百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

幼児化いちごオレ

リアクション公開中!

幼児化いちごオレ
幼児化いちごオレ 幼児化いちごオレ

リアクション

「……なぁ、柊? 何であいつら、こんなところにいるんだろうな?」
 呆然と呟くルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)
「ああ……海京でショッピングだと聞いてたんだがな」
 と、柊真司(ひいらぎ・しんじ)も呆れ顔だ。
 ともかくお互いのパートナーを迎えに行くべく、蒼空学園の敷地へと足を踏み入れる二人。
 連絡を受けて中庭のベンチへ向かうと、そこには缶コーヒーが二つと携帯電話が置いてあるだけだった。
「動くなと何度言えば……」
 今日何度目かの溜め息をつくルアーク。
 すると、ベンチの上の携帯電話が着信を知らせた。すぐに真司が手にとって通話に出る。
『ヴェルリアです。すみません、いまそちらにむかいます。そこにあるコーヒーはおわびのしるしなので、のみながらまっていてください』
「詫びの印? 待て、今どこに――」
 と、真司が尋ねようとすると雑音が入った。相手の声も聞こえない。
 様子を見ていたルアークがベンチへ腰かけ、一つの缶を手に取る。
「詫びか……まぁ、受け取らない理由もないし、いいんじゃない?」
 と、何も怪しまずに蓋を開けた。
 真司もしぶしぶと言った様子で缶コーヒーを取り、ルアークとほぼ同時に口をつける。
 すると、見る見るうちに彼らの身体が小さくなってしまった。
「……やられたな」
 何が入っていたかは分からないが、悪戯に引っかかったことだけは分かる。
『それじゃあ、おにごっこかいしだよ!』
 ふいに携帯電話から聞こえてきた声にはっとしすると、近くの茂みから見覚えのある幼女二人が逃げていくのが見えた。
「……どうやら、時には本気でしからなければいけないみたいだな」
 と、10歳くらいになった真司が頬を引きつらせる。
 ルアークは幼いながらも怒りをにじませた声で言った。
「こんどこそ、ほんとうにようしゃなくしかってやらないとねー」
 そして目を合わせた二人は頷いた。鬼ごっこの鬼にされたからには、捕まえるだけだ。

 水鏡和葉(みかがみ・かずは)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)はいつものように、ショッピングを楽しんでいたはずだった。ほんの出来心で知らない道へ入った途端、気づけば蒼空学園のあるツァンダまで来てしまっただけで。
 しかも蒼空学園では『メガ印のいちごオレ』という新商品が販売されているというではないか。気になった二人は、どうにかゲットしたいちごオレを二人で分けて飲んだところ、七歳の姿になってしまっていた。
「ヴェルリアちゃん、こっちこっち!」
 と、和葉はグラウンドの方へ向かっていく。
 その後を追っていくヴェルリアだが、時々後方を振り返りながら真司の様子を『行動予測』していた。
 一方の真司は二人の姿が十分見える距離まで追い詰めると、『ゴッドスピード』を使用した。四人の中でも一番身体が大きいだけに、ヴェルリアと和葉の元へあっという間に追いついてしまう。
「きゃあ!」
 ふと石ころに足をとられてつまずくヴェルリア。
「ヴェルリアちゃん!」
 和葉は叫んだが、自分だけでも逃げ切ろうと走り続ける。
 ヴェルリアを確保しながら、真司は遠ざかっていく和葉を睨んだ。
「くそ、あと一人……!」
「真司、あいつをたのむ! ここはおれにまかせろっ」
 と、遅れてやってきたルアークがヴェルリアを捕まえる。真司はすぐにまた『ゴッドスピード』で駆け出した。
 その様子を見ていたルアークの隙をついてヴェルリアがぱっと離れる。
「あ、おい!」
 逃がすまいとしてすぐに手を伸ばすルアークだが、身体の動きに足がついていけず転んでしまった。
「あ……」
 思わず逃げるのをやめ、ルアークへ近寄るヴェルリア。
「だいじょうぶですか?」
「……だいじょうぶだ」
 何故自分が心配されなければいけないのだと、悶々としながら立ち上がるルアーク。ヴェルリアはもう、逃げようという気がないのか、彼の服についた砂を手で払ってくれていた。

 人気のない廊下に和葉とヴェルリアを立たせ、真司とルアークは目を三角にする。
「聞きたいことは山ほどあるが……ふざけるのもたいがいにしろ!」
「せっかくむかえにきてやったのにだますなんて、こんかいばかりはみすごせないな」
「しかも小さくなるなんて、これはどういうことなんだ?」
「メガじるしのいちごオレだよ!」
 と、和葉が言うと、二人が一斉に言った。
「「そういうことじゃない!」」
「あぅ……ごめんなさい」
 しゅんとする和葉を見て、ヴェルリアも肩を落とした。鬼ごっこは楽しかったと思うのだけれど、どうやら二人の怒りが静まるまでお説教は続きそうだ。

「羽純くん、これあげる! 新発売のいちごオレだよ!」
 と、遠野歌菜(とおの・かな)は『メガ印のいちごオレ』を差し出した。
 甘い物が好きな月崎羽純(つきざき・はすみ)はありがたく受け取って、さらりとパッケージを見回した。もちろん、特に異常は見られない。
 歌菜がわくわくと見守る中で、羽純はいちごオレへ口を付けた。
「どう? 美味しい?」
「んー、ちょっとさっぱりしすぎのような気も……って、おい!?」
 羽純は自分の身体が小さくなっていくことに気づき、目を瞠った。
「何だ、これ……?」
「羽純くんが幼児化しちゃった……!?」
 はっと口に手を当てる歌菜。羽純が状況をきちんと理解する前に、彼女は目をキラキラさせて呟いた。
「しかも……すごく可愛いっ」
 ぎゅっと羽純を抱きしめて、歌菜はすっかり満足げだ。まったく何が何やら分からない。
「は、はなれろ、歌菜」
「えー」
 しぶしぶ彼を離した歌菜。彼がほっと息をつく間もなく、彼女は唐突にケチャップを浴びせてきた。
「あー、手が滑っちゃった♪」
 誰が聞いても棒読みである。
「タイヘン! 今すぐお着替えしないとっ」
 と、羽純の手を引いてさっさと歩き出す歌菜。
「今すぐ洋服を買いに行かなきゃ」
「ちょ、おい!」
 抵抗しようともがく羽純だが、歌菜の馬鹿力には敵わなかった。ただでさえ小さくなってしまって力がないため、羽純はしぶしぶ抵抗を諦める。

 連れてこられたのは子供服の専門店だった。
「うふふ、どんな可愛い服を着てもらおうかなー♪」
 と、ノリノリで洋服選びをしている歌菜に、羽純はただ無言を貫き通す。怒りたいのは山々だが、それは元の姿に戻ってからにしようと決めていた。ただし、着せ替えの程度によってはお仕置きも考えている。
「あ、これなんかどう?」
 彼の考えなど予想もせず、歌菜は楽しそうに女児の服を羽純へあてて見せるのだった。
「うん、似合う! さあ、試着しましょっ」

「あれー……おにいちゃん?」
 きょろきょろと周囲を見る佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)、5歳。
 さきほどまで一緒にいたはずの佐々木八雲(ささき・やくも)の姿がどこにも見当たらず、弥十郎は心細くなってきた。
 いちごオレを飲んでしまって共に幼児化した佐々木兄弟は、犯人探しという名目で知り合いを探していた。弥十郎も八雲も、それほど深刻に考えてはいない様子だ。
「まぁ、いいか。にいちゃんなんかいなくてもだいじょうぶさ」
 と、弥十郎は強がって歩き始めた。身体が幼児化したのにともない、心も少々幼くなっていた。
 一方の八雲はトイレから出てきてはっとした。弟の姿がない。
 式神である金の卵(通称:珠ちゃん)はそんな主人の気持ちを察して擦り寄った。
「……これはこまりましたねぇ」
 と、腕を組む八雲。子どもの頃の弟がどんなだったか思い出して、少し心配になる。弟は自分と違ってやんちゃだ。
 犯人探しも重要だが、八雲はまず弟を探し出すことにした。
 歩き出した少年の後を、ころころと珠ちゃんもついて行く。

 周りには同年代の子どもたちがたくさんいたが、弥十郎はだんだんと寂しさを覚えるようになっていた。
 このまま歩いていても兄に会えないような気がしてきて立ち止まる。
「……あ、そうだ」
 ふと弥十郎は『精神感応』の存在を思い出した。すぐにそれを発動させ、兄へとつなぐ。
「あ、にいちゃん?」
『弥十郎、どこにいるんです?』
 すぐに兄からの返答があり、ぱっと表情を明るくさせる弥十郎。
「えーと、ちょっとまってね……」
 と、迎えに来てもらおうと自分の居場所を伝え始めた。

 例に漏れず幼児化した奏輝優奈(かなて・ゆうな)はパートナーを見上げた。
「……ようじかとはおもしろいトラップやんか、ゆるさんで!」
 と、どこかに向かって叫ぶ。
「許さないって言っても……どうするの?」
 レン・リベルリア(れん・りべるりあ)の問いに優奈はふいと目をそらした。いつも弟扱いしているパートナーが、自分より大きく見えるのが恥ずかしかったのだ。これでは自分が妹になってしまう。
「せやな……まず、はんにんにめぼしつけなあかんなぁ。なんや、へんなうわさがたってるみたいやし、それがヒントになるんはとうぜんやろ」
 と、優奈は『空飛ぶ箒』を取り出した。
「え、じゃあ謎の女生徒を追うの?」
「そうするっきゃないやろ? ほら、さっさとさがしにいくでぇ!」
 と、確かな手がかりもないのに箒へまたがる優奈。
 レンは不安に思いつつも、彼女の犯人探しに協力することにした。
 ふわり、宙へ浮き上がる箒。そして優奈は校内を飛び始めた。
「お? うわわわ、わっ」
 途端にバランスを崩し、優奈は箒もろとも数メートル先に墜落してしまった。
「大丈夫?」
「くっそー……なんや、バランスとれへんやんかー。まったくかんかくがつかめへん……」
 彼女のそばにしゃがみこみ、レンは溜め息をつく幼女を見つめた。これはこれで可愛いものだ。それこそ、幼児化の効果が切れるまでその姿のままでいてくれても構わないほどに。
 しかし優奈は彼の気など知らない。
「よし、こんどこそ……っ」
 と、立ち上がった優奈は再び箒へまたがるのだった。

「こらっ!」
 と、怒られてびくっと肩をすくめる弥十郎。
 しかし八雲は、その小さな頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい、にいちゃん」
「わかったならいいんです。さあ、はんにんさがしにいきますよ」
 と、にっこり笑って八雲は弟の手をとった。
「……うん」
 ぎゅっと手を握り返し、弥十郎は兄と一緒に歩き出した。

 ちんまりとしたドラゴニュートと手をつないだ黒髪の子どもは、空いている方の肩に重そうなPC鞄を背負っていた。年は10歳くらいだろうか、少し長めの髪は男の子とも女の子ともとれる容姿をさらに中性的に仕上げており、どこか大人っぽくも見せている。
「なかなか見つからないね」
 と、黒崎天音(くろさき・あまね)は息をついた。
 子どもの姿で広い校内を歩き回るのは意外と大変だ。ちまちまと隣をついて歩きながらブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は言う。
「これだけ人も溢れているしな……」
 いちごオレの話を聞いて興味を持ったブルーズに応えた結果、二人は幼児化してしまったのだった。ツァンダへは修理に出していたノートパソコンを電気店へ取りに来ただけだったのだが、予想外の展開だった。
 女生徒の噂を聞いてぴんと来た天音たちだが、ただ探しただけでは会えそうもない。
 しかし、代わりに天音は見たことのある顔を見つけた。
「おや、君は空大で会った……別人かな」
 近づいてくる天音を見て、茶髪に黒い瞳の少女は尋ねた。
「……誰?」
 彼女の隣にいる白髪の少女もまた、天音たちを見ている。
「別人みたいだね。でも、どうしてこんなところにいるの?」
 と、柱の陰に隠れている二人へ問いかける天音。
「わたしたちはにげているんだ」
「うん、そうなの。あたしたち、もとにもどれるまででられないの……」
 少女たちの返答に天音は何か事情があるようだと思った。どうせ時間に追われてはいないし、ここでゆっくりしていくのもいいだろう。
 そっと少女たちのそばへ腰を下ろし、天音は主に落ち込んでいる様子の彼女へ声をかけた。
「何があったの? よければ、聞かせてくれないかな?」
「……う、うん。あのね……あたし、パートナーにたすけをもとめたんだけど、しゃしんにとられちゃったの」
 と、茶髪の少女は言う。角があればいつか空大で会った少女だと確信が持てるが、目の前にいるのはただの女の子だ。
「あたし、いやになってにげてきたんだけど……なにがなんだか、わからなくて」
 俯く少女の頭にそっと手を置き、天音は優しく撫でてやった。
「あたしがにげたりゆうも、かれがしゃしんをとったりゆうも……」
「それは、君が可愛いからだと思うよ」
「え?」
 はっと顔を上げた少女に天音は言う。
「その彼のこと、嫌いになったのかい?」
「……き、きらいじゃない、わ。だって、あたしのおにいちゃん、だし……」
 と、まるで自分に言い聞かせるように言う。どうやら彼女は何かを迷っているようだ。
「じゃあ、戻って安心させてあげた方が良いと思うね。僕も探し人がいるから良ければ一緒に――」
 ふと、視界の端に見慣れた空色を見つけ、天音は立ち上がった。
 続いてブルーズも彼の隣へ立ち、謎の女生徒Aを待ち構える。
「トレル」
 空色のショートカットこと{#}目賀獲{#}は見覚えのある二人組に気づき、はっとした。
「うわー、お二人まで幼児化しちゃってたんですね」
 と、二人の前で立ち止まる。
 何やら話を始めた二人を、少女たちが陰からこっそり覗きこむ。
「すみません、すぐに解毒薬を渡しますから」
「それはいいけど、どうしてこんなことを?」
「それは、そのー……ちょっとしたミスで」
 苦笑いを浮かべる女生徒に、茶髪の少女は熱い視線を送り始めた。しかし気づいてはもらえない。
「ふぅん、それで効果時間はどれくらいなの?」
「個人差がありますが、二時間から三時間くらいです。日が暮れる頃には戻りますよ」
 天音はブルーズに目をやった。ぎゅっと手をつないで、トレルへ言う。
「それなら、僕たちはこのまま帰るよ。その解毒薬はあの子たちに渡してあげて」
 と、柱の陰を指す。
 トレルは再びはっとすると、隠れている彼女たちへ小瓶を差し出した。
「すみません、これで元に戻れるのでどうぞ飲んでください」
「ああ、ありがとう」
「……ショートカット」
 ようやく熱い視線に気づいたトレルだが、直後に携帯電話が鳴る。取り出して画面を開いたトレルは慌てた様子で周囲をきょろきょろした。
「っ、すみませぇん――!」
 と、まるで何かから逃げるように走り去っていく。
 人ごみに紛れて姿が見えなくなったところで、天音は少女たちへ顔を向けた。
「じゃあ、僕たちはこれで失礼するよ。仲直り、できるといいね」
 にこっと優しい笑みを浮かべ、天音はブルーズを連れて歩き始めた。
 小瓶を手にした少女は、もう一人へ言う。
「あたし……まだ、よくわからないけど、カナくんにあいにいくわ。このままのすがたで」
「うん、つきあうよ」
 と、白髪の少女は頷いた。