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【2021ハロウィン】踊るカボチャとシャンデリア

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【2021ハロウィン】踊るカボチャとシャンデリア

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第三章:ジャック・ランタンを追うのだ


(雰囲気が変わってきましたね)
 旋律のトーンを上げながら、フランツ・シューベルトは会場の行方を見守っていた。
 一見、平穏無事にパーティーは進んでいるように思える。だが、所々でバタバタと何かがうごめいているのがわかった。
(さっきかすかに見えたアレは、やっぱり、ジャック・ランタン……)
 他の方々はどうするのでしょうか……?
 しばらく見守りましょう、とフランツは微笑む。


 一方。蒼空学園第十三技術倶楽部の部室内。
 部長の真柴 クリコは、暴走したジャック・ランタンに襲われてその場で気絶していた。彼女の会心作の機晶プラントは動いたままだ。こいつがジャック・ランタンを生み出し制御していると言っていい。飛び出したジャック・ランタンはあちらこちらでイタズラを繰り広げ、騒動になっている。この根源を叩き潰さないと混乱は収まりそうになかった。
「おのれ、カボチャ共め。この俺様の美顔に落書きしようなどとは。……む?」
 廊下にあふれかえるジャック・ランタンを蹴散らしながら会場へと向かおうとしていた変熊 仮面(へんくま・かめん)は、倒れ伏しているクリコを発見して、おおうっと感嘆の声を上げた。彼女の顔の前衛的なラクガキにメイクの真髄を見たからだ。
「よし、俺様がパーティー会場に連れて行ってやるぞ。一緒に注目を浴びよう」
 そのための準備はすでに整っている。クリコを抱き起こそうとすると。
「……むにゃむにゃ、……もう食べられないよぅ。……。……え?」
 クリコは案外あっさりと目を覚ました。身体を預けたまま首だけで辺りを見回す。
「おっと、もうお目覚めかい、お姫様? なら、この俺様がパーティーへご招待だ」
 仮面の歯がキラリと光った。
 普段は裸マントにアイマスクというナイスな衣装の仮面だが、今は違った。物分りの悪い受付で追い返されてから着替えてきたのだ。そのいでだちは王子様にふさわしいものだ。
「……あ、あの、あの……っ」
 クリコは驚いたように目を見開き、口をパクパクさせた。硬直したまま動かない。
「ははは、安心したまえ。すぐに心も落ち着くだろう」
 仮面は呆然としているクリコの口にどぎ☆マギノコを含ませた。
「あ〜っ! 何やってるんですか、あなたは!?」
 不意に入り口で声がした。
 兄を迎えに来た高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)は、仮面を指差した。女子生徒を抱きかかえ、何か薬のようなものを食べさせようとしている姿は怪しくも見える。
「しかも、彼女の顔にそんなラクガキまでして。変態さんですか、あなたは!?」
「変態さんではない、変熊さんだ」
 そんなやりとりとは裏腹に、クリコは仮面の腕の中からムクリと立ち上がった。トコトコと咲耶の傍までやってくると、いとおしそうにギュッと抱きしめる。
「な、な……!?」
 咲耶はクリコにきつく抱きしめられ言葉を失った。
 最初に見たものにときめいてしまう、どぎ☆マギノコの効果がさっそく現れたらしい。
「……貴様が途中で声をかけるから、彼女が別のものを見てしまったではないか」
 このままでは見せ場が取られてしまう、と仮面はクリコを引き剥がそうとする。
 いや〜っ! 咲耶にしがみついたまま抵抗するクリコ。
「少し席を外している間に面白いことになっているな」
 部室の奥の扉を開けて、白衣の眼鏡男子、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が現れる。
 天才科学者を名乗るハデスは、第十三技術倶楽部部長の真柴 クリコと機晶ロボット好きとして意気投合し、今回のジャック・ランタン作りに力を貸していたのだ。機晶ロボットの制御プログラムは任せておけ、とばかりに彼は制御部を担当していたのだが。
 ……どうやら組み込むプログラムを間違えてしまったらしい。この有様だった。
「クリコは引きこもりなのだ。外に出るのも人と接するのも苦手らしい。だから、機晶ロボットくらいしか友達がいないのだよ、彼女は。ドレスを借りてはいたようだが、果たして本当に出席するつもりだったかどうか……。少し相手が悪かったようだな、変熊 仮面」
「そういう貴様はどうなのだ?」
「俺は引きこもり仲間だからな。存在自体がドクターなのだ。彼女も気にしはするまい」
「後出しじゃんけんすぎるだろ、それは」
 だが、そんなことを言っている場合ではなかった。室内では、ジャック・ランタンが制御を失って暴れだしており、無事に出れるかどうか……。
「フハハハ、大丈夫だ。この修正版プログラムが完成したからには問題も一挙解決だ。というか、証拠隠滅に躊躇なし!」
 手の中のデータチップを弾き上げながらハデスは会心の笑みを浮かべる。
「は、早くしてください! 外が大変なことになってるんですけど!」
 咲耶と一緒にこの部室にやってきていたアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が廊下から推し戻されてくる。パーティーのためドレスを纏っており、武器も鎧も装備していないので不利だ。バランスを崩したアルテミスにヴインヴインといやな感じの音を立ててカボチャが襲いかかってくる。あっという間にもみくちゃにされる。
「きゃー! ドレスがボロボロに……!」
 悲鳴を上げるアルテミス。室内のカボチャたちはそのまま外に逃げ出していった。
 それを尻目に、仮面はクリコを引き剥がすのに成功する。
「まあいい、初志貫徹だ。ウブなのもまたよし! 男の魅力を教えてやるとしようか」
 仮面はクリコを抱えたまま廊下に躍り出た。エスコートもつかの間。
「いたぞ、こっちだ!」
 踊り狂うジャック・ランタンにそれを退治しようと大挙して押し寄せてくる生徒たち。
 仮面は、クリコをかばったまま跳ね飛ばされ、宙を華麗にスピンした。四回転半の後、彼は満面の笑みを浮かべたまま顔面から着地し、ジャック・ランタンの群れに踏み潰されていずこかへ消えていった。
「なるほど。これが元凶というわけか」
 ややあって。部室に入ってきたのは、薔薇の学舎の騎士、鬼院 尋人(きいん・ひろと)とシャンバラ教導団のラヴェイジャー、樹月 刀真(きづき・とうま)だった。
 彼らは、ジャック・ランタンを排除している最中に合流し、この部室が事件の発端の場所と探り当てていたのだった。ここまでのカボチャはおおむね一掃した。後はここだけだ。
 刀真は冷たい瞳でハデスを見、ジャック・ランタンのプラントに目をやって、それから、また戻ってきて咲耶に抱きついているクリコに視線を移した。
「いよいよ正義のヒーローのお出ましってわけか。だが、そうはさせん」
 尋人の風貌と身のこなしに、そして何より刀真の放つ殺伐とした雰囲気に強敵と見て取ったハデスはじりじりと後退しながら身構える。
「誰もそんなことは言ってない。状況を把握しているだけだ」
 尋人は言うが、ハデスは警戒を解かなかった。
「……ククク、俺は直接対決は避ける主義でね。今日のところはキミたちの勝ちだ。証拠は隠滅させてもらった。また会おう、フハハハハ……!」
「いや、だから誰もそんなことは」
 尋人が制止するよりも先に、ハデスは煙幕を撒き散らし霧のように姿を消す。
「あ〜っ! 待ってくださいってば!」
 アルテミスも咲耶をクリコの手から助け出し、ペコリと一礼して去っていってしまう。
「……なんだったんだ、あれは」
 尋人は怒る気にもなれず、部室内を見回した。めちゃくちゃに散らかった備品類が散乱し、その傍らで目標を失ったクリコが呆然と立ち尽くしている。
「この装置を止めないと、ジャック・ランタンは増え続け暴走したままってわけか」
 プラントを観察していた尋人は、操作盤のキーボードに触るのをためらった。自分は専門家ではない。うかつに操作して事態が悪くなっては何の意味もない。
「やはり彼女の協力が必要だな。破壊していいなら話は簡単だが」
「どぎ☆マギノコの効果が全身に回っています。解除しないとまともに話もできないですね」
 クリコのまぶたを指で押さえて瞳孔を見ていた刀真は、彼女の首筋に腕を当てグキリとひねる。まあ、効果はそのうち切れるのだが、放っておくわけにはいかない。
 ぴぎゃっ……! と悲鳴を上げて、クリコは我に返った。
「あ、あうう……。す、す、すいませんでしたすいませんでしたすいませんでした……」
 いきなりペコペコ謝り始めるクリコ。
「いや、もういいですから。悪気があってやった事じゃないことくらいわかっていますし」
 刀真は手でクリコの口を制しておいてからプラントに向き直る。
「あれ、止めれますよね? ジャック・ランタンを直したいのは俺もなんです」
「あ、は、はい。その……。なんです、あれが、それで、うん、頑張ってみるから」
 あわあわとどもりながら、クリコはプラントのキーボードをパタパタと叩く。
「……あの人たちのこと、お、怒らないであげて」
 ふと手を止めて、クリコは尋人と刀真をみた。
「さっきのドクターや、変態さんのこと」
「ああ、約束する。というか、誰も怒っちゃいないよ」
 尋人は苦笑しつつも答える。よかった、とクリコ。
 しばらくして。
「で、できた。これでジャック・ランタンもうこれ以上増えないよ」
「後は、回収するだけか」
「でも、潰しても、いいよ。失敗したの、わたしだし」
「いや、やってみよう。せっかくのパーティーだ。潰すより止める。みんなでな」
「ところで、ずっと聞きたくて黙ってたんですけど」
 刀真は耐え切れなくなったように、クリコに聞く。至って冷徹な口調で。
「その顔の模様、なんですか?」
「はうえっ!?」
 手鏡をみて、自分の顔にラクガキがされているのに気づいたクリコは、泣きながらどこかへ走り去っていった。きっと洗面所に行ったのだろう。
 真刀と尋人は部室の外に出た。
「女の子の匂いがする」
 来る必要がないと言われて外で待っていた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、刀真の姿を見つけてじっとりとした目つきになった。刀真は肩をすくめる。
「クリコに会ってきただけです。話はつきましたよ」
「女の子の匂いがする」
 月夜はもう一度言った。
「どうして私の援護断ったの?」
「月夜が綺麗だったからですよ。汚れて欲しくなかったからです」
「……わかったけど。でも」
「……今日も月夜は綺麗ですよ」
「今日は、でしょ」
「も」
「……ばか」
 二人はパーティー会場へと戻って行く。


「ダメです」
「見よ、このネクタイ。ラブがくれたものだ。世界に一本しかないネクタイなんだ」
「ダメです」
「かような理不尽、まかり通ってなるものか!」
 蒼空学園生でメタリックな巨漢の持ち主、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は、聞き分けの悪い受付によって、会場内に入れないでいた。彼は、身長が3メートル近くあり、ロボットの体型なのだ。着てこれるタキシードがなかっただけの話なのだ。人を見かけだけで判断するのは差別の始まりだ! コアは憤然とする。
 連れのハーフフェアリーのラブ・リトル(らぶ・りとる)はドレスを着てすでに会場内に入ってしまっている。時折ちらちらと様子を見に来ては含み笑いをもらしていく辺り、小憎らしいといえなくもない。
「あなたのことでしたか、会場に入れない人というのは」
 ドレス姿の少女がやってきた。会場の外で警備をしていた火村 加夜(ひむら・かや)だ。入り口のところでもめていると聞いて様子を見に来たのだ。彼女は残念そうな表情をした。
 苦渋の判断なのだ。せっかくのパーティーだ。入れてあげたいのはやまやまだが、例外を認めてしまっては、ルールだとかマナーがめちゃくちゃになってしまう。
「お察しください」
「むう……」
 直接そう言われてしまっては、コアとしてもこれ以上意地を張っても仕方がなかった。外で待つことにする。
「食べて元気出してよ」
 ラブが会場内から料理を取り分けて持ってきてくれた。
 コアは料理を口に運びかけて。
「……なんだ、アレは?」
 カボチャの化け物、ジャック・ランタンがたくさんこちらへやってくる。しかも、会場へと入って行こうとしているではないか。
「カボチャは入れて私は入れないのか?」
 加夜に尋ねると、彼女も驚いたようだった。
 もっと驚いたのは、顔一杯にラクガキされた真柴 クリコが泣きながら走っていくのをみかけたのだ。何があったのだろう。加夜は捕まえて聞いてみる。
「ジャック・ランタンね、百個近く造っちゃったの。ごめんねごめんね」
「いや、謝らなくていいですけど。……そうですか、そんなに」
「あ、あの。協力したいけど、わたし、けんか弱いよ。引きこもりだし」
 ぽそぽそとクリコは言う。
「任せておけ。ああいう手合いの扱いは慣れている」
 コアは正義の戦士として、ジャック・ランタンの群れの前に立ちはだかった。
「それ以上の狼藉は、この蒼空戦士ハーティオン!君達を実力で止めさせていただく!」
「……」
 カボチャたちには通じなかった。
「全部捕まえます。用意はいいですね」
 加夜は出し惜しみなしで魔力を全開にした。
「歴戦の魔術!」
 カボチャたちには通じなかった。
「え? どうしてですか? もしかして、予想以上に強いのでは……」
「そうでもない。手づかみで捕まえるなら結構簡単だ」
 強いのか弱いのかよくわからない。
 コアも必殺技を封印して、一つ一つ手づかみで捕獲を始める。
 戦いは微妙な感じで始まった。
 ジャーン! と、楽団の演奏が盛り上がる。テンポのいい戦闘音楽に変わった。