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第二章 交錯する自分の理想と他人の悪夢 ゾク

「ごちそうさまでした」
中華風の料亭から出てきたのは椎名 真(しいな・まこと)である。彼の理想の夢はシンプルなもので、ありとあらゆる豆腐料理を食べつくすというものだった。夢であれば満腹になることもなく半永久的に大好きな豆腐料理を食べつくすことが出来る、そう思った椎名は今回のテスターになったということだ。現在までで現実であれば腹がはちきれんばかりの量の豆腐料理を胃に収めていた。
「しかしさっきの麻婆豆腐も絶品だったな。辛い中にあるまろやかな甘み、中華の王道を感じた気分だった」
だが椎名にはまだ心残りがあった。確かに趣向を凝らした豆腐料理は美味しいが彼が大好きなのは揚げだし豆腐なのだ。だがまだ揚げだし豆腐にはありつけていない。この揚げだし豆腐だけは自分好みの雰囲気の料亭でゆっくり味わいたかったのだ。
そして現れる自分の心をばっちり掴む料亭、その看板には堂々と『揚げだし豆腐』と書いてあった。誘われるがままにその料亭に入っていく椎名。
中を歩いていくと窓からそびえ立つ山々が見える美しい風景が見える最高の場所に、シンプルだが美味しさを彷彿とさせる揚げだし豆腐の匂いが漂ってくる。
椎名はゆっくりと席に座り、少しだけ身なりを整えて、箸を持つ。
「では、いただきます」
揚げだし豆腐の一部を崩して箸に乗せる。そして一口。目を瞑りながらゆっくりと咀嚼する椎名。口の中に豆腐がなくなる。
「……上手すぎる!」
最高の料理を食べた椎名は飛び上がる。こんなに幸せなんてと思いつつ参加してよかったと思っていると急に黒服のごつい男達が現れて奥からオーナーのような男が現れてこう言うのだ。
「お会計はこちらとなります」
「えっ! 今までお金なんていらなかったのに!」
「お金がないようであれば、身体で払ってもらいますよ?」
指をぱちんと鳴らしたオーナーの合図で黒服たちに連行される椎名。そこからは四六時中皿洗いに掃除などの雑用を見知らぬ人達の下でやらされるのだった。執事である彼もずっと続くこの雑用にはさすがに参ってしまうのだった。
「何というか、帳消しにされた気分だ……」

「……平和だな。それはいい」
ゆったりとした広さを持つリビングには柔らかな風と太陽の光が入ってくる。自分の身の丈にあった座り心地のいい椅子と適当な雑誌。さらにはベストにブレンドされた自分好みの珈琲を片手にくつろぐのは鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)だ。
ここまでまごう事なき理想の夢だ。時間に以上もなく、鷹村の周りには自分の欲しいものが一つも欠けずある。そう、これ以上はない夢である。なのだが。
「それで君は何をしていたんですか? そんなにくつろがれるのも困ります」
しつこく質問をしてくるこの面接官がいなければ完璧だった。というか一人だけ場違いすぎるにも関わらずそんなことは気にもかけずにひたすら質問をしてくる。
「いや、別に何もしたくないな。今は」
「……もういいです。それでは弊社に入りやりたいことは何ですか?」
「特にない」
「……やる気あるんですか?」
「これだけくつろいでる奴がやる気あると思うか?」
微妙にかみ合っているようなあっていないようなやりとりがずっと続いていく。鷹村自体はまあ夢だからと割り切っているようだが面接官の方は納得がいかない様子だ。
「なら何故弊社に? 冷やかしですか?」
「だからそもそも受けてないと言っている」
「でも貴方はここにいるでしょう? そして面接を受けているじゃないですか」
「お前のところのオフィスはこんなに生活観溢れる素敵空間が広がっている会社なのか?」
進まない会話に遂に面接官が立ち上がる。
「もう結構です。お帰り下さい」
「いや、今はここが家だから」
「早く帰ってください!」
そう言って強引に面接官に立たされた鷹村はそのまま玄関から外へと突き出された。
「もう二度と来ないでくださいね。それでは」
ばたんっ! と玄関が閉じられる。そして取り残された鷹村はどうするでもなくぼそっと一言。
「……散歩でもするか」
片手にずっと握られていた珈琲を一口飲んで歩き出す。先ほどよりも味がイマイチに感じるのは冷めたからかこれが夢だからかはわからない。

「よーしよしっ もっともっと綺麗に咲いてくれよー」
じょうろを片手に自分の周りで咲き誇る花達を相手に話しながら水を上げ続けるのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。大好きな花達に囲まれて水が切れることのないじょうろを片手にダンスをするように花の世話をしている。温室のなかで豊かに育ち咲いている花からは各種それぞれの香りが漂ってきてまるでオーケストラのように淀みなく美しく絡み合い鼻孔を突く。その香りに満足するエース。
「いやー長い時間をかけて世話をし続けるのもいいが、こうぱっぱと咲いていくのを見るのもいいものだな。心が洗われるようだぜ」
軽やかに水を上げ続け、咲き続ける花を見て上機嫌なエース。しかし、その幸せな時間も長くは続かない。
がしゃーん!
派手な音。窓ガラスが割れた音だ。すぐにエースが窓の近くに行く。
「だ、誰だよこんなことする奴は! 花がかわいそうだろう、が?」
そう言いながら足元を見るとそこにあったのは、ちくたくと時を刻み続けるタイマーが付いている物体。これが時計ならばよいのだが、タイマーの隣にはリレーの時に使う棒のような形状のものが三本積まれていたのだ。誰が言うまでもなく。
「ば、爆弾!?」
既に時間は二十秒を切っており外に放り出すにはまだエースの頭が追いつかない。そうして十秒を切った。
「いやいやまてまて! これは夢だ! だから別に死ぬことはないはずだ、ならこのまま何とか花を守らないと」
五、四、三、二……。
「いくら夢でもそう簡単に割り切れるかー!」
叫びながら自室に花を置き去りにして外に飛び出すエース。その一秒後にエースがいた場所は盛大に爆発した。爆風で吹き飛ばされるエース。何とか体勢と立て直し立ち上がるエースの目にはヒラヒラと焼け爛れた花びらが舞うのだった。
「くっそ、途中まではいい話だったの、に?」
ぶるんぶるんっ!  その音に気付きゆっくりと右を向いたエースの目には映ったのは今から暴走しますと言わんばかりにエンジンをふかしている車だった。嫌な予感が走り、見事にそれが的中する。
「な、何なんだよーこれー!」
そのまま車に追われながらエースは逃げるのだった。
一方その頃大きな姿見の前で新しいカクテルドレスに身を包み、くるりと回りポーズをとっている人物がいた。エースのパートナーであるリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)だ。
「ふふっ、夢の中だけれども嬉しいものね」
さらにポーズを決めるリリア。その鏡越しに見えてくるエース。何やら凄い勢いで走っている。何かから逃げているような姿だ。
「って、後ろから暴走車が! こ、こっち来ないでよー!」
リリアの制止も無視してエースは一直線にリリアがいる場所へと走ってくる。後ろから迫り来る暴走車が更にスピードをあげてエースに追いつく。その寸前でエースは左に方向転換してついでに先にいたリリアを抱きかかえて間一髪で車をかわす。
後ろで起きている大事故には目もくれずリリアを抱えたままエースは逃げる。
「ああもう! ドレスがめちゃくちゃじゃない!」
「知るか! こっちだって必死だったんだ! 眠らそうにも運転手がいないから出来なかったりでな!」
「だからこんな話にノルのは嫌だったのよー!」
二人が逃げる後ろでは既に先ほどの暴走車が追尾を開始していた。二人はどうすることも出来ず只管に逃げるのだった。

「さてさて、いっちょやってやりますか! おらおらお前ら! 調子に乗ってるんじゃねー!」
そう叫びながら悪党の集団に単身殴りこむのは輝石 ライス(きせき・らいす)だ。町一番の悪党集団に現在殴りこみ中だった。必死に応戦する悪党集団だが輝石の強さの前になす術もなく次々と倒されていく。その姿を見て町の人達は歓声をあげる。子供達からはかっこいいーと、大人たちからはよくやってくれたーなどの声をかけられて嬉しそうな輝石。
「へへっ、この世界じゃ出来ないことなんてないんだっつーの! さすがは夢の世界、夢に溢れてるよな!」
手を振りながら町人達に応える輝石。その前に小さな男の子がぽつーんと現れて、こう言うのだ。
「ねぇお兄ちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?」
「おっいいぞ! 何でも言いな? 美味しいものでも食べたいか? それとも面白いものが見たいか?」
「違うくて、おいらの家の執事さんになってお掃除とかして欲しいんだ」
「なーんだまた地味な願いだな……まあいいや、オッケーオッケー! その願いも叶えてやるさ!」
意気揚々と男の子の家に着いた輝石。家の中はまるでゴミ屋敷のような有様でとてもではないが住めるような状態ではなかったのだ。
「こ、これは中々手ごわそうだが今の俺なら平気だ! ちょちょいのちょいだって、の?」
早速掃除をしようとし始めるのも中々上手く片付かない。何でも出来るはずの輝石なのだが何故だか執事としては何も出来ないのだ。掃除すればするほどゴミは増え、皿を洗おうとすれば割れる。更に他の住人からも続々と執事になってくれと要求される始末。
「いやいやっもっと他に願うことあるだろ! 何で執事ばっかなんだよ!」
そう突っ込みを入れながらもまた皿を割りそれの片づけをしようとすれば破片を踏んでもっと細かくなり、飛び散った破片がゴミ袋を破いて中のゴミが散乱する始末だった。
「夢の中なんだからもっと夢を持てよお前らー!」
しかし、永延と終わらない掃除と永延と続く執事コールに終わりはなかった。