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リアクション
【仲直りはケンカの始まり!?】〜 風森 望&ノート・シュヴェルトライテ 〜
「まったく風森 望(かぜもり・のぞみ)ときたら……。使用人のクセに、手のかかりますコト!」
ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)は、「プンプン!」と擬音でも出そうな勢いで腹を立てていた。
ノートは今朝、パートナーの風森 望とハデにケンカをして、飛び出してきたのである。
食べ損なった朝食を摂ろうと、お気に入りの喫茶店に入っては見たものの、食事の間中一部始終を思い出しては、その度に怒りをまき散らしているのである。
「そもそも、望が行けないんですのよ!イキナリ人の顔に紅茶をかけるなんて!」
などと言いながら、ノートは、今日十数度目かの回想を始める。
「うわちゃぁっ!アチアチアチッ!ナニッ!何事ですの!?」
顔面に激しい熱さを感じて、ノートはベットから飛び起きた。
見ると、顔中熱い液体でびっしょりになっている。
「おはようございます、お嬢様。今朝はウバのクオリティ・シーズンをご用意致しました」
枕元に望が、ティーサーバーを手に立っている。
「ドコの世界に、寝たまま紅茶を飲む人がいますか!そもそも、飲めてすらいませんわよ!」
「あら、昨日のサンマが庶民的過ぎて起きに召さなかったようなので、お貴族様らしい優雅な朝を演出して差し上げたのですけれど、お気に召しませんでしたか?」
そう言って、完璧なまでに慇懃に笑う望。
「サンマは、庶民的なのが気に入らなかったんじゃありませんわ!あなたが、寝室でサンマを焼いたのを怒ってるんですの!お陰で昨日は、部屋中サンマ臭くて、中々寝付けなくて大変でしたのよ!」
「それはお大変でしたコト。でも私も一昨日の夜、トイレがイキナリ真っ暗になって、それはそれは怖い思いをしたんですよ。一体、ドコのドナタが電気を消したんでしょうねぇ?」
「だから、昨日はちゃんとノックして確認しましたでしょう!それでこの仕打ちとは、納得いきませんわ!」
「確認しておいて、電気消すなんて余計にタチが悪いです!しかも、人が閉暗所恐怖症だと知っていてやらかすんですから!」
「そ、それくらい、気合でなんとかなさい!だいたいなんですの、主人に向ってその口の利き方!」
「私の雇用主は旦那様であって、お嬢様ではありません!毎日の食事も、私が好意で用意しているんですよ!それが気に入らないのなら、ご自分で用意してください!」
「えぇ、そうさせて頂きますわ!」
まさに売り文句に買い文句。
勢いに任せて飛び出して来たはいいものの、イザお腹がいっぱいになって落ち着いてみると、やっぱり望がいるのをコロッと忘れて電気を消してしまった、自分が悪いような気がしなくもない。
(ま、まぁ自分の非を認めて部下の非礼を許し、器の大きさを示すのも、人の上に立つ者としては当然の務めですわね……)
食事を終え、アイスティーを飲みながら、ノートは考える。
(確かこういう時は、領地なり宝物なりを下賜して謝意を表しつつ、忠誠心を高めるモノ……。少し、探してみましょうか)
グラスに残ったドリンクを、ストローでズズッと啜ると、ノートは勢い良く立ち上がった。
「ふぅむ、望の喜びそうなモノ、ですか……」
ノートは、地域随一の規模を誇るショッピングセンターをプラプラとしながら、望の機嫌を取れそうなモノを物色していた。
(流石にロリショタを満足させるようなモノを扱っている店に行くのは気が引けますし、かと言ってそこらの子供を飴玉でかどわかすというのも後々問題になりそうですし……。中々、イイ物はありませんわね……)
などと若干倫理感に欠けるコトを考えながら、歩き回るノート。
気がつくと、ショッピングセンターの一角を占める、巨大なホームセンターへと足を踏み入れていた。
目の前に、照明器具が並んでいる。
「要は、暗くならなければいいんですわよね……」
そう独り言を呟きながら、照明コーナーを歩くノート。
「あ!これですわ!!」
その目が、あるモノに止まった。
そして、その日の夜−−。
「今朝のコトは、私も少し大人気がありませんでしたわね。これは、私からのお詫びの品です。さぁ、遠慮なく受け取りなさい」
などと言いつつ、誇らしげに右手を広げるノート。
「受け取りなさいって……、タダのトイレじゃないですか。……新手の嫌がらせ?」
思い切り胡散臭さそうな顔をする望。
「違いますわよ!ドコの世界に、トイレを下賜する貴族がいますか!さぁ、いいから、早く中に入りなさい!!」
トイレのドアを「バァン!」と開け放つと、望の背中をグイグイと押すノート。
トイレの中は、真っ暗である。
「ちょ、ちょっと!だからワタシ暗くて狭いトコロは−−」
「いいから、早く……あぁもう、面倒ですわね!」
「キャッ!!」
望の背中に、思い切りヤクザキックをかますノート。
望は、たたらを踏んでトイレの中に倒れこむ。
その途端、暗かったトイレの中が、眩い光に包まれる。
「コレは……」
「赤外線感知装置をつけましたの。これでもう、誰かがトイレの中にいる限り、電気が消えるコトはありませんわ」
「の、ノート……!」
予想外に役に立つプレゼントに、顔を輝かせるノート。
「し、使用人が満足にトイレにも行けないようでは、仕事に差し障りが出ますからね。これで思う存分、トイレに入れるでしょう?」
「有難う、ノート!」
思わず、ノートに抱きつく望。
「貴族として、当然のコトをしたまでです。感謝される程のコトはありませんわ」
などとツンデレっぽいセリフを吐きつつも、満更でもなさそうなノート。
こうしてノートは、見事に望の機嫌を直すことに成功したのだった。
そして、その日の夜。
望が腕によりをかけて作った、サンマの刺身定食に舌鼓を打った後−−。
「おトイレおトイレ〜♪」
などと鼻歌を歌いながら、機嫌よくトイレに入る望。
その後ろで、キッチンから出てきたノートが、洗面所へと入っていく。
そして10秒後。
「バツン!」
家中の照明が、一斉に消えた。
「キャァァァァ!な、ナニ!ナニ!!」
「大変ですわ、望!ブレーカーが落ちましたわ!」
「エェぇぇぇ!」
「おかしいですわね〜。今まで電子レンジとドライヤー使ったくらいで、落ちたコトありませんでしたのに」
「ナニ言ってるのよ!寝室でエアコン使ってて、しかも洗面所でも乾燥機回ってるじゃない!!」
「あ〜!そういえば、そうでしたわね!」
「感心してないで、早く何とかして!!」
「何とかって言われましても……。ワタクシ、ブレーカーの場所なんて知りませんわよ?」
「ブレーカーなんて、玄関にあるに決まってるでしょ!」
「まぁ、そうなんですの?」
「『そうなんですの?』じゃないわよ!」
「玄関って言われても、こう暗いと……。懐中電灯ってドコでしたかしら?」
「何でもいいから、早くして!ダメ、もうダメ、ダ……バタッ!」
「望?大丈夫ですの、のぞみ!?」
次の日の朝。
恐怖のあまりトイレで気を失った望に、ノートが優雅極まる目覚めを提供されたのは、言うまでもない。