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リアクション
【十一 造り出そうとしていたもの】
だがその一方で、全く新しい事実を探り出した者も居る。
これまで全く表沙汰になっていなかった情報を仕入れたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、自信たっぷりの表情でルージュのプライベートオフィスへと駆け込んできた。
「ルージュさ〜ん、きたきた、きましたよ〜! これはかなりのお宝情報だ〜!」
嬉しそうに喚きながらルージュのデスクにまで駆け寄ってくると、エースはさりげない(と本人はそう信じて疑わない)所作で炎の花グロリオサを一輪手渡そうとしたのだが、そのすぐ横から榊 朝斗(さかき・あさと)がひょいっと手を伸ばしてきて、ルージュの代わりにグロリオサを手に取った。
「前置きは良いから、結論から話そうよ」
朝斗にぴしゃりといい放たれ、エースは露骨に不機嫌そうな顔を見せたのだが、ルージュが居る手前、いつまでも膨れっ面を浮かべている訳にもいかない。
仕方無く、エースは要点を纏めたメモに視線を落としながら、説明に入った。
「メシエから金の流れの話は聞いているとは思うけどさ、殺されたゲイリー・デュラント、スヴェン・アブディストル、ドゥエイン・カーター、そして飯塚 康宏の四人から、幾つかの大きな資金移動先があってね。そのひとつが今回標的にされた太田善三郎なんだけど……」
そこで一旦言葉を区切り、エースは表情を引き締めた。ここからが、本題なのだ。
ルージュと朝斗は、エースの端整な面に視線をじっと注いでいる。エースはごくりと唾を飲み込んでから、更に続けた。
「実は殺されたこの四人は、更にふたつの金の流れを持っていた。ひとつは何と、最初に殺された津田俊光」
エースのこの報告に、ルージュと朝斗は一瞬、互いに顔を見合わせた。いささか、予想外の方向に展開が転がりつつあるようだった。
そしてエースの報告は、まだこれで終わりではない。
「更にもうひとつの金の流れがあった。その行く先はかつて、津田俊光の同僚研究員だったという人物で、名前はジャン・デュッセン」
その瞬間、ルージュがいきなり椅子を蹴って、飛び上がるように立ち上がった。
それまで黙ってエースの報告を聞いていた朝斗は流石に驚いた様子で、ルージュの苦虫を噛み潰したような表情を凝視する。
「……何か思い当たる節でも?」
「思い当たるも何も」
ルージュはぎりりと奥歯を噛み鳴らした。
先日、津田俊光が生前居住していた高層マンションに向かった際、生き残りの機晶姫マデリーンを保護している人物が居た。
あの時、組合理事から聞き出したその人物の名が、ジャン・デュッセンだった、というのである。
朝斗は険しい表情で立ち尽くすルージュに、自身が持っていた、ある疑惑をぶつけてみた。
「もしかして、そのデュッセンと津田は、ふたりで何かを開発しようとしていたんじゃないかな。例えば、そう……強化Pキャンセラーと、その影響を防ぐマスク、とか」
だがルージュは、いや、と小さくかぶりを振った。
「ストウ搭載のインフィニットPキャンセラーは、教導団から試作として正式に提供された技術だ。別に機密でも何でもない」
いいながら、ルージュは会議マイク付きの電話機を手元に引っ張り、オペレーターに回線を繋ぐと、口早に指示を出した。
「捜査部第二班長の千里に通達。ジャン・デュッセンの身柄をすぐに確保せよ」
* * *
ルージュは、最初に組合理事からジャン・デュッセンの名を聞いた時から、千里率いる捜査部第二班に、一応マークさせておいた。
というのも、唯一の生き残りである機晶姫マデリーンと、どのような関係があるのかを、ある程度見極めておく必要があったからだ。しかしまさか、その配置がこのような形で役に立とうとは、恐らくルージュ本人も予想だにしていなかったことだろう。
ともかく、指示を受けた千里は配下の強化人間や協力者達を従えて、例の高層マンション一階ロビーへと踏み込んでいった。
ジャン・デュッセンの顔写真は既に全員に配られており、ひと目みれば、誰がデュッセンなのかはすぐに分かる。千里が数名の部下を連れてエレベーターに乗り込んでいった直後、一階ロビーに残っていた御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が、あっと声をあげた。
エレベーター脇の階段を下りてきた貧相な顔立ちの男が、まさにその、ジャン・デュッセンだったのだ。
一方のデュッセンも、大勢の人々が自分に注目しているのに、気づいたらしい。
「くっ、くそっ!」
突然踵を翻し、デュッセンは裏手の駐車場方向へと駆け出した。
「待てっ!」
紫音がいち早く、デュッセンを追って走り出す。すると、パートナーの綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)の三人が、紫音とは別方向にそれぞれ走り出した。
デュッセンの逃げ場を封じる為に、別ルートの逃走経路を先に潰しておこうという算段だった。
一方の紫音は、意外と複雑な構造になっているマンション一階部の廊下を走り回り、必死に逃げるデュッセンとの距離を徐々に詰め始めていた。
「無駄だ! 包囲網は既に完成している!」
紫音の叫びを、デュッセンは無視して尚も逃げ続ける。と、不意にそのデュッセンの走りが止まった。
見ると、先回りしていた風花とアストレイアがデュッセンの前方に立ち塞がり、にっこりと笑っている。
「もう、逃がしまへんえ」
風花の柔らかな笑みに、デュッセンは心底焦った様子で別の廊下へ抜ける扉に手をかけたが、するといきなりその扉が開き、特徴のある短い刃の切っ先が、デュッセンの喉元に突きつけられた。
「生憎、ここは満員です」
そこに、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の穏やかな笑顔があった。
もうこれ以上は逃げられないと観念したのか、デュッセンはその場にへなへなと崩れ落ちるように座り込み、深く大きな溜息を漏らした。
「くそっ……太田の奴、載頸自走空兵のことまで喋りやがったのか」
「載頸自走空兵?」
聞き慣れない単語に、ザカコは思わず小首を傾げた。その様子に、デュッセンはしまった、という驚きとも恐怖ともつかぬ複雑な表情を浮かべ、しばし硬直した。
しかし、もう遅い。
デュッセンが口走ったそのひとことには、恐ろしく重大な秘密が隠されている。そう睨んだザカコは、すぐさま西地区管轄風紀委員オフィスのカンファレンスルームに詰めているダリルに、新たな情報の出現をテレパシーで伝達した。
それからザカコは、手を伸ばしてデュッセンを強引に立ち上がらせる。既にその周囲を、紫音、風花、アストレイア、そしてアルスの四人が取り囲んでおり、逃げられる余地は一切無い。
* * *
三十分後。
デュッセンの身柄を西地区管轄風紀委員オフィスへと移送したザカコと紫音は、そのまま取り調べ担当として小さな個室にデュッセンを連れ込み、ルージュ同席のもと、載頸自走空兵の何たるかについて尋問を開始していた。
事ここに至っては、最早下手ないい逃れは出来ないと判断したのであろう。デュッセンは意外な程、簡単に口を割った。
曰く、載頸自走空兵とは、デュッセンが津田と共に、秘密裏に開発しようとしていた機動空兵システムであるとのことである。
これは簡単にいってしまえば、機晶姫のボディに人間の脳と脊髄を移植し、更にパワードスーツをその外側に装着するという空戦用機動兵器という代物であった。
「ですが、そのような開発は、どう考えても非合法ではないですか?」
ザカコの指摘に、デュッセンは素直に頷く。違法と知りながら、秘密裏に開発しようとしていた、というのが正しい解釈のようであった。
だが、もうひとつ分からないことがある。
態々人間の脳を移植してまで開発する意義が、一体どこにあるというのか。同じコントラクターから頭脳を移植したところで、あまり劇的な効果は無さそうに見える。
紫音がその点を指摘すると、デュッセンは大きくかぶりを振った。
「載頸自走空兵の売り込み先は、パラミタじゃない……」
「……まさか、ということは」
思わずザカコは息を呑んだ。
この載頸自走空兵はコントラクターではなく、地球上の一般人相手に売り込むことを目的としていた――デュッセンの言葉を信じるのであれば、そういうことになる。
ここでルージュが初めて、なるほど、と頷きながら口を挟んできた。
「コントラクターに脅威を抱く地球人が、対コントラクターの戦力として、その載頸自走空兵とやらを欲していた、と考えるのが自然だな」
パラミタ種と契約を結べない一般の地球人にとっては、コントラクターを擁するパラミタ上の国々は、圧倒的な脅威として君臨する。
外交とは、経済と軍事の両輪という後ろ盾があって、初めて成立する。
地球上の各国がパラミタ上の国々と互角に渡り合うには、経済力だけでは対抗出来ない。そこで、この載頸自走空兵なる兵力を自ら蓄えることでパラミタ側に対抗しようと考えた――そう解釈するのが自然であろう。
しかし、載頸自走空兵は明らかに違法なシステムである。
そこで太田や殺された四人はパトロンとなって、秘密裏に開発を進めさせていた。
ところが、津田が別の顧客を見つけ、太田達ではなく、別方面にこの載頸自走空兵を売り込もうとしたのだという。
激怒した太田達は、載頸自走空兵を開発していた事実を明るみに出すことで津田を犯罪者として祭り上げ、二度と研究開発職には就けなくなるぞと、脅しをかけようとした。
これが、津田の逆鱗に触れた、とデュッセンは酷く疲れた様子で淡々と語った。
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