覚に支配されている今の隙にサイボーグ体は背後から『魔弾の射手』による銃撃を行った。
「辛うじてでも生きるだろ。獣もサイボーグも丈夫なのが自慢だからな」
4発の連弾を背に受けて獣はさすがに腹から倒れ込んだ。確実に足場が大きく揺れたが、エヴァルトは追撃に動かない、トドメは刺さない、戦う前からそう決めていた。
この獣もまた巻き込まれただけかもしれないのだから。
「ねぇねぇ! 向こうは一瞬で決めてるよ!」
セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)がパートナーを急かす。
「ねぇ真人っ!!」
「分かって、ます、よっ」
急かされた所でこちらの動きが速くなるわけでもない。御凪 真人(みなぎ・まこと)は振り下ろされた巨爪を避けたままに後方へと跳び退いた。
「くっ、やはり慣れない事はするもんじゃないですね」
「そうそう、だから初めから私に任せれば良かったのよ」
「分かりました、お願いしますよ」
「わかればよろしい」
満足そうな顔をしてセルファは強化光翼』を大きく広げた。直後、真人はグリズリーめがけて『ファイアストーム』を放った。
やはり動物なのだ、炎を浴びる事を極端に嫌う。腕も体も振って炎を払おうとする様は隙だらけだった。
「初めからそうすれば良かったんじゃない?」
セルファがグリズリーの脚部に突貫した。飛行したままの『バーストダッシュ』からの『ランスバレスト』。砕撃は見事に装甲を砕き、肩脚をすくって巨体を宙に浮かせた。
「確実に当てる為に懐に飛び込みたかったんですよ、どうせ虚勢でしたよ」
真人は残りの『パワードレッグ』を狙いて『サンダーブラスト』を放った。雷系の魔法攻撃でスーツの動作不良を引き起こす事が狙いだ―――ったのだが。
「えっ、あれ? ちょっと!」
起きあがったグリズリーは普通に歩行していた、いや片足は引きずっているため普通ではないのだろうが、脚が動かないとか焼けるように痛いとかそうした不具合を起こしているようには見えなかった。
「ちょっと真人! 何やってるのよ!」
「いや……あれ? スーツって雷電で動作不良起こさない……?」
答えは起こさないのである、少なくとも『パワードスーツ系』が雷電属性に弱いという事はないのである。
これにより真人が補助、セルファがメインアタッカーという、いつもの突貫戦法で挑む事がここに決定したのである。
(なるほど、動作不良は起こさんか)
槍を構えたままに白砂 司(しらすな・つかさ)は隣の戦場に目を向けていた。
(雷電に対する脆弱性は見られない、となるとパワードスーツの特徴と合致する。本物である可能性が高まってしまったか)
猛言が聞こえた、『ポチ(大型騎狼)』の声だ。再び飛び込むという合図だった。
パートナーで獣人のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は既にグリズリーの間合いの中にいる。彼女は軽やかな身のこなしで、どうにか巨爪の乱舞を避け続けていた。
「どうしました? 打って来ないのですか?」
グリズリーも巨爪を振るのを止めている。先から巨爪ではなく振った腕に拳撃を受け、無理に軌道を変えさせられている。イナされる事で生じる隙を警戒しているのだろうか、グリズリーは拳を振らず、サクラコも無用には飛び込まない。故に。
(ジャブのみか。ボクシング……いや、フットワーク試合とでも言うべきか)
脚力、そして俊敏性が飛躍的に強化されているであろうことはサクラコの動きについていっている事からも明白である。軽量ファイターにスピードで引けを取らない巨熊……それだけで十二分に驚異だ。
(目的は不明だが、それも直に判明する)
司は視線をトレーラーへと向けた。これだけの力のあるグリズリーに囲まれながらもトレーラーに目立った外傷はない、つまりグリズリーを従える知的種族が中に居る可能性が高いという事だ。そして今そこに踏み込もうとする者たちがいる。
グリズリーは自分たちが食い止める、もとより懲らしめるつもりだったのだ、司は『龍殺しの槍』の切っ先をグリズリーへと向けて捉えた。
(狩りは引き受けた。そちらは任せたぞ)
「俺様にぃ〜! ま〜か〜せ〜と〜け〜!!」
「大きな声を出すなって!」
一般 騎士(いっぱんの・きし)が思わずドツいた。
何を血迷ったか急に一般 兵士(いっぱんの・へいし)が声を張り上げた。誰かに「任せた」と言われたような気がしたとか何とか……影が薄いだけでなく幻聴まで聞こえたとなればもはや、いよいよだろう。
「いや違うよ、本当に聞こえたんだよ」
「もういいって。無駄に色つけて目立っても俺たちらしくなくなったら意味ないって言ってんだ、そうだろ?」
「違うよ! そんな浅はかな事考えてないよ! 俺はただ思うままに少しの打算と自分の役割それから番組の進行を考えて―――」
「おまえたち、少し黙っていろ」
ギロリと夢野 久(ゆめの・ひさし)に睨まれて2人は「はい」と小さくなった。
2人は既に一仕事終えていた。久の指示のもと、トレーラー前方部、主に座席部を調べたのだ。
人が使った形跡はあれど人影はない、となれば既に逃げたかトレーラーの中に潜んでいるかのどちらかだ。
「中に武装した獣が潜んでいる可能性がある、構えておくといい」
トレーラーの後部、ロックされた扉を前に久は迷いなく扉に『聖杭ブチコンダル』をぶち込んだ。
「行けっ!!」
「ぉおおお……って!!」
「俺たちっすか?!!」
兵士も騎士も揃って叫んだが、久が言ったのは自身の『ドンネルケーファー』にだった。2人が肩をなで下ろす横を2匹の巨大クワガタが車中へ飛び込んでいった。
久が車中に乗り込んだ時、そこに居たのは一人の男だった。避けきれなかったのだろうか、左肩に『ドンネルケーファー』が突き刺さっていた。
「動くなよ、このトレーラーはもう俺たちで取り囲んでんだ、逃げ場は無ぇぜ」
言いながら『龍鱗化』を発動した。視覚に映る変化が威嚇の効果を高めると思ったからだ、当然この後の戦闘準備も兼ねちゃいるが。
「その服装、どこの学校のもんでもねぇな。何者だ?」
小汚い軍服、それこそどこでも手に入りそうな安物を選んだのだろうが、正体など吐かせてしまえばそれで済むこと。
「まぁいい、洗いざらい吐いてもらうぜ、てめぇの正体も獣たちに装備させてるアーマーの入手経路も―――!! なっ!!」
男は自らの軍服の胸元を破き、そして肌を露出させた―――だけなら何の驚異にもならなかったのだが、男は腰に幾つもの爆弾を巻き付けており、
(なっ!! あれは……!!)
男は久に顔を歪めて笑んで見せた。
「まずい! 逃げろっ!!」
爆炎がトレーラーから吹き出した。
後方の扉はもちろん天井までもが吹き飛び、そしてもちろん、
「馬鹿なぁぁぁッ!?」
「ぬわぁっはぁーー!!!」
「どぅわーーー!!!」
久も兵士も騎士も吹き飛ばされた。
「くっ……自爆しやがった……」
逃げきれないと判断したか。トレーラーは激しく炎上している、早く消化しなければ証拠が丸々燃えてしまう。
周囲に怪しい人影、気配も監視の目もない。これが、このトレーラーが唯一の手掛かりなのだ。
「手の空いてる奴は手伝ってくれ!! 早く火を消すんだ!!」
僅かな望みが炎の中に消えようとしていた。
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