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リアクション
「これで二つ――だが、敵チームがコンテナを確保したという目撃情報も二件、99.9パーセント、あちらも二つのコンテナを確保していると思うべきだな」
何とかコンテナを無事機体に収容したのを確認して、小暮が呟く。
「早急に三船殿たちと合流して、コンテナの回収を――」
「まて、敵影感知、数は五!」
通信回線を開こうとする小暮の声を遮って、クローラ・テレスコピウムがエマージェンシーを告げる。
レーダーには、小型飛空艇サイズの反応が五つ。綺麗な編隊は組んでいないものの、こちらへと向かってくる。
「テレスコピウム殿、火気管制をお願いします。機関室、戦闘に入ります、エンジン出力に注意を!」
咄嗟に小暮は戦闘態勢を指示する。船外を飛ぶ叶白竜、セリオス・ヒューレーの二人もそれぞれの得物を取りだして戦闘に備える。また、コンテナの回収を行っていた大岡永谷は急ぎ管制室へと戻り、機関室からは高嶋梓が飛んできて、計器のモニタリングに当たる。
その、少し前。
「なあ、ヘリファルテじゃ機体軽いし、コンテナ引っ張れないんじゃないか?」
青のステッカーを貼った小型飛空艇ヘリファルテに乗ったハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が、少し先を飛ぶパートナーのレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)へと声を掛ける。アイゼンヴォルフもまた、同じタイプの機体に乗っている。
「空中戦闘の腕を試したいんです。旗艦に直接切り込みます」
「あー、成る程ね、それならヘリファルテの方がいいなー……って、正気かお前! いくら演習用ったって大型の砲撃喰らったら行動不能になって落ちるだろ! 無茶だって!」
「ブリーフィングの際にそう言う作戦になったでしょう。作戦は作戦です」
「それはイコンとか持ってる奴の仕事じゃないのかよ!」
「何だ、揉めてるのか?」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるヘイルの声に気付いたか、丁度同じ方向へ飛んでいたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が座標を合わせて来る。その姿に気付いたアイゼンヴォルフは、少し表情を緩めてエンドロアへと会釈する。
「あ、良いところに! なあコイツ、生身で相手旗艦攻撃するとか言ってるんだ、止めてやって――」
「そうか、レリウスも旗艦攻撃班だったな。折角だ、一緒に行かないか」
「そうですね。是非、ご一緒します」
「というわけだ、アウレウス、あなたはこのまま俺と来てくれ。エルデネストはハイラルと組んで援護を頼む」
エンドロアは身に纏ったアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)と、後方を氷の翼で飛んでいるエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)に声を掛けると、ヘイルにニッコリと微笑みかけ、そしてアイゼンヴォルフと視線を交わして背中の黒い翼をはためかせた。アイゼンヴォルフもまた、飛空艇のスロットルを開ける。
「おい! グラキエス、お前も身体弱いんだろ! ああもうどいつもこいつも無茶ばっかり!!」
「どうしましたかぁ?」
慌てて二人を追いかけるヘイルの横に、今度は巨大な注射器が飛んできた。
もとい、レティ・インジェクターに乗ったルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だ。
「あなたも、旗艦襲撃班ですかぁ? よろしくおねがいしますねぇ」
おっとりとした口調でなかなか凄いことを言う。
多分、自分より頭一つは小さいだろう。そして乗っているのは、飛空艇とも呼べないような巨大注射器――要するに、空飛ぶ丸太に跨っているような、不安定なものだ。
しかし、「も」と言うことは、彼女も敵旗艦に強襲を掛けるのだろう。
「……なあ、これ、俺が間違ってんの?」
ひゅう、と華麗にレティ・インジェクターを加速させて飛んでいくクレセントの背中を見送って、ヘイルはがっくりと肩を落とした。
「来ます!」
そんなドタバタ劇があったなどとは全く知らない赤チームは、敵の接近に緊張を漲らせていた。
レーダーの反応に少し遅れて、目視でも五つの影を補足する。生身で飛んでいるのがふたつ、小型飛空艇が二つに、遠目ではよく解らない乗り物が一つ。
レティ・インジェクターかな、クレセント殿の。と小暮が参加者名簿を思い出しながら見当を付けていると、その影が真っ先にこちらへ向かって飛び込んでくる。案の定だった。
「牽制射撃用意、くれぐれも直撃させないこと! 船外のチームは応戦を!」
小暮の号令で、テレスコピウムと大岡が照準を定める。
が。
「牽制射撃など無意味ですっ」
先ほどまでのおっとりした印象が一転、鋭い眼差しを見せるクレセントは、大胆な軌道を描いて旗艦船腹まで一気に突っ込んでくる。飛空艇に詰んでいる武器は威力こそ大きいが、砲身が長い。その内側に入り込まれてしまえば狙えない。
クレセントは、わざと飛空艇の進路を塞ぐように、管制室の窓付近にぴたりと貼り付く。
急激に加速すればぶつかってしまう。
「ちょっと意地悪ですけど、これも戦法です」
小暮達は速度を落とさざるを得ない。出来ることは、船外にいるメンバーへ、クレセントの位置を伝えることくらいだ。
「そこを退いて貰おう」
通信を受けた叶が駆けつけてくる。が、クレセントの後に続くように、エンドロアやアイゼンヴォルフ達が攻撃を開始しようとしている。懐に入り込まれてしまえば大型の砲座が使えないので、ヒューレーは何としても彼らを旗艦に近付けまいと立ち塞がった。しかし。
「邪魔です、お退きなさい」
飛空艇から離れたところで移動を止めたヴァッサゴーが、全身からおぞましい気配を発する。と、ヒューレーの身体は、意志に反してその場に凍り付いた。
その横を悠々と、黒い翼・ネロアンジェロのスピードを生かしたエンドロアが、ヘリファルテの出力を全開にしたアイゼンヴォルフが通り抜けていく。
「クッ……待て……!」
「そうはさせませんよ」
ふふ、と笑うヴァッサゴーはその身に纏う瘴気をより強くする。これしきのことで、と思うのにどうしても身体が言うことを効かない。ヒューレーは奥歯を噛み締める。
ヴァッサゴーがヒューレーの足止めをしている間に、ヘイルはせめてアイゼンヴォルフと、それからエンドロアが怪我などしないように情報攪乱を仕掛けてレーダーの無力化を図る。出力を落としたパワードレーザーを乱射すれば、熱感知式のレーダーは多少騙されてくれるだろう。
予想通り、元々甘かった狙いが大きく反れ始めた。
その隙をついて、エンドロアとアイゼンヴォルフは飛空艇に急接近する。
エンドロアはネロアンジェロを一気にトップスピードまで加速させ、その勢いに乗せて、纏う魔鎧の力を借りたランスバレストを機体へと叩き込んだ。――とはいっても、規定に則り機体への直接攻撃は出来ないので、叩き込んだのは手にした怯懦のカーマインからの銃撃だが。しかし演習用の銃弾は充分な威力でもって船体腹部を捕らえた。
それとほぼ同時、反対側の船腹へ回り込んだアイゼンヴォルフはパワードレーザーで船体へ直接攻撃を掛ける。
少しずつ、だが確実に飛空艇にダメージを与える。
しかし今だにクレセントが飛空艇前方にぴたりと貼り付いて飛んでいるため、飛空艇自体を動かして離脱することが叶わない。
このままではジリ貧だ、と管制室に焦りと苛立ちが見え始めた、その時。
「ぐ……っ」
突如、エンドロアが小さく呻いた。そのまま、フッと力を失って落ちていく。
「グラキエス!」
それを見付けたアイゼンヴォルフとヴァッサゴーが、受け止めようとそちらのほうへ全力で飛んでいく。
「ど、どうしましたかぁ?」
クレセントも心配そうにそちらを覗き込む。
赤チーム旗艦の管制室には、ひとまず危機を脱したことへの安堵と同時に、エンドロアの身を案じる動揺も広がる。今は敵チームとはいえ、重傷者が発生すれば演習中断も有り得る。
エンドロアが地面に叩き付けられる直前、アイゼンヴォルフの伸ばした手がなんとか彼を捕まえた。が、元々一人乗り用のヘリファルテでは二人分の体重を支えきれずに少しずつ高度を落としていく。
そのまま地面すれすれまで降りると、アイゼンヴォルフは出来る限りそっとエンドロアの身体を地面に下ろして、自らもヘリファルテから降りた。
「大丈夫ですか、グラキエス!」
急いで抱き起こして衣服を緩めてやると、荒いながらもしっかりした呼吸が聞こえてくる。意識は遠いようだが、生命反応はしっかりしている。ひとまず、過剰な心配は要らなそうだ。
そのことにひとまずほっとして、しかし回復手段を持たないアイゼンヴォルフにはこれ以上為す術がない。彼が身体が弱いと言うことは知っていたのに、無茶をさせてしまった。苦い記憶が脳裏を掠める。
「全く、だからご自分の身体の事をお考えになってくださいと申し上げたのに」
そこへ、ヴァッサゴーがすたんと軽い音を立てて降り立った。自分の契約者が危険な状態だというのに、むしろそれを楽しんでさえいるようだ。
「私が代わりましょう」
何も出来ずに焦りの表情を浮かべているアイゼンヴォルフにそう告げると、彼の替わりにエンドロアの身体を抱き上げる。
「精神力が切れただけのようですね……それならば」
くすり、と楽しそうに笑顔を浮かべて、懐から口紅を取りだした。精神力を回復させることができる、特別のルージュだ。
蓋を取り、くるくると赤い色のそれを繰り出して、エンドロアの唇に塗ろうとしたところで手を止めた。
「このままでは、塗りにくいですね」
くすりと笑うと、何故か自らの唇にそれをたっぷりと塗り始める。そして、浅い呼吸を繰り返しているエンドロアの顎につ、と指を掛けた。
「おいっ……貴様、主に何をするつもりだ、即刻離れ……ては回復ができんのか、くっ……!」
エンドロアが纏ったままのアルゲンテウスが、ヴァッサゴーの邪な考えに気が付いて声を上げる。が、鎧状態のままの為まさに「手も足も」出せない。
そんな魔鎧からの声など気にも留めず、ヴァッサゴーはそのままエンドロアの唇に自らのそれを合わせた。
「ん……」
唇を介して気力が流れ込んでくるのを感じ、エンドロアは目を覚ました。が、周囲の状況に気付いて凍り付く。ヴァッサゴーの所業――唇を合わせてくるのはもちろんのこと、どさくさに紛れて、敏感になっている翼の付け根に触れられている――はいつものことだが、視界の端に、凍り付いているアイゼンヴォルフとヘイルの姿がある。……見られた。と頭が真っ白になる。
そこへ。
――小暮です、大丈夫ですか。
ヘイルのハンドヘルドコンピュータに小暮から確認の為の通信が入り、アイゼンヴォルフとヘイルはハッと我に返った。
「だ、大丈夫……みたいです。すぐに戦線復帰するんで、気にせず演習続けて下さい」
上空からでは状況がよく見えないのだろう、見えなくて良かった、と心底思いながら、ヘイルは飛空艇に向かって大きく手を振る。頼むからさっさと行け、という意味を込めて。
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