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リアクション
3.
「見失ったか……」
悔しそうに言いながら、里也は周囲にいる可愛い少年少女たちを写真に撮る。
朔のことだから、どこかに上手いこと隠れているかもしれない……と、里也は改めて周囲を見渡した。すると、見覚えのある顔が近づいてくることに気がついた。
「叶月!」
小さな少女をおんぶしている由良叶月(ゆら・かなづき)だ。
彼は里也に気づき、そばへ来て立ち止まった。
「おう、こんなところで何してんだよ」
「ああ、朔がいちごオレを飲んで小さくなってしまってな……ところで、その幼女は?」
叶月は背中に抱えた茶髪のアリス・リリを彼女へ見せるようにして、苦い顔で告げた。
「ん……途中で見つけたんだが、あんまりにも似てるもんだから捕まえておいた」
ぱしゃりとカメラを向ける里也。
「似てるって?」
「ヤチェルだ。彼女も小さくなりやがって、その……珍しいから写真に撮ったら、泣きながら逃げられた」
「ふぅん」
納得したように頷く里也を興味津々に見つめてくる幼女。言われてみれば、ヤチェルの面影がそっくりそのまま残っているように思われた。
「私も一緒に探してやろう」
「おう、助かる」
「だが……」
ふとカメラを叶月へ向け、里也はにやりとした。
「ヤチェルを写真に収めてどうだった?」
「は?」
「ふふふ、普段の我々の気持ちが分かっただろう?」
意味深に微笑む里也に、叶月は半歩あとずさる。分からないと言ったら嘘になるが、認めてしまったら負けな気がした。しかし、この状況はまずい。
「……す、少しだけだけどなっ」
と、しぶしぶ肯定して叶月は歩き始めた。ハロウィンの一件以来、彼は素直になろうと頑張っている。
幼児化した生徒たちの中には、午後の授業がすべて休講になることを見越して遊びまわる者がいた。
柱にくくりつけた紐で通りかかる人を転ばせる綾原さゆみ(あやはら・さゆみ)。
「きゃははは! ひっかかった、ひっかかったー」
げらげらと笑い転げる彼女のそばで、同じく幼児化したアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は不安そうな顔をしていた。
「あ、あの……さすがに、これは……」
「なにいってんの! まだまだこれからだよっ」
と、紐をそのまま放置してどこかへと歩き出すさゆみを、アデリーヌは慌てて追いかけた。
先行発売につられたさゆみが『メガ印のいちごオレ』を飲んだのは、今から数十分前のことだった。一口もらったアデリーヌともども小さくなってしまい、初めは戸惑っていたさゆみだが、慣れてくると幼児を楽しみ始めた。
それに、この姿のまま戻らなくても、小学校や中学校からやり直せる。しかも高校三年生までなら勉強も分かるし、楽して優等生になれる! ――と、さゆみは安易な考えに至っていた。
一方のアデリーヌは混乱してパニックに陥った末、はしゃぎだしたパートナーを見て「心まで幼児化したか、精神崩壊を起こしたのか」と、心配になっていた。
「アデリーヌ、おいてっちゃうよ!」
しかし、こうして落ち着いて見てみると、さゆみはただ童心に戻って喜んでいるだけのようだ。それなら、さほど心配する必要は……。
「……こ、こどもだからって、やっていいこととわるいことがありますわっ」
はっとして今度は別の心配を始めるアデリーヌだった。
「あらあら、まぁまぁ」
普段から小さい二人がさらに縮み、自分まで幼児化しているにもかかわらず高島恵美(たかしま・えみ)はのんびりしていた。
「ちっちゃくなっちゃったよー」
「み、みーなー……」
不安そうにぎゅっとミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の袖を掴むフランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)。元々幼女であるフランカは3歳ほどの姿になっていた。
「どうしましょうかねぇ? ふたりとも、すっかりかわいくなっちゃってー……」
と、ミーナの頭を撫でる恵美だが、二人の外見年齢はほぼ同じだ。
「ど、どうするの? こんなすがたじゃ……」
周囲をきょろきょろしつつ、恵美の後ろへ隠れるミーナ。普段と違って人見知りの様子だ。
「うーん……」
恵美はミーナとフランカ、左右の手を二人とつないで歩き始めた。
「あるいていればなにかみつかるかも?」
何やら不安になる返答だ。
三人の少女たちが近くのドアから外へ出ると、遊びまわっている子どもたちが目に入った。主にはしゃぎまわっているのは男の子たちだ。
「……ミーナも、みんなとあそびたい」
と、言ってミーナが恵美を見る。
「ふらんかもー」
拙い口調でフランカも声を上げ、恵美はにっこり頷いた。
「ええ」
しかし小さなフランカを男の子たちの中で遊ばせるのは酷というもの。恵美がどうしようかと悩んでいると、近くを女の子の二人組みが通りかかった。
「さーて、つぎはなにしようかなー? こんどは、しずかにおままごとでもする?」
「おままごと、ですか?」
「そう。おかあさんやくとおとうさんやく、おねえちゃんにおにいちゃん、あかちゃんにわんちゃんもいたっけ……あ、だけどにんずうがたりないね」
ナイスタイミングだ。恵美はすぐに二人を連れて彼女たちの前へ立った。
「それなら、いっしょにあそびましょ♪」
「……うん!」
さゆみの後ろに半分ほど隠れたアデリーヌと、恵美の後ろに隠れていたミーナの目が合う。
「これでごにんあつまったから、どうにかできるね」
「さゆみ、そういうもんだいではないようなきも……」
「あ、あの……おままごとなら、ミーナはおねえちゃん、やりたい……」
「では、わたしがおかあさんということで」
「えー、ふらんかもおかあさんがいいのー」
さっそく役を決めるのに問題が浮上したのを見て、さゆみは片手を突き出した。
「こういうときはじゃんけんだよっ」
はっとしたミーナたちが次々に手を出す。
もう後戻りは出来そうにない。どんな家庭が出来上がるか心配に思いながら、アデリーヌも手を差し出した。
「さいしょはグー、じゃーんけーん――」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)はミア・マハ(みあ・まは)と、ほぼ同じ高さに目線があることに気づいた。
「ちっちゃくなっちゃった」
年は8歳くらいだろうか、なかなかの美少女だ。
「ふっふっふ、小さいものの気持ちがこれで分かるじゃろうて……」
普段からレキに劣等感を抱いているミアが笑う。この姿ならミアだって負けてはいないと、そう思ったのも一瞬だった。
「……なんとっ」
小さいながらもレキの胸にはふくらみがあるではないか! ぺったんこの自分の胸と見比べて、ミアは悔しさに唇を噛む。
一方のレキはパートナーの様子に首をかしげつつ、先ほどから聞こえてくる謎の女生徒の噂にぴんと来ていた。
「そっか。みんなちいさくなっちゃったから、げどくやくのはなしをして――」
「レキ、解毒薬を持っているものを探すぞ!」
急に真面目な顔をしたミアがそう叫んで駆け出した。
「ミア? どうしたの、いったい」
後を追いながらレキが尋ねると、ミアは至極まともな返答をした。
「レキを元に戻してやりたいだけじゃ。いつまでもそのままでは辛かろう?」
「うん、そうだね。よし、探そう!」
と、レキもやる気を出し始めた。
耳に入ってくる情報を取捨選択しながら、謎の女生徒が通りかかるであろう場所を考える。
ミアもまた真剣に解毒薬を探していたが、真意は違う。――解毒薬を持っている者なら幼児化する薬も持っているであろう。ならば、その逆の効果で大きくなる薬だって作れるかもしれない!
ナイスバディに尋常でない憧れを持つミアの野望が、現実になろうとしていた。
自習室で飛鳥桜(あすか・さくら)は唸っていた。目の前にあるのは明日の小テストに備えた数学の問題だ。
すぐそばではアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)が桜の様子を見つめている。
嫌々ながらもカリカリと問題を解いていく桜だったが、ついに叫んだ。
「……うがー!!」
がたっと立ち上がって筆記用具を放る。
「こんなの日常生活で使わないだろ、スーパーでなんたらの公式とか使わないだろぉぉ!!」
そんな桜の頭をべしっと教科書で叩くアルフ。
「喚くな、このくらいで!」
当然のように怒られてしょんぼりと桜は腰を下ろした。
「うぅー、鬼教官かい……もう頭がパンクしそうだよ、ちょっと休憩した――」
「つべこべ言わずにさっさと解け! ったく、基本さえ出来ないなんて……教えてくれって言ったのはそっちだぞ」
と、アルフは呆れた顔をして溜め息をつく。
「うわーん、この鬼、ドSー!」
と、文句を言う桜だったが、相手にされていないことに気づいてペンを取った。――こんな時に何か事件とか起きたら面白いのにぃー。
再び静寂が訪れて数分、室内へ入ってきたのはロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)だ。
「お、ここにおったんか。親分からの差し入れやでー」
振り返ったアルフめがけて、手にした紙パック入りのジュースを投げるロランアルト。
「差し入れ? ふん、もらってやる」
「なあなあ、僕の分はないのかいー?」
「大丈夫やて、桜。お前の分もちゃんと買ってきたで」
と、ロランアルトは桜の隣へ座りながら、『メガ印のいちごオレ』を渡した。
「ひゃっほー! さすがは親分だぁ!」
浮かれる桜にアルフの鋭い視線が突き刺さる。
「飲むのは、その問題を解いてからだ」
「ちぇー、せっかくもらったのになぁー……」
再び桜が問題へ視線を落とし、それを覗き込むロランアルト。
アルフは受け取ったいちごオレにストローをさすと、一口飲み込んだ。
「……な、なんだこれ!?」
急に大きな声を上げたアルフを見て、桜とロランアルトの目の色が変わる。アルフは七歳くらいの少年へと変貌していた。
「あ、アルフ……?」
「お前……めっちゃかわええぇ!!」
がたんと席を立ってアルフへ抱きつくロランアルト。
「ひぎゃあああ! だきつくな、ペドやろぉー!」
じたばたと暴れたところで、小さな子どもが大人にかなうはずもない。
桜は勉強を放棄すると、カメラ付き携帯電話を取り出した。
「ちっちゃくて可愛いなー、アルフ! ケータイに収めちゃうぞっ!」
と、ノリノリで彼を写真に撮り始める。
「懐かしいわぁ! 初めて会うた時、こんなんやったなぁ!」
ほくほくした様子でアルフをぎゅうぎゅう抱きしめるロランアルトは子ども好きだ。ただ、今の彼は、一歩間違えると変態にしか見えないだろう。
「またちっさいアル見れるとか、俺得やんなぁ!」
と、アルフのやわらかな頬に頬ずりをする。
ひとしきり写真を撮った桜は、ふと思い立ってアルフの頭へ手を伸ばした。
「やっぱりこれ、反応するかな?」
「は?」
嫌な予感を覚えるアルフだったが、桜にいわゆるアホ毛を引っ張られて悲鳴を上げた。
「あっ……そ、そこはひっぱるなぁ……!」
びくびくと肩を震わせるアルフをすかさず写真に収める桜。
すっかり二人のやりたい放題にされて、小さなアルフは泣き出した。
「お、おまえらなんか……おまえらなんか、きらいだー!!」
するりとロランアルトの腕から抜け出て、どこへともなく走り去っていくアルフ。
「にゃー。何でこんなことになっちゃったんだろうなぁ」
解毒薬を配り歩きながら、マヤーは呟いた。
幼児化する効果を持ついちごオレなんて、パートナーの考えることは分からない。本人は否定している様子だったが、この状況を見ると悪者扱いされるのも無理はないし……。
「……これもトレルのためっ」
と、気を取り直したところで、マヤーははっとした。
「かんねんしろー!」
横から小さな少女が飛び掛かってくる!
右足を踏み出してとっさに前方へ避けるマヤー。何だか嫌な予感がしてその場から逃げ出す。
その場に転がった少女は、遠ざかる猫耳の女生徒に叫んだ。
「あー! まって、げどくやくー!!」
「何をしておる、レキ!」
「ミア……てもあしもながさがいつもとちがうから、かんかくがつかめないんだよ」
と、レキは偉そうにしているミアへ口を尖らせた。
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