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リアクション
「戦闘空域からの離脱に成功!」
操舵室からの通信を受けた機関室もまた、安堵の笑顔に包まれていた。
ドラゴンの縄張りからいち早く離脱するために、ほぼフルパワーでエンジンを回していたのだ。万が一にもトラブルが起こらないよう、機関室の面々は緊張を強いられていた。
しかし、離脱が完了すればエンジンの出力も下げられる。機関室に詰めている面々はひとまず、ホッと息を吐いた。
「よし、通常稼動に戻す。各部の点検を怠るな」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が機関室の面々へ指示を出す。異常がないか、各自持ち場の計器や危機の状況に目を光らせ、耳を澄ませる。
「回転計異常なし」
「油圧計異常なし」
「機晶石、出力安定」
エンジンの回転が徐々に落ちていく。この調子なら、問題なく平常運転に戻せるだろう。ガイザックの表情も少し和らぐ。
しかし。
「す……水温計、下がりません!」
計器をチェックしていたソフィア・グロリアの焦った声が響いた。
そのころ、朝野 未沙(あさの・みさ)は、光る箒に乗って飛空艇のすぐ横を飛んでいた。丁度エンジン部の辺りだ。
内部に入ることは機密保持上許されなかったが、それでも発掘から携わってきた飛空艇だ。最後まで調子を確認してやりたい。
ワイバーンに囲まれたときはもうだめかとも思ったが、飛空艇の外壁にぴたりと沿って飛ぶことでやり過ごした。幸い、護衛の面々は腕利きばかりだったし。
離脱の際には相当高回転まで回した様だが、異音などは無かった。エンジンの調子は悪くないようだ。
大勢の手が入っているとは言え、遺跡で発掘して、動かせる様にしたのは紛れもなく朝野自身。我が子同然のエンジンの頑張りに、朝野は不覚にもちょっと涙ぐんだ。
しかし。
「……ん?」
回転が落ちて安定したはずのエンジンから、妙な音がしている。蒸気が上がるような音だ。
まさか、と嫌な予感に襲われた朝野は、通信回線を開く。
外部からの緊急通信を受け、操舵室は三度緊張に包まれた。
「蒼空学園、朝野未沙です。エンジンに異音を感じるの」
せっぱ詰まった朝野の声に小暮が応答した。
「現在回転は安定しています。どのような異音か解りますか?」
「蒸気が抜けてる見たいな音よ。どこかのバルブが壊れてるのかも……でも、口頭で伝えるには限界が有るわ」
「情報提供、感謝します」
暗に、中で作業するわ、と言う朝野の提案に小暮は刹那逡巡する。が。
「この船には優秀なアーティフィサー達が搭乗しています。彼等なら、きっとなんとかしてくれます」
きっぱりとそう告げた。
「……そっか。残念だけど仕方ないよね。でも、間違っても壊したりしないでね!」
「任せてください」
小暮がそう言って笑うのと同時に、操舵室の扉がぱぁんと音を立てて開き、高嶋梓が飛び込んできた。
「え、エンジンにトラブル発生しましたの! 冷却系統のトラブルと思われますわ!」
その声を通信回線越しに聞いた朝野は、やっぱり、と呟く。
「バルブよバルブ! 多分ラジエーターのバルブから圧が抜けてるの!」
「ら、らじえーたーのばるぶですのね、解りましたわ!」
高嶋は朝野の指示を受けて機関室へととって返す。あ、ちょっと、と小暮が止めるいとまもない。
「……ジーベック中尉、機関室をお願いします」
小暮は少し悩んでから、機械にも精通しているジーベックに指示を出す。
ジーベックは敬礼を返すと、急ぎ高嶋の後を追う。
「頼んだわよ……」
朝野の、祈るような声が操舵室に響いた。
「ら、らじーえただそうですわ!」
「らじーえたじゃなくてラジエーター!」
とっくに点検中よ、とルカルカ・ルーが答える。機関室の中は噎せ返る熱さだ。冷却装置――ラジエーターが先ほどから機能していないのだ。
「あっつ……!」
うっかりパイプに触れたルーが短い悲鳴を上げる。エンジン冷却のための水が流れているはずのパイプが、酷く熱を持っている。
と、そこへ遅れてジーベックが到着した。
「外部から、蒸気が抜けるような異音がすると情報提供があった。ラジエーターから圧が抜けているようだ」
「バルブは全てチェックしました」
「外から音が聞こえているということは、外傷の可能性が高いか」
「しかし、先ほどの戦闘では船体に直接傷は付いていないはず……」
ガイザックが手元の設計図と照らし合わせて答える。ジーベックもまた、ガイザックの手元の設計図を覗き込む。
「いや……此処か!」
暫く設計図を睨んでいたジーベックが、一点を指さした。冷却水を船外から充填するための吸水口、その内部にあるバルブだ。ここだけは、機関室の中から点検が出来ない。
冷却装置は、内部の水に圧力を掛けることで沸騰を防ぎ、冷却を可能にしている。バルブが緩み、圧が抜けてしまうと本来の性能が発揮出来ないのだ。
「ルカ、行ってくるわ!」
「お手伝いします!」
ルーと、ジーベックのパートナーである三田 麗子(みた・れいこ)が機関室を飛び出していく。
「とにかく、バルブの修復が終わるまで、なんとか少しでもエンジンの温度を下げ、意地するんだ」
「俺、氷術使えるぜ!」
アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が手を挙げる。他に使える者は、と問いかけるが生憎誰からも手が挙がらない。
げ、と言いながらも他に手段はない。シュライアはエンジンの前に立つと、手のひらに魔力を集中する。エンジンの温度は相当上がっている。全力で打ち込まなければ冷やすことは難しいだろう。
「冷やしすぎてもエンジンが止まってしまうぞ、慎重に」
「そ、そんなぁ!」
ガイザックの言葉に、無理難題を、と尻込みするシュライアの横で、パートナーのエールヴァント・フォルケンがエンジンに繋いだパソコンをなにやら弄っている。
「エンジンの温度はこちらでモニターするから、少しずつ掛けてみて」
落ち着いたその声に、シュライアは頷く。それから、ごく、と喉を鳴らし、パワーをセーブした氷術を撃ち込む。
しゅうしゅうと一瞬で水蒸気が上がり、辺りは一層熱気に包まれる。
「もっと!」
フォルケンの指示でシュライアは次々と氷術を放つ。が、六、七発も放てば息が上がってしまう。
フォルケンが驚きの歌を歌ってシュライアの気力を回復させようとするが、それだって何度も出来るわけではない。
安定していたエンジンの温度が再び上昇してしまう。
「このままの飛行は無理です!」
その様子を見ていたトマス・ファーニナルが声を上げる。
「ルカ、バルブの点検はまだか」
ガイザックがルーへと通信を繋ぐ。が、
「バルブは緩んでるだけだけみたい、でもダメ、蒸気が逆流してきていて近付けないの!」
悔しそうな返事が返ってくるだけだ。
「やむを得ない……不時着する他無いな」
ジーベックが苦しい顔で呟いた。このまま暴走の危険のあるエンジンを回し続ける訳には行かないし、出力が上がりきらない現状では高度が下がる一方だ。
「何とか不時着可能なポイントまで保たせてくれ」
ジーベックの声に、フォルケンとシュライアが頷いた。
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