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リアクション
「離陸体勢に入ります!」
乗員の搭乗が完了したのを確認して、小暮が凛とした声で宣言する。
だいぶ、大勢を指揮するということにも慣れてきた様だ。乗員名簿を確認しながら、一人一人に指示内容を確認していく。
「セレンフィリティ殿は機体前方、セレアナ殿は機体後方で警戒に当たって下さい」
そう読み上げてから、小暮は室内を見渡してセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿を探した。
前回任務が一緒になったときには、そのあまりに露出度の高い格好に驚き、いいようにからかわれてしまったが、そう何度も弄ばれる小暮ではない。今回は乗員名簿に二人の名前を見付けたときから、しっかり心の準備が出来ている。
のだが、肝心のその水着姿が見あたらない。あれ、と一瞬辺りを見回す小暮に向かって、
「了解しました、少尉殿!」
予想外に近いところから、シャーレットの元気な声。辛うじてうわぁ、と叫ぶことは避けたが、小暮は一瞬面食らう。
その反応を見たシャーレットはクスリと笑うと、奇襲成功ー、と楽しそうに口笛を吹いた。
「もう、セレンったら……」
その隣で、パートナーのミアキスが溜息を吐いている。
二人とも、前回会ったときのような扇情的な格好ではなく、教導団指定の制服を上から下までぴっちりと着込んでいる。小暮は半ば顔ではなく水着でシャーレットを探していた為、二人がすぐ近くに立っていることに気付かなかった。
「……お二人とも、遊んでいないで持ち場に着いて下さるようお願いします」
一度ならず二度までも、と己の失態に少し頬を赤らめながら、小暮は中指で眼鏡の中心を持ち上げて静かに告げる。
あまり良い反応が得られなかったとつまらなそうなシャーレットを横目に、一緒にされたことが気に入らない様子のミアキスはじゃあね、とシャーレットに手を振ると、持ち場へと向かう。
ミアキスが機体後部へ向かった事を確認した小暮は、全員に指示を出し終えたことをもう一度名簿で確かめると、傍に控えていたクレア・シュミットに後を任せ、機関室の様子を見る為に操舵室を出る。
機関室は船体の中程にある。その前で丁度、船内を見回っているアルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)とテノーリオ・メイベアの二人とすれ違った。
「小暮少尉、船内異常無しであります」
アルバートが敬礼と共に報告するのに敬礼をもって答える。
「ご苦労様です。引き続き警戒をお願いします」
「おう、任せとけ!」
ニッコリと頼りがいのある笑顔で敬礼するテノーリオに小暮も少し表情を和らげて再び敬礼を返した。
二人は再び見回りへと向かい、小暮は機関室の扉を開ける。
「小暮少尉!」
機関室で点検を行っていた高嶋 梓(たかしま・あずさ)が小暮に気付き、立ち上がって敬礼する。
その声で機関室に居た他のメンバーも作業の手を止め、敬礼した。それに答える小暮も敬礼の格好を取ってから、すぐに手を下ろして作業を続けるよう指示をする。
「問題はありませんか」
機関室を見回して声を掛ける。はい、とかおう、とか、概ね色よい返事が返ってくる中、小暮はエンジンの傍でしゃがみ込んでいるエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)を見付けて声を掛けた。
「これは?」
「エンジンの状況を正確にモニタリング出来るように、パソコンと繋いでいます」
必要に応じて皆さんのハンドヘルドコンピュータとも共有可能です、というフォルケンに、小暮は自分のパソコンと、機関室に関わっているメンバーとで共有するよう指示をする。
「実戦投入可能か、を判断するには実戦で使用するレベルの出力を出す必要があります。でも、いきなり実戦、なんて事態は勘弁願いたいですね」
画面上にグラフで表示されているエンジンの回転数は、まだ離陸前ということもあって低速で安定している。
が、これがエンジン性能の限界まで回ったとき何が起こるかは、回してみなければ解らないのだ。
苦笑を見せるフォルケンに、小暮も全くだ、と言わんばかりの顔で「善処します」と答える。
「データはこちらで記録しています。後で纏めて提出しますので、資料にして下さい」
フォルケンの隣では、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)がフォルケンのパソコンと繋いだ自分の端末を示している。
フォルケンのパソコンからのデータがリアルタイムで送信されてきている。が、それに何か別のソフトを噛ませているのだろう、こちらのパソコンにはグラフではなく数値が次々表示されている。
「助かります。そのまま記録をおねがいします」
小暮も決してパソコンや機械に詳しくない訳では無いが、やはり餅は餅屋、専門的な内容は専門家に一任するのが一番だ。
湊川の近くでは、そのパートナーのソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)が、各々油圧計や水温計などの細かなメーターをチェックして、記録を取っている。
「異常なしですわ、亮一様、小暮様」
ソフィアが告げるのに頷いて答え、小暮は他の面々の作業も確認に回る。
その様子を見ながら、世羅儀もまた自分の担当の作業を進めていた。が、その頭の中では先ほどの叶と小暮との遣り取りが反芻されている。
確かに小暮はまだ少尉としての経験は浅く、叶からしてみればヒヨッコに見えるかも知れない。が、それにしてもいつも他人に対して淡泊な叶にしては、やけに小暮に対して興味関心を見せているように見える。飛行計画に厳しい目を向けていたのも、その現れだろう。
ただ、その興味には何らかの計算めいたものも感じる。そう、今自分が弄っているこの飛空艇、これを輸送機として実用化出来れば大きな戦力になるだろう、その際には有能な指揮官が必要だ。
「白竜が見据えているのは、やっぱりそこかな……」
叶がやっと人間的なところを見せたか、と思いきややはり軍事目的か、と気が付いてしまい、世は溜息を零す。
「どうかしましたか」
「いんや、なんでもないぜ、少尉殿」
その溜息に気付いたか小暮が声を掛けて来たが、世ははぐらかすように笑った。
そう広くない機関室には七名の学生達が詰めており、それぞれ担当の機器をチェック、起動させている。
「そちらは問題有りませんか」
そんな中、エンジンの影で何をするでもなく座りこんでいる一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)の姿を見咎めた小暮が、彼女に近づく。
一条は無言で、起動しているエンジンをただ眺めている。
「エンジンは各部問題なしです。音で解りますよね? 皆さんとってもご機嫌ですよ」
語り口は淡々としているが、なんとなく言葉の端々から興奮が伝わってくる。大好きな機械に囲まれて、些かテンションが上がっている一条だ。
しかし、技術屋ではない、そして数字大好きの小暮には、エンジンの音で調子が解る、という一条の感覚は理解出来ない。
「計器のチェックはしてありますか」
あくまでも、機械の状態は計器に現れる数字を見なければ解らない、と思っている小暮の言葉に、一条は少しむっとしたようだ。
「計器などに頼らなくても私が大丈夫だと言ったら大丈夫です。機械だって、調子が悪ければ自分から訴えてくれます。……あくまで目に見える計器の数値にこだわる様な、無粋な人は……」
こうです、と一方的にまくし立てた一条は、おもむろに立ち上がると小暮の眼鏡目掛けて手を伸ばす。
突然の出来事に何が起こったか判断しかねているうちに、小暮の眼鏡は一条によって取り上げられていた。視界がいきなり霞む。
「ちょっ……何しやがる! 返せっ!」
途端、穏和で冷静な小暮の表情が一変した。
声を荒らげ、任務中には決して乱れないその口調が、普段以上に乱れている。
霞む視界の中、なんとか一条の手の中にある眼鏡に手を伸ばす。小暮の豹変に驚いていた一条は、あっさり眼鏡を奪い返されてしまった。
一条だけでなく、機関室にいた他の面々にも当然その声は聞こえている。一瞬、機関室がシン、と静まりかえり、エンジンの立てる回転音だけが静寂を支配した。
「……と、とにかく、計器のチェックは怠らないで下さいっ! 間もなく離陸します!」
取り戻した眼鏡を改めて装着した小暮は、気まずそうに咳払いした後、足早に機関室を立ち去って行った。
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