リアクション
第四十六篇:イルゼ・フジワラ×フィリップ・ベレッタ
パラミタのない現代の日本。
政治家の娘であるイルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら)は愛する男性――フィリップ・ベレッタに想いを馳せていた。
厳しい仕来りとどこの誰とも知らぬ人……恐らくは有力者のご子息への嫁入りのため花嫁修業の日々の中、イルゼは自分を偽り続ける。
疲れ果てて、ベットで眠るまでの僅かな時間だけが、偽りのない本心を言うことが出来る時間。
思い出すのは、朝、私室の窓から投稿するところであろう名も知らぬ愛しき人――フィリップ・ベレッタ。
英知を宿した優しげな瞳に心を射貫かれ、イルゼは彼に一目惚れしてしまった。
しかし、名も知らぬ相手にこの想いをどう伝えたものか。
考えた末にイルゼは、古今集から一つの和歌を見つけ読み想いを呟く。
『わが恋を人知るらめや しきたへの枕のみこそ知らば知るらめ』
――私の恋をあの人は知らない、知っているのはこの枕だけ。
和歌に込められた意味を思いながら、イルゼが恋しさに泣くと涙は枕に落ちる。
(だから枕だけが知っている恋心……ああ、せめて名前だけでも知りたい)
ただ彼女はそう願い、もう一粒の涙を流す。
そして、枕を濡らした後で涙を拭うと、イルゼは何かを決意したような顔で和紙と毛筆を取った。件の和歌を和紙に記すと、女中であるシュピンネ・フジワラ(しゅぴんね・ふじわら)に託す。
「シュピンネ、この和歌をあの人に届けて……」
そしてシュピンネは和歌を携えて向かった。英知を宿した優しげな瞳を持つ男性――嵐を起こすもの ティフォンのもとへ。
「え? あの男性――嵐を起こすもの ティフォンではないでありますか? えー、英知を宿した優しげな瞳をしてるじゃないですか!」
数日後、真実を知ったシュピンネは唖然としていた。
「え、隣にいた男性? あっちらの方でありますか! 10年先を行く最新機晶妃であるボクが間違えるなんてぇぇぇ!? 男の趣味はイルゼと方向性が違うでありますなー」
シュピンネは苦し紛れに言う。
「ティフォンさんの方がボクの好みであります!」
そして、ごまかすように言うと、全力で駆け出していった。
「では、フィリップさんに和歌を書いた手紙と和歌の意味を教えるであります!」