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凍てつかない氷菓子

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【十 ヘリポートにて】

 太田の居る神永第一ビルディングの屋上ヘリポート上空に、アイスキャンディの禍々しいシルエットが陽光を浴びて舞った。
 キャットストリートを発動させて待ち構えていた葛葉 杏(くずのは・あん)と、彼女を補助する為に同伴していた橘 早苗(たちばな・さなえ)のふたりが、揃って面を青ざめさせる。
「き、来たぁ! 殺られる前に、殺ってやるわ! 覚悟しなさい!」
 一応そう叫んでみた杏だが、実は彼女、地上付近でアルコリア達が完全に圧倒されていたのを、ヘリポートの安全柵付近から目の当たりにしており、相当に腰が引けてしまっていた。
 つまり、キャットストリートの間合いである2メートルという距離にまで接近されると降霊が失われ、こちらの戦闘力は完全に消し去られ、事実上丸裸にされたも同然の状況に陥るのである。
「あ、杏さん! どうしますかぁ!? 一応あのひとに通帳見せて、あの振込みは間違いなんじゃないですかって聞いてみますかぁ!?」
 早苗が武器ではなく通帳を振り上げて、必死の形相で叫ぶ。
 一見するとコントでも演じているのかと間違えられそうだが、当人達は至って真面目である。
 どうやら何かの間違いで杏の口座に高額の入金があった為、杏は自分がアイスキャンディに狙われていると思い込んでいる節があったのだが、後でよくよく調べてみれば、アイスキャンディが殺害予告として振り込む額とは、二桁ぐらい乖離があるのが分かった。
 尤も、この時点ではそこまで把握していない杏と早苗である。とにかくひたすらビビり倒しながらも、何とかアイスキャンディを打倒しようと、必死になっていた。
「何をやっている! 遊んでいる場合ではなかろう!」
 同じく、ヘリポートでアイスキャンディの迎撃に出ていたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が、杏と早苗を怒鳴り散らした。
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が、エクスの左右に展開してアイスキャンディと対峙する格好となったが、超高速で空を自在に駆け巡るアイスキャンディの飛行能力に対抗し得る程の手段がまるで無い。
 唯一、エクスの光の閃刃が何とか使えそうな技ではあったが、あまり接近されるとインフィニットPキャンセラーで光の閃刃の発動自体が抑えられてしまうし、かといって変に距離を取りすぎると、あの超高速の回避能力で片っ端からかわされてしまう。
 結局のところ、たったひとつの対抗手段もまるで使いどころが無い、という結論になってしまうのである。
「んもう! 私の命がかかってんのよ! もうちょっと、まともに使える技とか無いの!?」
 自分のことをすっかり棚に上げてエクスに八つ当たりする杏に、早苗はただ、乾いた笑いで顔を引きつらせるのみであった。
「あはは……杏さん、それはさすがにちょっと、無茶いい過ぎじゃ……」
「アイドルスターに無茶はつきものよ!」
 どういう論理でそういう結論になったのか、実は杏自身もよく分かっていないのだが、こういう局面ではとにかく勢いが大事だというのは、何となく頭の中で理解していた。
「あの、何でしたら、オイレ貸しましょうか?」
 すっかり困り切った様子の睡蓮だったが、思い切ってそう提案してみた。しかし既にエクスに全てを丸投げしてしまっている杏は、聞く耳などあろう筈が無い。
「剣の花嫁なんだから、何かあるでしょ、何か!」
「わらわに全部振られても困るわい!」
 もうすっかり、アイスキャンディそっちのけで口論が始まってしまっていた。

 アイスキャンディがミサイルポッドをヘリポート上に向けようとしたその時、突然アイスキャンディの舞う空域周辺に、幾つもの紅蓮の炎が塊となって出現し、それらが互いに爆発の連鎖を引き起こして、アイスキャンディの姿勢制御を微妙に狂わせた。
 杏やエクス達があっと驚いたのも束の間、直後には別方向からレーザーガトリングの光条が雨霰と降り注ぎ、アイスキャンディを回避行動に専念させていた。
「一緒になって遊んでどうする」
 非常階段を駆け上がってきた直後で、多少息が乱れていたルージュのその冷淡なひとことは、杏に遊んでいる場合ではないと怒鳴り散らしたエクスに向けられていた。
 しかし、ここは仲間内で口論している場合ではないのも事実だ。
 援軍として駆けつけてきたアイビスのレーザーガトリングでアイスキャンディを牽制している間に、こちらも態勢を整える必要がある。
「アレーティア、イコプラ展開! ヴェルリア、いくぞ!」
 同じく援軍に駆けつけた真司が、パートナー達に素早く指示を出しつつ、自身は空中戦を挑むべく、ロケットシューズで宙空に舞った。そのすぐ後を、ヴェルリアが追う。
「よぅし! イコプラ小隊、出撃じゃ!」
 妙に嬉々とした表情で自慢のイコプラ四体を続けざまに襲撃させるアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)。その一方で、魔鎧として真司に装備されているリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は、アイスキャンディに接近しつつある真司に、警鐘の声を投げかける。
「真司、あいつにはインフィニットPキャンセラーがあるからね! 接近戦になったら、自分の身体能力だけが頼りだから、気をつけんだよ!」
「んなこたぁ、分かってる!」
 怒鳴るように答えながら、真司はアイスキャンディとの間合いをぐんぐん詰める。ルージュが結界のように展開するパイロキネシスの超高熱の炎が逃げ場を遮断しているおかげで、真司としても敵の死角から突っ込んでいける。
 だが、流石にアイスキャンディとて、高性能の試作パワードスーツを装着しているだけのことはある。真司に真下を取られる直前に危機を察知し、あっという間に回避行動に入った。

 アイスキャンディがヘリポート付近にまで降下してきた。
 しかしそれも、ルージュが事前に護衛部隊と援軍チームに、事前に指示を出していた作戦の結果に過ぎなかった。
「はいはいぃ!待ってましたぁ!」
 ルージュの傍らから、理沙が愛用の大剣を振りかざして走り出し、アイスキャンディの正面から切り込んでいく。その様を、セレスティアがすっかり呆れた表情で眺めていた。
「もう……あれ程、正面からやり合うのは駄目ですよっていっておいたのに……」
「いや。Pキャンセラーが猛威を振るっている今は、あれが唯一の正攻法だ」
 理沙を擁護したのは、意外にもルージュだった。
 つまり、超高速機動を誇るアイスキャンディに対抗する為には、まず退路を断って回避先をこちらの予測し易い方向に限定した上で、物理的な攻撃を仕掛ける……実にシンプルな策だが、アイスキャンディを相手に廻すには、この方法が最も適切なのである。
 さすがのアイスキャンディも、肌をすり合わせる程の至近距離から放たれる理沙の一撃に対しては、ひたすら回避するだけで精一杯の様子であり、ミサイルやロケット弾、或いはレーザーガトリングで対抗するだけの余裕は持てないらしい。
 アルコリア達は中途半端な距離で、技能に頼った戦術で失敗したが、逆にこれだけ接近して、ひたすら単純に物理攻撃を叩き込むという戦法を取れば、アイスキャンディ側も却って対応が難しくなるようであった。
 更にその直後、数発の乾いた銃撃音が鳴り響いた。と思った次の瞬間には、アイスキャンディの背面ジェットユニットから火花が迸り、明らかに何らかの異常が発生したのがよく分かった。
 流石に不利を悟ったのか、アイスキャンディは急速上昇し、信じられないような角度で転進してから、ほとんど一瞬にして退却運動に入っていた。
 これだけ素早く逃げられてしまっては、ルージュもパイロキネシスで退路を断つのが間に合わない。仕方無く追撃の手を止めたルージュは、銃撃音のした方向に視線を送った。
 するとそこに、ロシア製マシンピストルで狙撃姿勢を取っていたセレンフィリティの、精悍なスーツ姿があった。狙撃という単純過ぎる程に単純な芸であっても、それを徹底的に磨けば、あれ程の猛威を振るっていたアイスキャンディを撃退することが出来るという良いお手本を、彼女が身をもって証明した格好となった。

 翌日以降、アイスキャンディの動きがぴたりと止まった。
 風紀委員とその協力者達は撃退にこそ成功したものの、まだアイスキャンディの脅威そのものを除外するに至った訳ではない。であれば、アイスキャンディの捜索並びに逮捕は、今もって必達の事案であることに変わりは無かった。
 ところが、同じ対アイスキャンディの立場で捜査に入っている面々の中でも、佐野 和輝(さの・かずき)の調査はかなり異質であった。
 というのも、彼は態々己の技能を駆使して機動強化服先端総研内に潜入し、ストウに関するデータや性能試験結果等を入手するという方法を取っていたのである。
 しかし、苦労して入手したデータやら何やらは、既に猛が正規のルートで獲得した内容以上のものは無く、そしてそれらのデータは早い段階でルージュの手に渡っている。
 結局のところ、どっちが先に手に入れたかという違いだけで、最終的に得られた情報内容に、然程の差は無かったというのが実情であった。
「何か……妙に疲れただけだったな」
 機動強化服先端総研近くのカフェでひと息入れていた和輝は、同席しているアニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)相手に、何度も溜息を漏らしながら、ぶつくさぼやいていた。
 天御柱にしろ教導団にしろ、盗まれたストウの全データがテロリストの手に渡ることを、何よりも恐れたらしい。だからこそ、非常に協力的な態度で機動強化服先端総研の全スタッフに、あらゆるデータの開示を指示したのだろう。
 その辺の、いわば大人の事情を察することが出来なかった和輝は、自分で自分を振り回す結果となったことに多少の苛立ちを覚えていた。
「それにしても、凄く無駄の無い行動だったね。もしかして、前にもやったことあるの?」
 無邪気に問いかけてくるアニスの笑顔に、和輝はただただ苦笑で応えるしかない。
「いや、まぁ……俺にも色んな過去があるって訳ですよ」
「それにしても、あの白衣姿……とっても似合ってたわね……」
 一方、何故かスノーは変にうっとりとした表情で、宙の一点を見詰めている。何を思い出し、そしてどのような思いを馳せているのか、和輝とアニスにはさっぱり分からない。
 ともあれ、これ以上の調査活動プランを持っていない三人は、この後どうしたものかと、色々考えなければならなかった。