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リアクション
4.
「あーーはははは! はーはははは!!」
ラブ・リトル(らぶ・りとる)は大きな声で笑っていた。
「ひー、ひー! は、ハーティオン、そのかっこ! 可愛い、可愛いわよ!」
と、指をさして笑い転げる。
コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は複雑な気持ちだった。今日の蒼空学園はおかしいと気づいていたが、まさかそれが自分にも降りかかるなんて。
「ラブ……笑い事ではないぞ」
「で、でも、だって……ちっちゃいんだもの、ハーティオン。はは、あははははっ」
3メートルほどある巨体は1メートル弱まで縮み、白く輝くメタルボディもちんまりとしていた。彼の場合は幼児化というより、いわゆるSD化である。
「あー、おもしろい。こんなに笑ったの、久しぶりかも」
と、ラブはようやく笑うのをやめた。
そしてむすっとしているハーティオンへ言う。
「ごめんって、ハーティオン。いつも事件で忙しそうだから、たまには息抜きもいいと思ったのよぉ」
「息抜きだと? これがか?」
「うん、そう。いつもと違う姿っておもしろいじゃない? せっかくだし、そのままどこかに遊びに行こうよ」
コアはラブをじっと見つめた後、歩き出した。
「いや、いちごオレが原因なら犯人を捜すのが先決だ」
「えー、ちょっとハーティオンってば!」
まるで玩具のような足音を立てて廊下へ出て行こうとするハーティオン。しかし、彼はすぐにバランスを崩して前のめりに倒れた。
「あ」
機械音が周囲に響き、ハーティオンがむくりと起き上がる。
「……動きにくい」
「まぁ、その姿じゃ当然よね」
ラブの呟きに、ハーティオンはふと『勇心剣』を取りだしてみた。
「これまで小さくなるのか……」
武器であるはずの剣は彼の姿に合わせて、おもちゃのようになっていた。これではどう頑張っても戦えない。
ラブはまた笑い出しそうになったが、喉が渇いたことに気づき近くにあったジュースへ口を付けた。
「ん、甘くておいし――って、あたしまでちっちゃくなっちゃった!」
迂闊だった。
子どもの姿になったラブはハーティオンのそばまで飛んでいくと、指示を出した。
「ハーティオン、これは大事件よ! あたしの為に一刻も早く犯人を見つけて、解毒剤をゲットするのよ!」
何とも調子の良いハーフフェアリーである。
ハーティオンは今度こそ廊下へ出て、本格的に調べを開始した。
理科室でエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は幼児化していた。サイボーグ体まで同サイズに縮んでおり、見た目は10歳くらいだ。
「三人とも小さくなってしまいましたわねぇ」
と、コルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)がのんびりと言う。彼女はエヴァルトより幼く見えたが、ファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)よりは大きい。
「うーん、これはこまったことになったね」
と、ファニも言う。まだ喋り方が拙いため、7歳くらいに思われた。すると、コルデリアは9歳くらいだろう。
理科室の片付け当番だったエヴァルトが新製品を飲めないと諦めて落ち込んでいたところ、気を利かせたファニが三人分買って持ってきてくれたのは嬉しかった。しかし、それを飲んだ途端、幼児化してしまうとは……。
「しょうがない、誰かに助けを求めるしかないだろう」
と、エヴァルトは溜め息をついて扉へ向かった。
昼休みのせいか、辺りに人気はなかった。少し歩けば教室があるため、その賑わいが遠くから聞こえてくるだけだ。
廊下へ出たエヴァルトは、ふいに足音を耳にした。ぱっとそちらへ顔を向ければ、蒼空学園の制服を着た女生徒がこちらへ向かってくるではないか。
「あー、こんなところにもいたんだねぇ」
と、疲れたように笑う女生徒。
「何か知ってるのか?」
「知ってるも何も……はい、解毒薬だよ」
と、彼の前で立ち止まった彼女は小瓶を差し出した。どうやら急いでいるらしく、ぱっと蓋を開けては彼の口へそれを突っ込む。
「うん、元通り。お騒がせしましたにゃー」
ぱたぱたと去っていく女生徒を見送って、元の姿に戻ったエヴァルトははっとした。
「って、おい! ちょっと待ってくれ! あと二つ……」
聞こえていなかったのか、突き当りの角を曲がって行ってしまった。
仕方なく理科室へ戻ると、コルデリアとファニに驚きの目を向けられた。
「あら、どうして元にもどったんですの?」
「ひとりだけずるいよー」
「まぁまぁ、落ち着け。解毒薬を持ってる生徒がいたから、探しに行くぞ」
と、エヴァルトが言うと、少女たちは彼の左右へぴったり付いた。
「はなれるとたいへんそうだから、いっしょがいいよね?」
そう言って彼の左手を握るファニ。
「わたくしも連れて行ってくださいませー」
コルデリアは右手を取り、ぎゅっとつないだ。
「……分かった」
パートナーたちと手をつないだエヴァルトが理科室から出ると、ふいにファニが呟いた。
「ロリコン」
「……違う! 何故そうなる!? 最初に手をつないできたのはそっちだろ!」
しかし、両手に花状態の彼にはその四文字がぴったり似合うのだった。
騎沙良詩穂(きさら・しほ)は幼女の姿になってもメガネを外さなかった。彼女にとっては顔の一部だから当然である。
「おいしかったのに、ざんねんですねぇ」
と、自分が飲みきったいちごオレの空箱を見つめる詩穂。幼児化の効果さえなければいいのに、と、彼女は考えていた。しかも先行発売なんてするものだから、飲めなかった生徒たちも多いのではないだろうか。
とりあえず犯人確定の謎の女生徒AとBを探して、詩穂は捜索を進めた。
東雲秋日子(しののめ・あきひこ)はゴミ箱に捨てられている『メガ印のいちごオレ』を見て、苦笑した。
「間違いなくこれは、トレルさんが犯人だよね」
噂を聞いて飲んでみようと蒼空学園に来た秋日子だが、売り切れていて買えなかった。しかし、幼児化すると聞いたら飲まなくて良かったのかもしれない。
「まさか、薬のせいだとは……てっきり、蒼空学園には若い生徒さんが多いんだとばかり」
と、要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)は驚いている。
その言葉どおり、そこかしこに幼児の姿があるため、他校生がそう誤解するのもしかたなかった。
秋日子はボーっと突っ立っている要を振り返り、言った。
「とりあえず、トレルさんに会って話を聞いてみよう」
「ありがとう、さっそくいただくわね」
と、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は桜葉忍(さくらば・しのぶ)からいちごオレを譲り受けた。
東峰院香奈(とうほういん・かな)と織田信長(おだ・のぶなが)も同じものを手にしていたが、雅羅がもらったのは棚に並んだ最後の一個だった。
新商品が飲めないのは残念だったが、流行が変われば簡単に手に入れられる。それまで待とうと思った忍は、香奈の叫びで我に返った。
「しーちゃん! どうしよう、私小さくなっちゃった!」
「え、えぇ!?」
見ると、雅羅と信長も幼児化していた。
「うーむ、幼児化してしまったのは私と香奈と雅羅の3人か、いちごオレを飲んでいない忍は幼児化していないようじゃな」
と、冷静に状況を判断する信長。
雅羅は重たい溜め息をつくと、項垂れた。
「まったく、こんなことになるならのまなきゃよかった……」
「ご、ごめん! 俺がいちごオレを譲ったせいで、雅羅ちゃんまで幼児化しちゃって、本当にごめん!」
と、忍がとっさに謝ると、雅羅は言った。
「べつにいいのよ、いつものことだから」
どう見ても幼稚園児の雅羅は、ただの生意気な子どもになっていた。悪くはないが、見た目と中身が釣り合っていない。
「で、でも……そうだ、元に戻る方法を探さなきゃ!」
そして忍は香奈と信長、雅羅を連れて解毒薬を探しに向かった。
「雅羅ちゃーん! 今助けに行くわよー!」
蒼空学園に来るなり、状況を察した想詠瑠兎子(おもなが・るうね)は叫んでいた。
幼児化した生徒で溢れている現在、雅羅が巻き込まれていないわけがないと確信したのだ。
「ちょっと、姉ちゃん……」
と、想詠夢悠(おもなが・ゆめちか)は瑠兎子の袖を掴むが、姉にはもちろん聞こえてなどいなかった。
「探すのよ、ユッチー! 雅羅ちゃんが誰かに誘拐される前にっ」
「えー、探せって言われても……」
駆け出した瑠兎子を追って、夢悠も走り始める。
「待てって、信長! その姿で火遊びは――」
『火術』による炎が忍の肩を掠めていく。
「ふふっ、子どもだからこそ許されることだってあるのじゃ!」
と、信長は得意げだ。
「だから、駄目だって言ってるだろ! まったく、香奈と雅羅ちゃんを見習ってほしいよ」
溜め息をついて、ふと名前を呼んだ二人の姿がないことに気づく忍。
「……まさか、はぐれちゃった?」
「どうしよう、きっとあたしのせいだわ」
と、雅羅は再び項垂れる。
「そんなことないわ、雅羅ちゃん。だから私たちだけでも解毒薬を見つけましょう」
そう言って励ます香奈だが、正直自信はなかった。雅羅の不幸体質もそうだが、いつもと違って見える景色に不安が煽られるばかりなのだ。
「雅羅ちゃん、行きましょう」
と、気を取り直し歩き始める香奈。
すぐに雅羅も足を動かし始めたが、背後から聞こえてくる声にびくっとしてしまう。
「見つけたわ、雅羅ちゃん!」
「瑠兎子!?」
香奈がはっと振り返ったときには、雅羅の小さな身体が瑠兎子の腕にすっぽり収まっていた。そして保健室へと駆け込む瑠兎子。
「雅羅ちゃん!」
「姉ちゃん!」
追いついた夢悠の制止もむなしく、瑠兎子の暴走は止められなかった。
「しんたいけんさ?」
「ええ、そうよ。雅羅ちゃんの体質的に、何か異常が現われていてもおかしくないと思うの」
と、雅羅を保健室のベッドに座らせる瑠兎子。しかし、その目はあからさまに興奮していた。
「……だ、だいじょうぶよっ。そんなことしなくても、げんきだし、なにより――」
がしっと雅羅の服をめくりあげて、瑠兎子は言う。
「分からないじゃない、調べてみないとっ」
「し、しらべるって、ちょっとまって……!」
さすがに身の危険を覚えたのか、雅羅はじたばたと抵抗をした。
「……あー、遅かったか」
ようやく保健室へたどりついた夢悠が呆然とする。
このまま雅羅の不幸にあの姉も巻き込まれてくれないかな、と、思う弟だった。
もう優奈は追ってこないらしい。レキとミアもどうにか撒いた。
これで再びゆっくりじっくりと解毒薬の配布を始められる……と、マヤーはのんびり歩き始めた。
「あーもう……とんだ災難だよ」
と、これまでのことを思い返して溜め息をつく。パートナーだから仕方なく協力してはいるが、本来ならこういうことは自分自身で片付けるべきものだ。
「まぁ、頼まれたら断れないマヤーもどうかしてるとおも――!?」
踏んだはずの地面に穴が開き、マヤーはどすんと下へ落ちてしまった。
「捕まえたぞ、犯人め!」
「なんでげどくやくを持ってるんですか?」
ひょこっと上から顔をのぞかせる少年と幼女に、マヤーは苦笑いを浮かべた。
すると、もう一人が顔を出した。
「みつけましたよ、マヤーさん! たいほしますっ」
詩穂だ。
さすがに三人に囲まれたら逃げ場もない。地上へ引きずり出されたマヤーは困惑した。
「何でこんなことをしたの?」
「蒼空学園に恨みでもあるのか?」
「にゃー、そうじゃなくって……マヤーは何も知らないにゃ」
解毒薬はすべて詩穂に没収され、地面に正座させられたマヤーはすべてを話すつもりでいた。
「じゃあ、どうして解毒薬を持ってたの?」
と、元の姿に戻った歩美も問う。
「それはトレルに渡されたからだよ。トレルが、小さい子に配って回れって言うから」
「本当にそれだけなんですか? 他にも知ってることはあるでしょう?」
「それとも、私にエノコログサでくすぐられたいの?」
少女たちに詰め寄られ、マヤーは頬を引きつらせた。歩美の手にはエノコログサが握られている。いわゆる猫じゃらしと呼ばれる植物だ。
「……だ、だけどマヤーは本当に、何も――っ」
謎の女生徒Bの悲痛な叫びがむなしく響き渡った。
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