校長室
【空京万博】海の家ライフ
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今日一番の暑さを迎えた時刻の海の家では、店員の神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が、海の家から少し突き出したオープンな屋台で忙しく働いていた。 『氷』と描いた旗が揺れ、付けっぱなしになったラジオからは、今日がこの夏一番の暑さである、というニュースが流れている。 シャリシャリシャリ…… 定番のメロン、イチゴ、みぞれ、ブルーハワイといった名目が並んでいるメニューの下では、翡翠が回すレトロなかき氷機から白く削られた氷が、下のカップにまるで降雪するように落ちていく。 「夏ですねえ……今日は暑いですから、忙しくなりそうです」 「マスター? 一度休憩されてはいかがです? ずっと働き詰めじゃないですか?」 氷術で凍らした天然水仕込みの氷を、かき氷機の傍にある保存庫に押し込んだ美鈴が心配そうに翡翠を見やる。 「いえいえ……今回は料理とはいえ、意外と楽させて貰っていますから」 手を休めずに微笑む翡翠を遠くから見て、やや不満気な顔を見せたのはレイスである。 「せっかくの夏なのに、なんで仕事してんだろうな〜俺達」 ぶつぶつ言いつつ、翡翠の作ったかき氷を客のテーブルに配っていく。 レイスの不満の原因は別にもあった。 美形の翡翠に興味を示した客である。 まだ女性なら、レイスも多少は目を瞑ったが、筋骨隆々な男まで翡翠に色目を使っている事には我慢がならなかった。 挙句に、翡翠は一切それに気付いていない。 「店員さん、今日仕事終わったら予定あるかい?」 「え? ……えーと、そうですね。家で晩御飯を作るくらいでしょうか……?」 客の言葉に、翡翠がかき氷機を回しながら苦笑する。 「オレと飲みに行こうぜ!!」 「え……うーん。でも、それは……」 翡翠が困ったような顔で助け舟を美鈴に求める。 しかし、美鈴もまたナンパされている最中であり、「あの、忙しいので……」と真っ赤になり焦っている。いつも微笑んで接客していた美鈴の笑顔に、誤解する者は多かったのだ。 「はい! お待ちどうさま!! ブルーハワイのシロップ多めだぜ!!」 レイスがが客と翡翠の間に割り込むように、頂上から下まで全て青色に染まった大盛りのかき氷を置く。 「悪いが、次の客が控えているから、そういう事は後でしてくれ!」 威圧するようなレイスの赤い瞳に、客はスゴスゴと引き下がる。 「ありがとうございます、レイス。助かりました」 不機嫌な顔を翡翠に向けるレイス。 「あのな、翡翠。曖昧な態度を取るからつけこまれるんだぜ? 嫌なら嫌ってハッキリ言おうぜ」 大声で怒りたいけど無理して声の抑揚を自身でセーブしたレイスに、翡翠がかき氷を作りながら溜息を漏らす。 「ええ……そうですね。気をつけます」 「わかってくれたようだな」 安心した、とばかり胸を撫で下ろすレイス。 「お酒は弱いんですよねぇ……」 「そっちかよ!!」 「え? 何か違うんですか? だって、飲みに行こうって……?」 「もういい」 レイスが怒りの足でかき氷をテーブルへ運んでいく。と、その足を途中で止め、 「……本当に、無理だけはするなよ?」 「?」 そこに、別のナンパを何とか振り切った美鈴がレイスとすれ違う様にやって来る。 「レイスらしいですね。マスター?」 「何を怒っているんでしょうねぇ……」 「でも、マスター? シロップ多めはともかく、氷多めとか無理な注文はそろそろお断りしないと、お体が持ちませんわよ?」 「大丈夫ですよ、美鈴。……と?」 目に見えない疲労でフラっとした翡翠を美鈴が慌てて支える。 「す、すいません……」 「マスター、ほどほどにしておいて下さいね? マスターにもしもの事があると……泣いちゃいますわ?」 「え?」 「レイスが」 「オイ!!!」 客席にいたレイスが叫ぶ声が聞こえる。 それを見て、クスクスと笑った美鈴が、かき氷機に補充する氷を取りに向かう。 「……まぁ、別に気にする程ではないでしょう。おや、いらっしゃいませ!」 気を取り直した翡翠が、フラリとやって来た客を見る。 「おや? あなたは……?」 「氷を一杯貰おうか……口の中が、何とも表現しがたい状況なのでな」 「え、えぇ……いいですけど」 不思議そうに男を見つつ、翡翠がかき氷機を回し始める。 ドラムスティックを持ち、夢遊病患者の様な足取りでやって来たのは、あの男であった。