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【2021ハロウィン】踊るカボチャとシャンデリア

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【2021ハロウィン】踊るカボチャとシャンデリア

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第二章:アホじゃないけど踊らにゃ損


 きらびやかなシャンデリアが照らすステージの上で、蒼空学園の御凪 真人(みなぎ・まこと)はチラリと腕時計に目をやった。パーティーの行われる特設会場では、すでに参加者たちが集まっていた。ジャンパラ各地から名士の方々もやってきている。皆初めてのことで、どことなくそわそわしながらパーティーの開始を待っている様子だった。
 今回、彼は司会進行役を任されパーティーの運営全般を取り仕切ることになっていた。もちろん準備万端、いつでも始められる状態だ。
 そして、ちょうど時間になった。お偉いさん方と視線が合うと、彼らは小さく頷く。
「では時間になりましたので、これより蒼空学園における社交パーティを開催いたします」
 真人の紹介で、まずはこの学園の理事長兼校長の{SNM9999001#山葉 涼司}が挨拶のスピーチを始める。
「ねえ、真人。衣装が問題で会場内に入れない人がいるみたいなんだけど」
 理事長の挨拶の間、脇に下がっていた真人に、ドレス姿の少女が駆け寄ってきた。彼の恋人のセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が小声で話しかけてくる。
「受付も杓子定規というか意地っ張りというか、ダメだの一点張りなの」
「どんな方ですか? 衣装を借りれなかったのでしょうか。そんなはずはないのですが」
「ちょっとその……、なんというか個性的な人で……」
 セルファの言葉は場内からの拍手にかき消された。山葉 涼司のスピーチはあっさりと終わったようだ。長々と話をしないところ、さすがは空気を読める人物だ。
 真人も軽く拍手しながら。
「後で様子を見に行ってきます。……グラスとお酒を持ってきてくれませんか。乾杯の音頭を取らなければなりません」
「すでに用意してあるわよ。未成年なんだからシャンパン飲んじゃだめよ」
 セルファは、トレイにシャンパンとグラスを載せすぐに戻ってきた。グラスを手に取った真人と山葉 涼司、そして名士たちに笑顔でシャンパンを注いで一礼する。
 会場内では、給仕たちが参加者一人一人にグラスを配り飲み物を注いで回っている。成年者には主にシャンパンだが、未成年者はソフトドリンクだ。
 全員にいきわたったのを見渡して、真人はグラスを掲げた。
「では、開催を祝して。乾杯!」
「かんぱーい!」
 歓喜の声とともに、パーティーが始まった。
 薔薇の学舎の眼鏡男子フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の率いる楽団が、シックなクラッシックを奏ではじめる。彼は、親友たちと共にパーティーにやってきていたが、今日は別行動だ。最後までこの舞台の上で参加者の耳を楽しませることだろう。
 軽くグラスを掲げてくる真人と涼司に、フランツはウインクして返してから、まずは場を和ませるよう指揮を取る。優美なヴァイオリンの旋律が室内をゆっくりと満たしていく。
 と。その彼が一瞬曲を乱しそうになった。
 部屋の片隅、視界の端を横切った物があったからだ。
(おや。なんでしょうか、アレは……?)

 
 パーティー会場内はすでにあちらこちらで人の交流が始まっていた。
 そんな中、空京大学生のミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)は、一通り周囲を見回してちょっとばかりがっかりしそうになっていた。学生の催すパーティーだけあって、参加者は若者が大半だ。彼女が好みの金持ち風のダンディなオジサマはいるにはいるのだが、あっという間に目をギラつかせた貴婦人たちが鼻息荒く取り囲み占有してしまっている。
(あ〜やだやだ。ああはなりたくないもんだね。……仕方ない、若いのにするか)
 ちょうどそのとき、彼女の目の前を赤毛のものすごい美形が通りかかる。
「ごきげんよう、美しい貴公子さん。あたしと一杯いかが?」
「ん、俺のことか?」
 ミネッティが差し出したグラスを条件反射的に受け取ったグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は目の前の美女を興味をもってまじまじと見つめた。
「……いや、これは失礼、レディ。あなたのような素敵な方に出会えるなんて、このパーティーにやってきた甲斐があったというものだ。私はグラキエス。お見知りおきを」
「まあ、お上手ですこと。あたしはミネッティ。ねえ、あなたお一人?」
「人畜無害な連れが二人いるが、まいてきた。こんな時間を大切にしたいと思ってね」
 グラキエスは魅惑的な遠い目をした。会場内を見回し感慨深げにため息をつく。
「いいもんだな、パーティーというものも。とても華やかで優美なものだ」
「純粋な言葉を持っているのね、あなたって。夢の世界からやってきたのかしら」
「似たようなものかもしれない。魔の世界も知ってはいるが」
「ロマンティックなのね。とにかく、二人の出会いに乾杯しましょう」
 ミネッティがグラスを持ち上げようとしたときだった。
「私も混ぜてもらっていいかな?」
 悪魔的な美貌の長髪の青年が現れる。グラキエスの連れのベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)だ。彼は威嚇するように、ミネッティにくわっと目をむいた。
「失礼だが、私の可愛い弟に何かご用でも?」
「まあ、お兄さまでしたの。素敵な方なのですね。初めまして」
 ミネッティはたじろいだ様子はなかった。むしろ大歓迎といわんばかりに。
「あの失礼ですが、おいくつくらいなのかしら? ずいぶんと貫禄があるみたいだけど」
「私か? 私なら、だいたい4600歳位といったところだが、年齢にあまり意味はないな」
「……え〜っと、はい?」
「ちなみに、グラキエスは10歳だ。可愛い盛りだろう」
「……ふ、うふふふふ……。面白い冗談を言う方たちね」
「それよりも、レディ・ミネッティ。よろしければ俺と踊ってくれないか?」
 興味津々のグラキエスにベルテハイトがすぐさま割って入る。
「グラキエス、ダンスなら私がお相手しよう。十分に満足していただけるだろう」
 そんなやり取りに彼らの存在に気づいた他の女性たちも、たちまちにして集まってきた。
「まあ、すごい」「どこからいらしたの?」「一緒にお食事でもどうかしら……」等々。
「ええい、わらわらと。寄ってくるな!」
 ベルテハイトが追い払おうとするが、婦人たちは全く聞く耳を持っていない。きゃあきゃあと黄色い嬌声が沸き起こる。
「え〜っと……」
 どうしようか、と様子を見ているミネッティに、料理の載った皿が差し出された。
「お一つどうぞ。どうなされましたか、レディ? 元気出されよ。これくらいで諦めていてはラヴロマンスなど到底おぼつかないわけですが」
 料理を運んでいた金髪の極美形青年、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は、そろそろおいとましようかと思っていたミネッティを励ますように言った。
「アタックするおつもりでしたら、応援してもいいですよ。あなたのお察しのとおり、彼は一人身です。交流のためにこのパーティーにやってきたのです」
「あたしもそんなものよ。……この後、もう一度、お会いできないかしら」
「私でしたら、この後といわず今からどこへでもお連れしますよ。そう、魔界へでも」
「……彼は?」
「そうですね、聞いてみては? もっともっと、強く押すことをお勧めしますよ」
 エルデネストは、雰囲気をあおるように言った。
 う〜ん、とミネッティ。これは他を当たったほうがいいのだろうか……。


 さて、その頃――。
「壁の花って、結構いるもんだねぇ」
 薔薇の学舎から講師役としてやってきていたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、パーティー会場でどうしていいかわからずに佇んでいる生徒たちを眺めながら、しまったというように小さくため息を吐いた。
「ダンスやマナーだけじゃなくて、相手へのアプローチの仕方も教えておくべきだったぜ」
 まあ、時間がなかったから仕方がなかったということもあるが。
 しかもそれだけじゃなく、明らかにダンスに自信がなさそうなオーラを放った生徒たちも結構いるように見受けられた。そういった客たちを相手するのも役目の一つだろう。
「……お嬢さん。よろしかったらオレとおひとつ。お相手いただけるかな?」
 ソーマは、ケーキをもぐもぐしながら所在なさげに佇む二人組みの美少女に手を差し伸べた。どちらも甲乙つけがたいが、黒髪の方と目が合ったのでニッコリと微笑んでみる。
「え、わ、私……?」
 黒髪ツインテイルの美少女、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は突然声をかけられて目を見開いた。どうしよう……? と、チラリと隣を見る。相手は一人だし……。
「いいじゃん。彼、ちょっと不良っぽいけどすごいカッコイイし」
 傍らの金髪ツインテイルの美少女、リュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)は蛇々を肘で軽くつついた。ケーキの皿を受け取って、えいやっと送り出す。
「い、言っておくけど、偶然目が合っただけなんだからねっ。別にあんたじゃなくてもよかったし、アピールしていたわけじゃないんだからねっ」
 顔を赤らめながら言う蛇々に、ソーマは、にこやかに頷いて。
「もちろんそうだろうとも。オレも偶然キミに引き寄せられただけさ。運命みたいに、ね」
「あう……」
 俯いて硬直してしまう蛇々は動きすらおぼつかない。ソーマは一つ一つ丁寧に実践でダンスを教えていく。次第に緊張もほぐれてくるのがわかった。
「そうそう。うん、結構スジがいいね。すぐにフォームもきれいになるよ」
「もう。そんなこと言うからあんたの足踏んじゃったじゃないの。謝らないからね」
「ははは。構わないさ。元気なのはいいことだ」
「……下手なら下手って言ってくれたほうがいいんだけど」
「一生懸命な女の子に俺が言うことなんて何もないね。十分に魅力的だよ」
「ば、ばっかじゃないの? そうやっていつも女の子たらしこもうとしてるんでしょ」
 そんな二人を見ていたらリュナも勇気がわいてくるのがわかった。ケーキの皿を置きにいったテーブルで偶然隣り合わせになった人に思い切って声をかけてみることにする。黒髪をオールバックにした精悍な顔立ちの青年だ。
「あ、あの……。もしよろしかったら……」
「喜んでお供いたしましょう」
 答えたのは、シャンバラ教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だ。そっとリュナの手を取り曲に合わせてゆるやかに二人で踊り始める。
「武人ゆえ無骨なところがあるやもしれませんが、ご容赦のほどを」
「うん、大丈夫。ついていけるよ」
「あちらの、お友達はよろしいのですか?」
 なんとなく成り行きを眺めていた小次郎は、気を使ったように聞いた。
「気になるなら、後で紹介するよ?」
「いえ、そういうことではないのですが」
 小次郎は、リュナの無邪気な笑顔に一瞬戸惑ったが、すぐに思い直した。
「……そうですね。皆でダンスを楽しんだ方が有意義な時間をすごせると思います」
「じゃあ、競争しよっか? どっちがたくさんのパートナーとダンスを楽しめるか」
「受けてたちましょう、レディ」
 小次郎とリュナはお互いにクスリと微笑みあってから、別れる。
 とは言うものの、あまりがつつくのもみっともない、か……。小次郎は考える。
 なら、男性を誘ってみるのはどうだろう? 女性の参加者は二人組みかそれ以上が多い。こちらも複数人のほうが声をかけやすいのでは……? 
 ふと、浮かない様子の青年を見つけて、小次郎は話しかけてみる。
「どうされました? 元気がないようですが」
「いや、連れに少々頭を悩ませておりまして」
 振り返ったのは、葦原明倫館の軍師の風貌を持つ男、荀 イク(じゅん・いく)だった。
「何かやらかさないかと心配でついてきたのですが、色々と複雑です」
「ほう……」
 二人が目を向けた先には、銀髪の美少年がいた。
 背が高く堂々たる物腰の獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)は、壁際で大人しくしている美少女に声をかけている。穏やかで丁寧な物腰だ。
「ごきげんよう、レディ。あなたの大切なひと時を、僕に分け与えてくださいませんか?」
「ダンスですか? 私でよろしければ喜んで」
 蒼空学園の双葉 みもり(ふたば・みもり)はチラリと隣に視線をやった。傍の美形マホロバ人、皇城 刃大郎(おうじょう・じんたろう)は、好きにするといいと頷く。
「悪いことをしてしまったかな、キミの連れの方に?」
 龍牙はみもりも手をとり、柔らかに微笑む。
「今日だけの特別な時間ですもの。きっと許してくださいますわ」
 みもりは洗練されたステップを踏みながら微笑み返した。
「よく出来た方でうらやましい。僕の連れは説教好きでね。胃に穴が開きそうだよ」
 龍牙の上品な、だが軽快な冗談口調に、みもりはクスクスと笑う。
「……胃に穴が開きそうなのはこっちですよ! なにが『僕』ですか、まったく!」
 荀 ?は不平をもらす。そして、刃大郎に近づいて。
「もし彼が乱暴狼藉を働くようなら、すぐに連れて帰りますので、なにとぞ……」
「気にすることはない。彼女もあんな時間が必要だ。楽しんでいる様子で結構だ」
 刃大郎は心配なさそうな目でみもりを見守っている。
「聞こえているぞ、てめえ! 誰が乱暴狼藉を働くだって!? 帰ったら覚えてろよ!」
 龍牙は荀 ?に怒鳴り返してから、すぐに表情をにこやかな笑顔に戻した。
「おっといけない。つい外国語が口をついて出てしまったようだ」
「本当に面白い方ですわね、あなた」
 みもりは、本当に愉快そうに笑い通しだ。
「もう少し広い場所にいって踊りませんか?」
「それはもう、喜んで」
 龍牙とみもりは二人だけで向こうへ行ってしまう。
 小次郎はポツリと言った。
「かくして、男三人が取り残されたわけですが……」
「……」
「……」
 しばしの沈黙。
「そういうことでしたら、是非私たちのお相手をつとめていただきたいのですけど」
 話しかけてきたのは、蒼空学園のメイヴ・セルリアン(めいう゛・せるりあん)だった。真っ白で線の細そうな美少女だ。そのメイヴの影に半ば隠れるようにジェニファー・サックス(じぇにふぁー・さっくす)も顔をのぞかせている。
「ここで会ったのも何かの縁ですわ。今夜は存分に楽しみましょう」
 いささか緊張気味なものの、メイヴは思い切って誘った。
「せっかくだが、俺は結構だ。こういう場はどうもなじめなくてな」
 刃大郎が言うと、荀 ?も。
「いえいえ、私が遠慮しておきますよ。心配事の種を残してきていますので」
「ちょうど三人対三人になるように、もう一人ご婦人を連れてきたよ」
 ジェニファーは、先ほどまで彼女らと一緒にダンスをしていた貴婦人を紹介する。
「まさか、女性に恥をかかせるような方々ではありませんよね?」
 場の雰囲気からか、普段より挑戦的に言うメイヴ。
「そこまで言われては仕方がありませんな」「全くだ」
 荀 ?と刃大郎、それに小次郎は、メイヴたちの手を取ってダンスを始める。
 程なく、龍牙とみもりもこちらにやってきた。
 パートナーを何度も交代してそれぞれが楽しいひと時を過ごす。
「来てよかったですわ。素敵な時間をありがとうございます」
 みもりは心から言った。料理や雰囲気だけじゃなく、本当に大切なのは交流なのだと。
「私もこんな楽しい体験は久しぶりです。また機会があったら誘ってくださいね」
 メイヴもニッコリと微笑む。
 普段、パーティーやダンスなどとは縁の遠い硬派な生活を送っている男性陣の、照れたようなはにかんだような表情が印象的であった。


「素晴らしい。夢の世界のようだ」
 イルミンスール魔法学校からやってきていたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は目をキラキラと輝かせて、テーブルの上に並べられたスイーツ類を見入っていた。リリは、パーティーが始まるなり交流そっちのけでスイーツコーナーに引き寄せられていた。
 一つ手に取って口に含んでみる。口の中に広がる芳醇な甘み、まろやかな舌触り、間違いない、どれもこれも超一級品だ。
「……美味しい! 至福すぎる……」
 はもはもと無我夢中で食べ始めるリリ。
「あら、愉快なお友達をお持ちなのね、あなた」
 少し離れた所でユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)と談笑をしていた貴婦人は、そんなリリを遠目で眺めて、大げさに驚く仕草を見せた。
 ユノの目の前の貴婦人は由緒正しい名家の出身ということだった。これ見よがしに宝石類をちりばめた豪勢なドレスを纏い、装飾品をちらつかせ、取り巻きまで引き連れて、権勢をひけらかす。社交界では有名なご婦人だと話に聞いた。
「さすがに異文化交流のパーティーだけあって、変わった風習の持ち主もおられるのね。どこの辺境の地からはるばるやってきたのかしら? 大変だったでしょう、遠くから」
 マダムの言葉に取り巻きたちもクスクスと笑みを漏らす。
「いえ、そうではないのですが……」
 ユノは少々言葉に詰まった。なんだか居心地が悪い。マダムはユノを値踏みするように上から下までじろじろと見た。ユノはかつて実家にあったドレスを身に纏っていた。きれいな作りなのだが、いかんせん今の流行にはあわない。
 マダムがユノのすぐ隣に視線を移したのを察して、急いで紹介する。
「あ、それから。こちらは、わたくしの騎士のララと申します」
 ユノは傍らに控えていた騎士、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)を紹介した。ララは、礼儀にのっとり、優雅にお辞儀をする。
「これはご丁寧に。衣装といい礼法といい、古きよき時代を思い出させてくれる貴重な人たちね。今時のお嬢さんじゃないみたい」
「……」
 ユノは唇をかんで俯いた。なんと返したらいいのかわからない。
 ルルは間に割って入った。やんわりとだが、断固と訂正を求める。
「マダム、取り消していただかないと、私は騎士としての役割を果たさなければならなくなります」
「まあ、恐ろしい。すぐに攻撃的になるなんて、お里が知れますわよ?」
 マダムは全くひるんだ様子もなく、冷笑を浮かべる。
「挑戦でしたら受けて経つ所存ですよ、マダム……」
 ルルは不敵に微笑む。一瞬、空気が張り詰めた。
 ウエイターとして客を丁重にもてなしていた椎名 真(しいな・まこと)は場内の雰囲気が変わったのを素早く察知して、ユノたちの傍に近寄ってきた。彼は、パーティーが何事もなくスムーズに進行するように会場内に注意を張り巡らせていたのだ。
「マダム、どうぞこちらへ。特別におくつろぎできるお部屋をご用意してございます」
「あら、ちょうどよかったわ、ボーイさん。この子たちをつまみ出して頂戴」
 単なるボーイ呼ばわりされたにもかかわらず、真の表情は全く動かなかった。
「ここで騒がれますと、マダムのご家名に傷をつけることになりましょう」
 他の名士の方々にも噂は広まるかもしれません、と牽制を入れる真。
どうする? と彼はユノとルルに視線をやる。ここで引き下がってくれるなら事は穏便に済むのだが……とその目は言っているようだった。
 その反対に、スイーツをほお張りながら様子を見ているリリの瞳は、GO!と言っている。
「あたしたちにだって、矜持くらいはあるもん。侮辱されて黙って引き下がるほど腰抜けでもないんだからねっ」
 ユノはずいっと胸を張る。
「よくもまあそんな大口を」
 マダムも矛を収める様子はなかった。
「決闘をなさるのですか? こんなこともあろうかと舞台は用意してありますが」
 真はパーティー会場を平穏に保ちつつもスムーズに誘導しようと扉を開いた。
 ルルたちが外にでる。スイーツをむさぼっていたリリも、追いかけてきた。
 そのときだった。
 ぐいんぐいんとおかしな音を立てて、カボチャの化け物が踊りながらこちらに飛んでくるのがわかった。それも一つや二つではない。次から次へとこちらにやってくる。
 ひいっ……! とマダムが悲鳴を上げた。問答無用で彼女に飛びかかってこようとしていた巨大なカボチャを、ルルが一刀両断に斬り捨てる。
 異変に気づいた場内がわずかにざわめいたのがわかった。
「ご安心を。イベントの一環でございます。少々手違いがあったようですが、すぐに片付きます。引き続き、パーティーをお楽しみください」
 足元で暴れるカボチャを踏み潰しながら、真は鷹揚な笑顔で来客に告げる。その言葉で、またもや会場内は通常のパーティーの喧騒へと戻っていく。
 扉は外から閉められた。
「大げさな戦闘をする必要はない。あっという間に終わる。このメンバーならな」
 さて、腹ごしらえもすんだことだし、とリリはやる気十分だった。
 カボチャの化け物、ジャック・ランタンはとりあえず見たところ十数体しかいない。よほどの怪物でもない限り、秒殺だ。彼らの戦闘力をもってすれば。
 そして――。
「ありがとう、助かったわ」
 マダムは腰を抜かしていたが、リリが手を差し伸べると素直に手を握り立ち上がった。彼女の取り巻きたちも、もう何も口を開かない。
「お強いのね、あなたたち。見直したわ」
 マダムはユノとルルに向き直る。
「さっきは言い過ぎたわ、許してね、リリさん、ルルさん、ユノさん」
 あっさりと謝られてユノは少し驚いた。
「そんな、こちらこそ。礼もわきまえずに失礼しました、マダム」
「無礼な言葉を投げかけたこと、ご容赦のほどを」とこれはルル。
「またパーティーに来て頂戴。歓迎するわ」
 マダムはさすがにバツが悪いと思ったのか、パーティーを途中で退席し帰っていく。
「そちらにも余計な手間をかけさせた。申し訳ない、真殿」
 リリの言葉に、真はやんわりと微笑み返す。
「いえ、何事もなくてなによりだった。それだけだよ」
「きっと寂しかったんだな、あのマダム。あれだけお金もあるし取り巻きもいるのに孤独だったんだ」
 去って行くマダムを眺めながら、リリは言う。
「今度は、本当に遊びに行ってもいいな」
 
 
 そんな会場の片隅。
 少々雰囲気の違う二人がいた。
 一人は、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)
 片方は、坂上 来栖(さかがみ・くるす)
 曲が流れているのに、周りでは談笑が弾んでいるのに。この二人は黙ったまま動かない。
 向かい合ったままじっと見つめあい、視線をそらせ、また見詰め合う。
 声を聞く必要はなかった。言葉を発する必要はなかった。 
 そんなことをしなくても、もう十分にたくさんの会話が交わされているのだから。
 他の人たちにはわからない。二人だけの秘密。二人だけの世界。閉じた孤高の空間。
 口にしたら崩れてしまう、長い長い語らい。大切な心のやり取り。
 二人はどれくらいそうしていただろう。
 不意に、クドは言った。幾分おどけた口調で。「いいよ」、と。
 来栖は小さく息を吐く。嬉しそうな、悲しそうな表情で答える。「ありがとう」と。
 彼女はそのまま口元を彼の首筋に持っていき。
「サヨナラ、私の友達」
 歯の感触を味わいながら、クドは小さくつぶやく。
「おやすみなさい、俺の友達」
 その姿勢のまま、二人はしばらく固まっていた。
 誰も見ていない。誰も気にしていない。誰も知っていない。
 だが確実に。ここであったのだ。二人の『出来事』が。
 クドは言う。顔を上げて。相手を見つめて。「おはよう、吸血鬼(トモダチ)」
 来栖は言う。顔を上げて。相手を見つめて。「こんばんわ、人間(トモダチ)」
 その声は楽団の素晴らしい演奏にかき消された。
 そうして、二人はずっとその場に佇んでいた。パーティーが終わるまで。ずっと。
 ライトが落ちる――。