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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第3章
 
 
「アルカディア……楽園ネェ。ククク、そんなところがあるのなら見ておくのも悪くない」
 ぶらぶらと適当に、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は神殿を歩く。
 依頼は目にしていたが関わるつもりはなく、『楽園』という単語に引かれてやってきただけである。まあ、何をしにきたわけでもない。
「特に目的があるわけじゃないが……無意味にブラつくのも少し……な。智恵の実なんてものがあるらしいしトレジャーセンスの赴くまま進むとするか」
 ――ま、銃型HC持ってるし問題ネェだろ。
「……お?」
 そんな感じに気ままに歩いていると、前方から機械で出来た獣が現れた。蝙蝠の翼、犬か狼のような四つ足の体躯、尻尾は細く蕨のように巻いていて、体表は鱗のような金属で覆われている。それでいて人の特徴も持っていて。幾つもの動物の特徴が合わさったような――“名状しがたき獣”の機械版といったところだろうか。
「何だぁ? ごてごてと……機晶姫に取り込まれでもしたかぁ?」
 のらくらと笑いながら。
「楽園、楽園の成れの果て……ヒャーッハハハハ!!!!!」
 その笑いはすぐに狂ったような哄笑に変わり、ゲドーは高笑いの中で鞭を出した。

              ◇◇◇◇◇◇

 雨の降りしきる中で石段を登り入口をくぐると、そこは何も無い部屋だった。どこを見ても、何も無い。何を探す必要も無く、何も無い。あるのは、次の部屋へと導くのであろう通路だけ。
「1度入ったら出られないようになってるんでしょうか?」
「まあ、出口については後から考えれば良いであろう。それまでは、捜索対象の2人を探すことに集中するか」
 きょろきょろとする紫月 睡蓮(しづき・すいれん)に、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が言う。
「モーナからの依頼が人探しとはね。しかも謎の遺跡か……燃えるなおい」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が部屋を見渡して気合を入れる。この前の護衛依頼は結局途中で分かれたし行ってみよう、と、彼等は神殿に来る前にモーナの工房を訪問していた。ファーシー達がヒラニプラに到着する前の話である。
『ファーシー……、あの時に運んでいたバズーカを利用して直すって言ってた機晶姫か?』
『そう。ライナスさんはその子の施術をする為にうちに来てたんだけど……。あ、脚は直ったよ』
 モーナは今回の施術内容を簡単に話した。
『……てことなんだけど、トルネ君と一緒に出かけたきり戻ってこないの』
 それから神殿までの地図や、トルネが一目見たいと言った実について説明を受けてここまで来た。唯斗は何でも屋なので、施術をするだけの技術もある。工房を出る時に同じく救出に来たキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)と居合わせて一緒に来て、いざこれからが本番である。彼は、依頼を知ってパートナー達の留守中に飛び出してきた。持っている風呂敷包みには食糧や登山用ザイル、魔法のはしごが入っていた。これを皆に託すつもりだったが、気が変わり1人で参加している。
 救出はもちろんだが、空腹だろう2人に食糧を届けたい、とキリエは思っていた。
 初めの部屋を出て通路を歩くと、やがてT字路に行き会った。
「さて、追跡ならプラチナの出番だな。ライナス達はどっち側にいると思う?」
「そうですね、こちらの方が近いでしょう」
 モーナに聞いたライナス達の特徴を元に追跡と方向感覚を使っていたプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は、痕跡探しの動きを止めて2つある通路の片方を示す。迷いのないその様子に、キリエはほっとした表情を浮かべた。
「2人の行き先が分かるんですねぇ。これなら、早く見つかるかもしれません」
「いえ、決め手は勘です」
「か、勘ですかぁ」
「抗議は受け付けませんので御了承下さい」
 きっぱりと先手を打ったプラチナムにキリエはきょとんとして、唯斗達は苦笑する。更に先に進み、カチッとかいう音を聞いたのは程なくのことだった。途端、何か警報のようなピーピーという音が通路に響く。
「何でしょうー? あっ!」
 睡蓮が首を傾げる中、どこからともなく機械の獣が大量に走ってきた。機械の人形もいる。非友好的なことは明白で、唯斗は光条兵器の両手用ガントレットをつけた拳で機械獣1体を攻撃する。機能自体が無いのか、獣は悲鳴を上げることなく壁に叩きつけられた。
 ――気のせいか、普段より力が漲っているような気がする。
「邪魔するやつはぶっ飛ばす。ファーシーが待ってるんだ。エクス、睡蓮、プラチナ、最初から全開で行くぞ!」
 向かってくる機械獣の数は多い。瞬く間に混戦となり、戦いの流れによって彼等は移動していく。
「え、え……み、皆さん? どうしましょう……」
 キリエは慌てて追いかけるが、この地帯は曲がり角が多く唯斗達が何処へ行ったのか分からなくなってしまった。早く追いつこう、と遠くに聞こえる戦闘音を頼りに壁を崩しにかかる。杖を使って、何とか――

「――え?」
 直後、キリエを取り巻く光景ががらりと変わった。壁を前にしていた筈なのに、正面にはもう何も無い。通路にいた筈なのに、空間感覚は正に、部屋。
「……誰だ?」
 声が聞こえて振り返る。――その先には壁を背にして座る男性と、彼に頭を預けて眠っている少年がいた。

              ◇◇◇◇◇◇

「壁を攻撃してもワープか。当たらないように気をつけないとな……おっと、新しい罠だ」
 キリエのワープを目撃した如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は、1歩分程前方に現れた黄色い罠スイッチを見て慌てて避けた。神殿に入ってから罠を警戒していた彼は、手に霽月を携えて注意深く先へと進んでいた。先程聞こえた戦闘音には身構えたが、こちらには魔物の類はやってきていない。
 床や天井に注意深く空振りをしながら警戒を怠らずに進む。神殿自体に敏感なセンサーのような機能があるのか、1歩前の床を武器で空振りすると隠された罠が現れるようだ。
「……ん? おかしいな。行方不明の二人を探すって依頼だったはずなのに、何故か普通に神殿の探検になっちゃってる……」
 はたと立ち止まり、佑也は後ろを振り返る。一緒に神殿に入り一緒にワープしたパートナーのラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)は、のんびりと通路を歩いていた。
「機晶姫に感情を宿す実、ですか。うふふ、機晶技師の端くれとしては、とても興味をそそられますね」
 そんな事を言いながら、壁を触って隠し部屋がないかと探してみたりと楽しそうだ。
「……完全にラグナさんの雰囲気に飲まれた!」
 我に返ったものの、今更ラグナを引き止めるのも気が引ける。
「佑也ちゃん、どうしました?」
 何を1人で叫んでいるのかと、ラグナは小首を傾げて近付いてくる。そんな彼女を見て、佑也は気持ちを切り替えることにした。
「……いえ、あんまり迂闊な事しないでくださいよー?」
 まあ、他にも救助に向かってる人は居るみたいだし、このまま探検を続けるのもいいだろう。そう思い溜息を吐きながらも、彼は入る前に見た神殿の全容を思い出す。
「月夜が言っていた情報管理所に、神殿や智恵の実の事を纏めた書物もありそうだな。色々と面白い事が書かれてるかもしれないし、それを探してみようか」
「そうですね。実の実物はもう残ってないかもしれませんが、資料くらいは残っている可能性がありますわ。是非とも探しに行きましょう」
 ラグナも嬉しそうに同意し、佑也達は再び歩き出す。銃型HCを持っていない彼等は地図を受け取っていない。足で探すしかないわけなのだが――

『私から……? 何を知りたい?』
 苦々しい表情を崩さぬまま、ガーゴイルは天音に問い返した。本人から訊くというのは断罪の対象にはならないらしい。
「そうだね……」
 一呼吸置いてから、天音は言う。
「智恵の樹が伐り倒される前のことが知りたいな。その当時この神殿で、この街で何があったのか。君が見たことを話してほしい」
『………………諒解した』
 ガーゴイルは根負けしたかのように一つ息を吐き、話し始めた。

 私は当時、魔物ではなく石像だった。街の広場の隅に置かれた、特別でもなんでもない只の石像。故に知っている事は多くない。広場から見えた範囲の事しか話せないが……。色々あった事も事実だ。風雨にさらされたり体が欠けたり修復してくれた娘がいたり落書きされたり子供の催しの解消に使われたり……。そういう事ではないのは解っているがな。私はこういった毒にも薬にもならぬ話しか出来ぬ。それが、最大の譲歩だ。

「……広場か……」
 天音は暫く考え、ガーゴイルに言う。
「そこはきっと、街の人達の憩いの場だったのだろうね。でも、時には諍いめいたものもあったんじゃないかな」
『諍い? ああ、勿論あった』

 私の街は確実に、そして急速に発展していった。広場を利用する者達も増え、その中で――奇行に走る者も増えてきた。突然妙な記憶が目覚めたと叫ぶ者もいた。そういった者達を見守っているうちに、私の体には太陽が当たらなくなってしまった。噴水は枯れ、生き残った人は何か、周辺の工事をしていた。工事が終わった頃に私は此処に移された。その時に、守護者としての役割を与えられたのだ。

「記憶? 街の人々に新たな記憶が芽生えたということか。それで、混乱が起きたと?」
『新たな、ではない。元々彼等の中にあった記憶だろう。何故眠っていたかは私の知るところではない。……少し、話し過ぎたな』
 ブルーズの言葉に応えると、ガーゴイルは再び口を閉ざした。其処からは、これ以上は何も話さないという、石像の如き堅い意志を感じる。
「……ありがとう、参考になったよ」
 天音は踵を返すと。元来た道を戻り始めた。ブルーズと月夜も続き、刀真も追いかけてきて彼に訊く。
「もういいのか?」
「うん。後は地道に奥を目指そう」
 トレジャーセンスと捜索の特技を使っていけば直、智恵の実にも辿り着けるだろう。
「『情報管理所のガーゴイルは意外とお喋り』『智恵の実で記憶を取り戻した人多数』……」
 月夜のそんな声が聞こえてくる。見ると、彼女は銃型HCに何か入力しているところだった。今の言葉が、この神殿に関わる他のメンバーに伝わっていくのだろう。

「それじゃあ、俺の質問にも答えてくれるか?」
 静かに話を聞いていた静麻は情報管理者と、手に持ったままだった薄い本を見比べ、本を棚に戻すと1対1でガーゴイルと対峙した。彼の意図を汲み取ったのだろう。先刻の饒舌さを取り繕うように、厳かさ3割増しでガーゴイルは言う。
『……神殿の内部構造や智恵の実については教えられない』
「そうか……。理由が知りたいな。本を守るのが職務だと言い、さっきは直接の質問には答えていた。本さえ読まなければ、情報提供も已む無しということじゃないのか?」
 予測はしていたものの、やはりその答えには若干驚いた。会話の中での有益な情報の遣り取りなら、『彼』の断罪規定には抵触しないのではないかと考えたのだが。
『あれは、私の只の思い出話だ。情報ではない』
 理に適っているようで理に適っていないような。だがこの神殿に、他に対話出来そうな住人はいなさそうだ。情報を得られるのも閲覧許可が取れるのもまた、ここしかない。
 クリュティは沈黙を守ったまま周囲に目を光らせていた。管理者と静麻に危害を及ぼす者が来ないかどうか警戒しているようだ。
 改めて口論を展開しようと静麻は気を引き締める。こうなれば、根競べである。
「情報を守る……というが、何故ここにその情報が残っているんだ? 誰に見せるつもりも外に漏らすつもりもないのなら、智恵の樹のように燃やしてしまえばいい」
『神殿を造った人間達の思惑も、此処に私を置いた思惑も私の関知するところではない』
 見た目通りの石頭である。要約すれば、知ったこっちゃない、とも取れるが。
「しかし、ただ保管し続けるだけでは情報が死んでしまうだろう。それは、情報管理者として正しい姿なのか? 情報は、誰かに伝わってこそ生きる物だ」
 聞いているのかいないのか、ガーゴイルは無表情である。黙ってしまうと普通の石像にしか見えないので、何か一方的に人形に話しかけているような気分に陥ってしまうが。
「ここにはこれから、俺達以外にも沢山の人が来て神殿の情報を求めるだろう。許可が下りないのなら、と盗もうとする者もいるかもしれない。今、こちらが情報を得ておけば本を盗む必然性が無くなる。そちらも無闇に手を汚す必要が無くなる。……閲覧許可を貰えるか?」
『…………』「…………」
 睨めっこをすること暫し。その後にガーゴイルは口を開いた。
『本を開きたいなら開くが良い』
「本当か!」
 それを聞くと、静麻は早速1度戻した本を手に取った。中は――
『遺跡荒らし対策に、殆どの本は白紙になっている。貴様が欲している情報はその中の極一部に紛れている。私は場所を知っているがこれ以上は何も言わん』
「……………………」
 白紙の本に静麻は黙り込む。ということは、先程は白紙本を持って攻撃されかけたという訳か。非常に突っ込みを入れたいがしかしこれは、当たりを引いた場合は読んでも良い、という風にも取れる発言であり行動だ。
 ――一応ながら許可は取れた。後は地道に情報を探すだけである。