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リアクション
【ニルヴァーナを目指す者たち】 〜 クレーメック・ジーベック&三田 麗子 〜
「……そうですか。分かりました。有難うございます」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は電話を切ると、大きくため息をついた。
「やはり、俺が先走り過ぎているのだろうか……」
そう呟くと、疲れきった様子で、無機質な天井を眺める。
クレーメックはここ数日、『第5師団』の消息を訊ねて回っていた。
第5師団、というのはあくまでクレーメックが設定した「仮名」である。正しくは、『ニルヴァーナ遠征軍』とでも言ったほうがいいだろう。
今回、新たに同盟を結んだエリシュオン帝国との間で決定した、ニルヴァーナへの遠征。
しかし、遠征の開始まであと2ヶ月ほどだというのに、未だ『遠征軍の編成が始まった』という情報はない。
『もしや、内々で、遠征軍が編成中なのでは……』との推察したクレーメックは、方々に当たってみたのだが……。
帰ってきたのは、「知らない」「わからない」「聞いたコトも無い」という返事ばかり。
初めは、機密扱いになっているのではと疑ったりもしたのだが、調べていく内に、情報が隠蔽されているというよりは、本当に何の情報も無いのではと、考えるようになっていた。
「ハイ。ジーベック中尉ならば、おりますが……」
自分の名が呼ばれたのに気付き、クレーメックは身体を起こした。
パートナーの三田 麗子(みた・れいこ)が、困惑した表情で、受話器を手にしている。
「どうした、三田?」
「長曽禰(ながそね)少佐という方から、お電話が来てますけど……。お知り合いですか?」
「長曽禰……知らない名前だな。取り敢えず、繋いでくれ」
「はい」
「もしもし、お電話代わりました。ジーベック中尉です−−」
「教導団参謀科7年、クレーメック・フォン・ジーベック中尉です」
「情報科4年、三田 麗子です」
「長曽禰広明(ながそね ひろあき)だ。わざわざ来てもらって済まないな。まぁ、座ってくれ」
長曽禰広明と名乗ったその男は、クレーメックたちの慇懃な敬礼に、軽く礼を返すと、椅子を勧めた。
微妙に気崩した制服といい、あまり手入れしているとは思えない頭髪といい、前線指揮官によくある、形式張ったことの嫌いなタイプのようだ。
「さて、ジーベック中尉。ニルヴァーナ遠征軍について、色々聞きまわっていると聞いたんだが、本当か?」
イキナリ直球だ。どうやら、予想通りの人らしい。
「あぁ、警戒するコトはないぞ。別にオレは、お前を尋問しようとか、そういうつもりはない。ただ、なんでそんなコトを調べてるのか、個人的に気になってな。単なる暇潰しってワケじゃあるまい?」
「ハイ。新設されるであろう師団の編成について、かねがね興味がありまして。もし編成が始まっているのであれば、視察させて頂きたいと、そう思ったのであります」
相手に合わせ、率直に答えるクレーメック。
こういうタイプには、こちらも同じように受け答えした方が、情報が引き出しやすい事を、クレーメックは経験から学んでいた。
「遠征軍に参加するつもりなのか?」
「はい。志願するつもりでいます」
「そうか。それじゃ編成について、自分なりの考えがあるのか?」
「はい。あります」
「そうか。もし良かったら、聞かせてくれないか、お前の考えを」
「自分の……でありますか?」
「あぁ。具体的なコトは機密に触れるんで言えないが、オレは、今度新設される遠征軍の編成に関係する事になっていてな」
そう言うと、長曽禰は、懐からタバコを取り出す。
「吸うか?」
「いえ」
「そっちは?」
「はい。お気持ちだけ頂いておきます」
「そうか……。最近は吸わないヤツが多くてな」
そういうと、長曽禰はつまらなそうな顔で、タバコに火をつける。
「それでまぁ、どうしたものかと考えている訳だが−−」
一つ、大きく煙を吐き出すと、長曽禰は話を続けた。
「何せ耳に入るのは、お偉いさんや参謀本部の言うことばかりでな。参謀共の話っていうのは大抵は正論だし、いやそれが悪い訳じゃないんだが、それだけってのもちょっとな……。かと言って、お偉いさんの言うことを真面目に聞いてたら、こっちの身が持たん」
「それで、たまには『下の者の話も聞いてみよう』と?」
クレーメックの言葉に、フッと笑う長曽禰。
「まぁ、ぶっちゃけた話そういう事だ。参謀科ってのはアレだが、そこはそれ、『若さでカバー』ってヤツだ。さて、それじゃあ言ってみな。お前の考えを」
「わかりました−−」
軽く深呼吸して、クレーメックは話し始める。
身振り手振りや、時に作図も行いながら、クレーメックは自説を披露した。
まず、これまで編成された第1から4師団までの戦歴を振り返りながら、その特長と問題点を指摘。軍編成が戦績に与えた影響を、総括する。
続けて、新設師団に話を移す。
目下、国軍が直面する喫緊の軍事的課題は、パラミタの月にあるという、ニルヴァーナへの門を開く事。
だが、『門を開いてそれで終わり』という訳ではなく、その後には『崩壊の兆しを見せつつあるパラミタの民を、ニルヴァーナに殖民させる』という、大事業が控えている。
だが、当のニルヴァーナについては、現時点では一切が不明。この状況下で軍編成を行うとなると、如何なる不測の事態にも対処し得る、柔軟な運用を可能とする編成が求められる−−
「結論として、新設師団には、従来の軍編成の常識に捕らわれない、新しい概念が必要になると思われます」
その言葉で、クレーメックは自説を締めくくった。
長曽禰は、吸っていたタバコをもみ消すと、新しい1本に火をつける。
「それで?」
「は?」
「その、『新しい概念』ってヤツだよ。具体的には?」
「……申し訳ありません。未だ、自分には答えが見つけられません」
「その答えが見つかるかと思って、ジーベック中尉は新設師団の情報を求めていたんです」
咄嗟に、麗子が口を開く。
「三田」
「……すみません」
クレーメックに窘められ、俯く麗子。
「ハッハッハ!」
イキナリ、大声で笑い出す長曽禰。
「そんなに気に病むな、お前ら。オレも、今この場で答えが出てくるとは思ってない。何せ、参謀本部のヤツらも頭を抱えてる問題だしな」
「そうなのですか?」
「そりやそうさ。何せ、あの世ともこの世ともつかないような所に行くんだ。そう簡単に決まる筈もない。色々と、偉いお方の思惑もあるしな」
「はぁ……」
思わず、拍子抜けしたような声を出すクレーメック。
「まぁともかく、そこまで考えが及んでいれば今日のトコロは合格だ。またなんか浮かんだら、オレんトコロに来い。オレの方も、方々に話を聞いてみるコトにする」
「また、伺ってもよろしいのですか?」
「人の話を聞いてたか?オレは、おんなじコトは二度言わねぇぞ。こういうコトは、いつ誰に、どんな形でアイデアが出るかわからん。考える頭は、多いほうがいいんだ。って言っても、バカばかり揃えてもしょうがないしな。……わかったか?」
「は、ハッ!」
「よし。じゃ、もう帰っていいぞ」
それだけ言うと、長曽禰は携帯を取り出した。どちらかに連絡を取るらしい。
クレーメックと麗子は、慌ただしく敬礼をすると、電話の邪魔にならないようにそそくさと部屋を出た。
「話の分かる方で良かったですね、長曽禰少佐」
部屋を出た途端、ホッとした顔をする麗子。
隣にいるクレーメックの方を見るが、当のクレーメックは何事か考えているらしく、麗子の視線には気づいた風もない。
「クレーメック……?」
「戻るぞ、麗子。早速、研究だ」
「ヤル気満々ですね」
「あぁ。少佐は、私を認めてくれた。その期待に、応えなければ」
麗子と話しながらも、クレーメックの目は遠くを見つめている。
考え事をする時の、クレーメックの癖だ。
「それで、私は何をすればいいですか?」
「まずは、過去の戦役についてのデータを、可能な限り全て集めてくれ。それこそ、古王国時代に遡っても構わん」
「古王国時代まで?あまり詳細なデータは集まりませんが……」
「それでいい。何せ、あの世ともこの世ともしれないトコロだ。今回はそんなお伽話みたいなコトが、役に立つかも知れん」
「分かりました」
クレーメックに一礼して、足早に去って行く麗子。
その背中を見送るでもなく、暗い廊下を歩いて行くクレーメック。
その思いは既に、深い思索に沈んでいた。