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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

リアクション


9.潮満玉(しおみつたま)潮涸玉(しおひるたま)



 足音が遠ざかっていくのを待って、藍玉 美海(あいだま・みうみ)はゆっくりと扉を閉めた。
 施設内部をうろうろしている防衛システムを突破しながら進んできたものの、さすがに消耗も激しく一度休憩を取り体勢を立て直す事になった。
 扉を閉めた美海は、ディテクトエビルで敵の接近を警戒をしつつ他のメンバーは傷の治療をしたり、今までの道のりの地図を再確認したりとそれぞれの作業を行っている。
「はぐちゃったみんなは大丈夫かな?」
 不安そうに久世 沙幸(くぜ・さゆき)が言う。敵に阻まれたりして、最初のメンバーから何人かはぐれてしまっていた。
「お宝目当てでついてきた人もいるでしょうし、自分の身は自分でなんとかすると思いますわ」
「んー、まぁ、みんな簡単にはやられないよね、きっと」
 友美と一緒に行動すれば、龍宮について知る事ができるかも。と近づいた人が居ないわけではないだろう。冒険者としての好奇心の話になれば、彼らを責めるのもあながちできない話でもある。
 実里の為に、と行動している人にとってはあまり許したくないだろうが、こうして敵があちこちをうろうろしている状況だと、囮として知らず知らずに助力する形になっているのかもしれない。
 外の様子に注意しながら扉の番をしていると、実里が二人のもとにやってきた。
「休憩は必要……」
「大丈夫ですわ、それに休む必要があるのはリフルの方ですわよ」
 この日が来るまでの間に、彼女がまともに休む姿を美海と沙幸は見ていない。四六時中一緒だというわけでも無いため、休んでないとは思わないが、それでも少し頑張りすぎているようには見える。
「私は……平気……」
「だったら、私も大丈夫だもん」
 沙幸がぐっと力を込めて言う。せっかくなので、そうですわ、と沙幸の言葉に美海も乗った。
「そう……」
 納得したのかそうでないのか、実里はその場から動こうとはしなかった。
 気まずい沈黙が訪れる。身を潜めている以上、騒ぐのはご法度なのでお喋りなんてしているわけにもいかないのだが、そういったものとは違う気まずさだ。
「ねぇ、私は実里のクライアントとお話できないのかな?」
 何の脈絡も無く放たれた沙幸の言葉に、美海は驚いた。実里も、思いもよらない発言だったのか少し目を丸くしている。
「…………?」
 小首を傾げる実里にも、それができるかどうかわからないようだ。
「じゃあさ、ちょっと質問があるんだけど、聞いてもらっていいかな?」
 ほんの少し迷う様子があったが、それでも実里は頷いた。
「いいんだね。じゃあ、あなたは誰で、何の目的で実里を危険な目に合わせてるの? って聞いてもらえるかな」
 それはなかなか、確信をつく質問だった。
 今日まで、敵の話だったり、この施設についてだったりの話は何度か出てきてはいたが、その中心の話については触れられてこなかった。それは実里の対する信頼の現われでもあるのだが、しかしいつまでも隠し事にしていてもいい話でもない。
「……わかったわ」
 実里は一度、この部屋にいる全員を見回した。
 そして、誰にでもなく頷く。覚悟を決めたのだろう、ここに居るメンバーになら話をしてもいいと彼女と彼女のクライアントはそう決めたのだ。
「ここは時間と空間の研究をしていたところ……その研究は成功したけれど、失敗したの」
「どういうこと?」
「時間の流れを操作する方法……それが完成したけれど、それを作った人には扱えなった……だから、失敗した事になった。そう……言ってる」
「自分達では扱いきれぬ代物を、それでもあっさり捨てられるとはその誰かは随分と踏ん切りのいい人なのですわね。それが時間を操る装置なんだから、なんとしても使えるようにしたくなるものだと思うのが普通ではありません?」
「研究するのが、楽しかった……みたい。ラーメンのために色々やるのと同じ……食べる時よりも楽しい時がある」
「けど、使い物にならないものだったなら、三枝って人もここを狙ったりしないんじゃないかな?」
「研究成果そのものは……狙ってない。ここの動力……潮満玉(しおみつたま)潮涸玉(しおひるたま)が……三枝ともう一人の目的」
 初めて出てくる単語だった。
 だが、その動力源というものが凄いエネルギーを蓄えているものである事は説明されなくても、なんとなく察することができる。施設内は明るい龍宮内部、電子ロックされた扉、そして何よりあの強固なシールドを発生させている力の源だ。
「これは……宝剣さえあれば誰にでも使えるもの……悪用すれば……海京を鎮めるぐらいは簡単。使い方を心得ているなら……」
 それ以上は実里は言わなかった。
 きっと、馬鹿馬鹿しい単語が続くのだ。世界が破滅するとか、地球が割れるとか。もしくは、言葉で説明できないぐらいの大事になるのか。
「つまり、私達はそれを守るために―――」
「しっ……敵がこちらに向かってきましたわ」
 沙幸の言葉を遮って、気配を手繰るのに集中する。数は三体だ、やってやれない数ではないが、道を塞がれるのは避けたい。
「任せて、途中でちょっと細工してきたから」
 沙幸が地面にあった謎の細い糸を引っ張る。すると、遠くからガラスの割れる音がして、向かってきていた気配が遠ざかっていく。
「途中にあった花瓶に紐をつなげといたんだ。それじゃ、行こっか」
 実里も、他のメンバーも準備が整っているようだ。
 躊躇うことなく扉をあけ、一行は移動を開始した。

「これ、きっと安徳天皇のために用意されたものよね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が手にしている本は、新しい装丁ではあったが、中を開けてみると右から左に日本語が並んでいた。その日本語も、今では使われていない漢字が並んでいる。
 それだけではなく、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は時代劇なんかで見る堅くてとても眠れそうに無い枕を手にしていたし、この部屋だけ床が畳みが敷かれていた。
 龍宮に入ってから機械的な造りだったが、二人が見つけたこの部屋だけは日本を意識している様子だった。
「わざわざ誰が用意したのかしらね、こんなの」
 今のところ、龍宮に入ってから防衛システム以外の動くものを目にしていない。もしかしたら、彼らは侵入者対策をする衛兵でもありながら、中で働く者を世話する執事なのかもしれない。
 彼らと会話でもできればいいのだが、目が会うと攻撃してくるので真実は闇の中だ。
「これ、文字の書き方は古いのに本の造りは左から右のままだからすごく読みにくいんだけど」
「そこまで気が回らなかったのね。で、中身はどんな事が書いてあるの?」
「ちょっとまってて……うわ、中はほとんど草書体だ」
 書かれている文章は、今ではまず使われない草書体で記載されていた。歴史の教科書に出てくる、古い文章の写真に出てくるみみずか何かが紙面を踊っているアレである。
 この書体に対する知識が無いと、読む事も書く事も不可能などと言われるものだが、それでも龍宮でみんなの頭を悩ませてきた謎の文字に比べれば十二分に解読できる範疇である。
 それに、文章もよく見れば草書体と楷書体の入り混じっている。これを書いた誰かの知識が中途半端だったのだろう。ヒントを拾いながら、同じ形の部分を照らし合わせて行く形で少しずつ読み解いていく。
「……これって、龍宮の取り扱い説明書みたいなもんじゃない?」
 中の文章から拾っていった文章には、食事に関するものや、施設に関することなどが書かれていた。文章としては、この場所で食事ができます、みたいな簡素なものでしかない。
「説明書というよりは、走り書きみたいだけど」
「あ、ここ図解つき」
 ペラペラとページをめくると、二つの丸い何かの絵が書かれたページにたどり着く。
 それぞれ二つの玉には、絵としては違いが無いが潮満玉・潮涸玉とそれぞれ名前がふってあった。他のページもめくってみるも、他に絵があるページは無い。気になったので、そのページを読んでみることにした。
 書かれているのは、それぞれの性質についてだ。
 潮満玉はものを引き寄せる力があり、質量のある無しに関わらずありとあらゆるものを対象とし、また対象の質量によって力が左右されないこと。
 潮涸玉はものを遠ざける力があり、同じく対象に質量があるかどうかを問わず、また質量も同じく無視できること。
 そして、引き寄せ反発するそれぞれの玉を一定の距離に置いておくことにより、その反発から龍宮の施設を稼動させるに足るエネルギーを『半永久的』に生み出すことができる。
「ちょっと眉唾ものだけど、これが本当なら永久機関よね」
「エネルギー問題は未だに地球側の頭を悩ます問題だから、こんなもんがあるってわかったらみんな欲しがってるでしょうね」
 際限なくエネルギーを抽出できる装置、なんてものがあれば誰でも飛びつくだろう。無限かどうかはわからないが、この龍宮のシールドを発生させている根源だとしたら、莫大なエネルギーを回収することができるはずだ。
「でもさ、知ってたら日本政府が黙ってないんじゃない?」
「ここは日本の領海だったかしら……でも、知っていたなら手を出してきてもおかしくは無いわよね。いくらなんでも、テロリストが好き勝手やるのを黙って見たりはしないでしょうし」
「そうよね。ってことはさ、この事って誰も知らないんじゃない?」
 龍宮は古代人が作った施設であることや、研究施設だったらしい、なんて話はあったがこの二つの玉に関しては全く耳にしていない。誰しも個人的にここについて調べたりしていたはずだが、エネルギーに関してはほとんど情報が無かった。
「たぶんね。けど、これ相当な危険物よ」
「そうね。この二つの玉、武器にしたら……あそっか、だから武装集団がここを手にいれようとしてたのよ」
「相手の質量制限なく引き寄せたり吹き飛ばしたり、詳細にターゲットを選定できるなら何もしないでも相手が勝手に破滅するわよね。どうする、これ報告したらかなりのものだと思うけど」
「とりあえず保留、かな。ここにはすっごく簡単にしか書いてないけど、もっと詳細な資料があるなら見つけておきたいわね」
「となると、ここにこれ以上居続けるわけにはいかないわね。徘徊するカニも随分増えてるみたいだけど?」
「問題無いわよ。さ、行きましょ」



 なるべく広い場所がいい、とは伏見 明子(ふしみ・めいこ)が言い出した事だ。
 幸い、近くに大きな食堂があり、ここでなら壁を気にせずに立ち回れる広い空間を確保できた。
 テラスまであり、大きな天窓から海の様子が見てとれるという洒落た食堂も、今は大乱戦によって滅茶苦茶な状況になっている。砕けたテーブル、銃痕の残る床や壁、砕けたガラス、そして破壊した防衛システム。
はっはー! 今日の私が機嫌が良いので魔力もノリノリよ! 逃げるなら見逃して上げるから早めにしときなさーい!」
 そんな事を言っても、防衛システムどもには届かないだろう。しかし彼女が口にするように、調子は絶好調のようでもう二十分近く全力で動き回っている様子だが微塵も疲労を感じさせない。
「ったく、随分と楽しそうに戦ってんな」
 彼女他数名と共に、安徳天皇のために道を開くため特出したチームの一人神条 和麻(しんじょう・かずま)は苦笑を浮かべる。だが、あれだけ派手に立ち回ってくれればおのずと周囲も士気が高まるというものだ。
 向かってきた防衛システムを一息に切り捨てると、和麻も負けじと次の獲物に飛び掛った。
 小柄な安徳天皇は、ある一つの誤算があった。自身の体力だ。
 海京神社に向かうまでの道のりと、入ってから敵に追われる形になって逃げたりなどの急激な運動にどうやら耐えられなかったらしい。体格ではなく長い間封印され続けたのが体力が無い原因のひとつかもしれない。
 だが、体力が無ければ誰かが抱き上げるなりして移動する事ができただろう。だが、あの責任感の塊は自分が倒れるまで、弱音一つ吐く事が無かった。結果、安徳天皇の道案内が途中で途切れて一行は右往左往。しっかりしているというのは、危うさと紙一重なのかもしれない。
 彼女を休ませる必要があった。だが、彼女を休息させる安全な場所を確保したくても、巡回している防衛システムにいつ見つかるともわからない。そこで、腕に自信があるメンバーで時間を稼ぎつつ敵の数を減らす事になった。
「……大体終わったわね」
 かつて食堂だった場所を見渡す。その面影はもう残っておらず、防衛システムの残骸があちこちに散らばっている。
「数は多かったけど、さすがに無限ってわけじゃなかったみたいだな……。ん?」

「ん……妾は……」
 安徳天皇が目を覚ますと、どこか見覚えがある風景だった。
 そこがどこなのか、意識が覚醒する前にすぐ近くで声がする。
「お気づきになられましたか」
 九條 静佳(くじょう・しずか)の声だった。他にも、見知った顔が多くある。
 段々とおぼろげな意識がはっきりとしてくると、見覚えのある風景にも思い至った。ここは、龍宮の内部だ。
「うむ……何故、妾はこんなところで寝ておるのだ?」
「お倒れになられたのです。覚えておりませんか」
 静佳に言われて、はたと思い出す。
「すまぬ、手間をかけさせてしまったようじゃ……」
「御気になさらず。しかし、あまり無理をなさるのはよくない……私が言うのも、難ではありますが」
 体を起こそうとすると、ぐらりと景色が歪んだ。体が安めと悲鳴をあげているのだろう。その悲鳴に気付かぬふりをして、起こそうとした体を静佳の手が抑える。
「もう少し休みなさい」
「しかし……」
 今はのんびりしている場合ではない。
 しばらく前に、宝剣が龍宮の内部に入ってきたのを感じた。静麻が龍宮に入ってきたのだろう。あの者は、龍宮の研究に興味を持っていたのは間違いない。ならば、遅からず中枢に達するだろう。宝剣と共にあるのであれば。
 その機を逃してしまうわけにはいかない事情が、安徳天皇にはあった。
 だから無理の一つや二つ、あったとしても向かわなければならないのだ。もう、この機は二度と訪れることが無いかもしれないのだから。しかし、静佳の手は力強く、弱っていなくとも安徳天皇には跳ね除けることはできなかっただろう。
「私の話を聞いていただけませんか?」
 静佳は今までより一つ声を小さくして言った。
「私の名は、源九郎義経。知らぬ名前では無いですよね?」
「…………」
 今より昔、平家と源氏の争いがあった。この戦で華々しく活躍し、英雄に相応しい活躍をした人物こそ義経である。源氏に滅ぼされた平家、安徳天皇にとっては宿敵であり怨敵であり様々なものの仇だ。
「して、何を申す」
「無礼を承知で申し上げます。あなたが英霊として蘇ったと聞き、僕は嬉しかったのです。
過去の僕がこの手で沈めたあなたに、もう一度生きる機会が与えられた事。それが何より嬉しかった」
「……そうか」
「ですから、その生をまっとうして頂きたく私は思っております。この龍宮での事に対し、あなたは少し無理をし過ぎています。ここまで共に来た仲間は、みな頼って欲しいと思っているのです。当然私も同じ想いを持っております。ここで成すべき事があるのは承知ですが、それが今生の役目だとでもいうような行動は控えていただきたいのです」
 言い切った静佳には、肩の荷が下りたような安堵感がある様子だった。ずっと、自分の出自を気にしていたのかもしれない。
「そこまで、妾は頼りないかのう……」
 自分を抑える静佳の手にそっと手をそえ、ゆっくりとどかす。それから、もう一度体を起こした。覚悟を決めた様子で語る相手に、せめて体を起こして返事をしたかった。
「……やれやれ、和麻にも途中で言われたが、妾はみながそこまで守ってやらねばと思うほどか弱いのかのう」
 ここに来て少しして、和麻に言われた事を思い出す。
「俺は安徳天皇のことを親友だと思ってるから、俺なりにお前の支えになりたい。嫌じゃなければ、お前が信じてる道を俺は一緒に歩き道を切り開くための刃になりたいと思ってる。」
 どうしてこうも、皆が皆して人の事を庇護者として扱うのか。そこまで弱々しくみえているのだろうか。幼い頃から、大人の社会はずっと見てきていたし、どう振舞えばいいかはわかっているつもりなのだが、どうもそれがうまくいっていないように思える。
 何より厄介なのが、そうされる事にそこまで嫌な気持ちがわいてこない事だ。
「静佳よ」
「はい」
「主の言葉、随分と耳に痛うものだったぞ。そこまで申すのであれば、この先の苦難全て退けてみせるのであろうな」
「お任せください」

「さて、ひとまず片付いたし戻るか」
 これ以上の援軍の様子もなく、おおよそこのあたりをうろついていた防衛システムは片付いたようだ。和麻を含む遊撃隊に一人の欠員も無い。
「なんか暗くない?」
 明子が言う。確かに、ほんの少し暗くなっているかもしれないと和麻が天井を見上げる。
「おい、みんな動け、なんか降ってくんぞ!」
 何かはわからないが、高く作られた天井から何かが落ちてきている。
 気付いたのが早かったおかげで、誰も潰される事は無かった。
「あー、子ガニを倒しまくったら怒って親がきちゃったみたい」
「こいつ、戦闘力はイコンぐらいだっけか」
 天窓を突き破って突入してきたのは、防衛システムだった。ただし、内部を循環している人間サイズではなく、イコンと同等の大きさを持つ大型のものだ。
「しかも団体さんね」
 突き破られた天井には、他の防衛システムの姿がちらちらと見える。随分と大物まで呼び寄せてしまったようだ。
「仕方ない、こいつらをうろうろさせるわけにもいかねーよな」
「わかってるじゃない。じゃ、こっちも片付けておきましょうか」
 本体に戻るのは、少しばかり遅れることになってしまいそうだ。